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29.緊急、曰くアクシデントであると

 

 夕方、仕事を終えた鹿島が戻ってきたことにより、すこし早めの夕食にすることになった。


「というわけでーフユちゃんが正式にウチに所属となりましたー。わー」


 そう言いながら、鹿島がパチパチと手を叩く。


「わ、わー?」

「無理に乗らなくていいからな? てか、なんだこの豪華な飯……」


 三人で囲むテーブルには、所狭しと料理が並んでいる。到底三人で食べきれるような量ではない。

 そしてその全てが、出前であった。


「任せろっていうから任せたら結果がこれだよ……」


 雪平が頭を抱える。


「いえーい」

「誉めてねえよ、呆れてんだよ……」


 帰宅後すぐに、自分に任せてほしいと頼もしい笑顔で言った鹿島の事を信じた自分を恨んだ。元々鹿島はあまり料理を得意とはしていない。得意ではないだけで、一応できると本人は豪語するのだが、それも本当かは怪しいだろう。


「ほらぁ、食べて食べてー! 全部経費で落とすからー、むふー!」

「……本当に冬稀の歓迎なんだよな? 鹿島さんが食べたいだけじゃないんだよな?」

「寿司うまっ」

「話聞いてないねぇ!?」


 ニコニコしながら、片手に寿司を、もう片手にはジョッキになみなみと注がれたビールを持っている鹿島。ジャージであることも相まってもはやダメ人間のそれであった。


「はぁ、まあいいか」


 それでも、冬稀を助けるために奔走していた事は事実である。基本、鹿島がこの場所から動くことは珍しい。それでも、動いたという事はそれだけ面倒な仕事であったという事だ。


「ユキくんも、ほら食べて食べてー」

「あーはいはい。……ん、うまいな」


 近くにあった適当なピザを手に取り、齧る。あつあつのチーズと濃厚なソースによるジャンクな味付けは、想像以上に雪平に満足感を与えた。

 昨晩をスープだけで済ませたということもあるのだろう。露骨なまでの塩分とカロリーを体が欲しているのが分かった。


「冬稀も、遠慮するなよ? たくさん食べて良いんだからな」

「う、うん……」


 そう言って、冬稀はじっと目の前に並んだ料理群を見つめた。


「冬稀?」

「あ、ああごめん。ピザとか、お寿司とか、初めて食べるから緊張して……」

「……え」


 思わずピザに伸びた手が止まる雪平。そんな彼を見て、冬稀は恥ずかしそうに笑う。


「しゃ、写真とか話とかで知ってはいるんだよ? でも、まさか僕が食べれる日が来るなんて」

「……冬稀」

「な、何?」


 雪平は思わず口から飛び出そうになった同情の言葉を飲み込む。かわりに、ピザを取り分けて冬稀へと渡した。 憐れむのではなく、幸せを分かち合うための行動を雪平は自然と選んでいた。


「これ、俺のおすすめなんだ! チーズが濃厚で、かといってしつこすぎずトマトの酸味も程よくて最高でさ! ピザ頼んだらこれだけは入れるようにって言ってあるお気に入りだぜ」


 明るく努めて言う。

 そうして話せば、自然と冬稀の顔もまた綻んでいった。


「そっか――ありがとう」


 微笑んでうけとる。そして、冬稀は小さな口いっぱいにピザを頬張った。


「……っは、おいしい」


 今までの人生で一度も感じたことのない美味さに冬稀が一度固まる。そして、勢いよく雪平の方を見て言った。


「凄く美味しいよ、これ」

「だろ?」

「むふー、私のおかげだねー」

「いや、別に鹿島さんの……まあ、それでいいや」


 それで、冬稀が笑うなら、と。

 にぎやかな夕食時であった。




 ▼




「いやぁ、食った食った」

「あー、ユキくんおじさんみたいー」

「いや、寝転んでる鹿島さんには言われたくないよ……」


 夕食後、三人は思い思いに休んでいた。

 雪平はソファでだらけるように座り、冬稀はその隣で興味深そうにテレビを見ている。そのテレビの下では、クッションを枕代わりに鹿島が寝転がっていた。


「あぁー床が冷たくて気持ちー」

「あんまだらしない姿を見せるな。仮にも大人だろアンタ」

「大人でも、だらけたい時あるよー。というか、大人の方がだらけたい時があるんだよー? ホント、久しぶりに本部行って疲れた……ユキくん」

「何だ?」

「マッサージしてー」


 手足をパタパタとしながら鹿島が言う。


「まあ、今回は頑張ってくれたし、しょうがねえな」

「やったー」


 やれやれと軽いため息を付きながら、雪平は立ち上がろうとして――


「……マジか」


 それを感知した。

 思わぬ横やりにうんざりしたような顔で、頭を無造作に掻く。

 そして、


「鹿島さん」

「はいよー」


 見れば、既に鹿島も起き上がり準備を始めている。


「どうしたの……?」


 まるでスイッチを切り換えたかの様な二人の挙動。冬稀は困惑するが、間もなくその理由を知った。


「……っ」


 冬稀の体の奥底に響く不快感。それは、クライマーの出現を意味していた。


「場所は」

「ここから南東に三キロ。最短ルートをスマホに送ったから、それにしたがって行ってねー」


 慣れた様に準備を進める雪平と、既にデスクに移動しパソコンを開いている鹿島。冬稀が何かするまでもなく、二人は準備を進めていた。


「近くに何かあるか?」

「ショッピングモールだねー。まだ閉店時間ではないから、人もそこそこいるかとー。火事ってことで避難させとくよー」

「了解。じゃ、行ってくる」


 鹿島の言葉を受けて、一つ頷いた雪平はやがて部屋を出た。思わず、冬稀は追いかけようとして、


「フユちゃんはこっちだよー」


 その言葉に動きを止める。


「……っ、はい」


 正体を隠している冬稀には、あくまで後方支援の任務が与えられる。現状、組織に参加したばかりの彼は鹿島の補佐という立ち位置だ。それはつまり、魔法少女になって戦えない事を意味していた。


(うぅ、どうしようどうしよう)


 正体を隠すという決意があっけなく揺らぐ。こんなことならラピルの言う通りにすれば良かったと後悔すらあった。


「私たちの仕事は、ここでユキくんのサポートだよー」

「は、はい」


 言われるままに椅子に座る。パソコンの画面に広がる地図が、今の冬稀にはより焦燥感を搔き立てる物だった。

 と、その時。


「……あ、忘れてたよー!」


 突然、鹿島が声を上げた。それは、誰かに話しているというよりは、思わず口からでた言葉の様で、あわあわと頭を抱えている。


「どうしたんですか?」

「ユキくんに、修理した武器持たせるの忘れた……」

「え……」


 思わぬ一言に冬稀が驚き固まる。


「クライマー相手にステゴロはマズいよー!」


 そう言う鹿島の手には、確かに雪平が普段使っている警棒が収納状態であった。以前のクライマーの大量発生時に破損した物を修理したようだが、持ち主本人がそれを忘れて出ていったようだ。


「……じゃあ、戦え、ない?」


 冬稀の顔が徐々に青くなっていく。雪平は武器を持ってようやく戦える普通の人間でしかない。

 その武器すらないとなれば、それは当然死を意味していた。


「……どうすれば」


 突然の危機に、冬稀の思考が完全にストップする。脳裏に呼び起こされる傷ついた雪平の姿に、体を震わせた。


「――というわけで、届けてほしいんだー」

「……え?」


 最初、冬稀はそれが誰に対しての言葉かわからなかった。ニコニコと笑いながら警棒を差し出す鹿島を見て、そこから更に一拍置き、ようやく理解する。


「僕が、届ける……ってことですか?」

「そう。まだきっと遠くに行ってないしー、私はここを離れられないしー」


 だから、と言って鹿島が手渡す。手の中に置かれたそれは、思ったよりも軽く、それでいて金属特有の冷たさがあった。その冷たさに感化されたように、ゆっくりと頭が冷えていくのがわかる。


「……わかりましたっ」


 立ちあがり、駆け出す冬稀。鹿島は、笑顔で手を振りながらその後ろ姿を見送った。


「怪我しないようにねー」


 やがて、完全に一人になったタイミングで、


「応援してるよ」


 と、誰に言うでもなく呟いた。




 ▼




 夜の街を駆ける。


「――ラピルっ」

『いつでもいけるラピ!』


 頭の中に響く声がそう言った。

 冬稀は迷うことなく、口を開く。


「転身」


 たん、と一歩踏み出すごとに姿が解けて変化していく。夜風に流れる髪は銀に、首元には靡くマフラーを。一瞬の後に、その姿はラピッドハートと呼ばれる少女のものへと変化していた。


「今行くから……!」


 地面を蹴り上げる。

 ただそれだけの動作で、高く飛びあがったラピッドハートは目的地を目指す。


()()()()地図を見てて良かった)


 PCに映し出されていた最短ルートを頭の中に思い浮かべながら屋根から屋根へ飛ぶ。

 その手に届け物を持って、少女は先を急いだ。

 

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