39.嵐の前の静けさ
二人を学校へと送り出した後、鹿島はいつも通りの書類整理へと戻った。最近は、クライマーの出現が頻発しているため、報告することも山のようにある。
一応、時間があるときには雪平や冬稀も手伝うのだが、基本的には鹿島の仕事であった。
「手近なものから片付けるよー!」
そう一人で宣言をしながら、意気込み一番上に置いていた紙を手に取る。
「まずは……これか」
その紙は特に記憶に新しいものだ。
<クライマーの出現場所とその推移について>
そう銘打たれた用紙には事細かに今でのクライマーの出現パターンが記されている。それは、街中での出現から計測が始められたもので、いわばクライマーの群に関する詳細なデータであった。
(本当は、もう少し休んでいて貰いたいんだけどねー)
雪平は怪我は治っている。が、それでも組織からは十分な休暇を取るようにとある程度の日数が用意されていた。それは、心身ともに衰弱していた冬稀も同様である。
しかし、二人は存分にある筈の休みを蹴ってまで高校に行く必要があったのだ。
(10年前と同じなら、間違いなく学校も襲われる)
人が多く密集している施設となると、昼まであれば学校などが上げられるだろう。なかでも、東鳴高校は付近の街からも入学希望の志願書が来るほどの人気高校でもある。人の数はトップクラスだ。
故に、生徒ではなく組織の人間として二人を送り出した。
(杞憂で済めばいいけどなー)
あまり無茶はしてほしくないのが本音である。もしもの時は、上層部の許可を貰ってでも動いてしまおうかと、書類整理をしながら鹿島は頭の片隅で考えた。
(でも、こういう時の予感って当たるんだよねー)
長年クライマーの浄化にあたっていた鹿島の勘がそう言っている。
しかし今の彼女には、二人の無事を祈ることしかできなかった。
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教室で楽しそうに話す冬稀。その顔は、見違えるほどで余程以前の彼が記憶に残っていなければ全くの別人だと思ってしまうだろう。
「……楽しそうでなによりです」
ソレは、その光景をずっと見ていた。否、監視していたといったほうがいいだろう。扉の影から、覗くようにして見ているその姿は当然目立つ筈の物であったが、どういう訳か他の生徒の視界には入っていないかのように無反応だ。
「ふふ、これなら問題ないでしょう」
鈴のような声が、楽し気に嗤う。それは、新しい玩具を買ってもらった時のようで、無邪気さが何処かに残っていた。
「これからもっと楽しくなりますよ、兄さん」
日下部氷織は、冬稀を見ながら呟く。
何の変哲もない筈の言葉は、不思議と不気味に彩られており、端正な筈の顔も歪んでいるかのようだ。
と、その時、チャイムが鳴り響いた。
廊下に出ていた生徒たちが、慌ただしく自分の教室へと戻り始める。そんな周りの様子を見て、氷織もまたそれに習うように自身の教室へと戻っていく。
その足元、深い影が、不規則に蠢いていることに気が付く人間は終ぞ現れなかった。
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