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41.蒼穹、手を伸ばして

正直、もう少し千秋院さん関連の話を書いておくべきでした! 反省です!


※2/26まで更新できません! すみません!

 それが偶然でないことは少女の表情から察することができた。罠にかかった獲物を吟味するような眼が、舐めまわすように冬稀を見つめる。


「成程、血色も良くなってますし、前よりも幾分か健康そうですね」


 良かった良かった、と氷織が嗤う。

 その言葉の真意は分からないが、本心からの言葉でないことは直ぐに理解できた。


「……な、なにかよう、なの」


 震える唇と引き攣った喉を無理矢理機能させて問いかける。


「へぇ、そんな眼ができるようになったんですね」


 たん、と子気味の良い音と共にステップを踏みながら氷織が近づく。その姿は、楽し気に踊っているかのようだ。


「だめですよ、そんな顔しちゃ」


 息が掛かる距離。目の前にある黒い眼が、飲み込むように冬稀を見つめる。


「……ぁ」


 体が、主導権を失ったかのように固まる。動こうにも足が動かない。呼吸をするので精一杯だった。


「や、めて……」


 漏れ出た言葉はかつてと同じ。

 踏みにじられる者の懇願だ。

 その言葉を聞いて、氷織はぱぁっと華の咲いたような笑みを浮かべる。

 そして、棒立ちの冬稀を抱きしめた。


「それですよっ。兄さんが一番輝ける表情は!」


 気遣うように優しく、しかし付け上がることのないように強く、氷織が抱きしめる。


「ぁ、あ」

「この様子なら、私の事はよく覚えているみたいですね」


 かつてのように、顔を輪郭をなぞり、撫でる。

 そして、たっぷりの余韻を持って耳元で囁いた。


「……私、知ってるんですよ。兄さんの秘密」

「っ」


 体がこわばる冬稀。氷織は、そんな冬稀の顔を一度見ると、先程よりもずっと強く抱きしめた。


「……ねえ、ラピッドハートさん」

「……っ、あぁ、ぁあ、それ、は」

「私ね、貴方のファンなんですよ」


 氷織の手が背中に回される。


「必死に惨めな自分を隠して人助けをするその姿、本当に愛くるしいです」


 言葉は、止まることは無い。


「貴方にどれだけ多くの人が救われたか。どれだけの悲劇を壊してきたか。まさか、そんな貴方自身が、救われてなくて、悲劇の中に囚われたままで、壊れているなんて、誰も思わないですよ、ね?」


 茶目っ気たっぷりな笑顔と共に氷織が言う。


「わかりますか? 多くの人が、貴方に幻想を抱いています。穢れのない正義の具現として沢山の人が貴方に希望を寄せてるんです」

「……や、だ」


 なじるような言葉は、間違いなく重圧として冬稀の心にのしかかる。生まれかけていた自己肯定の芽が呆気なく潰された。


「だから、兄さんは自分の正体を隠しているんですよね? もしも正体がバレたら、失望されるってわかっているから」


 失望、その言葉は随分と冬稀の心に馴染んだ気がした。

 魔法少女としての輝かしい自分と、本来の陰鬱とした生きる価値のない自分。その二つの像が結ばれる事は決してあってはならないと心が叫んでいた。


「い、やだ……ぁ、た、助けて」

「助ける? 貴方が助ける側なのに、どうして貴方が助けを求めるんですか? せめて魔法少女としては優等生でいてくださいよ。貴方は、誰にも助けを求めちゃいけないんです」


 魔法少女としての決意が、悪意によって意味を反転する。

 守るために、救うために心を殺せと何かが訴えかけている。


「だ、れか」


 やがて、その心が凍てつくように閉ざされようとしたその時だ。


 誰かが、冬稀の腕を強く引いた。


「ぁっ」


 氷織のものではない手が、気遣いなど無く強引に掴み引く。

 そして、氷織から奪い去るようにして冬稀を抱いた。


「――ぁ」


 咄嗟に顔を見上げ、思わず小さな声が漏れ出る。

 そんな冬稀の事を一瞥することなく腕の主はこう言った。


「……悪かったわね、アイツじゃなくて」

「せ、んしゅういんさん?」


 返事をすることはない。

 ただ、その蒼い眼が彼女であることの証明だった。


「……あれ、どうしたんですか先輩」


 一瞬、呆けた氷織だがそれでも直ぐに切り換えて優等生を張り付ける。そして、いつものように千秋院を呼んだ。


「まだ、そう呼ぶのね」

「えっ、そんな……私、何か気に障る様なことしちゃいましたか……?」


 今にも消え入りそうな声で氷織が言った。その表情は、あまりにも儚げでまるで悲劇のヒロインだ。

 しかし、そんな氷織を見て、千晶はあくまで笑って見せた。

 犬歯を覗かせる笑みが、なによりもその意思を示している。


「もういいのよ、そういうの。ここまできたら誤魔化せないって、賢いアンタならわかる筈だけど?」


 氷織の表情が固まる。

 そして、


「あははっ、そうですね。流石にこの状況じゃ無理ですね」


 大きく口角を上げ笑って見せた。


「それにしてもどうして、ここに来れたんですか? 普通ならここに来ようなんて考えないはずなのに」


 疑問に思っているというよりは、手品の種明かしを待っている子供のように無邪気に尋ねる。


「私ね、冬稀のこと探してたのよ」

「それ、理由になっていませんよ?」

「うるさい。私が探した。そして見つけた、それだけよ。それ以外に何かある?」

「まあ色々とあるんですが……いいです」


 氷織が肩をすくめて静かに首を振る。

 そして、冬稀を指さして口を開いた。


「それで、また復讐するために、探していたんですか?」

「っ」


 腕の中で小さく冬稀が震える。

 それに気がついた千晶がそっと手を離し、庇うように一歩前に出た。


「まさか、こんな吹けば飛ぶような人間に復讐するわけないでしょ」

「してたくせに」

「そうね。誰かさんのおかげで随分と踊らされたわ」

「ダンスは嫌いでしたか?」

「いいえ。でも、アンタの選曲は趣味が悪い。私の好みではないわね」

「そうですか……それは残念です」


 氷織が肩を落とす。

 そんな二人の様子を見ていた冬稀が恐る恐る千晶へと話しかけた。


「あ、あの……」

「何」

「どうし、て」


 自分を助ける意味がわからなかった。

 今まで(しいた)げてきた側の人間の突然の行動に、冬稀は心情が、その意図が読めずにいる。

 そんな彼の様子を察したのか、千晶が冬稀を一瞥し、そしてポケットからある物を取り出した。


「……大事な物なんでしょ? あんだけ私達にひどいことされても手放さなかったんだから」

「ぁ、これ……」


 押し付けるようにして右手に握られたものが渡される。

 それは、雪の結晶を象った希望であり、冬稀が持っているはずのものだ。


「ど、どうして!」

「落としたのよ、気が付かなかった?」


 あり得ないと、冬稀が否定する。

 何故ならそれは普段持ち歩かず、ラピッドハートとして戦う時のみお守りとして持ち歩くものだからだ。


(あ、そう言えば――)


 冬稀が思い出すのは駅でのクライマーの浄化だった。

 その後、落ち込んだ雪平を慰めたりしているうちに一緒に寝てしまった冬稀。思えば、あの時から雪の結晶を見ていない。

 と、なれば当然思い当たるのは一つ。


「――あの時」


 千晶を助けるために、随分と無茶な動きをした自覚はあった。そこに加えて助けた人間が苦手意識のあった千晶である。気が付く余裕が無かったことは十分に考えられた。

 そうなると一つ、当然の答えが導き出される。


「もしかし、て、僕の正体を」

「――ええ、知っているわ」

「っ! そう、だよね……」


 よりにもよって知られてはいけない人間に知られてしまったと、体から力が抜ける。


「っと、しっかりしなさい」


 しかし、膝から崩れ落ちた冬稀を、支えるようにして千晶が立たせる。そして、冬稀へと目を合わせてハッキリと言った。


「胸を張りなさい。貴方はこんな私でも助けてくれた。それは誇るべきことよ」

「でも、ぼ、僕は……」

「顔を上げなさい!」


 張り上げられた声に、反射的に顔を上げた。


「ラピッドハートでも、日下部冬稀でも構わない。私はアナタに助けられたの。それ以上でもそれ以下でもないアナタの善意に救われた」

「っ」

「だから、私はアナタを助ける」

「罪滅ぼしのつもりですかぁ?」


 氷織の言葉に、千晶が笑った。


「恩を返すって言ってんのよ。そりゃ、罪を償う必要もあるでしょうけどね。でも、この人を救う理由に罪を使いたくない。私は、ラピッドハートに助けられた人間として、日下部冬稀へ恩を返す」

「……あ」

「行きなさい。砂上雪平の所へ」


 一歩前に出て、振り向くことなく千晶が言った。


「あいつの所に行って、さっさと幸せの続きでもやってなさい。貴方にはその権利がある」

「で、でも」

「これぐらいはさせなさいよ。たまには、知らない人間の善意に身を委ねても罰は当たらないわ」


 そう言って、行くようにと手で示す。

 その背中に、冬稀が掛ける言葉は一つだった。


「……ありがとう」

「もったいない言葉ね」


 駆け出す冬稀を目の端に捉えながら、千晶が笑った。


「……さて、二人っきりね」

「そうですね。あの時みたいで、なんか思い出しちゃいますね」


 おかしそうに笑う氷織に、冬稀を追う気配はない。


「アンタあの時私に何をしたの?」

「そんな怖い顔しないでくださいよ。ただ、ほんの少し先輩の背中を推してあげただけですよ」


 千晶が眉をしかめる。


「先輩の中にある悪意に、少し水を上げて、育てただけです。後はもう、先輩が自分でその花を開いただけのこと。私はなーんにもしてません」

「そんなふざけた言葉が通用するとでも――」

「事実ですよ?」

「っ!?」


 気が付けば、目の前に氷織がいた。その目は、あの日の様に光を吸い込む(うろ)のようだ。


「アレが、先輩の本質なんですよ? 自分の中にある正義のためならどこまでも残酷になれる。素晴らしい自己愛精神じゃないですか。結局は自分本位で実に人間らしい」


 千晶の横をゆっくりと通りすぎる。その手は、千晶の亜麻色の髪を柔らかく弄んだ。手を振り払いながら、氷織を思いきりにらみつける。


「私は、そんなんじゃ――」

「今日は、天気がいいですね」

「――は?」


 呑気な氷織の声に、思わず呆けた声が出る。

 そんな彼女の様子を気にすることなく、氷織は伸びをして見せた。


「一日中晴れるらしいですよ? 確かに、こうして見ると天気予報通り、雲も少ない良い蒼空ですね」

「何を言っているのかしら」


 強気の千晶を見て、氷織がため息をつく。


「はぁ、もっと心に余裕を持たなきゃだめですよ。こんなにいい天気なんだから、歌の一つでも歌ってね」


 そう言いながら、窓を開ける。

 開けた窓から入り込む風が、氷織の黒い髪をふわりと揺らす。


「ああ、本当にいい天気。こういう日は――()()()()()()()()()()()()

「何を――っ!?」


 言葉を返すその前に、千晶が体勢を崩して倒れる。

 それだけの揺れが、耳に響く轟音を伴って校舎を襲ったのだ。


「――あははっ、始まりましたよ?」


 嬉しそうな声のする方を見る。


「……嘘でしょ」


 しかし、そこにはもう誰もいない。

 ヒビの入った窓と、その向こうの蒼空があるだけだった。


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