31.とある所長代理の話
クライマーを浄化したという報告は、そう長く待たずとも来た。
時間にして大体三十分程で、避難から浄化まで済ませたことを考えると上出来な結果であると鹿島は判断する。
「はーい。じゃ、二人とも気をつけて帰ってきてねー」
『おう』
短い返事と共に通信が切断される。
それと同時に、鹿島は大きく伸びをして、机に突っ伏した。
「疲れたよー」
ここにもしも雪平がいたのなら、実質座っているだけじゃねえか、と突っ込んでいたかもしれない。事実、鹿島自身もこの程度なら苦にすらならないと思っていた。
ならば、なぜ彼女は疲労を感じているのか。
その答えはただ一つ。
「フユちゃん、もう少しグイグイ行ってもいいと思うんだけどなー」
新たな同居人兼部下のことを頭に思い浮かべる。
自身を取り巻く環境のせいか、自己肯定感が低く、判断基準を他人に依存する傾向がみられる内気な少年であると鹿島は認識していた。
実際その通りであり、冬稀からアプローチを仕掛けることはあまりない。
(今回も、私が言わなかったらそのままここに居たかもねー)
自分の隣でどこか焦ったような表情で座っている冬稀の顔が容易に思い浮かんだ。今すぐにでも飛び出したいのに、何かに縛られているかのように、その場から動き出せない。そんな顔を見せられては、さすがの鹿島も助け船を出さざるを得なかった。
「うーん、乙女心って難しいよー」
断じて女ではないのだが、それでも鹿島は冬稀の事を女性として扱っている。間違いなく、性に無頓着な人間だった。
「――それが魔法少女の、ともなればもう私にはわからないねー」
ぽつり、と呟いた言葉は誰に返事を貰うでもなく消えていく。
日下部冬稀は魔法少女である。その事実を、鹿島は当然の事として把握した。
(後は、本人から正体を打ち明けてくれれば良いんだけどー)
そんな事を思いながらデスクの端に置かれた紙を見る。
<未確認魔法少女第924号識別名ラピッドハートを本日付けで護国機構専属の魔法少女として登録。配属先を鹿島特異事象対策特務所とする>
堅苦しい字体でそう書かれた紙を鹿島は手で弄ぶようにして眺める。
(上に話を通すなら、やっぱりこれが一番楽だよー)
今回の、日下部冬稀の組織への加入は異例のスピードで行われた。本来であれば、いかに推薦であろうともまずは本部での筆記試験、更に身体能力の測定。そして、希望する部署に配属する前の部署ごとの独自の試験をこなす必要があった。
全てを終えるには最短で一週間かかるのだが、それを鹿島はある理由をもって突破していた。
――歴史上初となる男性の魔法少女。
それは、冬稀本人が思っている以上にあり得ない事であり、魔法少女の根底を覆すものであった。
故に、希少価値の高い人間を逃すわけもなく、組織への加入は異例の速度で行われることとなる。そして、上からさらに上へ伝えるのではなく、直接組織の最高責任者へと話をつけに行ったことも理由の一つだろう。
頭の固い人間が、餌をちらつかせた瞬間に顔色を変える様は傑作だったと、鹿島はニコニコと笑う。
「ここからは面白くなるよー」
手元で遊んだ紙を、丁寧に折り曲げ、紙飛行機を作り上げた鹿島は、そのままゴミ箱へと投擲した。
(ここまでワクワクするのは十年ぶりだよー)
安定した姿勢で飛行するソレはやがて、ごみ箱の淵にぶつかるとそのまま中へと吸い込まれるように消えていった。
正直なところ、組織だとか、そういう堅苦しい話は置いておいて、鹿島は他人の色恋沙汰に興味があるだけである。
「むふー」
それはまるで新しい玩具を見つけたかのようで。その笑顔はいつもよりも楽しげな物だった。




