46 帰還、体を休めて
遅くなって申し訳ないんですけど、非常に頭の悪いイチャイチャ回となっています
ご査収ください
東鳴高校の進化体襲撃事件。
その事後報告は非常に簡素なものであった。
もはや報告と言うべきかどうかわからない。
詳細も伝えず、主観の混じった精査されていない情報のソレ。だが、それを通したのには理由があった。
「い、痛い……。背中、すげェ、痛い……!」
砂上雪平、二度目の自宅療養である。
進化体との大立ち回りを見事にこなした雪平であったが、それは一切の代償をなくして出来たものではない。
「日焼けの上位互換みたいなヒリヒリがァ……」
枕に顎を乗せ、もごもごと呟く雪平。
流石にこの状態ではまともに話を訊くことは出来ないと鹿島は判断したようで「じゃ、また特別休暇だねー」といつものように笑顔で言ったのだ。
「大丈夫……?」
「死にはしないけど、かなりキツイ」
「だ、だよね」
ベッドの隣、椅子に座った冬稀は自身の問い掛けに分かり切った質問だったかとバツが悪そうに笑った。
その姿は、もはや私服となったワンピース型ルームウェアであり、どこか怪我をしている様子もない。それは慣れない手つきながらもリンゴの皮を剥いている姿からもわかるだろう。
魔法少女である彼にとって、自身の傷の修復などは造作もない事だった。
「……冬稀」
「何?」
「手、切るなよ」
「大丈夫……! 任せて、僕はこういうの得意だと思うんだ……!」
「意気込むな意気込むな」
怪我をしている者が、看病をしている者を心配するという奇妙な構図がそこにはあった。
「――よし、なかなか良いんじゃないかな!」
意外にも綺麗に仕上がったリンゴを見て、雪平は気の抜けた感嘆を漏らす。
「おおー、やるな」
「えへへ……、そうでしょ? これでも僕、百戦錬磨の魔法少女だからね!」
「おお」
「……ゴメン、やっぱり今の無しにして」
一拍、間をおいて俯きながら呟く冬稀。その顔は、どことなく朱色に染まっているように見えた。
それを誤魔化すように冬稀はリンゴの一切れを雪平へと差し出す。
「はい」
差し出されたリンゴと、紅くなった冬稀の顔を交互に見た雪平は、やがてリンゴを口にした。
「……ん、うまい」
「そ、そっか……よかった」
「ああ。さすが、百戦錬磨の魔法少女さんの剥いてくれたリンゴは一味違うなァ」
「あっ……もう、そんな意地悪しないでよ」
「意地悪? いやいや、俺は本心からそう思ってるぜ?」
そう言った雪平は、そのままつらつらと言葉を吐き出し始めた。
「誰かに剝いて貰ったリンゴは美味いけど、それがあのラピッドハートが手ずから剥いたものとなればもう、それは至上であり至極。末代まで家宝として残すべき代物であり、やがては世界遺さ――」
「わかった! わかったから! ……もう、本人を前にしてどうしてそうも気持ち悪いことが言えるの?」
「気持ち悪い?」
雪平は、その言葉に理解できないと首を傾げる。
「自分の好きな人へと愛を語るのに気持ち悪いも何もないだろ」
「ふえっ……いや、待っておかしい。危なく流される所だったけどリンゴ一つでそこまで言うのは普通に考えて異常だと思う」
「異常じゃない。愛情だ!」
「何もうまくないよ……」
意気揚々と返す雪平に、冬稀がため息交じりに呟く。
言葉は威勢がいい物の、その姿勢が常にうつ伏せであり背中が包帯でグルグルなのがなんとも情けない。そのギャップも相まって、情けなさに拍車が掛かっている。
「まったく、怪我をしているっていうのに」
本当に怪我をしているのかと疑いたくなる饒舌っぷりだ。
それでも暫く黙っていると唸り始める辺り、話すことで気を紛らわせているのだろうと冬稀はおおよそ理解していたし、実際その通りだった。
雪平の怪我は、何もガラス片により出来たものだけではない。
進化体との戦闘により骨には決して小さくはないヒビが入っているし、体中打撲だらけだ。怪我をしていない箇所を探す方が難しいだろう。
そして何よりも彼を苦しめているのが、弾丸の過剰使用による副作用だった。
通常の人間に存在しない魔力を扱う為の器官を無理矢理用意するのが弾丸である。が、魔力の供給こそ叶うものの、魔力が流れる体そのものが対応しているわけではない。
だからこそ、弾丸は一定時間で消えるし、支給される数も限りがある。それこそが、組織で定めた人間として耐えうるギリギリのラインだったのだ。
だったのだが――
雪平は、進化体との戦いの中でラピッドハートと互いの魔力をシェアするとか言う馬鹿みたいな荒業をやってのけたのだ。
以前、二回程魔力の循環を体験した雪平だからこそ土壇場で出来た事ではあるが、それは本人が思っている以上に体を傷つけていた。余談ではあるが、それを知った冬稀は三度目となるアレをしてしまった事にこっそり悶えた。
とまあ、つまりは捨て身の技で見事に自分を痛めつけた自業自得なのだが、想像以上に深刻な怪我であることに間違いはなかった。
「雪平……無理はしないでね」
「どうしたんだよ急に」
「いや、雪平って辛いと空元気でやたらと饒舌になるっぽいから」
まだ日は浅いが、共に過ごした冬稀には雪平という人間の癖がおおよそ理解できていた。というよりも、この男が分かりやすいのだろう。
無理をしているときは、いつもの調子に更に輪をかけて騒がしくなるのがこの男の特徴だった。
「……まじ?」
「うん」
「そうか」
気恥ずかしそうに、雪平が笑う。
無意識だったのだろう。
指摘された雪平は、一度間の抜けた声を上げ考えるように唸った後に、
「……うん、無理してたわ」
と、答えた。
幼い頃からずっと続け、癖となったそれはもはや反射的に行われる。
雪平は、改めてそれを理解し遠慮することなく口を開いた。
「なあ冬稀」
「どうしたの」
「頼めるか?」
「……うん」
不透明な会話。
しかし雪平の療養中、幾度となく繰り返された会話。
それは、冬稀の了承を得ることで始まる一つの治療であった。
「じゃあ、いくね」
「……おう」
別にやましい事をしているわけではないのに、自然と雪平の言葉にも力が籠る。それは、雪平の隣に立ち決心したような目をしている冬稀が原因だった。
「――転身」
呟いた言葉をきっかけとし、冬稀の体が光に包まれ変化していく。
やがてその場には、銀の髪をふわりと揺らす少女の姿があった。
「お、おお……! 本物だァ……!」
「な、何回も見てるでしょ」
「この感動は、数回見た程度じゃ色あせないな。多分一週間は感動するぞ」
「えぇ」
ラピッドハートが困惑した声を上げる。
その声も、冬稀の姿の時とは違いもっと高くそして清涼的なものだ。
こうして彼女とくだらない会話をして時間を浪費するのもまた一つの療養なのでは無いだろうか、と雪平は頭の隅で考えながらも右手をそっとラピッドハートの前に出した。
差し出された手が、やがて柔らかな感触に包まれる。
ラピッドハートが、その手を握ったのだ。そしてこれが、治療の合図である。
「……いくよ」
「いつでもこい」
気張った返事をする雪平。
しかし、数秒後にはその張った気の糸も緩み始めた。
体を流れる温かい魔力。
握られた右手から流れ込んでくるラピッドハートの魔力が、ゆっくりと体に染みわたっていく。例えるのならば、冷え切った体をゆっくりと湯舟に浸ける感覚が近いだろう。
加速により、自己再生の速度を飛躍的に上昇させるこの治療法は無数の傷を負った雪平にとって最も有効な物であった。
が、弾丸の過剰使用により魔力によって生まれた傷は長時間魔力を流し込むと悪化する可能性がある。そのため、こうして短時間の治療を複数回にわけて行っていたのだ。
「……はァ」
体に魔力を流し込まれるという、普通に生きていては味わえない感覚に、思わず気の抜けた声が出る。
そこに更に、憧れのラピッドハートにそれを行ってもらっているという事実。
「俺は幸せだなァ」
端的に言って天国だった。
「そ、そう? なら良かった……うん、良かった」
「ああ、しかもこれ、なんか気持ちいいしな。最高だ」
「ふぃっ!? ち、治療行為だから!」
「え? ああ、そうだな。……どうした、そんなに大きな声上げて」
握られた手に込められた力が少しだけ強くなった気がした雪平は、ラピッドハートの顔を見る。
その顔は、気のせいではなく赤くなっていた。
元々肌が白い事もあって、実にわかりやすい変化だ。
「顔赤いけど、大丈夫か?」
もしかして自分の治療のせいで体に負担をかけているんじゃないだろうか、と心配に思ってのことだった。
「大丈夫……、僕……いや私は、百戦錬磨の魔法少女だから。うん、だから、治療行為ごときで動じない……動じない……!」
「大丈夫ならいいけど、疲れたら言えよ? 別に、無理にしてもらう必要はないからな」
そう言いながら、雪平が無意識の内にそっと手を引いた。が、ラピッドハートの右手がそれを逃がさないとでも言わんばかりにぎゅうっと握る。
「無理なんてしてないよ! というか、こっちがありがとうっていうか、その、疲れてないし何ならこっちも気持ちい良いからお互いに損はないし――」
「えっ、これそっちも気持ちいいのか?」
「う、うん」
「まあ……それならいい、のか?」
「いいよ、うん。べ、別に……嫌じゃないし」
ふいっと、横をむきながらラピッドハートがそう言った。
その顔は、銀色の髪に隠れて見えないが、それでも髪と髪の合間に見える小さな耳がほんのりと赤くなっているのが何よりも答えだった。
「――それに」
何かを雪平に言われる前に、先んじてラピッドハートが言葉を続ける。
丁度口を開きかけた雪平は、一瞬間の抜けた顔をしたがやがて耳を傾けた。
「雪平にはたくさん助けて貰ったから、僕にできることなら何でもしてあげたいんだ。だから、これくら――」
「……何でも?」
「えっ」
「何でもって、言ったな」
雪平の念を押すような言葉。
不自然ともとれるやたらと熱のこもった口調に、思わず顔を赤くしていたことも忘れて雪平の見る。
そこには、それはそれは真っすぐな目をした雪平がいた。過去イチである。
そしてラピッドハートは――冬稀は気が付く。
「……あ」
何でもという言葉の重みに、その危うさに。
雪平に指摘されて、ようやく気が付いた。
「あわわわわわ、ち、ちがっ、そんなつもりで言ったんじゃ――」
もう遅い。
「一度吐いた唾は飲み込めないぜ? 自分にできることなら何でもしてくれるんだろ?」
「うぅ……」
「なら、丁度頼みたい事が一つあるからいいか? 流石にここまでお願いするのは気が引けるからって、遠慮してたんだよ」
ならそのまま遠慮してくれ、とは言い出せるような空気ではなかった。
冬稀としても、できることなら雪平の要望は答えるつもりではあった。それだけのことをしてもらったのだから、恩を返すのは当然とすら思っている。
(うわあぁぁぁ! どうしようどうしよう――)
が、それはそれだ。
何でもと口走ってしまった結果、雪平の口からどんな要望が飛び出してくるのか分からない。
故に、ムッツリ成分多めの勘違い系魔法少女が思いつく要望は大抵が――
(ぜ、絶対エッチな事だよぉ!!!)
こうだ。
(ど、どうしよう一応雪平も怪我がまだ治りきってないんだし、そんな事をしても大丈夫なのかな!? いくら雪平の要望と言えども流石に体に響くんじゃ……って、どうして受ける事前提で考えてるんだ僕は!?)
「おい、どうした?」
(危ない危ない、流される所だった。ふぅ、流石に何でも言う事を聞くって言っても限度があるもんね。だから、え、エッチなことも断っていい筈……)
「おーい?」
(断る……? 命を助けて貰って、こんなにあったかい場所をくれた雪平の願いを断る? そんな事が果たして許されるのかな)
許されるも何も全て妄想であることに、本人が気がつくことはない。
「ちょ、え? 何ブツブツ言ってんだ? 聞こえてる?」
(……よーし、やるぞぉ。僕は決めた。うん、こわくない。むしろ……いやむしろじゃない! 違う違う! うん、これは恩返しだ)
「大丈夫か? 疲れてんなら一度休んでもいいぞ?」
「……大丈夫だよ。ありがとう」
「そうか」
「あの……!」
「ん?」
やるとしても一つ事前に言っておかねばならないと、少女は真剣な顔でしかし恥ずかしそうに言った。
「こ、子供は出来ない、と思います……!」
「え、何をいって――」
「たぶん、マジカルな変化なので、そう言った機能は、おそらく無い……と思います!」
「何が!?」
言葉の意味は理解できないが、その必死さだけはわかる。
それが更に雪平の未知の恐怖を際立てた。
『あるラピ』
「あるのぉ!?」
「だから何が!?」
ラピッドハートの脳内に直接響く声の主は、それだけ言うと再び気配を消した。
「ゆ、雪平はそういうのがあったほうが嬉しいの……?」
「具体性がない質問ってこんなに怖いのか」
しかも、片手を塞がれ、背を向けてうつ伏せの状態である。
雪平としては少し、いやかなり怖い。
「まあ、あった方がいいんじゃないか? ソッチの方がお得感あるし」
怖いけれど、それはそれとして普通に答える雪平であった。
貰えるものは貰っておく方にどちらかと言えば分類される彼は、少し悩んだ後にそう答えた。勿論、質問の主が自分の信頼している人間だからこそ、変なことは言わないだろうとの考えもあってのことだ。
だが、まさかそれが子宝だとは思うまい。
「お、お得って、そんなニッチな趣向を……」
「え?」
気のせいだろうか、握られている手がプルプルと震えている気がした。
やがて、一層強くギュッと握ると、意を決したように彼女は口を開く。
「わ、分かった。意志が変わらない内に……しよっか」
「ん、そうか」
そう言った彼女の言葉の違和感に気が付くことは終ぞなかった。
「それで、どんな感じにするの? ぼ、僕初めてだから、上手くできるかわかんないよ?」
「ははっ、そんなに気負うなって」
妙に緊張しているラピッドハートをリラックスさせようと、雪平は声を掛ける。
今から行う事にそんな緊張も覚悟も必要ないと、言ってみせるがどうにも少女は落ち着かない様子だった。
「で、でも」
「まあ、この年で誰かに頭を撫でて欲しいなんて、あんまり声を大きくして言えることじゃねえけどな」
「……ん?」
「あ、笑わないでくれよ? コッチも頼むの恥ずかしいんだからさ」
「……そう」
ちょっと恥ずかしそうに話す雪平を見て、なぜか急速に頭が冷めていくのをラピッドハートは他人事のように感じていた。
同時に、雪平がエッチな事を要求すると考えていた己に対して、きっちりと自己嫌悪も済ませている。
「流石に高校生にもなって同級生に頭を撫でろっていうのは流石にな……あっ、これ内緒な」
「……そう」
もうラピッドハートの脳内はぐっちゃぐちゃだった。
なんならここまできたのだから此方から仕掛けてしまおうかと思うくらいには混乱している。
幸いかどうかは分からないが、雪平は寝ておりおそらくは抵抗できない。そもそも、魔法少女と一般人とでは力の差がありすぎる。
組み伏せることなど訳ないのだ。
「……頭を撫でるだけ?」
「ああ。そうだな。あ、何でもって言ったのはそっちだからな?」
(何でもって言ったのにその要求もどうなの……?)
ラピッドハートの中に理不尽な怒りが募っていく。
せっかくこちらは気持ちの準備をしていたのだ。自分にできるなりに精一杯満足させようと意気込んでいた。
(これ、僕が一人で妄想して空回っただけなんじゃ)
ここにきて、ようやく理解する。
が、回りに回った彼女の意志がこの程度で止まるわけはない。
「――ねえ」
「どうした?」
「それだけでいいの?」
「え?」
「今なら、もっとこう、ほら……あるけど、サービス」
「何を言ってるんだ?」
困惑した声色の雪平。
しかし、ラピッドハートは止まる気配はない。
色々な倫理や理性と戦った結果、既にバーサク状態だった。
「も、もっと、やってほしい事あるんじゃないかなぁって」
そう言いながら、ゆっくりとベッドに上がる。
そして、寝ている雪平を気遣いながら自分もまたその隣に横になった。
「……え? 冬稀?」
(な、何やってるんだ僕はあぁぁぁぁぁぁ!)
それは雪平の方が聞きたいだろう。
「ほら、学校もしばらく休校だし、時間はたっぷりあるよ?」
「お、おう」
一切意図の読めないラピッドハートの言葉に雪平がただ返事だけを返す。
「ねえ――」
手を握り、寝ころんだ状態で雪平を見つめる。
真っ赤な双眸はどこか潤んで艶やかだ。
「ち、近くないか? おい、どうした!?」
突然、推しの顔が急接近したことにより雪平もまた混乱し始めていた。混乱しても決して手を出さない紳士ではあるが、これは心臓に悪い。
「もっと、自分に正直になっても、いいんだよ……?」
「なっ――」
あくまで淡々と浄化をこなす普段のラピッドハートとは違う言葉。
それは、変身者である冬稀の側面が強く出たものだ。
いつも以上に健気で、どこか庇護欲を誘う姿。
それは、儚げな少女のようで。
今ままで雪平は見てきたことのないものだった。
「なっ何でもって、本当になんでもいいのか?」
「……うん。雪平がしたこと、しよ?」
トドメの言葉に、箍が外れる。
「したい事……! な、なら――」
そうして、雪平は自分の中に浮かんだそれをそのまま口にした。
「寝るまで、頭を撫でてくれ」
「えぇ……」
困惑するラピッドハートを他所に、頭を撫でられた雪平は大層満足だった。




