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ビビアンの決意

 水汲みを早く切り上げたその勢いで早めに学校についてしまった。ビビアンは誰とも話すことなく、席で昨日習った幾何の復習をしている。

 物語や詩を好むビビアンだったが幾何は少々苦手だった。もしも学園に行ったらさらに難しくなるのだろうか? ついていけるだろうか? そこまで考えてはっと我にかえる。いつの間にか学園に行く前提で思考をめぐらす自分に、ビビアンは戸惑いを隠せない。


(そんなつもりはない、あたしはそんなんじゃない)


 必死に自分の考えを否定するビビアンにバリーが突然、話しかけてきた。


「ねえ、学園はどうするの? 僕は試験受けることにしたんだ」


「関係ないよ。あたしには」


 バリーはまだ何か言おうとしたが、先生が入ってきたので雑談は中断となった。入ってきたのは中年の女の先生だった。


「レベッカ、バリー、ビビアン、全員教務室の前まで行きなさい」


呼び出された3人は教務室に向かった。教務室前まで来ると、ブレットがレベッカを部屋に招き入れた。どうやら1人1人面談するようだ。


「僕は絶対合格するよ」


 バリーが力強く言う。ビビアンはバリーの横顔をちらりと見る。バリーの視線は教務室前の廊下の向かいの窓に向けられている。

 いや、窓の向こうの空、それより遥か先を見ているようだった。


「学園に行ったらどうなるの?」


「どうとでもなるさ。1年勉強して、僕は首都で仕事を探すよ。出来るだけ給金の高いやつさ。そんでお金が貯まったら家に送る。そのお金で弟も学園に行くんだ。弟は3年間通う。そしたらすごいことになるよ」


「…………」


 ビビアンは学園のことを聞きたかったのだが、バリーはその先を考えているようだった。しかし家にお金を送る、というのは気になる。


「ねえ、あたしでも首都で働いて家にお金を送れるの」


「女の人は分からないけど、首都ならここで働くよりいいみたいだよ。貴族の家の侍女や家庭教師とか。あとはお金持ちの話し相手とか」


「話すだけでお金が貰えるの?」


「うーん、よく分からないけど、そういう仕事もあるみたいだよ。貴族の奥様の付き添いをしたあと、結婚する人が多いって聞いた」


「学園ではどんな勉強をするの?」


「座学と実技だよ。座学は……」


 教務室のドアが空き、レベッカが出てきた。入れ替わりにバリーが入っていった。


 すでに用が済んだはずのレベッカは教室に戻ろうとせず、ビビアンをジロジロ見る。特に話すこともないのでビビアンは沈黙している。やがてレベッカが痺れを切らしたように話しかけた。


「あんた、まさか試験受ける気じゃないでしょうね」


「……」


 なんと答えていいのかわからないから、ビビアンは口を開こうとしなかった。その沈黙をレベッカは敵意と受け取った。


「いいかげんにしなさいよ。水汲み女が貴族の学校に入れるわけないでしょう。あんたなんか間違って合格しても、すぐに辞めるわ。勉強の出来るだけの身の程知らずが毎年学園に入ってくるって聞いたわ。みんなすぐ辞めるってさ、あんたみたいにね」


 レベッカは勝手に捲し立てている。ビビアンには反論のしようがない。昨日から散々考えていたことがレベッカの口から出ているだけに過ぎない。

 それでもビビアンの体はどんどん熱くなっていった。足元から震えがくる。ビビアンは自分が怒りを感じていることに気がついた。


「あんたは、あんたの間抜けな父親とおんなじよ。失敗するの。あんた失敗するの、わたしは成功するの。父さんみたいにね」


 ビビアンの喉元にひりつくような痛みが走る。それまでぼんやりと廊下をさまよっていた視線をレベッカに向ける。そして――。


「いい加減にしろよ」


 教務室の扉が開いていた。バリーがレベッカを睨み付けていた。


「お前も僕も、そんなに上等なもんじゃないだろ? ここにいる人間なんて首都じゃ、みんな同じ下層平民なんだよ」


 レベッカは声にならない悲鳴をあげ、顔を赤らめて走り去っていく。


「おい、待てよ」


 バリーがレベッカを追いかけ。やがて2人はビビアンの視界から消えた。


(ああ、レベッカはバリーが好きなんだ)


 ビビアンは冷えた頭でそんなことを考えていた。先ほどの怒りはすっかり消えていた。


「ビビアン、大変だったね。さあ、入りなさい」


 ビビアンは、ブレットに促されるままに教務室に入った。


「試験ってどんな感じなんですか?」


 ブレットはビビアンが最初に口を開いたことに少々面食らったようだった。


「受ける気になったのかい」


「受かると思いますか」


 質問には答えず、逆にビビアンは問い返す。


「合格する可能性があるのは君だね。ただ試験っていうのは中々力が出せないものなんだ。普段なら出来る問題も試験になると頭が真っ白になってさっぱり分からなくなるんだよ」


「そんなっ、じゃ、どうすればいいんですか」


「試験と同じやり方に慣れるしかないね。何度も何度も問題を解いていくんだ。今日はね、その話で呼んだんだよ。これから君たち3人には放課後、試験対策用の勉強してもらう」


 放課後……家の仕事……。


「お母さんにはね、大事なことはあらかた話てあるんだ。本人にやる気があればよいと言って下さったけど、君の気持ちはどこにあるんだい」


「あたしは……」


 ビビアンは、すっと一息吸って、それから答えた。


「受けます、試験。」

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