水汲み女のビビアン
はじめての投稿になります。
西洋風ファンタジーですが魔法要素はありません。
ビビアンがまだ『お嬢様』と呼ばれていた頃、家にロッシという子守りがいた。ロッシは怠けることしか頭にない若い娘で、幼いビビアンに『遊び』と称して自分の仕事を肩代わりさせていた。
当時、ビビアンがお気に入りだった『遊び』が水汲みだった。つるべを井戸に落とし可能なかぎり桶に水をいれ、力いっぱい縄を引っ張る。桶の水をたらいにいれ、再びつるべを井戸に落とす。幼い少女のやることだから時間がかかる。しかしビビアンは飽くことなく単調な重労働を繰り返すのだった。ビビアンは頑張り屋の力持ちね、ロッシはそう言って誉めてくれた。
それからしばらくして家の商売が上手く行かなくなり父が死ぬと、ビビアンは引っ越し、使用人たちはどこかへ消えてしまった。そう、遊び相手で子守りのロッシも。
しかしビビアンは相変わらず井戸で水を汲んでいる。今やそれは、『遊び』ではなく仕事であったが。
(たいして変わらないわね)
ビビアンは心の中でそう呟いた。辺りには自分と同じ水汲み女たちが水汲みの順番を待っている。
変わったことといえば、井戸の場所が家の敷地内から町中の共同井戸に変わったこと、ビビアンが本当に大きく力持ちになったことくらいだ。
「ばあちゃん、待っててね」
時々、ビビアンは力のない年寄りのために水を汲む。なんなら瓶を持って家まで送ることさえある。
「ビビアン、今日は瓶を持たなくていいよ。それより早く家にお帰り。あんた学校に行ってるんだろ?」
年寄りの水汲み女が言うと、まわりの女たちも「さあ、行きなよ」と順番を変わってくれた。
「ありがと……」
ビビアンは小声で呟くと、瓶を持って家路に向かう。
井戸の周りの女たちは優しい。
学校のみんなは優しくない。
「あ、水汲み女」
誰かそう言うと、教室にいる子どもたちが一斉にビビアンを見る。彼らの視線を無視してビビアンはいつもの席に座った。
このクラスの生徒たちはビビアンと同じ15歳だ。この町の子どもたちは7歳になると仕事を始めるか学校へ通う。貧しい者は奉公に出され、学校に通っていたものたちも読み書きがある程度できるようになれば、学校を辞め、どこかで働く。
だからこのクラスの生徒は少ない。水汲みをしている『貧民』はビビアン1人だ。
勉強は好きだった。特に詩と物語は全て暗唱できるほどだ。
でも学校は嫌いだった。
ビビアンがよい成績をとったり、先生に誉められるたびに周りの生徒は笑うのだ。
「水汲み女が頭がよくても仕方がないのにねえ」
でもビビアンも同じことを思っている。学校に通うのはただの贅沢だ。美しい詩をいくら暗唱しても意味はない。今のビビアンはただの穀潰しだ。
「あたし、試験受けるの。あんた、どうする」
そう言ったのは同じクラスのレベッカだ。彼女の父親がビビアンの父と同じ商売をしていたらしい。レベッカの父は成功し成り上がり、ビビアンの父は失敗して死んだ。レベッカはこの『話』をひどく好んでいて、ことあるごとに周りに話ている。
「試験?」
意味が分からずビビアンは戸惑う。レベッカはニヤリと笑う。
「あんた知らないの? ちょっと勉強が出来るからってほんとはバカなんでしょ。首都の学校に行けるのよ」
そこまで言われても分からない。とりあえず絶対に試験とやらを受けなければならないというわけでもないようで安心した。
「レベッカ、いいかげんにしろよ」
ビビアンの後ろから少年の声がする。振り返るとそこにはバリーがいた。もう何年も同じクラスで学んでいるがほとんど話したことがない。その彼が何故かレベッカの発言に声を荒げて怒りを示している。バリーはレベッカを睨み付けると、次にビビアンに視線を向ける。
「ビビアン、試験の話は本当に知らないの?」
「……知らない」
クラスの生徒とほとんど話すことのないビビアンは、内心の動揺を抑えながらぶっきらぼうに答えた。
「首都にさ、大きな学校があるよね。そこにさ、行けるんだよ。試験を受けて合格したらね」
「試験ってどんなの? どうやったら合格できるの」
とりあえず聞いてみたが、あまり興味がある話ではなかった。『首都』の『大きな学校』というのが何なのか、まず分からないのだ。
「バリー、やめなさいよ。こんな子が入れるわけないでしょ」
「この町で一番頭のいい子が入れないなら、君も僕も無理ってことだね」
バリーは茶化すような視線をレベッカに向ける。ビビアンはバリーの言葉に混乱する。
頭がいい?
私が?
身の程知らずの間抜けな水汲み女じゃないの?
「こんな子――」
まだレベッカが何か言おとしている。その時、先生が入ってきた。生徒たちは一斉に席に付き、前を見る。
まだ若い男の教師は入ってくるなり、
「ビビアン、話があるので授業が終わっても帰らないように」
とだけ言って本を開き、板書を始めた。