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8.蝕む、憎悪

書いててきついです!


※三話程度で冬稀視点は終わる予定です


 日下部 冬稀にとって、それはいつもの事だった。


「ほら、アンタと遊びたくて他の奴らも待ってたんだよ」


 底意地の悪さを感じさせる笑みを浮かべるクラスメイトの女子は、気遣うこともなく無造作に背中を押した。


「あっ」


 足がもつれて転びそうなるのをなんとか堪えながら、前に進む。目に映るのはいつもの空き教室だ。

 教室は、校舎の三階その最西端に位置しており今は物置として隅の方に椅子と机、少々の教材が纏められているだけである。


「二日ぶりだねぇ」


 だから、隠し事をする場所としてはうってつけだった。


「アンタさ、自分は解放されたとか、思ったわけ?」

「う、ぐっ。いいえ、思っていません」


 髪を掴まれた冬稀は、小さくうめき声を出したものの表情は変えることなく淡々と返事をした。


「ちょっとぉ、木原その辺にしときなって」


 笑いながら、別の女子が言った。その声に一切冬稀を労わる様子はない。


「そんな事言って、伊野もこんな無表情見たらこうしたくなるくせに」


 木原と呼ばれた少女は、机に座る少女へと愉快そうに笑った。


「ほら、アンタも謝りなさいよ。私たちを散々待たせたんだから」

「っ……ごめんなさい」


 抵抗する意思は見せない。少しでも反抗の意思見せれば余計に虐められるのは分かりきったことだった。だから淡々とあくまで機械のように処理をしていく。それが、最善だった。


「あれ……不満そうな顔してるねぇ、お前」

「そ、そんなことは」


 ない筈だ、冬稀は本心からそう思った。表面を取り繕うのは昔からやってきた事だ。彼の人生において感情のままに動いた経験の方が少ない。

 だからこそ、だろうか。例え虐めるという悪辣な行為の側に立っていた人間でさえもその小さな機微を見逃がさなかった。


 ようやくオモチャが啼いた、と木原が口元を歪める。

 そして――


「なんっで! お前がそんな目をしてっ! いるんだよ!」


 床に倒し、躊躇いもなく腹部を蹴る。何度も襲い来る鈍痛に、冬稀はただ耐えるしかない。耐えればいつか終わると、冬稀は既に弁明を諦めやり過ごすことを選んでいた。


 そして数分もすれば冬稀の思った通りに木原は満足げに足を止めた。代わりに、体の上に足を置いてはいるが、蹴られるよりはずっとマシだ。


「ハハハハ! 本当に無様だなぁ」


 それを見て伊野が笑う。それがいつもの事だった。本来ならもう一人、宮上という少女がいるのだが、今はいないようだ。


 自分の上に押し付けられた靴の感触を、どこか他人事のように認識しながら冬稀は心の中で呟く。


『だめだよ』


 あくまで優しく、諭すように。そうして声を掛けてやれば、間もなく一つの声が返事をした。


『――それで、冬稀はいいラピか』

『耐えれば、終わるからさ。転身だけは、だめ』


 自分の内側から響く声。それは、自分の人生を変えるきっかけとなったとある生き物の声だ。いつもなら底抜けに明るい調子の声で話すその生き物も、今は怒りに声を震わせていた。


『……必要になったら言うラピ。辛かったら、代わりにボクがこいつらを――』

『それはダメ。ありがとう、ラピル。でも、僕は大丈夫だから』


 自分のために誰かが怒ってくれている。それだけで、冬稀は少しだけ気が楽になった。その生き物――ラピルは、それ以上は喋る気がないのか何も言うことは無い。そんな自分の相棒に、冬稀はもう一度、ありがとうと心の中で呟いた。


「黙ってないで、何とか言えよぉ!」

「うぁっ」

「ギャハハハハハ! 気持ち悪い声。見た目だけじゃなくて声もブスなんだぁ。かわいそぉ」


 もう一度大きく、今度は鳩尾を深く蹴られて、冬稀は思わず身を捩らせた。無理矢理肺の空気を押し出され、喉奥から不自然な声が鳴る。


「……っ」

「いいねぇ。私もやろっと」


 地面を藻掻くように動く冬稀の姿が面白かったのか、伊野も混ざり再び蹴り始める。


 それから一体どれほどの時間がたったのだろうか。その二人の行動は、一人の声によって止められることとなった。


「――あれ、もしかして私抜きで楽しんでたの?」


 教室の扉が開けられると同時に、掛けられた声が一つ。


「ああ、宮上。遅かったね」

「こっちは、もう盛り上がってるわ。ほら、こんなにね!」

「うあっ」


 そう言って、一度強く踏みつけると木原と伊野は宮上の方へと近寄っていく。そして、何やら姦しく話し合った後に、全員が愉快そうに笑った。


「おい、日下部」

「……はい」

「いい加減、私たちだけじゃ飽きるだろうからさ、もっと面白い奴紹介してやるよ」

「ボッチのお前に友達紹介するとか私たち、超いい奴じゃん」

「ねー。ホント、根暗は感謝しろって」


 そう言って笑い合う三人の向こう。廊下に誰かの影が見えた。


「じゃ、さっそく紹介するわ。っても知ってるかもしれないけど」


 そうして木原が名前を呼んだ。


「入って、千晶(ちあき)

「え……」


 何故、と問う暇もなかった。

 千晶と呼ばれた少女は、教室に入ると真っすぐに冬稀へと近寄る。そして、地面に伏す冬稀の胸倉を掴み、無理矢理自分と目線を合わせた。

 海の底をさらったような蒼い目が、射抜くように冬稀を睨む。


「あ、あ……」


 今までとは違う。冬稀は感覚で理解した。

 木原たちとは一線を画すそれは、悪意などではない。


「私は、アンタを許さない……!」


 純粋な怒りだった。


「っ」


 身がすくむ。天敵に睨まれたように体が硬直した。


(どうして、千秋院(せんしゅういん)さんが僕を)


 わからない。これ程の激情をぶつけられる意味がわからなかった。


 千秋院(せんしゅういん) 千晶(ちあき)。その名はこの学校に置いて知らぬ者はいない程の有名人だ。文武両道の才人であり、絵画に描かれる乙女のような亜麻色の髪と生まれつきの端麗さ。そして、東鳴一のお金持ちである所謂(いわゆる)、お嬢様である。

 政界にも強く繋がっていると噂されている千秋院家の娘である彼女は、教師からも気を使われるほどで、冬稀にとっては文字通り住む世界が違う人間だった。


 少なくとも、木原たちのように、誰かを陥れて喜ぶような人間とは違うとそう思っていたのだ。

 それが、どういう訳か怨敵のように冬稀をにらみつけている。


「コイツ、好きにしていいのよね」

「勿論、良いよ。私たちも飽きてきた所だったし」

「そうそう。蹴っても水かけてもなーんも反応しない。泣いてくれても良いじゃんね?」

「ちょっと、泣かせたら私たち悪い事してるみたいじゃん」


 質の悪い冗談を言いながら笑う三人を尻目に、千晶はただ冬稀をにらみつける。


「……どうして、私が怒っているか知っているかしら」

「っ、ご、ごめんなさい」


 反射的に謝罪の言葉が飛び出す。それは、今までの生活で体に染みついた癖の様なものだった。しかし、それが気に入らなかったのか、千晶は綺麗な顔をさらに歪ませる。


「そっか……、わからないか」

「あっ、あ、あ」


 恐怖で喉が引き()り声が出ない。何か言おうにも言葉が浮かばない。今までぶつけられたことのない感情を前に、冬稀はただ怯えることしかできなかった。


「ねえ、アンタたち」

「ん? 何?」

「コイツ泣かせたいのならいい方法知ってるわよ」

「……へぇ、教えてよ」


 木原が興味深そうに返事をした。


「暴力ってのは……正直ダメな方法ね。この手の奴は暴力じゃ墜ちない」


 顔をなぞるように手を這わせながら、千晶が淡々と告げる。


「痛みなんて、すぐ忘れるから」

「へぇ、詳しいじゃん」

「……だから、力じゃない。コイツの中にある支えを砕くのよ」


 ジッと、冬稀の目を見る千晶。手をゆっくりと這わせたまま、顔を近づけていく。そして、ゆっくりと口を開いた。


「砂上 雪平か」

「……っ!」


 まるで、心の中を覗かれたような脳を解析されたような嫌悪感、本能からくる恐怖が冬稀を襲う。これ以上覗かれないようにと、冬稀は顔を這う手を払いのけようとして――


「アンタ、もうアイツと関わるのやめなさいよ」


 手を掴まれ、耳元で囁かれる言葉。

 その言葉が、毒のように脳へと染みわたり、意味を理解した時には冬稀の目は見開かれていた。


「アンタと関わる奴は皆私が潰すから。それが嫌なら……わかる?」

「――」


 思考が酷く遅いものに感じる。

 それを、他の誰でもない冬稀自身が驚いていた。 


(なんで)


 ただの二日、話した程度の人間だった。


(どうして)


 数える程度、昼食を共にしただけのクラスメイトだった。


(それなのに)


 只の一度、一緒に学校へ向かっただけの友達だった。


(――どうしてこんなに、悲しいんだろう)


 心に空いた穴を埋めてくれる筈だった()()が、音を立てて崩れる。それが何かを、冬稀は言語化する術を持たない。


「ハハ、良い顔するじゃない」


 ここにきて、初めて千晶が声を上げて嗤った。今まで以上に手を密着させ、顔の輪郭をゆっくりとなぞる。


「これから、仲良くできそうね。日下部 冬稀」


 そう言って、少女は嗤った。




いずれ来るハッピーエンドに期待していただけたら評価と感想お願いします

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