44.銀兎、愛の前に立つ少女・上
長くなりそう&書く時間が中々取れないので、現状分を投稿します!
遅れてごめんなさい! ご査収ください!
力の激突による衝撃が、大きな風を発生させる。
それは、上から見ていた雪平達にも充分届きうるもので、巻き上げられた砂埃に思わず目を細めた。
それでも、目を閉じることは無い。
いや、目を離せないと言うべきか。
「なんだよ、これ……」
目の前で起きている現象に、呆然とする雪平。
それは、魔法少女とクライマーの戦いを見てきた彼だからこそ、漏れ出た言葉だった。
(レベルが違い過ぎる)
雪平の目をもってしても埒外。
トップクラスの才をもつ魔法少女と、進化を経て新たな力を得たクライマーの戦いは既に雪平の想像を超えていた。
「俺は、どうしたら――」
初撃、両者の拳のぶつかり合いは互いに大きく弾かれる形で終わった。辺りに発生した暴風が、両者の力の証明でもある。
(やっぱり、いつものような浄化はできない)
弾かれた拳を見て、次に相手を見て、ラピッドハートはそう結論付けた。
初撃、ラピッドハートが放ったのは普段であればクライマーを一撃で浄化できるほどの魔力を纏った拳である。つまりは、必殺。
その必殺の一撃が、ただの拳により相殺された。
互角に見えた拳のぶつかり合いは、間違いなくラピッドハートが負けていたのだ。
(ある程度弱らせないと、浄化は不可能――)
力に任せての浄化は不可能に近い。ならば、とラピッドハートは自身の戦闘論理を組み替える。
「――っ」
大きく、前に跳躍する。
進化体のいる方へ向けて、弾丸のように飛び出す。
「ハハハッ、真正面カラトハッ」
それを見て進化体が笑い、先程の様に構えた。
おそらくは初撃で、ラピッドハートの力量を把握したであろう拳が次こそはと引き絞られる。
やがて、両者の間合いが重なったその時、
「死ネェ!」
進化体が、最初に拳を放った。
速度、纏う瘴気共に初撃とは桁違いの一撃。それは、ただの一度の激突をもって理解したラピッドハートへの必殺の一撃だ。
当たればそれだけでラピッドハートを絶命に至らしめる死の一撃。
しかしそれは――
「――ナッ」
当たればの話である。
拳が、空を切る。
拳圧が、風となりラピッドハートが先程までいたであろう場所を通り抜けた。
音を立てて吹く風に揺られる様に舞う紅が、進化体の目の端に映る。下方、自身の足元。
「マサカ下ニッ」
攻撃を放った直後の体はすぐさま対応することができなかった。それでも、眼だけは、ラピッドハートを捉えた。
地面を這うようにして、姿勢を低くしたラピッドハートの姿。そして、外側から大きな円を描いて脚が――
「ガッ」
視界が、反転する。
視界に捉えていたラピッドハートが消え、代わりに蒼空が際限なく映し出された。瞬時に、進化体は、自身が足元を崩されたのだと理解する。
「成程ナ」
体を大きく捻り、手を地面につくとバネのようにして跳躍。
僅か数メートル離れた場所に立った。
そして、正面を向く。
眼前にはすでにラピッドハートがいた。
「ナッ――」
ラピッドハートの拳が、顔にめり込む。何かを引きちぎるような音と、漏れ出る様な水っぽい音が、頭の奥で響く。が、人間ではない進化体は、その程度では止まることは無い。
「素晴ラシイ」
放たれた拳の一から逆算し、進化体もまた拳を振るう。
「ぁがっ」
小さな悲鳴と共に拳から伝わる感触が、ラピッドハートを捉えたことを理解した。
ラピッドハートを殴り飛ばす。頭部を再生させた進化体は前方、大きく砂煙が上がった校舎を見る。
「ソレガ、ソノ速サガ、オ前ノ武器カ」
煙の中から瓦礫を押しのけ、出てきたラピッドハートに進化体が問い掛ける。ラピッドハートは、それに答えることは無く再び一歩踏み出した。
直線。先と変わらぬ真正面からの拳。
進化体がそれに合わせ迎え撃つのと同時に、ラピッドハートが先程と同様に姿を消した。
「――っ」
小さな息遣いを進化体が捉える。後方、自身の背後。
しかし、気が付いた時には既に背中を大きな衝撃が襲っていた。地面を擦るようにして二転三転とし、進化体が吹き飛ばされる。
やがて、停止した進化体はまるで人で言う所の砂を払うかのような動作をしながら立ち上がった。
「効いていない……?」
「イヤ、多少ハ響イタ」
呟きに答える形でクライマーが返す。
「コレ程ナラバ、我ガ同胞ガ多ク殺サレタノモ頷ケル。ダガ、ソレデハ届カンゾ」
挑発なのだろう。進化体は、わざと口角を上げて笑顔の様なものを作って見せる。ラピッドハートは、それに敢えて乗るように飛び出す。
「言われなくてもっ――」
跳躍。
動きを目で追うようにする進化体の視界に敢えて収まり続ける。
「そんなことはわかってる!」
間合いのギリギリまで引き付けて、加速。
直線的な動きで、進化体の横。拳を構えたその脇腹へと深く鋭い蹴撃を叩きこむ。
(それでも、僕がやらないといけないんだ)
蹴り飛ばされる進化体。
それにラピッドハートが、加速し追いつく。
(僕がっ!)
飛ばされた進化体を反対側から迎え撃つ形で、拳を放つ。今まで以上に魔力を込めた渾身の一撃が、無防備な進化体の胴を大きく打ち抜いた。
「ハハッ、イイゾ、モット力ヲ見セロ」
空中できりもみ状に回転しながらも、進化体が笑う。
「っ、うるさい!」
空中の進化体を叩き落とす。
大きく柱の様な砂煙を起こしながら、進化体が地に墜ちた。
(コイツさえいなければ――)
砂煙の向こうに見えた影に、ラピッドハートが飛び込む。
未だ、状況を把握していない進化体へ向けて拳を放ち、離脱。
「――っ」
そして、攻撃に反応し、振り向いた先で更に背後をつき攻撃を加える。
視界を塞ぐ形で巻き起こった砂煙も味方をしていた。
一撃、また一撃と攻撃を重ねていく。
大きな一撃は必要ない。ただ、攻撃を当てる事だけに重点を置いた連撃。それが、ラピッドハートが対進化体用に編み出した攻略法。
最終的に勝つための戦術だ。
(あぁ、もっと一緒にいたかったな)
拳を振るいながら、頭の隅で考える。
進化体の反撃が空を切った。
(一緒に、ご飯を食べて、寝て。テレビを見て……あ、ゲームも一度やってみたかったんだ)
反撃が空振りに終わった進化体の意識外、頭部を目掛けて殴る。
砂煙の中、再び進化体が地面に伏した。
(学校も、きっともっと楽しくなった。千秋院さんにもお礼を言わないといけなかったのに)
起き上がった進化体の腹部に蹴撃を放つ。
軽く宙に上がった進化体へ目掛けて追撃を放とうとして――
「……っ」
体を脱力感が襲う。
すぐさま追撃を諦め、砂煙の中に姿を消す。
(流石に、無理をし過ぎた。でも――)
加速したラピッドハートが、再び進化体へ向かう。
(想定内だ)
近づくラピッドハートに進化体が気が付いた。
対応しようと構える。が、次の瞬間には進化体の側頭部に脚が迫っていた。
「ガッ!?」
大きく、蹴り飛ばされる。
砂煙を飛び出すようにして打ち出された進化体は、地面に手を突き立てて減速し、姿勢を制御した。
そして、ラピッドハートのいた方、砂煙の中を注視する。
が、気配を感じたのは背後からだった。
「――ッ」
振り返ろうとする頭部に、衝撃。
進化体が気が付く頃には、地面に再び倒れ伏していた。
それでも、
「――アア、ソウイウコトカ」
悠然と立ち上がりながら、進化体が言った。
納得したような言葉と共に、進化体がくつくつと笑う。
「オ前自身ガ、勝ツ気ハナイナ?」
ラピッドハートは答えない。代わりに、拳が進化体を襲った。
「ガッ――、ハハ、ヤハリ体ヲ犠牲ニシテイル」
殴られながらも、進化体が言う。
勝利への布石。
それが、ラピッドハートの役割りであると進化体が看破する。
ラピッドハート自身が勝つのではない。自身を犠牲にして次に来た魔法少女が勝利するための、いわば捨て駒。
それを理解し、そして進化体がより大きく笑った。
「ハハハハ、道理デ拳ガ重イ訳ダ。最後トモナレバ、万感ノ思イガアルダロウ」
「……うるさい」
跳躍し、横薙ぎに蹴り飛ばす。
それでも、進化体の口が止まることは無い。
「死ヌノガ怖イカ? 自分ノ存在ガコノ世カラ消エルノガ恐ロシイカ?」
「そんなもの、とっくの昔に置いてきたよ」
幼い頃から心を殺され続けてきたラピッドハートにとってそんなものは、恐れる事ではない。最初からいない存在であったのだ。ならば、死ぬこと自体は恐怖ではない。
「ナラ怒リカ。コレマデモ、コレカラモ、多クノ人ヲ襲ウ我々ガ憎イカ?」
「それもあるかもね。だから、お前はここで必ず浄化する」
怒りはある。だが、それは人並みの感情だ。ラピッドハートの原動力ではない。
怒りでは、命を張ることは出来ない。
「――アア、成程」
そうして問答を続けた先、進化体は答えを得た。
「愛スル者ノタメカ」
「っ!」
「オオット、攻撃ガ激シクナッタナ。コレハ、ワカリヤスイ」
大きく体を打たれ続け、不規則に至る所を穿たれながらも、進化体は答えを知り楽し気に笑った。
「ソウカソウカ、我ガ、奪ッタノカ」
進化体が頷く。
「コウシテ現レタ時カラ、我ノ勝利ダッタトハ」
「……どういうこと」
ラピッドハートの言葉に、進化体の口が弧を描く。
「我ハ悪意ノ集合体。故ニ、誰カノ幸セヲ踏ミニジルコトガ本懐ナリ!」
天を仰ぎながら進化体は続ける。
「ナラバ、貴様ノ幸福ヲ台無シニ出来タ時点デ我ノ勝利ハキマッテイル」
「……うるさい」
「――我ガ、イナケレバ、マダ愛スル人ト共ニ居ラレタノニナ」
「……うるさい!」
攻撃が、さらに激しさを増す。
絶え間なく浴びせられる全方向からの攻撃。それが、なによりもラピッドハートの心を表していた。
「そうだよ! お前さえいなければ、僕はこんな事をしなくて済んだ! 雪平と一緒に生きていけるはずだったんだ!」
頭部を殴る。
攻撃を止めるつもりはない。
怒りがまるで彼女を焚きつけたかのように、ラピッドハートは速度を上げた。
「一緒にいようって言ってくれたのに! それをお前がっ!」
脚部をさらうように蹴撃を撃つ。
激情を抑えるつもりはない。
思い出を投げ打つように、さらに加速した。
「返してよっ! 僕の幸せを返してよ!」
腹部、今まで一番深く拳が突き刺さる。
ついで、触れた状態での魔力の放出。めり込んだ腹部へと、ラピッドハートの魔力が勢い良く流れ込み、体内から浄化を始めた。
「やっと、幸せになれたと思ったのに……!」
クライマーの体の至る所から噴き出す蒸気がその効果の程を示している。
呻くような声がラピッドハートの頭上から響く。
すかさずラピッドハートは距離を開こうとして、
(――右手がっ)
深々と刺さった右手が、絡めとられていることに気が付いた。
「――っ」
無理矢理引き抜こうとするが、まるで動かない。大きな岩の中に埋もれてしまったかのように、拳は抜けない。
「一手、読ミ間違エタナ」
苦しそうにしながらも、笑顔でクライマーが言った。
「だ、まれっ!」
ならば、と魔力を流し始める。
限界ギリギリまで、クライマーの体へ魔力を放ち続ける。
「ハハ、死ナバ諸共カ」
声が聞えた次の瞬間、ラピッドハートの腹部に今まで以上の衝撃が走った。
「――ぅあっ」
鋭くも鈍い痛みが、腹部から広がるように全身に広がっていく。
衝撃と痛みに、脳が点滅するかのように思考を散らした。そこでようやく、自分を襲ったこの痛みをもたらしたものが、クライマーの蹴撃であったと知った。
「……ぁ」
それを合図に、膝からゆっくりと力が抜けていく。
(魔力を、攻撃に回し過ぎた……!)
ラピッドハートは少しでもダメージを積み重ねようといつも以上に魔力を攻撃に転化させていた。それが、この瞬間に裏目に出たのだ。
攻撃に当たることなく、しかし捨て身で絶え間無く。
それは、曲芸に近い至難の技でもあった。
そのギリギリの綱渡りが、唯一の勝利の道筋が、ここにきて崩された。
原因は、分かっている。
(僕が、あんな言葉に惑わされたから)
クライマーの戯言に、まんまと乗せられた。
しかし、今更気が付いてももう遅い。
既に、勝敗は決まった。
「我ノ勝チダ」
「……」
言葉に答える力もない。
ラピッドハートは、ただ目の前で構築されていく悪意の凶弾を見つめることしかできなかった。
防御も、反撃も許さないこの状況。
(ああ、悔しいな――)
ラピッドハートは、ただその攻撃を受け入れることしかできなかった。
「マズハ一撃」
「――っ」
放たれた凶弾に身を竦めた次の瞬間には、全身が弾けんばかりの衝撃がラピッドハートの体を襲う。
この攻撃により、ラピッドハートの右腕はクライマーの体から外れ、大きく距離をとる事となった。
が、しかし――
「うぁ……っ、はぁっ」
大きくひび割れの入った校舎の壁にもたれるようにしているラピッドハート。
彼女は、既に立ち上がることすらままならなくなっていた。
あの攻撃の瞬間、咄嗟に魔力を防御に回した。しかし、それも微量である。こうして、ボロボロの状態で呼吸がやっとの体がなによりも結果を物語っていた。
(そうか、僕は……死ぬんだ)
痛みが、死の現実をラピッドハートに突きつける。
今までは、怒りで誤魔化していた永遠の離別。その悲哀が、今になってあふれ出した。
「……雪平、ご、めん」
もっとクライマーを弱らせる筈だった。
しかし、それはラピッドハート自身の激情により失敗に終わる。
「……は、はは」
どこまでもダメな人間だったと、自嘲気味に笑った。
そして、霞む視界の中で、
「――見てられねェな」
確かに声が聞こえた。
次はいつになるかわかりません!
※4/13日投稿予定です




