40.邂逅、闇より出でて
数日振りの学校生活は意外にも円滑に進んでいく。
最初こそ奇異の目で見られていた雪平達だったが、それも昼頃には殆ど視線を感じる事もなくなった。
「あー、やっと終わったァ……」
「お疲れさま」
机にだらしなく上半身を預ける雪平を見て、冬稀が小さく笑いながら労う。
「まあ、まだ午前っすけど」
「こんなに長かったか? 家にいたときはもっと一日があっという間だった気がする」
「ニートみたいな事言うっすね」
「…というよりは――」
ふと思い浮かべるのは家での自分の生活。思い返してみると意外にも忙しい一日を雪平は送っていた。ある時は冬稀を組織へと勧誘し、またある時は冬稀と鹿島の書類整理を手伝い、たまに休憩し冬稀と二人でお昼寝など、つまり。
「冬稀と一緒にいたほうが時間が早く進む……?」
「……ふぁっ、な何を言ってるの!?」
「授業受けるよりも冬稀と居たほうが楽しいからかもしれない。ほら、楽しい時間のほうが過ぎ去るのが早いとか言うだろ?」
「……ぁ、ぁ」
「あ、フリーズしたっす」
「どうしたんだ?」
「嘘だろお前……」
拓が呆れた様に雪平を見る。それは、末期の患者を見る医者の眼に似ている。既に手の施しようがないということなのだろう。
「……もしかして、休んでたときっていっつもこうだったんすか?」
「まあ、そうだな。たまーにこうして紅くなって止まることがある。理由は知らない」
「正気っすか?」
「わからん」
「いや、お前だよ」
「えぇ……」
拓からの妙に棘を感じる言葉に、困惑する雪平。しかし、一切思い当たる節がない。そのうち、なぜか自分が責められている空気に耐え切れなくなったのか冬稀を再起動させにかかった。
「おーい、飯食うぞー」
「――ハッ」
肩を揺らせば、間もなく冬稀が我に返る。その顔は、今だにほんのり紅いが、それでも先程よりも落ち着いているように見えた。
「いい加減なれなきゃ……、雪平は平気でこういう事言うんだから……うん」
言い聞かせるようにブツブツと冬稀が呟く。雪平はというと、自分の鞄をガサゴソと漁って聞いてすらいない。
「なんか、大変っすね……」
「そう、かも……。急に、そのう、嬉しい事言ってくるから、僕も動揺しちゃって」
「えっ、もしかして今惚気られてるんすか、僕」
「ち、違うよぉ! そんなんじゃなくってその……、雪平といるとドキドキしっぱなしだなぁって」
「だから、それが惚気なんすよ! えっ、もしかして見せつけてるんすか? 爆発したいんすか!?」
くわっと眼を見開きながら拓が言う。その言葉には、全国の非モテオタの感情が乗せられている気がした。
「ば、爆発って何?」
「オタクに用語解説させるって、それ実質断罪と同じっすからね?」
「ご、ごめん。でも、そんな怖い言葉は使わない方がいいと思うなって……」
「けっ、これだからいい子ちゃんは。いいっすか? 爆発っていうのは、いわば我々オタクの僻み嫉みが詰まった呪詛みたいなものっす! ……言ってて空しくなってきたな」
一人、朗々と話し始めたかと思えば、急にしゅんとなる拓。しかし、眼の前でイチャついていた冬稀が許せないのか、再び解説を始める。
「つまり、これは僕たちからのカップルへの怨みっす。幸せな奴らは、せめて爆発してほしいという、負け犬の最後の願いなんすよ」
「そ、そうなんだ……って」
少し引きながらも、冬稀が納得の姿勢を見せる。が、言葉の端に引っかかるものを感じたのか、焦ったように口を開いた。
「ぼ、僕と雪平は付き合ってないよぉっ」
「……は? あんなに見せつけといて? 寝顔も見られてんのに?」
「い、いやでも、違うって。そんな――」
「ほら冬稀の分の弁当だ」
「あ、うんありがと」
鞄から取り出した小さな弁当箱を、雪平が冬稀へと手渡す。冬稀は、礼を言ってそれを受けとった。
そして、ふう、と一息ついて再び口を開く。
「僕たちはカップルじゃないっ」
「それ言う数秒前の行動で既に説得力がないんすよ!」
拓の言葉に冬稀が首を傾げながらそっと弁当箱を見せる。兎の模様があしらわれた可愛らしい物だ。
「えっ。で、でも雪平の手づくり弁当だよ……?」
「だからなんなんすか!? 弁当の付加価値を僕に知らされてもどうしていいかわからないっす!」
拓の言葉は正しい。が、それを正常に判断できる人間はここには存在しなかった。
「どうした、お前。腹でも減ってんのか?」
「……そうっすね。そういう事にしといたほうがいいっすね。そうしないと、延々とコレ見せつけられそうなんで。クソ、こんなことならコーヒー買っておけば良かったっす」
「好きなのか?」
「今だけは好きっすね。ゲロ甘の砂糖菓子には必需品っすよ」
そう言って、拓も菓子パンの大量に入った袋を机に置く。コーヒーを買いに行くのは億劫なのか、元からあったカフェオレで我慢するようだ。
と、それを見て、冬稀が思い出したように声を上げる。
「あ、僕飲み物買うの忘れてた」
そう言って、財布を持つと立ち上がった。
「先に、食べてていいから」
「おう、気をつけて行けよ?」
「うん、ありがとう」
返事をして、冬稀が小走りで教室を出ていく。その背後でカフェオレを一気に啜る音が聞こえた気がした。
▼
東鳴高校は、その生徒数のおかげか至る所に自販機が存在する。冬稀たち二年生であれば、自分たちの教室と同じ階の一番西にあった。
(久しぶりの学校でのお昼ご飯だ)
今までよりも楽しいものになるだろうという予感が自然と足を早く進めた。
間もなく、冬稀は自販機の前に到着する。
自販機の前には誰もいない。
(ラッキーだな。いつもなら混んでいるのに)
運が良かった、と更に気分をよくしながら冬稀はお金を入れる。
そして、緑茶を購入して、急いで戻ろうと振り返り――
「……ぁ」
その姿を目に捉えた。
辺りには誰もいない。故に、その人物は否が応でも視界に入る。
「ど、うして、な、……ぁ」
それは一種のPTSDに近いだろう。
呼吸が浅く、不規則になり、手が震える。良く見えた筈の視界も、気が付けば狭まっていた。覚悟を持って姿を見たとしても同様の症状が出たはずである。
それだけの事を彼女にされた。
殴られた蹴られた奪われた罵倒された壊された――全部を否定された。
故に、どれだけ今が幸せであろうともその心を一瞬で恐怖に染めることができる。
「少し、お話しましょうか――兄さん」
等身大の悪意が、冬稀に微笑んだ。
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