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バリーの選択

 家に帰ると母がパンとハム、それにチーズを切り分けている最中だった。


「こんなに貰ったの?」


「ええ、頑張ってって奥様がね」


 家での煮炊きは時間がかかる。薪も水も用意しなければならない。食事の準備はビビアンの仕事だが試験勉強の時間を作るために、母が通いで女中をしている家の女主人がわざわざパンやハムを用意してくれているのだ。


「どうして、こんなによくしてくれるの」


 ビビアンが母に尋ねる。


「だってすごいことですもの。首都に行って試験を受けるなんて、ちょっとした事件よ。みんな、あなたたちのこと応援してるのよ」


「……ほんとに? バリーやレベッカならともかく、あたしは水汲みだよ」


「そんな風に思ってる人もいるかもね。でもビビアン、外にいったら、あなたもレベッカもバリーもみんな等しく田舎者に過ぎないのよ」


 夕食を食べ終わったビビアンは刺繍をする母の隣で教本を開く。しかし母が刺す美しい刺繍に目が行ってしまい集中できない。ビビアンは裁縫があまり好きではない。自分の服を作れば不恰好な仕上がりになるし、刺繍は名前を刺す程度である。もしも母から刺繍を習っておけば内職を手伝うこともできたのだが。


(あたしが出来ることって、本当に水汲みだけなんだな。水汲みなのにこんなに長く学校に行かせて貰ったんだ)


 男の子ならともかく、女の子が長く学校に通ったとしてもこの田舎では学力に見合った職はないのが現状だ。結婚の際の箔付けにはなるが、ビビアンのような水汲みには意味がない。

 だが、学園に入り首都で職を得ることが出来れば話は変わる。ここいらでは考えられない程の給金が貰えるのだ。そうなれば仕送りが出来る。母に楽をさせることが出来る。だが――。


(お母さん、ずっと一人ぼっちになっちゃう……)


 そんなビビアンの心を読んだかのように、母は話し始める。


「あんたがもし合格したらね。お母さん、住み込みで働こうと思ってるのよ。ここの家賃もいらなくなるし、奥様とは話が合って楽しいから寂しくはないのよ」


「お母さん……」


「さ、もう余計なことは考えない。勉強しなさいな」


「うん、ありがとう」


 今は余計なことは考えない。やることをきっちりやろう――。ビビアンは教本に向かった。


 次の日、水汲みに行くと早速、女たちが声をかけてきた。


「瓶を出しなよ。あんたんちまで持ってったげるからさ」


「お金がたくさんいるんだろ。うちの薪持っていきな」


 普段、水汲みを手伝っているせいだろうか、女たちはやたらと協力的だった。


「いつも勉強ばっかりだと嫌になっちゃうの。たまには水汲みしといた方がいいんだよ。それにさ、あんまり騒がれると、落ちた時、恥ずかしいからやめてよ」


「難しいやつなんだろ、まあ、落ちることもあるかもしれないけどさ。でも凄いじゃないか。首都に行って試験受けるなんてさ」


 彼女たちにとっては首都に行って試験を受けるだけでも大変な名誉なのだ。ビビアンは彼女たちの勢いに圧倒された。そこへ1人の女がやってきてビビアンに声をかける。


「ねえ、あんたの他にも首都にいく子がいるだろ? 男の子でさ。なんか昨日さ、その子のおやじさんが倒れたって話だけど、あんた知ってるかい?」


 ビビアンは足元がぐらつく程の衝撃を受けた。




 その日、バリーは学校に来なかった。放課後の勉強の時に、ブレットから聞いた話によると、バリーの父親は夜中に倒れ命に別状はないものの、この先、体を動かすことが難しい状態らしい。

次の日もバリーは学校に来なかった。3日後、ようやくやってきたバリーはビビアンに声をかけた。


「試験は受けないよ。お父さんが働けないし、お母さんはお父さんの世話をするから誰か働かなくちゃいけないんだ」


 つらい決断のはずだが思いの外、さらりとした調子でバリーは自分の話しをする。


「でも、首都で働けばすごいお金になるんでしょ?」


「うん、でも、僕のうちは今すぐお金と人がいるんだ。1年待ってもらうなんて無理だよ」


「……」


「頑張れよ。僕、応援してる」


「うん……」


 心が折れそうだった。何か言いたかったが、言葉がでない。

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