25.勧誘、大失敗と部分的成功
つまりはギャグ回です
砂上雪平は悩んでいた。
目下最大とも言える悩みに、その決して優秀ではない脳みそを必死に働かせていた。
(冬稀の勧誘……)
日下部冬稀を、自身の所属する組織へと勧誘する。それが彼の頭を大いに悩ませていた。
生憎と、写真の譲渡を交換条件として引き受けてしまったからにはやるしかない。雪平本人も、一体どうして写真を欲しがったのかはわからないが、欲しいと言った手前、退くわけにもいかなかった。
「うーん……」
「どうしたの?」
「ウォァ!?」
「ふぁっ、そんなに驚く程? あ、もしかして考え事の邪魔しちゃったかな?」
「いや、そんな事は……ねえよ」
ソファで隣に座る件の彼が話しかけてくる。身長差からどうしても見上げるようにしてくるその姿を相変わらずの可愛さだと心の中で評価しながら雪平は小さくため息を吐いた。
「本当に、大丈夫? もしかして、まだ怪我痛むの?」
「いや、それは大丈夫だ。何か良い夢も見れたし、身体的には絶好調」
「良い夢?」
「ラピッドハートと添い寝する夢」
「そっ――」
小さく体を揺らして冬稀が俯く。髪の間から見える小さな耳は、真っ赤に染まっていた。
「どうした?」
「い、いや。添い寝って、そ、そんなこと……」
「ああ、最高の夢だった」
「さ、最高!?」
「おう。いい匂いしたし、柔らかかったし、なんか俺に話しかけてく――」
「わ、わー! ちょっと、止まってもらってもいいかな!?」
「え、なんでだ?」
「なんでってその……は、恥ずかしいし」
もじもじと太腿をこすり合わせながらそういう彼の姿はもはや、少女そのものである。どういう訳か潤んだ彼の目を見て、雪平はますます混乱に陥った。
「えっ、なんでお前が恥ずかしいの?」
「あっ、ええっと……」
「なんでだ?」
「……し、思春期だから?」
「……そっかァ」
ここにまともな思考回路を持つ者が入れば、間違いなく嘆息。後に馬鹿な会話だと揶揄するだろう。悩みごとでまともに頭が回っていない雪平と、突然の出来事で殆ど頭がのぼせ上っている冬稀。両者ともに知能指数は著しく低下していた。
「ラピッドハートのそんな話聞いたら、僕も想像して照れちゃうしね」
「それもそうか」
冬稀の嘘に、まんまと騙された雪平は頷く。そして、自慢げに笑ってこう言った。
「へへ、羨ましいだろ」
夢の話でマウントを取っているという空しい事実に雪平は気が付くことは無い。
「ハハ、ウラヤマシイナー」
「そうだろ。これも日々ラピッドハートとの妄想を繰り広げている俺だからこそ出来た技だ」
「はは……そっか、妄想ね、うん」
「お気に入りの妄想は、お風呂上がりでモコモコパジャマのラピッドハートを後ろからギュッと――」
「……え」
突然、呪詛の様なものを唱え始めた雪平を見て、冬稀がギョッとする。
「体温は少し高めだと思うんだ」
「何の話!?」
「ぽかぽかの体をこう、抱いて一緒にソファでぬるめのホットココアを飲んでさ」
「妄想のディティールが細かいの怖いんだけど!?」
突如として饒舌にかたりだした雪平に、冬稀は若干怯えた表情で少し距離をとった。しかし、雪平はそれに気が付かない様子で笑顔だ。まさか、気持ちの悪い妄想をラピッドハート本人が聞いているとは思うまい。
ついに耐え切れなくなった冬稀が無理矢理話を逸らす。
「そ、そんなことよりあの様子だと、悩み事とかあったんじゃないのかな!? 僕でよければ力になるけど!」
「い、いや別に悩みなんて」
あることにはあるが、本人にいう事はできない。それでは本末転倒である。雪平がどう誤魔化そうか悩んでいると、
「ぼ、僕じゃ、力になれない……かな?」
勢いよく迫ってきたと思えば、雪平の歯切れの悪い返事を聞いた次の瞬間にはしゅんとしおらしくなる冬稀。
その姿を見て、雪平は慌てて口を開いた。
「なれる! すっごく力になれる! 何ならお前じゃないとわからねえかもしれねえ!」
「本当?」
「ああ、本当だ! この悩みを解決できるのはお前しかいない!」
だって本人だもの。とは言いだせない雰囲気のまま雪平は続けて口を開く。それはもはや勢い任せの思考停止から来る言葉だった。
「俺、どうしても欲しい人がいるんだ」
「……ぁぇ?」
時が止まる。
一人は呆然とし、一人は唖然とした。
やがて、自分の発言の問題点を理解したのか雪平が慌てて訂正を始める。
「違う! あぁっと、一緒に暮らしたいというか、寝食を共にしたいというか、そんな人がいるんだ」
「……へ、へー、そうなんだ、うん、そっか……」
言い直して何も訂正することは叶わなかった。むしろ、冬稀の勘違いを補強している。
急激に冬稀の顔が曇り始め、言葉は尻すぼみになっていくが、そんな彼の様子に気が付かずに雪平は話しを進めた。
「で、その人に、どう言えば良いのかわからなくって」
「つまり……告白ってこと?」
「あー、まあそうなるのか?」
そうならない。
広義で言えば、組織に加入していることを告げるので告白といえば告白だろう。しかし、それはこの場で最も適していない言葉だった。
「そ、そうだよね……うん。僕、男だし」
「冬稀……?」
「な、何でもないよ! ほら、相談乗るからさ!」
無理矢理にそう話しを進められて、気圧された雪平は話し出した。
「その人を上手く誘えるようにって鹿島さんからも頼まれてさ」
「家族公認なんだ……」
「鹿島さんも気に入ってるみたいでさ、ぜひともって」
「そっか……」
「やっぱり何かプレゼントしたりとか、喜ぶモンを用意した方が良いのか?」
雪平の言葉に、少し落ち込んだ冬稀。だが、次の瞬間には意識を切り換えて相談に乗る姿勢になった。
「確かに、プレゼントは有効かもね。何か、その人の好きな物知らないの?」
「ラピッドハート」
「君の交友関係って全部ラピッドハートで決まってない?」
「それは……そうかも」
「そうなんだ……。なら、それ以外に好きな物ってないの?」
「うーん、会ってそこまで日が経っていないというか、いまいちわからないなぁ」
「好きな食べ物とか」
「あまり物を食べないからな」
「服とか、お洒落に興味ないの?」
「基本は制服で、休日に出歩くタイプではねえ気がするから、服もそんなにないんじゃないか?」
「な、なら趣味とか」
「ラピッドハート」
「その人もう人間性死んでるよ」
「えぇ……」
お前だよ、と声を大にして言いたい雪平だったが、グッと堪える。折角相談に乗ってもらっているのに、その対象が自分であると分かったらどんな反応をするか分かったものではない。あくまで詳しいことは言わずに雪平は話を続ける。
「な、なら冬稀はどうなんだ?」
自分でも何を言っているのかはわからない。それは、考えることが限界に達した雪平のやぶれかぶれの特攻に近い質問だった。誕生日プレゼントに悩んだ結果、本人に直接聞くパターンと非常に酷似してる。
「ぼ、僕?」
「そう。貰って嬉しいものとか」
「そうだなぁ、僕は今まで何も持ってなかったから、何か貰えるだけで嬉しいかな?」
「……そうか」
「うん。今も、すっごく幸せなんだ。ちゃんとご飯が食べれて、ふかふかのベッドで寝れて、あったかいお風呂に入って。夢みたいだった」
花が咲いた様に、冬稀が笑う。飾り気のない本心からの言葉だった。
「ごめんね、参考にならなくて」
「いや、問題ない。助かった」
雪平の言葉に、冬稀がまた笑う。
「そっか、役に立てたなら良かった」
そう言う冬稀の姿をみているうちに、雪平の中で何かが吹っ切れた。
「なぁ、冬稀」
「どうしたの?」
「……俺と一緒に来ないか?」
何の洒落もないただの言葉が口をついて出る。その目だけは真っすぐに冬稀の方を見つめて。
「え? ちょっと、どうしたの?」
「飯も、寝るときも、風呂も全部を幸せって言ってくれたろ」
「……う、うん」
「それを今だけじゃねえ、これからずっと続くように、幸せにしてやるから」
「……うん?」
「俺と、一緒に来てくれねえか」
時が止まる。
先程とは違った意味で、間が空いた。
一人は、答えを待ち沈黙する。されど、その目は決して逸らすことは無い。
そして、もう一人は――
「……え、もしかして、アレ、僕のこ、と」
この瞬間に今までのやり取りの全てを理解していた。
言われてきた言葉の意味や、彼の表情、それに対して真面目に回答していた自分。その全てが混ざり合って、彼の中で意味の解らない小爆発を起こす。
やがて、今まで以上に顔が真っ赤になり、半ばのぼせたような表情へと変わっていく。
「来てくれるか……!」
「……はぃ」
もう、冬稀にはまともな判断は出来なくなっていた。
今の彼ならば、何を問われても肯定で返すくらいにはぶっ壊れていた。
「そうか! よかったァ」
肩の荷が下りたと、雪平は安堵する。
しかし、彼は重要なことを忘れていた。
そう、組織への勧誘自体はしていないのだ。
すべての過程をすっ飛ばして、家に住まわせるための誘いだけを行っていたのだから、組織の「そ」の字も出ていない。つまりは、実質的な勧誘の失敗だった。いや、別の意味では大成功なのだが。
「雪平……」
「ん? どうした?」
「僕……教会式がいいなって……」
「え、何? 急に何の話!?」
この後、誤解を解き、組織の説明を一からして、少しいじけた冬稀を慰めるはめになることを、雪平はまだ知らない。
感想、ブックマーク、評価、お待ちしてます!




