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45.銀兎、愛の前に立つ少女・下

すんごく遅れました! すみません!


 日下部冬稀という人間は、多くの物が欠落した人間であった。

 それは、自己愛。

 それは、心を許せる家族。

 それは、居場所。

 挙げれば、きっと時間が足りなくなる。

 故にこそ、彼が歪んだとしてもそれは当然のことであるし、それを非難できる人もまたいない訳だ。


 それでも、もしも誰かの為に戦えたのなら。

 自分へと手を差し伸べることのなかった周囲の人間の為に、拳を握れたのなら。

 傷付いても立ち上がれたのなら


 きっとその先で――


「……雪平」

「おう」


 もう独りではなくなるだろう。






 本来、クライマーの出現ともなれば一般人であれば、道理を捨てて自身の生存に文字通り命を掛ける。だからこそ、公的に彼等の避難誘導をし、行動を律する組織が必要なのだ。

 人間が、知性の生き物であるための外付けの理性。雪平の属する組織はその側面も持っていた。


 であるならば、今の状況はどうだろうか。

 生きていて一度見るかどうかもわからないクライマーの出現。そして、崩壊した校舎。例え崩されていない教室でもそれなりの揺れはあったし、実際に小規模ではあるが、パニックが伝染した箇所もある。


 今まさに、雪平の存在が必要とされる場面。

 ここでの組織としての最善策はただ一つ。

 ラピッドハートに戦闘を任せ、一人でも多くの生徒をいち早く校舎から避難させることだ。

 にもかかわらず、雪平は敢えて違う選択肢を取った。

 道理も、倫理も、痛みで冷静になった頭の中にはあった。

 でも、それ以上に優先すべきものがあったのだ。


「もう、独りじゃねえからな」


 大切な人を守る。

 それは、雪平にとってなによりも優先されるべきものだったのだ。


「遅れて悪かった」


 謝罪を口にしながら、雪平が近づく。

 視線の先のラピッドハートは、未だ校舎の壁に身を預けたままだ。

 

「なん、で」


 しわがれた声と、鉄臭さの通り抜ける喉を無視して、ラピッドハートが声を上げる。それは、疑問。


 なぜ、この場に来たのか。


 言葉にすればそれだけの問い。だが、そこにはラピッドハートの様々な思いが込められていた。紅い目から崩れるように落ちる涙も、その思いの一欠片。


「ラピッドハートが、いや……冬稀が辛そうだったから」

「答えに、なってない、よ」

「いいや、これが俺の答えだ」

「そんなことで――」


 命を掛けて良い訳がない。

 そう言葉を紡ごうとした先、涙で歪んだ視界の奥。雪平のいる場所よりもずっと後方にいた等身大の悪意が動いた。


「っ、ぐ」


 察知したラピッドハートが対処しようとすぐさま体に力を入れる。

 しかしそれは白んだ意識と、全身を襲った痛みにより前に倒れる形で終わった。


(ま、ずい……!)


 浮遊感を感じる脳の奥底で、本能がこのままではいけないと警鐘を鳴らしている。が、それでも傷つき疲れ果てた体は、そのまま地面へと吸い込まれるように倒れていき――


「っと、大丈夫か? まあ、大丈夫なわけねェか」


 気が付けば前にいた雪平に受け止められていた。

 とん、という優しい衝撃の後にゆっくりと背中に回された手を感じながら、それでもラピッドハートが口を開く。


「僕は、いいから、逃げ、て」

「断る」


 真っすぐな言葉に、ラピッドハートは再び涙を流す。

 悲嘆。

 涙に込められている思いはそれだけだ。

 真っすぐに、自分の事だけを見つめてくれる。

 そして、自分のためにこの場所に来てくれる。

 今までの彼の人生からすれば、想像できるはずもない誰かを思うが故の行動。しかし、それは今のラピッドハートからすれば絶望の前触れでしかない。


 この希望が手折られる。

 呆気なく。容赦なく。

 その光景を一度目にしたラピッドハートには、次の光景は既に目に浮かんでいたのだ。


 後方で動いた悪意。

 人を絶望の汚泥に沈めるのが本懐の彼等の次の標的は間違いなく雪平だ。


 だから、とラピッドハートが雪平を押しのけようとする。

 しかし、雪平はラピッドハートを離さない。

 逃げて、とラピッドハートが悲痛に懇願する。

 けれど、雪平は真っ向から断り逃げ出さない。


(また、僕は失うのか)


 力は既に殆ど残されていない。

 雪平に支えられて立っているのがやっとの状態なのだ。

 そんな今のラピッドハートに、雪平(大切な人)を守ることはできない。


 そして、


「――タダノ人ガ、ノコノコト戦場ニ来ルナド」

 

 すぐ近くで聞こえた声に、ラピッドハートが息をのんだ。


「駄目、やめてっ!」


 そんな願いが通じるはずもなく、進化体の拳ががら空きの雪平の背中へと――


「……ただの人だァ?」


 苛立ちを隠さない声。

 強い意志を持った声に、思わずラピッドハートが顔を上げる。

 が、声を上げることすら叶わなかった。


 衝撃が、ラピッドハートの体を襲ったのだ。

 

「うぁっ」


 決して大きなものではないが、それでも突然の力の作用に喉奥から声が漏れ出す。

 その衝撃を、最初雪平が殴られたものであると考えたラピッドハートだったが、すぐさまその考えを捨てた。


(今のは……?)


 その衝撃に、体へ掛かる負荷に覚えがあった。

 高速で動くことを可能とするラピッドハートだからこその感覚。直ぐに理解する。


「――避ケタカ」

「当たり前だろォ? わざわざ当たってやる義理があるかよ馬鹿」


 高速で移動し、止まる。

 ()()()。  

 その感覚と、進化体の言葉。そして、当たり前のように煽る雪平の姿を見て、ラピッドハートはようやく理解した。


「進化体の攻撃を、避けたの……?」

「おう」


 字面なら、非常にシンプルな行動である。

 が、それには幾応に立ちはだかる問題が存在した。

 一つ、ラピッドハートを抱きかかえての移動。

 一つ、目視しない状態での攻撃の把握。

 一つ、そもそもの埒外速度の攻撃の回避。


 その他にも様々な問題がある。

 が、それを全てクリアし、過不足なくこなした上で雪平はそこにいた。

 そして慈しむようにラピッドハートを抱き支え、その頭を優しく撫でている。


「まァ、ちょっと肝は冷えたけどな……こんな奴と、一人で戦ってたのか」


 よく頑張った、と優しく雪平が言う。

 ラピッドハートは何をいう事もなく――遂に体を預けた。


「正直さ、今もよく分かってねェんだ。自分が本当はどうすればいいのか」


 髪を梳かすように撫でたまま言う雪平。ラピッドハートは、()()()()()()()()()()と、その声をただ静かに感じている。


「それでも、ここで冬稀を見捨てるのは違うってわかってたからさ。だから、こっからはもう独りじゃねえ。俺がいる」

「雪平」

「ああ、一緒に戦おう」


 芯の通った声。それは、まるで自分達の勝利を確信しているかのよう。だからこそ、ラピッドハートは告げた。


「……僕はもう戦えない」


 単純に、肉体の摩耗が激しかった。

 魔力もまた、底をつきかけている。転身が解かれるのも時間の問題だろう。

 そうなるように戦ったのだ。自分の体を犠牲に、次に繋げたのだから当然の事である。

 だから、その言葉に安易に頷くことはできなかった。


「魔力が残り少ないんだ。きっと、さっきみたいに動けないよ」

「――大丈夫、()()()()

「……え?」


 一蹴。

 不安も、困難も当然の様に打ち払えると雪平はそう言っている。

 顔を上げて、その目を見てみればその言葉が酔狂でも逃避でもない事が分かった。


「どうして……?」

「冬稀がラピッドハートだって知ってから思いついたことがあってな、俺の手を――ッ! 危ねェッ!」


 突き放すようにして、雪平がラピッドハートを両手で押す。彼自身もまた、その衝撃に逆らわぬようにして反対側へと倒れるように跳んだ。

 そして、その間を抜けるようにして通る黒い閃光。

 槍の様に鋭く光りを飲み込む闇は二人の間を突き抜けると、そのまま校舎へと大きく音をたてて激突する。


「っ」


 ラピッドハートが、攻撃の放たれた方を見る。

 何かを投げたような体勢の進化体がそこにはいた。


(駄目だ、さっきよりも強くなってる。今の僕じゃどうやっても勝てない)


 ラピッドハートは瞬時に理解する。

 雪平との会話によって生じた時間。それは、敵である進化体にさらなる強化の恩恵を与えていたのだ。

 目の前の死ぬ寸前の命を刈り取るか、それとも次に来る驚異に備えて力を蓄えるべきか。知性を獲得したクライマーである異形が選んだのは後者。

 目の前の二人は、いつでも殺せる命。

 ならば、と優先順位を下げ、先程の戦いでつけられた傷を少しでも治そうと努めたのだ。


 それは先程まで戦っていたラピッドハートだからこそ知りえた事であり、同時にこのままでは勝つことは愚か、後に来る魔法少女ですら危ういだろうこともわかった。


(くそっ、やっぱり逃げ――)


「ッラァ!」


 思考を横から思いきりぶん殴るかのような威勢の良い声が、ラピッドハートの鼓膜を揺さぶった。

 声の主は、雪平。

 視界の先で、今まさに進化体の頬へと拳を突き刺した雪平だ。


「グッ……ハハ、オモシロイ人間モイタモノダ」

「そりゃァ、どうもッ!」


 もう一度、拳を突き出す。素人特有の理論も理想もないフォームで繰り出されたそれは、進化体を吹き飛ばすことすらできない。


「雪平、駄目だよっ! やっぱり戦うなんてっ」

「駄目なんかじゃねえッ!」


 三度、拳を放つ。

 一発、一発と攻撃を重ねる。


「お前はまだ戦えるッ! 絶対に、絶対だ!」


 試すように、そして興味深そうにしながら進化体は攻撃をする雪平を見下ろしている。


「だから――ッ」


 変わらず、放つ拳。

 それが、()()()()()()()


「もう一度、今度は一緒に戦ってくれッ――ラピッドハートッ!」

「っ!」


 叫びと決意、思いを纏って拳が放たれる。

 程度が知れる、と進化体はそれをただ受け入れた。


「フム、合理性ニ欠ケ――ガッ!?」


 衝撃。

 頭部を震わせたソレに、僅かによろめいた進化体は、それを放った人間を見ようとして、


「くらえエェァッ!」


 真正面から、拳を受けることとなった。


「グッ、バ、バカナ」


 一歩、後ずさる。

 進化体は、目の前の人間と自分の彼に対する行動に驚愕した。


「我ガ、敵ト認メタノカ」


 あり得ない、と理性が言っている。

 しかし、それ以上にクライマーとしての本能が、礎となった数々の同胞たちが危険であると叫んでいた。

 それは、自分の生まれたての理性よりも優先されるべきもので――


「認識ヲ改メル」


 ここにきて初めて進化体は目の前の人間を一つの個体として、自分の敵として認定した。

 ここからは、攻撃をわざと受けてやる必要もない。


「オ前ハ、今カラ敵ダ」

「ッ!?」


 進化体は深く踏み込む。

 小細工は無い。ただ、種としての性能の差を用いて雪平との距離を詰める。そして、容易く間合いの内側へと入った。


「――くそッ」

 

 雪平もまた、すぐに気が付き迎撃しようとするが間に合わない。

 頭部へと吸い込まれるように向かっていく自分の拳を見て、進化体はその勝利を確信した。


「獲ッタ」


 元よりこの人間には本気ではなかった。

 先程の魔法少女とは違う。

 だからこそ、こうしてきちんと意識してやれば、屠るのは容易いことだった。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは優先順位をつけ、従順に従うプログラムにも等しい思考ルーチンをもつクライマーだからこそ。

 

 故に、理屈や道理を感情で覆す人間の行動は、時に理解の外側に存在することになる。


 例えば、自組織の使命よりも、大切な人を優先した青年の様に。

 例えば、勝つ見込みがない相手に向かって拳を握る様に。


 例えば、


「――させないっ!」


 限界も不可能も踏み越えて、()()()()()()()()()()()


「ナ――ッ!?」


 雪平へと放たれた拳、その先。

 今まさに届かんとするその拳の前に、一陣の風が吹く。

 流れる紅に、靡く銀。

 

 その姿は当然――


「ははっ、来てくれるって思ってたぜ?」


 ラピッドハートに他ならない。


 意識外から、加速を伴った一撃が進化体の体を捉える。


「グッ!?」


 体を瞬く間に駆け巡る衝撃が進化体へとその攻撃の異常性を伝えている。今まで以上に速く、鋭く、そして重い。

 

「……馬鹿ナ、コレハ間違イナイ」


 明らかに進化している。


 吹き飛ばされた先、砂埃をかき分けるように立ち上がった進化体。その視線は、たった一人の魔法少女に向けられている。


 先程まで自分がいた場所に立ち、拳を握る魔法少女――ラピッドハート。

 立ち上がることは愚か、戦う事なんてできるわけがなかった。


 にもかかわらず、確かにこの土壇場で力を取り戻し更にはその上へと至った。


「何故ダ、何故オ前ガソレホドマデノ魔力ヲ保持シテイル!?」


 まさか、自分相手に加減していたのか?

 あり得ない、と一蹴する。

 それでは先程までの傷ついた姿と矛盾が生じる。


 ならば、残っていた魔力をすべて使ったのか?

 不可能だ、と判断する。

 それだけでは、自身の能力を超えることは出来ない。


「ソノ身ハ確カニ我ノ前ニ、力尽キタ筈ダ」


 理解できない。

 失った魔力を瞬時に取り戻すなど、()()()()()


 そんな現象は、クライマーと魔法少女を問わず有史以来存在していない。


 故にこそ、進化体にとってそれは奇跡という他無かった。


「テメエにはわかんねェだろうよ」


 ラピッドハートの横に並び立ち、雪平が言う。

 そして、自分の力を確かめるように拳の開閉をするラピッドハートの肩を優しく叩いた。


「いけるか?」

「……うん。なんだかよくわかんないけど」


 それでも、と魔法少女は続ける。


「君がいるから僕はこうして戦えているんだって、それだけはわかる」


 二人同時に、拳を構える。

 

「――行くぞ」

「うんっ」


 魔法少女と一般人の共闘。

 歴史上で初めてとなる転換、その瞬間だった。


「僕たち二人でなら――」


 悲劇も悲嘆も絶望も乗り越えた先の奇跡は――決して負けることはない。






 進化体と、ラピッドハートが同時に跳ぶ。

 銃弾と見紛う速度のソレは、数分前の彼女らを軽く上回っていた。


「――っ」

「――グッ」


 尾を引くように上がる砂煙を背にして、拳同時がぶつかる。

 次いで、巻き起こる風と衝撃。

 まるで初撃の焼き増しの様なその光景も、やがて終わりを迎えた。


「ッ!? コレハッ」


 ぶつかり合う拳の先から上がる僅かな蒸気。

 小さくとも確かに、それは浄化の証だ。


 進化体は迷わず後方に跳ぶ。

 そして、浄化された拳の表面を即座に修復させた。

 今の進化体にとって、この程度の浄化の傷は問題ではない。

 

 だが、


「触レタダケデ、コレカ……」


 少し触っただけで浄化が発生する。

 それは、今までの戦いで得た経験を根本から覆すものだった。


 前のように、捨て身覚悟で魔力を放たなければ浄化をできなかったラピッドハートはもういない。

 目の前にいるのは、間違いなく天敵。

 体そのものが必殺と成り得る力を持った魔法少女だった。


 本来であれば退く以外の選択肢はあり得ない。

 が、しかし


「まだまだっ」

「ッハ、ソウ簡単ニハ逃ゲラレソウモ無イカ」


 目の前の魔法少女がそれを許す筈もない。 

 弾かれるように跳んだラピッドハートは、拳を引き絞る。

 中段。ボディブローに近い一撃。

 圧倒的な速さを放たれたそれに対して、進化体は寸前で防御を間に合わせて見せた。


「真正面カラトハ」


 浄化されることを前提に、腕を犠牲にして体を守る。

 浄化による傷も、再生にリソースを回せば大したことは無い。

 こうして防御を続け、どうにか隙を見て逃げればいいと、進化体はそう考えた。


 故に、その行動は予想外だった。


「……ッ」


 拳が、腕に触れる。

 体表が焼かれ、浄化が始まる。

 そこまで良かった。想定内だった。

 が、次の瞬間。


 大きく上へと弾かれた腕を見て、思考に空白が生れた。


「……ハ?」


 浄化するための一撃ではない。

 次の一手へと繋げるための布石。

 そうとしか考えられなかった。


 それは、がら空きになった進化体の腹部が物語っている。

 が、それはラピッドハートもまた同じだ。

 互いに読み合い、一手を放った瞬間に生まれた空白。


 ――それを、その男が見逃がす訳がない。


「がら空きだァ!」


 間を縫う様にして雪平が姿を現す。

 そして、その手に握られた一振りの警棒を進化体の腹部目掛けて思いきり振りぬいた。


 「ウッ!? ガァッ」


 クライマーに有効打となるべく設計された特殊合金製の警棒が、確かな傷を進化体に与えた。

 腹部を一文字で裂くようにして蒸気が上る。


 傷を抑え、進化体がよろめく。

 致命傷ではない。

 それでも、確かにその攻撃は進化体へと響いた。


「……ッ、ナニ。コノ程度」

「その程度で済ますかよォ!」


 始めに、雪平が踏み込んだ。

 一般人であるはずの彼の脚が、地面を大きく抉りその体を前へと押し出す。

 それは、走るというよりはもはや跳躍に近いだろう。

 奇しくも、それは彼が憧れとするあの少女と同じ動きだった。


「――ッ」

「ぶっ潰れろォ!」


 跳んで得た加速を殺さぬままに、警棒が振り下ろされる。

 大きく隙を見せた上段からの振り下ろし。それは、人間を遥かに凌ぐ進化体であれば容易く躱せるものであった。


 が、しかし、


「――ッ、イツノ間ニ背後ニッ!?」


 迎撃のために構えたその瞬間、背後に感じた()()()()()()

 もはや、見ることすら叶わなった。

 雪平を挟んで、進化体の直線上にいた筈のラピッドハートが自身の背後に立っていたのだ。


「コレハッ――」


 状況が、逆転する。

 好機である筈のこの瞬間が、埒外の加速をもって塗り替えられる。

 

 防御、否。間に合わない。


 背後の魔力に気をとられ、気が付けば目の前に警棒が迫っていた。それだけではない。


「うらァッ!」

「っ!」


 がら空きで硬直した背中に向けて放たれる、容赦のない横薙ぎの蹴撃。


「――」


 まず初めに胴が潰され、次いで頭部が派手にひしゃげた。人を模した筈の体が、出来損ないのオブジェの様に歪み、地に墜ちる。


 しかし、人ならざる者は、その程度では死なない。


「グッ、アアアァァァァ!」


 咆哮が響く。

 否、頭部を潰され、発声器官をうしなったそれを吠えると呼ぶ事は出来ない。

 それでも、体を震わせ、全身からけたたましく鳴り響くその音は、間違いなく咆哮と呼ぶべきもので、


「――ヤハリ貴様ラハ危険ダ」


 倒れ伏した背中から突き出すようにおびただしい数の触腕が新たに生成される。

 その触腕が、トドメを刺そうとした雪平とラピッドハートの前で乱雑に振るわれる。


「――ッ、まずい」

「雪平っ」


 トドメを刺そうと深く踏み込んでいた雪平の眼前へと触腕が迫る。が、それを寸前でラピッドハートが凪払い、雪平を抱えながら距離をとった。

「大丈夫?」

「ああ、悪い。……にしても、往生際が悪いなァ、アイツ」


 面倒臭そうな顔をしながら雪平が見つめる先にいる進化体が、ゆっくりと起き上がる。その姿は、今までのような精巧なヒトガタではない。まるで、目を瞑って手の感覚だけで作り上げた粘土細工のような歪さがあった。背中から生えている触腕もまた、人ならざる者である事を強調する要因だろう。


 が、それは弱くなった訳ではない。

 単純に手数が増えたのだ。そして何より――


「殺スコロスKroすKロ――」


 殺意が増幅された。

 有体に言うならば、なりふり構わなくなったのだ。


 知性的に努めようとした姿も、理性的な動きも、もはやそこにはない。

 一匹の獣。闇より這い上がらんとする亡者の姿がそこにはあった。


「――」


 声になり損なった音が、響く。

 そして、触腕がうねるようにしながら二人の元へと向かった。


「ラピッドハートッ」

「うんっ」


 相対する二人もまた、駆ける。


 先陣を切ったのは、ラピッドハートだ。

 赤いマフラーを靡かせて、たん、たんと、跳ねるように駆けながら触腕を躱し、受け流し、前に進む。


「――っ」


 進化体へと進むほどに触腕による攻撃が激しくなる。

 やがて、捌き切れなくなった触腕の一本が、ラピッドハートへと迫っていき――


「させるかよォ!」


 後方から駆けてきた雪平の拳により殴り払われた。


「雪平」

「おう、このまま一直線に行くぞッ!」


 漆黒の線撃が舞う中を、二人が駆け抜ける。

 ラピッドハートが先行し、雪平が後方からフォローをする。そして時には、雪平が前に飛び出し警棒で一気に触腕を凪払い道を無理矢理作る。

 

 直線的な動きでは無ないが、少しずつ確実に進化体へと迫っていた。


(ナンダ、コレハ)


 わずかに残された理性が、目の前の光景に驚愕した。

 ラピッドハートが強引に進み、雪平が体を張ってそれを守る。

 雪平が強引に道を作り、ラピッドハートがその道を進む。


 協力と言うにはそれはあまりにも歪。

 進化体は、迫ってくる二人の姿を見てその違和感に気が付いた。


(マルデ一方的ジャナイカ)


 違和感の原因。

 逆転劇の大元。

 その原因たる人間を、進化体はようやく理解した。


(貴様カ、ユキヒラ)


 敵として認識しただけでは足りなかったのだ。

 姿を現した瞬間に、即座に叩くべきだったのだ。


 が、もう遅い。


 既に、()()()()()


「そのまま進めェッ!」

「わかったっ!」


 触腕を振り払いながら雪平が言う。

 頷き更に速度を上げたラピッドハートにまた別の触腕が迫る。

 が、それをこの男が許す訳もない。


「――テメエが気安く触って良い相手じゃねえんだよッ!」


 払った触腕を足場にして跳躍した雪平がラピッドハートの背後に迫る触腕を叩き落とす。そして間もなく駆け出し、別の触腕をへし折った。

 次いで、上方より槍のように降り注ぐ触腕を警棒で横に受け流す。

 次いで、壁の様に束ねられた触腕を思いきり蹴り破った。

 次いで、警棒を放り投げ、突き出されんとしている触腕に向けて突き刺した。

 次いで――


 あまりにも歪、と進化体が評価したのはこの雪平の一方的な協力関係にある。

 ラピッドハートの為ならばと動いた体が確実に彼女の障害を減らしているのだ。当然、彼女自身もまた回避をしているが、それ以上に動き回る彼の恩恵は大きかった。

 先を行く者とそれを追い補助する者。

 それは、最前線で戦う魔法少女とそれをサポートする護国機構の関係性をそのまま現しているかのようで――


「ナ、ナンナンダ貴様ハ」


 進化体から思わず声が出る。 

 こんな物があっていいはずがないと、本能が否定していた。


 ならば目の前のこれは何だ?

 どうしてこんなふざけた奇跡が起こっている?

 何故(なにゆえ)自分が押されている。

 そもそも、これは一体なんだ?

 

 目の前の人間は――


「ッラァ!」


 ()()()()()()()()()()()()()


「只ノ人間ダロウ!? ドウシテココマデ動ケル!? ドウシテソコマデ魔法少女ノタメニ尽クスノダ!?」


 わからない。

 故に、問う。


「オ前ニトッテ、ソノ魔法少女ハ何ナノダ!?」


 返ってくる筈もないと、思っていた答えは、やがて数多の触腕を乗り超えて返ってきた。


「それは俺が――」


 無防備となった進化体の眼前、雪平の姿がある。

 そして、拳が放たれた。


「アイツの同居人でッ――」


 間髪入れずに、警棒が振るわれる。


「親友でッ――」


 怯む進化体を前に屈んだ雪平は、やがて全身を使って渾身のアッパーを繰り出した。


「ファン一号だからだアァァァッ!」

「何ヲ言ッテイルノダコノ男――ガッ!?」


 宙に浮く体にもはや抵抗する力は残されていなかった。

 拡張された視界に、ただ蒼空が映し出される。


 そして――


「――あとは頼んだ、ラピッドハート」

「――うん」


 空を裂くようにして紅いマフラーが揺れる。

 視界に映るのはそれだけだが、進化体にはそれが何かすぐに分かった。

 が、理解した所でどうすることもできない。


「アア、我ガ――」


 進化体が最後に感じたのは、体を揺るがす程の拳の衝撃と、全身を焼き尽くすかのような浄化の光だった。







後はイチャイチャエピローグが数話で終わりです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! [一言] イチャイチャエピローグ、待ってます。変態なので。
[一言] イチャイチャエピローグがイチャイチャエロエピソードにみえたもうダメだ イチャイチャしろ
[一言] 勝った!第一部完! さて熱い前座は終わった……
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