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23.朝日、穏やかな時間

 朝日が部屋に差し込み始め、辺りを明るく染めていく。

 そんな穏やかな一日の始まりと共に雪平は起床した。


「……あァ?」


 目を覚ます。そして最初に感じたのは、頭を覆うようにして自分に巻き付いている何かである。

 一体何なのか、確かめようと目を開けて――


「えっ、……エッ?」


 目の前は変わらず暗闇だった。いや、厳密に言えばうっすらと目の前が見えることから、何かに包まれているのだろうと推測は出来る。

 それを押しのけようとそれに、手を伸ばして、


「……んっ」

「えぇ……、嘘ォ」


 聞こえてきた声に、雪平は困惑の声を上げた。

 短く、吐息にも近い声だったが、それは確かに冬稀のものだったのだ。


「あの……冬稀?」


 呼び掛けるが、返事はない。

 余程疲れていたのか、冬稀は未だに夢の中のようだ。


「あの、ちょっと俺、起きたいんだが」


 呼び掛けるが、冬稀は一向に起きる素振りを見せない。

 が、その代わりと言わんばかりに強く抱き寄せられた。


「うおっ、おい、聞こえてねえのか」


 目の前に広がるのは冬稀の身にまとったルームウェア。女性ものの服という事もあってか、雪平の中に罪悪感が募っていく。


「おーい、起きろ。俺だけじゃなくて、お前も恥ずかしい思いするぞ」

「ん……んぁ」

「お、起きたか」


 雪平の声に、眠たげな声を上げる冬稀。これで、解放してもらえると安堵した雪平だったが、その予想は呆気なく裏切られることになる。


「わ、雪平だぁ」


 まるで、道端で可愛い猫でも見つけたかのような声色の冬稀。そして、そのまま雪平の頭に自分の顔をこすりつける。


「……えっ?」


 あまりに突拍子もない出来事に、雪平の脳が一時的に思考を停止した。


「なあ……冬稀、もしかして寝ぼけてるのか?」

「えへへ……、僕はここだよぉ」

「あー、だめだ。どうすっかなァ、コレ」


 いまいち芯をとらえきれていない返答が、冬稀の状態を物語っていた。未だに、半分は夢の住人であろう意識が、普段の臆病な彼からは想像も出来ないほどに積極的な行動をさせている。


「……雪平ぁ」


 冬稀が、甘えるような声で雪平を抱いてくる。だが、雪平はこのまま抱き枕にされて終わるほど、軟弱な男ではない。


「よっと」


 特に苦戦することもなく、さっと拘束から抜け出した雪平は膝立ちで冬稀を見下ろす。抱きしめる対象がいなくなった冬稀は、一度空を抱くように動くと、そのままこてんと仰向けになって再び眠り始めた。


「朝、弱いんだな」


 意外な発見だと、雪平は頷く。以前、一緒に登校した時はもっと早い時間だったため、朝の目覚めは良い方だと勝手に解釈していたがどうやら違ったようだ。

 それにしても、と雪平は冬稀の意外な一面を見て楽しげに笑う。


「まさか、あんなに寝ぼけて俺にくっつくとは……()()()()()()()()()()?」


 勘違いではない。そんな指摘を出来るものは今この場には誰もいなかった。それが幸か不幸かはさておき、雪平はこの眠ったままの友人をどうするか決めあぐねていた。


「起こすか、寝かせたままにするか……うーん」


 今日は休日だ。学校に行く必要もないので、寝ていても問題はない。のだが、このまま眠らせておくと、寝ぼけたまま今度は鹿島へと抱き着くのではないかと雪平は危惧していた。杞憂である。


「うーん」


 眠ったままの冬稀の顔を見る。穏やかに眠るその顔は、初めて見る表情だった。大体は無表情か、顔を赤らめているかのどちらかなので、こんなに油断しきった顔は中々拝めるものではない。


「……もう少し、寝かしとくか」


 穏やかな寝顔を見ているうちに、雪平は起こす気はなくなっていた。

 そして、冬稀に気遣うようにベッドから立ち上がる。


 もう一度、顔を見て微笑むと、そのまま部屋を出ていった。






「……」


 部屋に、再び沈黙が訪れる。

 ベッドに眠る、冬稀の寝息だけがそこには――


「……あ、危なかった」


 ぽつりと、冬稀が明確な意思を持って呟く。返事を返す者はいない。そうなるように、冬稀自身が寝たふりをしたからである。

 緊張から解放された冬稀は、胸を撫でおろしながら息を吐く。


(……途中から起きてたんだけど、気が付かなくてよかった)


 実のところ、冬稀は既に目を覚ましていた。

 といっても、甘えるように抱き着いた所までは完全に寝ぼけての行動である。そこから、ゆっくりと意識を覚醒させたのだ。幸いにも、その時には雪平の頭は胸の近くにあったため、冬稀の赤くなった顔を見られることは無い。


「……うぅ」


 自分の行動を思い出し、羞恥で顔を真っ赤に染める。どう考えても、あんな行動をするべきではなかったと、存分に後悔した。

 が、同時に頭をよぎるは、雪平に体を密着させたときの感覚。


(もしかして凄く恥ずかしいことをしたのでは……?)


 もしかしてではなく、実際にそうなのだがあくまで冬稀の中では可能性に止まったようだ。

 その時の感覚を思い出しながら、ふと視界に映った枕に目を止める。



「……」


 雪平の普段使っている黒い枕だ。昨晩は冬稀に抱かれる形となったため、使用された形跡はない。が、そんなことは冬稀にとっては些細な事だ。


「……えへへ」


 そっと枕を掴み、自分の体へと抱き寄せる。そうしてやれば、まるで再び雪平を抱いているように思えた。

 やがて、抱きしめることに満足したのか、冬稀は枕を頭の下に置く。


「……もう少し、寝よう」


 折角雪平が自分を起こさない様にと気遣ってくれたのだ。だからその好意に甘えようと冬稀は再び目を閉じる。今度は、雪平の枕も付属した非常に豪華な睡眠になるだろう。


「……ふぁ」


 目を閉じて待てば意外にも睡魔はすぐにやってきた。

 冬稀は自身を包み込む柔らかな倦怠感に身を任せ意識を放る。

 やがて、部屋には再び寝息だけが響き始めた。





「……むふふー」


 そんな彼等の一部始終をバッチリ見ている人がいたのだが、それはまた別の話である。

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