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32.横槍、あるいは広義でのお節介

一章も、後編に突入です!

 帰宅した雪平を待っていたのは、意外にも真面目な様子の鹿島だった。服装自体はジャージではあるし、表情もまたいつも通り笑顔なのだが、それでも雪平にはわかる。雪平がまだ幼い頃からの付き合い故だろう。


「冬稀、先に風呂入って来ていいぞ」


 自分の後ろにいる冬稀へと言う。

 名を呼ばれた冬稀は横から顔を覗かせた。


「いいの?」

「ああ。俺はちょっと報告とか一応形式上は必要だからよ。構わねえよ」

「そっか……わかった」


 一瞬、逡巡した冬稀だったが、すぐにその足で脱衣所へと向かった。それを横目で確認した雪平は、扉を閉め、鹿島の前へと進む。


「クライマーは六体。いずれもラピッドハートにより浄化されました。負傷者もいません。店の清掃が必要でしょうが、一週間もあれば営業を再開できるかと」


 上司への報告として雪平が告げる。鹿島は、それを何も言わずに黙って聞き、やがて口を開いた。


「お疲れ様。そこまで長く話すつもりはないから楽にしてていいよー」


 そう言われて、雪平がいつもの調子に戻る。


「んで、何か話したそうだったが?」


 遠回しな質問などせず、真正面から雪平が問い掛ける。鹿島はというと、そんな彼の行動を予測していたのか、驚くこともなく返事をした。


「クライマーの動きに不審な点が多くみられると思わない?」

「ああ、あまりにも数が多い」


 前回の街中での出現はクライマーの行動パターンを大きく逸れた物だった。様々な偶然が重なった結果であると、雪平は考えていたが、二度目ともなればそうもいかない。


「それに、あんだけ人がいる場所に出るってのもおかしい話だ。前回のと合わせて、明らかに何か目的があってやってる筈だぜ」


 雪平の言葉に、鹿島が頷く。


「私も同じ考えだよー。……()()()と、少し状況が似ているのも気になる」


 十年前、その言葉に雪平が眉をしかめる。

 それは、彼にとってあまり思い出したくない出来事が刻まれた過去だった。


「……俺はそん時ガキだった。だから、よく覚えてねえ。やけに街で避難勧告が出されてた事は覚えてるけど」


 思い出されるのは、逃げ惑う人の群に、至る所から上がる煙。おびただしい数のクライマー。そして、それを迎え撃つようにして立つ一人の――。


「それに、十年前の事は()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいだしィ?」


 嫌みのように言う雪平へと鹿島が笑顔のまま伝える。


「一部、情報の開示が許されたよー」

「っ……マジ?」

「うん。今回の一件をもって、ウチの事務所はある程度の情報の閲覧が可能になった」

「それは、俺的にはかなり嬉しいけど、でもそれって――」

「うん。かなり深刻な事態に発展する可能性があるってこと」

「……だよなぁ」


 複雑な感情を吐き出すように、雪平がため息をつく。

 組織がそれだけの融通を利かせるということは、それだけの理由がある。


「十年前、今みたいにクライマーがおかしな行動を取り始めた時期があったんだー」

「……今みたいな大量発生か?」

「いや、それは一度だけ。十年前は、クライマーが複数の場所に同時発生したの。多いときは、二十か所に」

「に、二十!?」


 対応が間に合う訳がない。いかに魔法少女と協力したからといって、解決は容易ではないだろうと雪平は考えた。しかし、その予想は外れる。


「当時の記録では、魔法少女と組織の連携により、被害を最小限に抑えたってことらしい」

「そんなことできんのか?」

「事実できてるねー」


 笑顔のままで鹿島が言う。


「……まあ、いいや。それで、組織の想定するシナリオはどのような物で? まさか、クライマーが多く沸いたってだけで終わるわけねえよなァ」


 その程度で、自分にすら隠していた情報を開示する訳がない。と、雪平は確信していた。


「組織では進化体のクライマーの出現を想定している」

「……へェ、会ったことがねえな俺は」


 あくまで強気な姿勢で、雪平が言った。

 進化体。そう銘打たれたクライマーは、組織でも数えるほどしか確認されておらず、そのどれもが強力な力を持つ()()()()()()()()だ。


「過去の同時出現でクライマー達は、吸収をしながらもそれを自身の力へと変換する様子をみせなかった。その吸収した力を、一体のクライマーに集中させることで、強力なクライマーを生み出したんだー」

「量より質ってことか」


 今回のクライマー達も、それに酷似していた。大量のクライマーが発生しながらも、一体も進化の兆しを見せるものがいなかったのだ。


「実際、人型は組織だけじゃ対応できなかった。本当に強いクライマーだったよ」

「だった……って、戦ったことがあるのか?」

「……あっ、そこは機密事項」

「いやもう答え言ってるような物じゃねえか」

「知らない。そんなことを言った覚えはないよー」


 あくまで知らぬ存ぜぬで通すつもりの鹿島。それを見て、雪平は聞き方を変えた。


「じゃあ、仮にだが……戦ったとして俺は勝てるか?」

「絶対に無理だね」

「そうか……」

「ラピッドハートとうまく連携が取れて、勝率二割ってとこかなー?」

「……は? 協力してそれって、嘘だろ?」


 雪平は多くの魔法少女を知っている。この目で見てきたものは少ないが、それでもある程度の強さの把握は出来ていた。その中でも、ラピッドハートは群を抜いて強い。今もなお、進化を続けている彼女をもってしても、二割程度しか勝ち筋がない事に、驚きを隠せなかった。


「だから、組織ではこの街全域を指定浄化区域に認定することにした」

「……それってつまり」

「そう――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「思ったよりも大事(おおごと)だったんだな」

「そりゃ、十年前の再来となれば組織も必死になるよ。前回みたいに一人の魔法少女に任せるんじゃなくて、あくまで負担を分散させる」


 鹿島の言葉から、過去の失態を繰り返してはならないという組織の強い意思と後悔が感じられる。

 それで、と鹿島は続けた。


「一人、組織の魔法少女として配属されることが(あらかじ)め決まっているんだー」


 今までの口ぶりからして急遽決まったであろう三人の魔法少女の配属。そのうちの一人が既に決まっているという事実に、雪平は驚きの声を上げる。


「決まるの早くないか?」

「まあ、必然というか、最適解というか……ラピッドハートなんだけどー」

「……は?」


 鹿島の言葉に、雪平が信じられないと眼を見開く。


「ラピッドハートは組織の人間じゃねえ」

「あー、そうだねー」

「だったら――」

「三日」

「あ?」

「三日で、ラピッドハートを組織に加入するように説得して」

「あまりにも早くないか!? せめて一週間はくれ!」

「だめ。三日でラピッドハートを勧誘。その()()()()()()()()()()()君が説得してほしい」


 魔法少女と、元の人間としての情報の二つが揃って初めて組織への加入が許される。それは、ラピッドハートも例外ではない。


「もしも、駄目だったら?」

「組織の介入があると思って」

「……ッ」


 鹿島の言葉に、雪平の手が固く握られる。そして、一つ間をおいて雪平は顔を上げた。


「わかった。任せろ」

「楽しみしてるよ」





 やがて、雪平が出ていったリビングで鹿島は一人息を吐いた。


(本当は、じっくり二人の様子を観察してもいいんだけど)


 状況が状況であるために仕方がないと鹿島は割り切った。

 否、割り切ったように見えて、最初からそのつもりだったりする。


(二人も幸せになってー、街も平和になってー、一石二鳥だねー)


 組織的には色々な思惑がある今回の配属命令。

 しかし、


「まどろっこしいのは嫌いだよー」


 鹿島としては今回の一件を利用して、二人の仲を急速に発展させるのが目的だったりした。


 つまりは、大きなお節介である。



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