7.会議、迫りくる、悪意
想像以上の評価ありがとうございます。凄く頑張ります!
昼休み、俺と拓は冬稀の机に集まり各々の昼食を広げ、今日も今日とて魔法少女談義を始めた。
勿論、俺が今日話すことはただ一つである。
「俺、ラピッドハートと普通に話しちまったよ……!」
「えっ、マジっすか!」
「ふぅん……」
「意外と反応薄いな、冬稀」
「ソ、ソンナコトナイヨ、スゴイナー」
ぎこちないというか、なぜか目が泳いでいる冬稀が乾いた笑いと共に返事をした。これは、きっと嫉妬だ。よし、今度ラピッドハートと会うことがあれば、写真の一つでも取ってプレゼントしてやろう。
「それでさ、ラピッドハートがなぜか俺の贈ろうとしている横断幕の事を知っててよ、ちょっと驚いたわ」
「ほう、ということは精神干渉系の力を持っている可能性もあるんですか」
「どうなんだろうな。でも、もしもそんな力を持ってたら、ちょっと照れるな……」
「照れるって、どうして?」
「いや、俺の愛がダイレクトに脳に伝わるって事じゃんか」
「表現がきもいっすねー」
「それに、俺が考えてるあんな事やこんな事まで――」
「あ、あんなことって、そそそんな何をさせる気なんですかぁ!」
「えっ? あー、一緒に料理とか?」
「あっ……あー、そういうことかぁ。なんだ、はは……」
そう言うと、冬稀は何かを誤魔化すように菓子パンに齧りついた。顔が真っ赤だが、一体どうしたのだろうか。
「あれぇ? 冬稀は何を想像したんすかぁ?」
「へぇっ!? ななんのことかなぁ?」
「いやいや、顔真っ赤じゃないっすかぁ。まさかこんなムッツリだったとは予想外っす」
「顔は、その、今日暑いからだよ、うん!」
「あ、そうか? じゃ、ちょっと窓開けるか」
俺は席を立ち、窓を少し開ける。開けた場所からゆっくりと流れ込む風は心地よく、魔法少女談義で火照った体を優しく冷ましてくれた。
俺は椅子に座り、手に持っていた購買のおにぎりを齧る。今日は鮭だ。
「これでちょっとはマシになったか?」
「う、うん大丈夫だよありがとう」
「ハハ、これなら顔真っ赤にならないっすねぇ」
「うぅ……」
拓が意地の悪い笑みを浮かべながら冬稀の方を見る。冬稀は冬稀でなぜか目が泳ぎまくっているが、俺の知らないところで何か面白い話でもしたのだろうか、ずるい。
「てか、暑いなら脱いじまえよ。ほら、俺なんてもう上着を脱いでるぜ?」
「そ、そうだね」
「僕なんかはそれだけじゃ足りないっすね。もう、夏は地獄っす」
「なら少しは痩せる努力をしろ」
「それは嫌っす」
「頑なっ!?」
「ふふっ、でも今の拓も好きだよ僕は。なんか、優しいシルエットだし」
「ほらぁ! ちゃんと僕のことを評価してくれる人もいるんすよ! さすが冬稀、分かってるっすね!」
「いや、それ誉められてるか?」
「誉めてるっす!」
拓が自慢げにその驚異のバストサイズを誇る胸を張る。その巨躯は俺と違った意味で大きく、イメージとしては大樽に近い。
「さあ、冬稀もいっぱい食べて僕みたいになるっす」
「それはちょっと……」
「えっ」
「やーい、断られてやんのー」
「いいっす……。仲間ができないならオンリーワンを貫くっす……」
「え、あ、ごめんね……?」
「まともに謝るな。ほっときゃ治る。……それはそれとして、確かに少しは太った方がいいかもしれないな」
「えっ、そうかな?」
そう言って首を傾げる冬稀はあまりにも華奢だ。印象としては、男というよりも病弱で薄幸な少女。何をどうすればこんな細くて白くなれるのか疑問である。髪も男にしては長いし何かこだわりでもあるのだろうか。
「ほら、この手とか、俺よりずっと小さいし」
「あっ……」
冬稀の手を取り、手のひら同士を合わせてみれば差は歴然だ。ついでに腕を掴み触ってみるがかなり細い。
「腕とかも細いなー。女子みたいだ」
「えっ、あ、その」
「え?」
「手、離してもらってもいいかな……?」
俯きながら、冬稀が言った。その表情は窺い知ることができない。
「ああ、悪い。飯食えねえもんな」
「そういう訳じゃ……」
「え? でも食べづらくないか?」
「それはそうなんだけど……」
どうにも煮え切らない反応をする冬稀を前に、今度は俺が首を傾げる番だった。まあ、言っていることがいまいち要領を得ないというか、わからないのでどうすることも出来ないのだが。
「……あっ、ああ! もしかして、そういうことっすかぁ!?」
先程から、俺たちのやり取りを見ていた拓だったが、何かを理解したのか突然声を上げた。
「うおっ!? どうしたんだよ、拓。急に大声上げるな」
突然のことに俺は持っていたおにぎりを落としそうになった。冬稀に至っては驚きすぎて固まってしまっている。
「いや、何でもないっす」
「そこまで大声上げといて何でもないことないだろ」
「これ、人の尊厳関わってくるんで」
「そんな大事を急に悟るな」
拓がやれやれと首を振りながら続いて口を開く。
「いやいや、あんなやり取り見せられたら誰だって悟るっすよ」
「やり取り? 何の話しをしてるんだお前」
「嘘だろこの人。まあ、知らないなら知らないでいいっす!」
「めっちゃ気になるじゃんか」
俺の言葉にはもう答える気はないようで、拓は固まりっぱなしの冬稀の方をロックオンしている。
「冬稀」
「ひゃっ、ひゃい!」
拓の声に驚いたのか、冬稀はなんとも情けない悲鳴を上げる。そんな冬稀を見て、拓はサムズアップをし、こう言った。
「最近は、そういうのも受け入れられてるんで! 大丈夫っす!」
「……え」
再び、冬稀が固まった。その様子から推測するに冬稀は言葉の意味を理解したようだ。俺には何のことかさっぱりわからないので、なんか仲間はずれ感があって少し寂しい。
「そそ、そんなんじゃ、ないからぁ!」
再び稼働を再開した冬稀が、何か弁解をしている。随分と必死なようで、顔は真っ赤だ。
「いや、その様子がもう答えなんすよ」
「ち、ちがうっ」
「いいんすよ……自分の気持ちに正直になっても。なんなら押し倒すぐらいの気概でいくっす!」
「押し倒すって、ぼ、僕がそんな……あ、あんなことやこんなことを!?」
「勿論、あんな事やこんな事っす」
なんかもう、知らない国の、知らねえ祭の一番盛り上がるシーンを見てる気持ちだった。二人が仲良くなって俺としては大変嬉しいのだが、勝手に盛り上がっているというか、言語が圧縮されているというか、俺の知らないところで重大な事実が発覚している気がしてならない。
「ぼ、僕は――」
「なあ」
「ひゃい!」
「俺も、混ぜろ。さっきから楽しそうにしてさ。ズルいだろ」
「いや、それはちょっとまだ早いっすね……」
神妙な面持ちで、拓が言った。
「まだってなんだよ」
「まだはまだっす」
「えー、いいじゃんかよ」
「……ラピッドハートの話をするっす!」
「あ、ああ、いいね。僕もそうしたいなぁ」
「そこまで露骨な話題の逸らし方は初めて見た。まあ、するけど」
ラピッドハートの話となれば乗らざるを得ないのも事実だ。この二人、俺のことを熟知しているのかもしれない。
拓たちの話題逸らしの罠にまんまと引っ掛かった俺は、気を取り直して魔法少女談義を再開した。
「横断幕が駄目なら、どうするんすか」
「ああ、それはもう既に一つ案があってな。冬稀と話したんだが、キーホルダーとか良いじゃないかって」
「横断幕貰っても困るからね……」
「困るか?」
「困るよ……。だから、キーホルダーにしたんだ。デザインとかはまだ決まってないけどね」
「うーん、デザインねぇ。何がいいんだろうか」
まず最初に思い浮かぶのは、兎のキーホルダーだ。彼女のイメージを動物に落としこんだ場合、俺は兎を想像するからである。しかし、少し安直という気がしないでもない。もっと彼女のクールな雰囲気に合わせてみるというのもありかもしれない。
「……結構難しい」
ふと、時計を見る。針は、あと十分程度で昼休みが終わることを示していた。
やはり一から考えるとなるとそう簡単に短時間で生み出せるものではない。その点、横断幕は良かった。でかでかと愛を綴ればよかったのだから。
「時間、掛かるかもな」
「なら、放課後も考えたらどうっすか? 冬稀、確か部活入ってなかったっすよね?」
「入ってないよ」
「放課後か……成程」
拓の言う通りだ。ここで下手に決めてしまうよりも、もっとじっくり考えた方がいいかもしれない。
「冬稀、放課後ちょっと一緒に考えてくれるか」
「……うん!」
弾むような声で冬稀が返事をする。そうかそうか、そんなにラピッドハートへの贈り物を考えるのが楽しいのか。非常に良い事だ。
「なら、放課後もよろしく。こうやって教室でじっくり考えようぜ」
「わかった、楽しみにしてるね」
そう言って冬稀は笑った。
▼
その日は、日下部 冬稀にとっては間違いなく幸せな日だった。何も起きることなく、新しくできた友人たちと他愛もない談笑をする。ただそれだけの雑多な日々が、冬稀にとってはなによりの幸せだったのだ。
(早く雪平来ないかな)
誰かに呼ばれたのか、少し席を外すと言って雪平が出ていってから十分が経過しようとしていた。たったの十分だけなのだが、それでも冬稀は何の意味もなく窓の外を眺めたり、消しゴムを手の中で転がして遊んだりと、どこか落ち着きがない。
(退屈だなぁ)
教室には、冬稀一人だった。クラスメイトは既に帰ったか、部活動をしている時間だ。窓から差し込む斜陽が、冬稀一人分だけの影を作っている。遠くに聞こえる運動部の喧騒も相まって、教室は余計に静まっているように感じた。
(雪平……)
心の中でそう名前を呼べば、心はいつもと違う弾み方をした気がした。それが一体何なのか、冬稀は未だに確信を得られないでいる。
それでもこれからゆっくりと知っていけばいいと、そう思っていた。
(キーホルダー楽しみだなぁ)
いつか、巡り巡って自分の元へ来るキーホルダーのことを考えると自然と頬が緩んだ。この瞬間だけは、確かに冬稀は未来に期待をしていたのだ。
だからこそ、この瞬間に現れた悪意は今まで以上に彼の心を蝕むこととなる。
「――おい、日下部」
「……っ」
その声には覚えがあった。傲慢と、嫌悪と、侮蔑に満ちたその声を忘れるはずもなかった。
ただ名前を呼ばれただけなのに、先程とは違う嫌な動悸が彼の中を支配する。口の中は乾き、体は天敵に睨まれたようにその動きを止めた。
「また可愛がってやるから、私たちのとこ来なさいよ」
「……そ、それは」
「何? 私に逆らう訳?」
やってみろよ、暗にそう言っている。しかし、愉快そうに笑うその影に、冬稀は抗う術を知らない。
「……ごめんなさい」
「わかればいいのよ。ほら、さっさとついてきなさい」
俯き、後をついて行くその顔に先程のような明るさはない。光を失った目は、出来の悪いガラス玉のようにただ乱雑に辺りを写し込んでいるだけだ。
「――ごめん」
教室を背に、小さく呟く。その声は、誰に届くこともなく無人の教室に飲み込まれて消えていった。
「悪い、遅れた……ってあれ?」
その教室にはもう誰もいない。ただ、どこか物悲しい空気だけが漂っていた。
※次話より、一部いじめ描写などが入ります
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