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30.圧倒、浄化するは少女の拳

 雪平が到着するころには、避難は完了していた。

 駐車場には複数台の決して少なくはない車が残っているが、それに見合っただけの人影を確認することはできない。


「流石にアレがあってからは避難も早えな」


 前回の街中でのクライマーの発生を受け、組織では避難誘導の強化をしたと、雪平は鹿島から聞いていた。結果として、確かに強化の恩恵はあるようだ。

 辺りは、気味の悪いほどに静かである。


「さてさて、腹ごなしの運動でもするかァ」


 軽いストレッチをしながら、ショッピングモールへと入っていく。

 稼働したままの自動ドアが、唯一雪平の為だけに開いた。


「さてさて……」


 華やかな装飾が為された店内は、未だに明るい。足元に転がる飲みかけのペットボトルが、先程まで人がいたということを示していた。

 本来であれば店内で薄っすらと聞こえるであろう流行りの曲をアレンジして造られたBGMは、人がいない為か、やけに響く。


「――と、あれか」


 施設の中央。最上階まで吹き抜けとなっているその場所から、見上げた先にターゲットとなるクライマーはいた。

 標的は二階にいるようだ。

 雪平は辺りを見渡し、近くにあったイベント用のステージのその骨組みに目を付ける。


「……うし」


 一気に駆け出し、跳躍。そして、骨組みに捕まるようにして、一気に体を持ち上げる。パルクールによく似た動きで、雪平はものの数秒で現場となる二階へと移動していた。

 先程、クライマーを見つけた場所へと目をやる。

 するとそこには――


「……おいおい、最近はお仲間連れて歩くのがトレンドなのか?」


 複数体のクライマーが存在していた。全部で六体。クライマーは、それぞれがまるでショッピングを楽しんでいるかのように別々の店で物を吸収していた。

 街中に出現した時と同じ、複数個体での出現。やはり、何かがおかしい、と雪平は蠢く粘体性の闇を見る。

 しかし、今はクライマーの浄化が先だ。

 雪平は意識を切り換え、いつも通りに鹿島へと通信を繋げる。


「クライマーを目視で確認。これより、浄化に――」


 と、その時だった。

 吹くはずのない風が、確かに雪平の髪を揺らす。


「……あ」


 雪平を庇うようにして前に現れた銀の髪が、ふわりと揺れる。紅いマフラーが、移動の余韻を残して小さく揺れた。


「ラピッドハートさァん!?」


 目の前に現れた少女を前に、雪平が歓喜の声を上げる。


「うん。私だよ」


 短く返事をする。

 そして、高ぶり固まる雪平を他所にラピッドハートは状況を把握した。


『たくさんいる』

『前回と同じラピ。おそらくは親玉がいるはずだから、今度こそ見つけられればいいラピけど』


 そう言われて探してみるが、どうにも見慣れた有象無象しかそこにはいなかった。


「じゃあ、とりあえず――」


 冷静な声でそう言った次の瞬間には、


「倒すしかないね」


 一体のクライマーが浄化されていた。服屋のマネキンにもたれかかるようにしてクライマーが蒸発していく。ラピッドハートの目は、既にそのクライマーを捉えておらず、新たな標的をさだめていた。


「次」


 耳に響く破裂音と共に、ラピッドハートが空気を蹴り前へと飛ぶ。突き出された拳を前に、呆気なくクライマーが四散する。


「……すげえ」


 圧倒的だった。雪平は呆然と立ち尽くす事しかできない。否、そうするだけの余裕が生れる程に、ラピッドハートが強いのだ。


「ラピッドハートさんが、強くなってる」


 ずっと見てきた雪平だからこそわかった。以前の戦いよりもずっと、ラピッドハートの動きは鋭く、そしてなによりも――速い。


「……せっかくの雪平との時間だったのに」


 雪平には聞こえないほどに小さく呟き、ラピッドハートが歩みを進める。

 目指す先には、複数体のクライマー。ラピッドハートを敵とさだめたクライマーたちが、迎撃しようと群を成していたのだ。


「許さない」


 一歩一歩と歩みを進めるラピッドハート。

 そんな彼女に対して、クライマー達が自身の体の一部を弾丸として放った。

 複数の黒い凶弾がラピッドハートに向かう。

 しかしラピッドハートはというと、それを前にしても顔色一つ変えることなく一歩一歩と距離を縮めていく。


 一歩、飛来した弾丸を頭を傾けることで、避けた。

 また一歩、上半身に向けて放たれた複数の弾丸を前に、上体を逸らす。その全てが、空を切ってラピッドハートの目の前を通過していく。

 一歩、脚へ向けて放たれた弾丸を、たん、と横にステップすることで回避する。その速度もあってか、雪平から見れば、まるで横に瞬間移動したかのようであった。

 クライマー達が再び弾丸を放つ。

 今度は狙いなどは関係ない、マシンガンのような弾丸の雨――


「そんな攻撃、当たるわけない」


 無数の弾丸の飛来する中を、ラピッドハートは一歩強く踏み出した。

 弾丸よりも早く、風をも置き去りにした少女が、一瞬の間にクライマーの目の前に姿を現す。その体には、怪我はおろか、一切の汚れが見当たらない。


「あの攻撃を全部避けたってのか!? やっぱ、すげェ……!」


 全ての弾丸を目視し、回避ルートを見つけ出すなどラピッドハートからすれば児戯に等しい。

 が、それでも、


(やった、雪平に誉めてもらえたっ)


 内心はウッキウキだった。誉めてもらえるならもう一回やることもやぶさかでないくらいには嬉しい。

 が、それは目の前の畜生以下を生かしておく理由にはならないと、クライマーを睨みつける。

 すでに、勝敗は決した。


「――っ」


 跳び上がって喜びたいぐらいの感情を無表情の裏に隠し、ラピッドハートは右腕を構える。そして、何も工夫を凝らすことなくただ拳を放った。

 辺りに響くような風の音ともに、一撃が放たれる。それは、目の前にいたクライマーを呆気なく浄化し、


「……え」


 後方にいたクライマーすらも四散させた。

 辺りに立ち込める蒸気を前に、ラピッドハートが一人佇む。

 その目は、先程放った拳を見つめていた。


(強くなってる……?)


 あくまで、一体を浄化するために放ったはずの拳。それが、どういう訳か後方のクライマーまでもを浄化していた。

 訝し気にするラピッドハートへと、ラピルが声を掛ける。


『これが普通ラピ。今までは戦い通しで精神は死にかけだったラピからね。体調だってほぼ死人だったのを生かすために魔力リソースを多く割いていたラピ』

『つまり、これが本来の力?』

『いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ラピ。まあ、それでもこの程度のクライマーなら余裕ラピ。もう少し経験を積めば、人型でも浄化出来るかもしれないラピね』

『……そっか』

『だからって、無理したら絶対駄目ラピ。雪平の為に強くなろうとか考えて、張り切りすぎないこと』


 釘を刺すように言うラピルに、ラピッドハートは内心で渋々返事をした。


『じゃ、愛しの彼の元に行ってくるラピ』

『愛しって、そんな……違うからぁ!』

『あー、もうそういうのいいから、ほら』

『僕の扱い雑じゃない!?』


 ラピルへと抗議をするが、返事が返ってくることは無かった。ラピッドハートは小さくため息をつきながら、雪平のもとへと向かう。


「お疲れ様」

「お勤めご苦労様でェすッ!」


 きっちり九十度、勢いよく頭を下げる雪平。その視界の中で、偶々彼はある物に目をつけた。


「……あれ? それって」


 そう言って雪平が指を差すのは、ラピッドハートの手に握られた警棒だ。


「……あ」


 左手に握ったまま、収納状態のそれをラピッドハートは一度見て、そして雪平に差し出した。


「忘れもの」

「えっ?……え?」

「これがないと、君は戦えないでしょ?」

「え、まあそうですけど……どうして?」


 さも当然のように自分の武器を渡してくるラピッドハートに思考が追いつかない。とりあえず、と警棒を受け取る。ずっと握られていたためか、ほんのりと暖かい。


「家宝にしまァす! 家に飾るんでェ!」

「いや、使って?」

「はい! 使いますゥ!」


 ラピッドハートになら何を言われてもイエスと答える彼は、今日も絶好調だ。


「でも、どうしてラピッドハートさんが?」

「あ……と、途中で男の子から受け取ったんだよ。これを雪平に渡してほしいって」

「男の子……?」


 そう言われて少し考えこんだ末に、雪平はようやく理解した。


「あ、冬稀か!」

「……ちょっと思い出すの遅くない?」

「えっ、そうっすかね? というか……なんか怒ってます?」

「別に」

「そ、そうっすか……あ、その冬稀ってやつ今度ウチの組織に入った新人なんで、よろしくお願いします!」

「ん」

「すっごい良い奴なんで!」

「……そっか」

「……なんか、喜んでます?」

「別に」


 そう短く返事をした後、ラピッドハートは何かを思い出したのかポケットへと手を伸ばす。

 そして、ある物を取り出した。


「これ、貰ったのにちゃんとお礼を言ってなかった」


 そう言う彼女の手の中には雪の結晶のキーホルダーがあった。


「あっ、持っててくれたんですね!」

「当然」

「マジありがとうございまァす!」


 上げた側であるはずの雪平からの礼の言葉に一瞬ラピッドハートがたじろく。が、次の瞬間にはいつも通りの無表情に戻っていた。そして、平坦な声で言う。


「これがあるから私は戦えるんだ」

「そ、そんな嬉しい事まで……!」


 ラピッドハートとしては本心からの言葉だったのだが、雪平はそれをリップサービスと捉えたようだ。ヒーローショーで、『君たちの応援のおかげだ!』とか言ってるあれと同義であると認識していた。


「これからも大事にする」

「あざァッす! なんだァ、今日は嬉しいことだらけだなァ……」


 天を仰ぎ、雪平が呟く。


「そんなに?」

「そんなにですよォ。俺の大切にしてる人が仲間になってくれたし、美味いもん食えたし、ただでさえ幸せなのに、そこにラピッドハートさんですよ!」

「大切にしてる人……」

「さっき言った冬稀って奴っす!」


 小さくラピッドハートの肩が震えるが、雪平は気付いた様子はなく笑っている。


「そうなんだ……」

「はい! 同じラピッドハートのファンとして、これからも友情を深めていく所存です!」

「あっ、そっちなんだ」

「はい! ……って、なんかやっぱり怒ってます?」

「別に」

「そ、そっかァ。うーん」


 違和感に首を捻りながら、雪平が唸る。


「あ、そう言えば、ちょっと気になったんですけど」


 突然、切り換えた様に雪平が質問をしてきた。


「どうしたの?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……え?」


 意図の読めない質問に、思考が止まる。そんなラピッドハートを気にすることなく、冬稀は言葉を続けた。


「だって、アイツの服は女性用だったんですよ? それに、華奢な体に、可愛い顔、普通は女子と思うのが普通では?」

「……あ、え、えっと」

(なんで急に鋭くなったの!? というか、可愛いって……えへへ)


 突然のピンチに、ラピッドハートが混乱する。可愛いと誉められたことに対する照れもあり、混乱は二割増しだった。


「えっと……その」

「ん?」


 やがて、ラピッドハートが出した答えは――


「私、目が良いから」


 馬鹿しか騙せない嘘だった。


「そっかァ!」


 馬鹿が一人騙された。

 雪平は納得したのか、うんうんと頷く。そんな彼の様子に安堵したラピッドハートは、これ以上ボロが出ないうちに、とその場から立ち去ることを決めた。


「じゃ、私は行くから」

「あっ、はァい! お気をつけてェ!」


 見送る雪平に軽く手を上げて返したラピッドハートは、そのまま最上階へと跳んで消えていった。


「……やっぱすげえや」


 雪平は噛みしめる様にそう呟く。

 そしてしばらく余韻に浸った後、ショッピングモールを出るのだった。



 そして――


「新情報だッ、ラピッドハートさんは、目が良い!」

「そ、そうなんだ……」


 外で待っていた冬稀に自信満々にそう告げた。


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