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6.登校、根暗同志と談笑を

ジャンル別日間ランキングに入ってました! ありがとうございます!

「ほ、本当にそんな紹介の仕方をしたの……?」

「悪い……」


 隣を歩く冬稀が唖然としたように言った。俺はもう謝罪することしかできない。


 俺は今、学校に向かう途中で偶然見つけた冬稀と一緒に歩いていた。そこそこ早い時間なので、生徒と会うこと自体が珍しく、他に姿を見つけることは出来ない。


 折角会ったので、話題を提供しようと昨日の鹿島さんとの出来事を話したのだが、最初は笑顔で、次第に顔は赤く、最後には唖然とした顔つきに変わっていった。


「というか、そ、それを本人に言う度胸って、何」

「い、いやだったか?」

「嫌というか……、何?」


 困惑しているのか、冬稀はしきりに首を傾げている。


「あと、気になったんだけど、鹿島さんって誰? 雪平くんの話に疑問が多すぎて処理しきれないんだけど」

「鹿島さんは鹿島さんだろ」

「えぇ……」

「うーん、何て説明すればいいんだ?」


 少し悩んで俺は答える。


「姉さんの……友達?」

「えっ、ますます分からないんだけど。情報が開示されてさらに謎が深まることってあるんだ……」

「うーん、でもそう言う他ないなぁ」


 関係を文字にした場合、そうとしか表せないのだ。そこに上司という肩書が付随するのだが、それを言うわけには行かないだろう。

 一応、俺の活動は隠している。俺たちの存在は公的に認められてはいるが、所属する人間の情報は原則として一般人に知られてはいけない。

 これは、負の感情を力にするクライマーへの対策として影から情報を操作、市民のクライマーに対する認識と恐怖を和らげる目的がある。俺たちが表立って行動すれば、それだけ市民が不安になってしまうのだ。


「あと、強いて言うなら親代わり、か? だからか知らねえけど、マジで俺の交友関係を心配してくる。昨日みたいに」

「昨日のは、雪平くんの説明が悪かったんじゃ……」

「それでも最後は分かってくれたぜ? ちょっと渋い顔してたけど『ユキくんがそっちの道を行くなら応援するよ……』って」


 どこか遠い目をしながらの言葉だったが、きっと納得してくれたのだろう。


「解けてない! 誤解解けてないよそれ!?」

「いや、わかったって言ってたし、解けてんだろ。心配性だな、冬稀は」

「うぅ……なんでわからないの? そ、それにラピッドハートの事を、すす好きならそんな周りに勘違いされること言わない方が良いんじゃないの、かな!」

「えっ、急に興奮するなよ、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ……」


 顔を真っ赤にして冬稀が抗議をしてきた。そこまで必死になるのはどうしてなのだろうか。


「あっ、そう言えば昨日ラピッドハートに会ったんだけどよ」

「っ、う、うん」

「横断幕、いらないってさ……」


 これは本当に悲しいことだ。昨日、冬稀とどんな横断幕を作ろうか話し合っていただけに、それが無駄になると考えると本当に申し訳ない気持ちになってくる。


「ふ、ふぅん、そっか」

「……なんだよ、残念じゃないのか?」

「うぇっ!? いや、残念だよ。うん、悲しい」

「だよなぁ」


 冬稀もこう言っている。でも、本人にいらないと言われてはもうどうしようもない。


「半分作っちまったんだけどなァ」

「えっ、それは……ごめんね」

「なんでお前が謝るんだ?」

「アッ……、いや、その、えぇっと……ほ他に何か贈り物したらいいじゃないかなぁ! あ、あのきっと小物だったら受け取ってくれるかもよ!」


 そこそこの剣幕で捲し立てる冬稀。妙な気迫があるのは気のせいだろうか。


「そ、そうか?」

「そうだよ。ほら、横断幕と違って部屋に飾れたりとか、キーホルダーなら付けてくれたりもするんじゃない?」

「お前……」

「うっ、な、何かな?」

「――頭いいな!」

「あ、ああ、うん……」

「そうなれば良い物を考えなきゃな!」

「ハハハ、ソウダネ」


 冬稀もこう言ってくれているし、小さなものを送るというのはいいかもしれない。横断幕は、勿体ないので奥の方にしまっておこう。


「一体どんなのが――」

「っ」


 そこまで言って俺は止めた。

 止めざるを得ない気配を感じたのだ。


(……おいおい、昨日浄化したばっかりだってのに、おかしいだろ)


 それは、体を這いまわる不快感として、今もなお俺に警鐘を鳴らしている。

 間違いない。クライマーの出現だ。


(冬稀がいるし、下手に動けねェか)


 俺が職員である事は極力隠しておきたい。そうなると、まずは冬稀を安全なところに避難させ、そこから現場に赴くのがいいだろう。幸いなことに、近くに現れた気配はない。


「……冬稀」

「何かな」

「このまま学校に行け。忘れもの思い出したから取ってくる」

「雪平くんこそ、忘れものなんて放って学校に行ったほうがいいよ」


 その顔は、先程のおどおどとした雰囲気からは想像も出来ない程に冷たい。前髪の向こうに見え隠れする目も、氷を想起させるほどに鋭くなっていた。どこか様子がおかしい気がするが、とりあえず今は少しでも遠くに避難させるのが優先だ。


「いや、大事な忘れものだ。だから、行け」

「……分かった」


 そう言うと、冬稀は駆けだした。別に走れとは言っていないのだが、ここから離れてくれることに越したことは無い。


 やがて、角を曲がり冬稀の姿が消えたのを確認して俺は鹿島さんへ通信を繋げる。


「おい」

『ふぁい……、ん、そこから東に、二百メートル……。ふぁあぁ』

「てめえ、何を呑気にあくびしてんだ」

『だってさっきまで寝ててー』

「もう6時過ぎてんだぞ!」

『いや早いって……。前から思ってたけど、学校に行くの早すぎない?』

「あァ、それは一年の時にやたら一緒に登校したがる奴らが……じゃなくて、きっちり仕事はしろよ。じゃ、現場についたらもう一度こっちから声かけるから」

『え、ちょ今とんでもないフラグクラッシュ発言が――』


 何か言いかけていたが、俺は一度通信を切断し走り出す。どうせ余計な話だろうから到着までは切っておくのが得策だろう。


「朝っぱらから容赦ねえなァ、クソ共(クライマー)が……」


 鹿島さんに指示された場所へと、俺は走る。




 クライマーの出現地は意外にも見知った公園だった。小さい頃はここでよく遊んだものである。お昼頃はちびっ子たちの憩いの場でもあるが、今は朝という事もあり誰の姿も――。


「おはよう。雪平君」

「……え」


 その場に似つかわしくない程の美しさを持つ少女がそこにいた。朝日を受けて煌めく銀の髪は陽光に照らされる新雪のようで、優しい煌めきが俺の目に反射する。その紅い眼も、気のせいかいつもよりも優し気な気がした。


「クライマーは、浄化しておいたから」

「……えっ?」


 言われてみてみれば、ラピッドハートの右手から絶え間なく蒸気が上がっている。そして、クライマーの姿もどこにもない。それは全てが解決したことを示していた。


「……あ、ありがとうございまァす!」

「うん」

「朝早くからご苦労様でェす!」

「うん。雪平君も、朝からお疲れ様」

「名前、覚えてくれたんですね! 感激でございますでェす!」

「あと、一ついいかな」

「はァい!」


 告白の返事がようやく貰えるのだろうか。


「横断幕よりも、私はキーホルダーとか、小物の方がいい」

「……わっかりましたァ! 丁度作ろうとしてたところでェす!」

「そっか。楽しみにしてる」

「百個つくりまァす!」

「そんなにはいらない」


 無表情でそう告げると、ラピッドハートは俺から背を向けた。ここから去るのだろう。


「じゃ、学校、いってらっしゃい」


 淡々と、抑揚を感じさせない声。しかし、そこには俺に対する思いやりがあった気がした。


「はいッ! ラピッドハートも! 頑張ってくださァい!」

「ん」


 片手を挙げて返事をしたラピッドハートは、たんと軽く踏み込んで遥か彼方へと跳び去っていった。

 公園に、再び静寂が訪れる。


「……やべえ」


 そうして冷静になって、気が付いた。


「俺、メッチャ普通にラピッドハートと話してた……!」


 驚愕の事実だ。こんな普通に会話できるなんて、もしかしてこれは夢なんじゃないかとすら思う。


「へへっ、これ、冬稀に申し訳ねえな」


 アイツが知ったらどんな反応をするだろうか。悔しがったり、するのだろうか。ラピッドハートの話を聞いて顔を真っ赤にするくらいだから、とても悔しがりそうだ。


「あ、そうだ報告報告……」


 我に返って、通信を繋げる。


『あ、終わったー?』

「終わったというか、終わっていたというか……」

『ええ、ラピッドハートいたのー? 最近駆けつけるの早いねー』

「こんな朝早くでも駆けつけるのマジ大天使だァ」

『よく素面でそんな台詞吐けるねー。あ、報告は帰ってからでいいからー』

「そっか。じゃあ行くわ」

『あ、あとさっきの話なんだけど、一年生の時の詳し――』

「通信切りまァす」


 何やらごちゃごちゃ言っていたが、俺は躊躇いなく切る。そして、朝日に向かって一つ伸びをした。


「うっし、行くか!」


 とても、体が軽い。そんなぶっちぎりの良い気分で、俺は学校へと向かうのだった。



 

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