37.吐露、それを悪と言うならば
投稿、遅れました!
雪平の様子が、見るからにおかしい。
それは、帰宅後の彼の様子を見ればすぐに分かった。
「大丈夫……?」
だから、冬稀の口からは思わず「おかえり」よりも先にその言葉が飛び出てしまう。
「あー、うん……大丈夫だ」
そう言いながら、肩を落とされては到底大丈夫とは思えなかった。リビングへと向かう足取りも、ひどく重い。
「はぁ」
オマケにそんなため息までつかれては放っておくほうが無理だった。
(もしかして、またどこか怪我したんじゃ……)
いつもとは違う様子に、最初に冬稀が思い至ったのは怪我である。以前と同じように、怪我を負って隠している可能性があると考えたのだ。
なればこそ、唯一冬稀にのみ怪我を治す手段がある。
(そうだ、もう一度、アレを――)
鹿島へと報告に向かう雪平の背中を見つめた。
「――で、以上になります」
「お疲れ様ー。あとはゆっくりしてていいよー」
「あざっす……はぁ」
鹿島への報告を終えた雪平は、ため息を一つ吐く。そして、何かを思い出したかのように顔を上げた。
「そう言えば、今回は記憶処理を受けなかった市民が一人います」
「へー、久しぶりだねぇ。それで、名前は?」
「……千秋院千晶です」
「おおー、千秋院って、いいとこのお嬢さんだね」
「……そっすね」
そっけない反応に、鹿島が首を傾げる。
「あれ? 知り合い?」
「まあ、それなりに」
「ふーん。そうなんだー」
「じゃ、俺あと休むわ」
「……はいよー」
何か思うところがあったかのように首を傾げた鹿島だったが、その後すぐにいつも通りの返事をする。対する雪平は、鹿島の返事も聞かずに部屋を後にした。
(はぁ……なァんか、煮え切らねェな)
思い出すのは千晶とのやり取りだ。
売り言葉に買い言葉というほどではないが、少女のその態度に大人げない行動をしてしまったのは事実である。
虐められた本人でもないのに、まるで仇討のように接してしまったことにより、雪平は若干の自己嫌悪に陥っていた。
(嫌な奴だなァ、俺って)
完全なネガティブ思考が、雪平の中でグルグルと渦巻く。
そして、重いため息と共に自室へと戻り、服も着替えずにベッドに身を投げ出した。
体がゆっくりと沈めば沈むほど、考えるのが億劫になる。
(少し、寝るか……)
そうすれば、余計な事を考えずにすむからだ。
やがて、意識がゆっくりと閉じ始め、その闇にを任せようとしたとき――
「……?」
何かの気配を感じた。
それは、ベッドの軋みと共に近くまで来たようだ、と雪平がぼんやりと考える。
(誰だ……?)
何となく、気が付かれないようにと薄目で辺りを見る。
そこには、見慣れた天井と、そして、
「……何やってんだ? 冬稀」
「――ぁ」
自分に覆いかぶさるようにしている冬稀の姿。
一瞬、夢の中かとすら思った光景に困惑しながら、顔を赤くし固まった冬稀へと話しかける。
「どうした?」
「……な、なんでも、ないよ?」
「そうか」
「う、うん」
「……降りないんだな」
「っ、そ、そうだね。降りないね」
言葉の通り、冬稀は降りる気配を見せない。激しく動揺はしているものの、雪平の上に跨るようにして居座ったままだ。
「ゆ、雪平は気にしないで寝てて? 僕の方で勝手に済ませるから」
「えっ、何を?」
「それは、ちょっと言えない、かな?」
「この状況で言えないことってあるかァ?」
「い、いいからっ」
明らかに怪しい、というか怖いこの状況。
普通の人間であればとりあえず降りてもらうのだが、この男は違った。
「まあ、そう言うなら」
そう言って眼を閉じる。
「……僕が言うのもなんだけど、聞いてくれるんだね」
「別に、冬稀ならおかしなことしないだろ? それに……ちょっと疲れてな」
嘘だ。ただ、この自己嫌悪をリセットするだけの事である。雪平は、自分が悪い循環に陥っているという事は客観的にわかっていた。
やがて、胸部に感じる僅かな重み。それが、冬稀が自分に覆い被さるようにして横なった事を伝えている。
が、しかし雪平はそれに言及することは無く眼を閉じたままだ。
(……静かだ)
二人分の微かな吐息だけが、部屋に響く。完全に無音ではないこの空間が、今の雪平にはたまらなく心地が良い。
と、不意に自分の体がゆっくりと熱くなっているのを感じた。
それは、炎のような体を焼くものではなく、暖炉の傍でただ呆けているときの様な温かな倦怠感に似ている。その熱が、ゆっくりと体に染みわたるように末端まで広がっていく。
意識を集中してみれば、その熱は胸部から広がっていることが分かった。まるで心臓のように、全身に血液を送る役目をもった器官が新たに生まれたかのような妙な感覚。それが、不思議と心を落ち着けた。
「俺、さ」
気が付けば、口が自然と動いていた。その事に、抵抗することもなく雪平は受け入れる。
「今日、千秋院と会ったんだ」
「……うん」
冬稀がくぐもった声で相槌をうつ。
「アイツ、クライマーに襲われててさ、そこをラピッドハートに助けられて。まあ、無事だったんだよ」
「……そっか」
「その時、思っちまったんだ」
――どうして、死ななかったんだろう
心の隅に存在する小さな悪意が、その時だけ確かに心を染めたのを雪平は覚えている。だから、助けられた彼女を視て、安堵よりも先に疑問が浮かび上がった。
「良いことをすれば自分に返ってくるなんて話は、よく聞くだろ? だから、日頃から良いことをしている人なら、わかる。あそこでラピッドハートに助けられるのも、理解できる」
善い行いをする人間のみが生き残るべきという極端な思考にかなり近いそれは、一つの選民思想だ。
善性の具現である魔法少女に救われる。それは、彼にとっては、選ばれるということと同義になっている部分があった。
「知らない人なら、俺はその人の善性を信じることができる。未知の部分を都合よく解釈できる。でも、千秋院は違うだろォ?」
あの日見たのは、どう言い訳をしようが間違いようのない悪だった。善性の欠片すら残っていない人の業だ。
「あんなの見ちまった後だと、助かっても素直に喜べねえよ。お前を虐めてたやつが、どうして普通に生きている? なんで魔法少女に助けてもらえるんだ?」
それは、冬稀への質問というよりは、独白に近い。
魔法少女は、貴賤なく人々を助ける。そんなことは知っていた。けれど、頭で理解しても、納得はしていない。
そしてなによりも、
「……こんな考えで、よくもまあ魔法少女のサポートなんて出来てるよな」
こんなことを考えている自分が嫌いだった。
「……そんな悲しい事言わないでよ」
ぽつり、と冬稀が呟く。
「僕は、そんな君に助けられたんだよ? それなのに、自分を否定するような事を言わないで」
語り掛けるようなその口調は、いつもよりも穏やかで優しい。
「僕は、雪平が一人で沢山の人を助けてきたのを知っている。自分の事なんて二の次で、人を助けるくらいにはお人好しでしょ? まあ、お腹に穴を開けたりするのは、もうしないでほしいけどね」
「……善処はする」
雪平の言葉に、困ったように笑う声が返ってくる。そうして、笑い声の主は続けた。
「誰かの為に傷づくことができるなんて、誰にでもできることじゃないよ。きっと、千秋院が困っていたなら、君は手を伸ばす」
「どうだか」
「いいや、絶対に君は助ける。そう言う人だもん」
「少し、俺を買い被りすぎじゃねェか?」
雪平の言葉が途切れるよりも前に、その右手が握られたのが分かった。小さくて、細い、それでも温かい手。ゆっくりと指を絡ませるようにして優しく握られていく。
「……雪平は、僕のヒーローなんだ。少しくらい、買い被りもするし、信じたりする。雪平が魔法少女の事を信じるように、僕も信じているんだ」
その後、暫くの間をおいて再び冬稀の口が開かれる。
「ホントはね、千秋院さんに怒りとか、憎しみとかはないんだ」
握られた手が、さらに熱をもった気がした。
「それ以上の幸せを君がくれたから」
「……そうか」
「うん」
「……なら、これからもその期待に答えられるように頑張らねェとな」
「うんっ」
感情の乗った返事をする冬稀。そんな彼を声を聞いて、雪平は自然と笑顔を作った。
「もう大丈夫だ。ありがとう、冬稀」
「どういたしまして。怪我も、もう平気?」
冬稀の突然の不可解な言葉に首を傾げる雪平。
「ん? 怪我?」
「え?」
「怪我って何の話だ?」
「……いやいや、だって帰ってきた時辛そうだった、と、いうか」
「ああ、さっき話したことで悩んでてな。でも大丈夫だ。冬稀のおかげで、答えらしいものが出るかもしれない」
そう言って眼を開く。心なしか、視界が開けたような気さえした。
雪平は、冬稀の顔を見ようと、頭だけをもちあげる。そして、なんとも言えない顔をしている冬稀をそこで見た。
「……ぁ、そっか、ふーん」
「どうした?」
「いや、その、ご、ごめんね?」
「どうして急に謝るんだ? というか、顔赤くないか?」
どんどんと赤くなっていく顔は、勘違いからの恥ずかしさの他にも何か理由があるのではないかと思ってしまう程だ。
「いや、その、うん。ちょっと勘違いしてたっていうか。……ご、ごめん、今どくからっ」
そう言って冬稀が起き上がろうとする、が――
「っと」
「ひうっ!?」
その体を抱き寄せるように、雪平が腕を回した。おかげで、その体は起き上がるどころか、先程よりも密着してしまっている。
「ぁ、ああの、雪平、こ、これって」
「さっき、こうして寝てたら落ち着いたっていうか、すげえリラックスできたから」
「そ、それは、その……あの」
その仕組みを説明することが、そのまま自分の正体を明かすことに繋がっている冬稀が、当然その事を言えるわけもない。一応、腕の中で藻掻いては見るが、力の差は歴然。というよりも、心の何処かで歓喜しているので、抵抗する力はほぼゼロに等しかった。
「それに、あの時の夢を思い出すんだよな」
「夢?」
「ラピッドハートと一緒に寝る夢。マジ、最高だった」
「そ、それは良かったね」
ぴくり、と冬稀の体が小さく震えたが、それに雪平が気が付くことは無かった。
「おう。んで、さ。こうしてるとその時の感覚を思い出すっていうか……あー、迷惑だった?」
少し落ち込んだような声を聞いて、冬稀は反射的に答えた。
「う、ううん! そんなことないよ!」
「そうか、なら、一緒に寝ようぜ」
「……ぁ、うん」
最後の逃げ道すら失ってしまっては、もう従うほか冬稀の前に道は残されていない。
「いやー、皆が学校に行ってる時間に寝るって、凄い背徳感というか、特別勘というか、たまには悪くないな」
「そ、うだね」
リラックスしたように言う雪平。対照的に、冬稀はその心中が大変なことになっていた。恥ずかしさと嬉しさが混在して、さらにそこに雪平との先程の二回目とも呼べるあの行為。今のこの状況は、冬稀にとってはピロートークに近いだろう。
「あー、いい感じに眠くなってきた」
「そ、そうだね。僕もだよ」
勿論、嘘である。
心臓の音が聞こえて睡眠どころではない。激しいドラムロールよりも、もっと鮮烈に聞こえるソレに、冬稀の意識はもうどうにかなりそうだった。
「……おやすみ」
「う、うん、お……おやすみ」
それから間もなく、雪平が小さく寝息を立て始めた。
(こんなの……寝れるわけないよ)
結局、この時間冬稀は一睡もすることなく雪平に抱き着いたままだった。
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