34.遭遇、蒼い眼の少女
告白の予行演習の翌日。
雪平は意外にも直ぐにラピッドハートと出会う事になった。
「クソがッ、避難が間に合ってねェ……!」
クライマーが出現したのである。
連日の出現に、組織の想定した事態が現実の物になろうとしている予感がしてならない。
「本当だったらサポートに回りてえけどッ」
我を忘れた様に逃げ惑う人々の隙間から見える銀色の髪も、今は気にしている暇はない。ひたすらに声を張り上げ、避難誘導するほかなかった。強化したばかりの避難誘導体制は、早くも瓦解を始めていた。
(一刻も早くラピッドハートさんを仲間にしねえと……!)
頭の中に浮かぶ焦りを隅に追いやり、目の前の人々に対処していく。
今日、クライマーが出現したのは朝の駅だった。
高校への通学手段として用いる生徒も多いこの駅は、東鳴街で最も人が集まる場所といっても過言ではないだろう。
故に、場は混沌を極めていた。
四方に散るようにして逃げ惑う人々の中には、運悪くクライマーの前に出てしまう人もいた。
また一人、男がクライマーの目の前に飛び出してしまう。
「な、なんでこんな目にあうんだよ!」
理不尽に対する怨嗟をまき散らすように、男が叫ぶ。
いつも通りの電車に乗って、いつも通りの仕事をこなして、いつも通りに一日が終わるはずだった。それを、何の躊躇いも理由もなく打ち壊す存在が目の前にいた。
クライマーは、男の声でその存在に気が付くとナメクジのように這いながら男を飲み込もうとして――
「……!」
「――大丈夫?」
目の前に現れた銀の髪の少女によって遮られた。
「ら、ラピッドハート! まさか、本物か!?」
「そう、本物」
短く答えた後、ラピッドハートはクライマーを見た。そしてアッパー気味に拳を放つ。宙に浮かんだクライマーが、そのまま遥か彼方に錐揉み状に飛ばされる。遥か遠くで蒸発の煙が上がった。
「早く、逃げて。あの人の指示に従えば大丈夫だから」
「ああ、ありがとう!」
雪平の方を指さし、ラピッドハートはそう言うと、男は一つ礼をして駆け出した。
「次」
ラピッドハートはすぐさま次のクライマーへと向かう。
一体、また一体と、人に近い場所にいる個体から浄化していく。人ごみを縫うようにして動きながら、それでも一体一体を確実に浄化していた。
『武器がなくて良かった』
『いや、あるにはあるけど出せてないだけラピ。まあ、それがいい方向に転がってるみたいラピね』
ラピッドハートには、他の魔法少女と違う点がいくつかある。
その中でも、武器を持たないというのは非常に異質な事だった。
クライマーと戦うにあたって、武器は必ず必要になる。魔法少女として転身した際に、魔力によって生成されるそれは必ず持っている物なのだが、ラピッドハートは今の今まで己の肉体の身で戦ってきた。
それが、今この瞬間だけは最適解として機能している。
「っ――させない」
今まさに人を飲み込もうとしてるクライマーを見つけ、跳躍。そして、伸ばした左手で人を掴み上げ、右手で拳を放つ。
移動、救出、浄化、この全てを最小限の動作でかつ、狭い範囲で行える徒手空拳は、人ごみの中でその真価を発揮していた。
「大丈夫?」
「は、はい」
助けた少女へと声をかけ、安全を確認するとラピッドハートは先程と同じように避難の指示をする。
冬稀として組織に加入してから学んだ様々なマニュアルを元に、一方的に雪平に行動を合わせていく。それは、歪ではあるが組織が想定していたラピッドハートとの協力関係だった。
「っ」
強化された聴覚が、誰かの悲鳴にもならない声を拾う。それは、今まさに襲われている誰かの声だ。
考える間もなく、ラピッドハートが声のした方に跳ぶ。
眼をやれば、そこにはおびただしい数のクライマーがいた。
『なんて数ラピ』
『でも、一か所に集まってくれたなら好都合だね』
まるで、菓子に群がる蟻の如く一人の人間に群がっているクライマー。ラピッドハートはその中へと躊躇なく突入する。
間もなく、どぱん、と大量の水を弾いた様な音ともに、辺りから闇がはじけ飛んだ。その合間を縫って、襲われていた人を抱えて飛び出したラピッドハートは、そのまま残ったクライマーを蹴り飛ばす。
線路に投げ出されたクライマーが、陽に溶かされたアイスクリームのようにゆっくりと溶け蒸発していく。
『どうしてあれだけのクライマーがたった一人に集まったんラピ……?』
そんな疑問の声を上げるラピルを他所にラピッドハートは、腕の中にいる人に声を掛けようとして、
「――ぁ」
その蒼い眼を見て止まった。
「せん、しゅういんさん」
朝日に照らされた亜麻色の美しい髪も、強い意志を感じさせる蒼い眼も、全てを知っていた。
忘れることなどできるわけもない。
ラピッドハートが助けた少女は、かつて自身に死の刃を向けた人間。
千秋院 千晶だった。
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