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3.接触、同志に熱き魂を

 昼休み。授業から解放された生徒たちによる喧騒で教室もあっという間に雰囲気が変わる。学食へと向かう者、教室で弁当を広げる者、他にも様々だが俺たちはというと、


「行くぞ、拓……!」

「はいっす」


 決意に燃えに燃えていた。

 他の奴らからしたらなんてことのない、いつも通りの昼かもしれないが俺たちは違う。新たな魔法少女好きを仲間として迎え入れるためのいわば決戦。俺たちが肩を組んで魔法少女談義を出来るかどうかは今この瞬間に掛かっているのだ。


 相手はもちろん日下部 冬稀だ。大きなメガネ、肩にギリギリ掛からない程度に伸ばされた髪、そして表情を窺うことができない前髪と、見れば確かに陰鬱な雰囲気が漂っている男だ。夜に出会えば、人によっては悲鳴を上げるかもしれない。


「ちょっといいか」


 あくまでフランクに、何も気負っていない風を装って冬稀に声を掛ける。


「……」


(えっ無視ィ!?)


 意外にも、それはスルーという形で返される事となった。これは予想だにしない事だ。逃げるなどの反応は考慮していたが、まさかそんな回避行動すらとらないとは一体どういうことだろうか。


 しかし、俺も退くわけには行かない。ここまで来たからには男の意地ってもんがある。

 俺は、無視が出来ないように肩に手を置き、再び話しかけた。


「おい、ちょっといいか……!」

「雪平、顔! 顔が怖いっす」

「お、おお。すまねえ」


 拓がそう言ってアドバイスをしてくれるが、冬稀自身はなんの反応も示さない。


「……死んでるのか?」

「なわけないでしょ。何言ってんだアンタ」

「いや、でもほら。こんだけ呼んで反応なしってもう死んでるだろ」

「反応ないイコール死っておかしいでしょ。戦場帰りか何かっすか?」


 こうなるともう心配の方が勝つ。俺は冬稀の顔を覗き込んだ。茶色がかった髪の向こう。存分に伸ばされた前髪の隙間から瞳が見える。


「……コイツの顔、初めて見たわ」


 よくよく観察してみれば意外というか、整った顔のように思う。男らしいというよりは、肌の白さや、大きな目も相まって女の子の様だ。


「なぁ拓」

「はい?」

「コイツ女か?」

「は?」

「だよなぁ。違うよなぁ」


 まあ、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、今は勧誘である。

 俺は肩を揺すりながら話しかける事にした。


「もしもーし。ちょっとお話をし――」

「っ! えっ、え? 何々!?」

「うおっ!? えっ。急に反応するじゃねえか! なんで!?」

「なんでどっちもパニックになってんすか……」

 突然過剰な反応を示した冬稀に、俺は思わず驚いてしまった。驚く俺に、ビビる冬稀。呆れかえる拓と、中々に滑稽な光景だと思う。


「あ、あの……なんですか」

「なんですかっていうか、まあお前に用があるんだよ。にしても、さっきまでぼーっとしてたけど大丈夫?」

「えっと、アレは話をしていただけだから」

「……え?」

「アッ、違う! そ、そうじゃないです、ごめんなさい。言い間違い、そのえと……少し、眠くて、ぼーっとしてた、んです」

「眠いって……目ガン開きだったんだが?」

「そ、それはその、うぅ……」


 俺の言葉に、冬稀が小さく縮こまる。なんか、小動物みたいだ。


「あっ、そうだ。僕に、何か、用があってきたんですよ、ね?」

「ああ、そうだった」

「何をすればいいんですか?」

「え?」


 それは、前もって用意していた言葉だったのだろう。その時だけ、冬稀の口は慣れた様に動き、同時に何か妙な雰囲気を感じた。拒絶や、諦観、それに準ずる何か、胸糞の悪いものだ。

 それを探ろうと、俺は思わず冬稀に問い掛ける。


「おい、お前――」

「ああっと! 違うっすよ勘違いしないでほしいっす! ()()()()()()っすよ! ちょっとお話でもどうかなぁって、ね?」

「あ、ああそうだな」


 突然、拓が声を張り上げた。おかげで俺の言葉はかき消されてしまい冬稀の耳には届かなかったようで、冬稀はただ首を傾げている。

 突然のことでビックリしたが、成程。それだけ拓も魔法少女の話をしたかったのだろう。何だかんだといって拓も魔法少女が好きだからな。


「冬稀、俺達は話があってきたんだ」

「……はい」

「ラピッドハートについてなんだが」

「っ……!」


 ラピッドハートという言葉を聞いた瞬間、明らかに冬稀の様子が変わった。俺は拓を見る。拓は頷きながらサムズアップを返した。

 間違いない。

 コイツはラピッドハートのファンだ!


「悪いけど、もう知っているんだ」


 さっきの反応でラピッドハートが大好きだと俺は確信した。

 だから、大人しくラピッドハートファンクラブに所属してほしい。ここまで来て知りませんじゃ無理があるときっと冬稀も知っているだろう。


「い、いつ知ったんですか?」


 震える声で冬稀が聞いてきた。そうか、感動で声が震えるのか。いつラピッドハートを知ったかを聞いてくるなんて、もう俺たちとトークする気満々である。


「そうだなぁ。一番最初からだな」

「へぁっ!? そ、そんな最初から」

「おう! そこからずっと見てたんだ!」

「み、見て……見られて……」

「あ? どうした冬稀」

「ど、どうしたってそ、んな」


 興奮しているのだろうか、少し冬稀の言葉がおかしい。うんうん。同じ趣味のクラスメイトが見つかって喜んでいるのだろう。話しかけて正解だった。


「冬稀はどうだ?」

「え? どうって……なんですか?」

「俺の言葉を聞いて、何かないか?」


 お前の気持ちでラピッドハートへの愛を語ってほしい。オタク談義とはキャッチボールである。互いに好きなところを言い合って、情報を交換して、そうして互いに理解を深めるのだ。


「是非とも、お前の愛の言葉が聞きたい」

「え? あ、愛の言葉ぁ!?」

「大丈夫、焦らなくていいっすよ」


 拓が優しく語り掛ける。ナイスフォローだ。俺一人だと、どうにも熱量が強すぎるようなので、こうして冷静にいられる人間がそばにいると心強い。


「あ、あの……」

「おう」

「えっと、その……」

「おう」

「ちょっと、ほんのちょぴっと……嬉しい、です」

「おお! そうか!」


 つまり、仲間が出来て嬉しいと、そう言ってくれたのだろう。ならば俺はそれに応えなければならない。


「よォし! 語ろう! 共に愛を語り合おう!」


 そう言って、俺は冬稀の机の前に椅子を用意し、どっかりと座り込む。こういうのは勢いが大事だ。ここで互いにラピッドハートへの熱量を確認し合う事こそが、最もやるべきことだ。


「あ、愛を語るって、そ、そんな……」

「遠慮するな! 俺は好きだ!」

「うぅ……」

「週六回は夢に見るくらいには好きだ! 自作のグッズを作ったし、それも公式グッズになるように申請中だ!」

「うっわ、行動力やっば……」

「ど、どこにですか!?」


 冬稀が身を乗り出すようにして俺に聞いてきた。その瞬間、俺には分かった。コイツ、作ってやがるな、グッズを。

 冬稀は、自分のグッズも公式グッズ化してほしいのだろう。そうしてラピッドハートを全国に広め、ゆくゆくは世界に発信していこうと、つまりは冬稀もそう考えているわけだ。


「安心しろ」

「な、なんですか」

「ラピッドハートの可愛さを、世界に広めるのは当然のことだと思っている!」

「~~っ」


 だから、一緒に推していこう。グッズ、一緒に申請しよう!


「初耳の情報っす……」


 言っていないのだから当たり前だ。拓は魔法少女全般が好きなのであってラピッドハート一点特化型な俺たちとは違う。見ろ、冬稀なんか感動で打ち震えているぞ。


「か、かわいい、グッズ、ぼ、ぼぼぼ僕が」

「どうした! 大丈夫か!」

「そ、そんなに、好きなんですか?」

「ああ大好きだ! たぶん気が狂ってるくらいには好きだ!」

「たぶんじゃなくて間違いなく狂ってるよアンタ」

「ありがとう!」

「誉めてないっす……」

「ぼ、ぼくの方こそ、その、ありがとう……?」

「えっ何このお礼のラリー。こっわ。ラピッドハート好きって頭おかしい奴しかいないんすか?」

「可愛さで中枢神経をやられるという意味ではそうかもしれない」

「それもう兵器だよ」

「兵器じゃない! 愛くるしい魔法少女だ! な?」


 俺はぷるぷると震えている冬稀へと同意を求める。


「ふぇっ!? そ、それは」

「ほら冬稀もこう言ってる」

「いや言ってないっすよ」

「冬樹もそう思うよな!」

「エッ、あ、う、うん」

「ほらァ?」

「いや今言わせて……まあいいっす。仲間も増えたんだし、とりあえず、飯食べないっすか?」


 そう言いながら拓は手に持っていた袋から菓子パンを取り出しもしゃもしゃと食べ始めた。言われてみれば、昼飯を食べていない。このまま話しても構わないのだが、冬稀にまでそれを強いることは出来ないだろう。


「そうだな。よっし、食うぞ。冬稀」

「えっ、ぼ、僕も良いんですか……?」

「当たり前だろうが。ここまで仲良くなっておいて今更だろ。あと、その敬語も止めろ。俺たちはそんな堅苦しい関係じゃあないだろ?」

「そうっすよ。仲間っす」


 俺たちの言葉を聞いて、冬稀が一度大きく目を開く。そして、小さくだが、笑った。


「……そっか、ありがとう」

「おう!」


 これからは、今まで出来なかった分もラピッドハートの話が出来ると知って喜んでいるのだろう。とてもいいことだ。


「これからも、ラピッドハートのファンとして、二人で推していこうな!」

「……エッ?」

「いや、だから、お互いにラピッドハートへの愛を語り合って、いずれは本人に届けよう! 作ろう、横断幕!」

「あの、えーと」

「どうした!」

「……ナンデモナイデス、ハイ」

「そうか。いやぁ、どんな横断幕が良いかなァ」

「ドンナノデスカネー」


 こうして、冬稀がラピッドハートファンクラブに入った訳である。


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