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38.自慢、そう捉えられても

日常回です!

 その日の朝は、少しばかり慌ただしいものだった。

 と言ってもそれはこれからは日常となる物で、いずれは何も思うところはなくなるのだろう。


「冬稀、準備はできたか?」

「……うん」


 玄関に立つ二人の姿は、私服ではない。

 その姿は、学生としてあるべき制服姿だ。どちらも制服は真新しく新たに買ったことが分かる。


「いやー、制服も経費で落とせるとか、組織様様だな」


 服の袖を摘まみながら雪平が言う。

 以前、クライマーとの戦いで制服に大きな穴を開けた雪平にとって自腹を切らずに制服を手に入れることができたのは行幸だった。そのついでと言わんばかりに冬稀の制服もまた新調されたのだが、その際鹿島が最後まで女生徒用を頼もうとしていたことを本人は知らない。


 ふと、冬稀の不安げな顔が眼に入った。

 理由は言わずもがな、学校での人間関係だろう。


「……大丈夫だ」


 そう言って、頭を撫でる。突然のことに驚いたのか小さく声を上げた冬稀は、それでもされるがままに大人しく頭を撫でられていた。


「俺がいる。安心しろ」

「そう、だね。……うん、大丈夫!」


 胸の前で拳を握るようにして冬稀が言う。空元気などではない、冬稀が確かに前を向こうとしている証だった。


「うし、行くか!」

「うんっ」


 元気のいい返事を背に受けながら、雪平は扉を開けた。





 東鳴高校に着いた際、目立ったのはというと意外にも雪平の方だ。


「……なァんか、俺の方が見られてねえか?」


 廊下ですれ違う生徒の殆どが、冬稀では無く雪平の方を見ている。それは当然、雪平の休んだ理由に原因があった。


「だって、全身複雑骨折で休んだんでしょ? それなのに、一週間もしないで登校してきたら、たぶん驚くと思うよ?」

「……そうだったァ、俺、全身の骨バッキバキに折れてるんだった」


 鹿島の説明通りであれば未だに病院のベッドで眠っている筈の状態なのだ。それが、傷の一つもない体で普通に歩いている事実。当然、良くも悪くも目立つ。


「包帯で全身を巻いてくるべきだったか?」

「それはそれで目立つと思うんだけど……」


 しかし、結果として冬稀を目立たせることは無く教室まで向かうことができた。


 教室へと入ると、空気が一変するのを感じた。

 最初は騒がしく話していた生徒たちが、雪平が自分の席へと進むたびに静かになって行く。そして、雪平が席に座った時には誰一人として話すことなく、ただ様子を窺っていた。


(怪我の件……ってだけじゃなさそうだなァ)


 確かに視線を自分に感じる。が、それと同等の視線が冬稀にも向けられているのだ。冬稀の虐めの件もクラス内に知れ渡っていると考えた方が良いだろう。


 ここからどうするか、と雪平が決めあぐねていると前方から声が掛けられた。


「おはようっす」


 あまりにも自然に自分へと向けられた挨拶。今の教室の空気では逆に浮くであろうことは予想に難くないのだが、それでも挨拶をしてきた人物がいた。


「おう、おはよう、拓」


 飯尾拓だ。以前から、気兼ねなしに話すことができるのはただ一人彼だけである。今日も彼はその特権ともいえる立場を存分に活用していた。


「いやぁ、大変だったっすね。まさかの大事故で」


 やや大きめの声は、静かな教室にはよく響く。


「ああ、そうだな。でもほら、運よく骨にひびが入る程度で済んでな。おかげで、こうして即復活だ」

「運よく……? ま、まあ全身骨折ってのは、何かの間違いだったんすね」

「おう。家族が早とちりして連絡しちまったらしい」


 そう言うと、拓は安心したような顔で笑った。

 やがて、二人のやり取りを見てか、次第に教室が騒がしさを取り戻し始める。


「……気、使ったか?」

「いやいや、そんなことないっすよ。まあ、皆雪平の事が気になってたっすからね。多少の聞き耳は許してやってほしいっす」

「俺、死にかけとか言われてたんだろ? そんな人間がすぐに学校に来たらそりゃ驚くよな」


 各々、元の通りに動き始めたクラスメイト達を眺めながら雪平が呟く。


「特に女子なんか殆どが意気消沈というか、ほぼ抜け殻同然だったというか」

「えっ、どうして女子だけなんだ?」

「えぇ……」

「……もしかして、俺クラスの男子に嫌われてるのか?」

「いや、まあ、嫌われてるというよりは目の敵?」

「えぇ、思い当たる節がないぞ」

「その態度も理由の一つっすね」


 雪平にはもうどうしようもなかった。

 と、雑談をしていた拓の表情が少し固くなる。


「……冬稀の事、助けてくれたんすね」


 雪平の後ろに座っている冬稀を見て、言った。


「……おう」

「ありがとう」

「なに言ってんだよ、お前が教えてくれなかったら間違いなく間に合わなかったんだ。だから、礼を言うなら俺の方だぜ」


 このままでは拓がいずれ頭を下げるのは雪平には分かっていた。だから、先んじて頭を下げる。


「――ありがとうな」

「礼なんていらないっす。僕が一人で救えなかったから、雪平に頼んだんすよ? 男として情けないったらありゃしないっす。事故に遭ったって知っても、怪我を負っていてもアンタに頼るしかなかったんすから」


 自虐的にそう笑う拓を前に、雪平が口を開く。が、それよりも先に、自身の背後から声が聞えた。


「――それでも、僕が助かったのは君のおかげでもあるんだよ?」


 ふわりと笑い、そして「ありがとう」と冬稀が言った。

 おそらくは、拓を唯一許すことができる人間である冬稀。その冬稀からの感謝の言葉に、拓が呆ける。


「だってよ。本人がこう言ってんだぜ? もう、なんだかんだと言うのは無粋ってもんじゃねえか?」

「みたいっすね……ははっ、良かったっす」

「……えっ、ちょっともしかしてお前泣いてるのか?」

「オタクって生き物は涙腺が緩いんすよ」


 目の端からこぼれた涙をぬぐいながら拓が言う。


「難儀な生き物だな」

「それに、()()()助けられたのが、嬉しくて」

「……そうか」


 雪平は、拓の言葉に深い言及はしない。むやみに聞きたてる物ではないだろう。


「いい顔で笑うようになったんすね」


 冬稀を見て、拓が言う。すると、冬稀が照れ臭そうにまた微笑んだ。


「そう、かな?」

「はいっす! 男子にこれが誉め言葉なのかは分からないっすけど、可愛いっすよ」

「いや誉め言葉だろ。冬稀それ言われると喜ぶし」

「ぁっ、ちょっと、雪平っ」

「え?」

「あ、あのあんまりそういう事を人の前で言わないで……!」

「おうそうか、すまん」

「……二人、何かあったんすか?」


 拓の言葉に、雪平は平然と答える。


「いや、特にはないな」

「そ、そそそうだよ。なにも、なないね」

「片方動揺しすぎてもう答えてるも同然なんすけど」


 先程までの柔らかな笑みはどこへやら。眼は泳ぎまくり、気のせいか額に汗も見える。拓でなくとも気付くくらいには冬稀が動揺していた。


「雪平、冬稀がこんなに動揺してるっすけど」

「なんでだろうな?」

「あっ、これ本当にわからない人の顔だ。じゃあ、なんすか、どうして冬稀はあんなに動揺してるんすか」

「さあ? どうしてだ?」

「えぇっ!?」

「アンタも聞くんすか……」


 突然の裏切りに、冬稀が驚きの声を上げる。


「そんなに動揺することあるか?」

「逆にどうして雪平はそんなに平然としてるの……?」

「特に聞かれて困る様なことはしてないからな」

「それは、そうなんだけど……うぅ」


 頭を抱え、机に伏す冬稀。それを見て、拓が興味津々に問い掛ける。


「可愛いって言ったことがあるんすか?」

「あるな」

「可愛いっていうのは、例えば?」

「うーん、例えばか……ああ」


 うんうんと、ひとしきり頭を悩ませた後、雪平が口を開く。


「寝顔とか」

「え」

「……ぁ」


 冬稀が顔を上げるがもう遅い。拓以外のクラスメイトには聞かれていないのが幸いだろう。


「……そ、それってどういうことっすか」

「どういうも何も、特に変な意味はないが。冬稀と寝ただけだぞ?」

「ぁっ、ちょ、ちょっとその言い方は――」

「事実だろ」


 つまりは、言葉の綾である。

 睡眠と言う意味で雪平が放った言葉が、拓の脳へ届くころには別の意味に変化されていた。


「……ハッ、一瞬意識が飛んでたっす。人間って処理しきれない情報をぶつけられると思考停止するんすね。いやぁ、勉強になったっす……はは」


 乾いた笑いを漏らす拓の目は、なぜか窓の外遠くを見ている。


「そうだ、実はな、冬稀って意外と寝相が悪くてな、朝起きたときなんか俺を――」

「わ、わー! 雪平、そんなの言わなくていいから!」


 冬稀は無理矢理口を手で閉ざし、そのまま自分の方へと引っ張る。そして、耳もとで囁くように抗議した。


「僕と君が一緒に住んでるって、言わない方がいいと思うんだけど!」

「どうしてだ?」

「どうしてって、……その、恥ずかしい」

「俺は問題ない」

「僕は問題あるんだよっ」

「そうか……わかった」


 納得したように雪平は頷き、改めて拓へ向かい直した。


「悪い、拓。さっきの全部嘘だ」

「えぇ……」

「気持ちよい程の嘘っすね」

「……やっぱバレるか」

「まあ、雪平は嘘へたくそっすから。……後ろの人もね」


 やれやれと、肩をすくめながら拓が眉を下げながら笑う。


「ま、他の人にあまり言って欲しくなさそうっすから黙っておくっすよ」

「すまん。助かる」

「いいっすよ、そのかわり」


 ずいっと、拓が顔を寄せる。


「他にも、色々と二人の面白エピソードなんかがあれば」

「あ、はは……それはちょっと」

「ああ、良いぞ」

「えっ、雪平っ!?」


 驚く冬稀を他所に、雪平が語り始める。その表情から察するに、中々に乗り気なようだ。冬稀の可愛いところを聞いてほしくてたまらないと言った様子である。それは、どちらかというと愛犬を自慢する主人に似ていた。


「そうだな、意外と朝が弱い所とか?」

「へえ、そうなんすか」

「そのまま寝ぼけて抱き着いて来たとこ――」

「気のせい、気のせいだからぁ!」

「なにそれ詳しく」

「拓君も、そんなに興味もたないでよぉっ」


 そんな冬稀の抗議も空しく、結局は朝のHRまで話は続くこととなった。


 

予定ではあと数話で一部完結です


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[良い点] ラピッドハート可愛い…! とても好きなシチュで、気がついたらここまで読み切ってしまった… [一言] なんだか不穏な伏線めっちゃありますが、砂糖漬け展開を楽しみに待たせていただきます!…
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