水汲み女と駄飼いの倅
授業が終わると学生たちは席を立ち、教室を去っていく。レベッカはわざとビビアンに近付き、
「追い出されたらいいのに」
と捨て台詞を吐いて教室から出ていった。学校は嫌いだが辞めさせられるのは困る。そんなことを考えていると若い教師――ブレットがやってきて、ビビアンの隣に座った。
「それで、君は試験を受ける気があるかい」
ブレットはいきなり話を始めた。それで、と言われても困る。
「今日、レベッカやバリーがその話をしていましたが、何のことだかさっぱりなんです。試験ってなんですか? 首都の学校てどういうことですか?」
「そうか……何も分からないのか……。いや、すまない、まず説明しよう」
ブレットはそう言うと、学校と試験について話し始めた。
「首都、分かるね? 大きな学校――学園がある。昔は魔術師たちの学舎で今は貴族も通っている。試験を受けると私たちのような平民も入ることが出来るんだ。君の力があれば、もしかしたら試験に合格できるかもしれない」
ここまで説明されてもビビアンにはさっぱり分からない。魔術師、貴族……そんなところで平民が何をするのか。平民といってもレベッカのような裕福な者もいれば、ビビアンのような貧民もいる。
「あ、あたしは……、水汲み女です。ここに通うのだって身の程知らずの贅沢なんです。あたしが貴族の学校に行くなんて……そんな……恐ろしい……」
ビビアンは何とかこれだけ喋った。貴族の学校――口にするのも恐ろしい。
「学園は基本的に3年間通うものだが、平民は1年で終了するものもいる。私もそうだった。ビビアン、いいかい? 君は自分のことを水汲み女と言ったね。じゃあ、私はなんだと思う? 君と同じ年の時、私は小さな村の駄飼いの倅だったんだよ。それが学園に1年通ってこの町の教師になった」
駄飼いとは、馬やロバの世話をする下男のことだ。ブレットの品のある姿からは到底想像できない。そしてその話がビビアンと何の関係があるのか分からない。
「私の村には、学校などという立派なものはなくてね。賢い年寄りが読み書きを教えていた。私の覚えがよいのを聞きつけた村の金持ちが、私を息子の勉強相手に選んだのだ。私とその子は一緒に試験を受けて合格した。私は1年学んでこの町の教師になった。金持ちの息子は3年学んだよ。その子はね、今、首都にいる。王妃様に仕えているんだよ」
王妃様! ビビアンにとっては本の中にしか存在しない人物だ。そんな人の名前を出されても、ただ混乱が増すばかりだ。
「知りません、そんなこと。あたし、あの――。合格しないといけないんでしょう? 無理、無理、そんな……」
話しているとビビアンの混乱が更に増した。椅子から勢いよく立ち上がり、逃げるように教室を出る。
「もう、お母さんには話してあるよ。家でよく話て見てほしい」
背中からブレットの声が聞こえる。ああ、お母さんは知っているのだ。なんてこと――、苦労ばかりしているあの人に、これ以上負担をかけるなんて出来ない。
ビビアンはブレットを呪いたい気分だった。