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22.睡夢、擁く少女

 深夜、何かの音と共に冬稀の意識がゆっくりと覚醒した。


「……ん」


 慣れない程に柔らかいベッドは、今もなお小さな体を優しく受け止め眠りへと誘う。しかし、不思議と冬稀の意識は次第にハッキリとしていった。


(声……?)


 耳に響く、何かの声のようなものが彼の興味を引く。低く、底から響くような声は、うめき声に近い。

 寝ぼけ眼で辺りを見ようとするが、明かりの消えた部屋では何も目にすることが出来ない。


(うぅ……何この声)


 冬稀は次第にその声のようなものに恐怖を抱きはじめた。日々クライマーと戦う身ではあるのが、それとこれとは話は別だ。正体も、対処法も分かっている存在と全てが不明な物とでは根本から違う。


「……どうしよう」


 冬稀は考える。

 ここで取れる選択肢は二つ。

 一つはこのまま寝る事だ。

 耳を塞いでしまえばまた眠ることができるかもしれない。時間は掛かるかもしれないが、それが最も穏便に済む方法だ。

 もう一つは雪平を起こし、原因を探る方法。

 部屋の主たる雪平であれば、この音の正体もわかるかもしれない。正体さえ知れば、後はどうとでもなるだろう。


 少しの間、考えて冬稀が出した答えは、


(寝よう……我慢すればきっと大丈夫)


 前者、耐えて眠るだ。そもそもの話こんなことで雪平を起こすなどといった行動を冬稀が実行に移せるはずもなかった。我慢を選んだのは当然の帰結と言えよう。


(よし……大丈夫)


 何が大丈夫かはわからないが、それでも自分に言い聞かせてどうにか落ち着ける。そして、瞼を閉じた。

 視界が完全に暗闇に覆われる。


(……)


 何も考えないようにと、思考も停止。

 その結果――


(だめだ、すごい聞こえるし、すごい気になる……)


 むしろ聴覚からの情報が強化される結果となった。

 視覚の分も補おうとした聴覚が、より鋭敏になり音が更に詳細に聞こえるようになる。結果、冬稀は望むことなく、その音の大体の発生位置を把握した。


(……雪平?)


 聞こえるのは自身の目の前。丁度、向かい合って寝ている雪平の位置。一度知れば、それは確信へと変わった。確かに、雪平の方から、声の様なものがする。


「……ねえ、雪平」


 小さな声で、囁くように問い掛ける。が、依然うめき声の様なものは止まず、雪平からの返事もない。おそらくは寝ているのだろう。


「……どうしたの?」


 もう一度問い掛ける。しかし、返事はない。その代わりとでも言わんばかりに呻き声が少し大きくなった。


「――っ」

(間違いない、雪平の声だ)


 大きくなった声は、間違いなく雪平のもの。そして彼から発せされる呻き声は、()()()()()()()()()()()かのようだ。


(……ぁ)


 そこまで思考すれば、答えに辿り着くのに時間は要らなかった。冬稀はむくりと、起き上がり、冬稀のいるであろう方を見る。

 とその時、雲の切れ間から顔を見せた月の光が朧げに部屋を照らした。

 白いシーツも、枕も、自分の影も、その輪郭が次第にハッキリとしていく。その中で、冬稀はジッと雪平を見つめて、間もなくその姿を目に捉えた。


「やっぱり……」


 思わず籠った感情が口から漏れだす。

 どうして気が付かなかったのだと、冬稀は思わず自分を恨みたくなった。

 なぜなら、


(怪我、治ってない)


 目の前で眠る雪平の顔は、苦しそうに歪んでいた。

 比較的涼しい夜であるというにもかかわらず、その額には汗が浮かび上がっている。そっと腹部に添えられた手が示す、彼の苦痛の原因。

 それは、ラピッドハートである冬稀を庇ってできた怪我だ。


(僕のせいで……)


 寝る前に、あくまで気丈に振舞っていた彼の姿を思い浮かべる。今思えば、あれは自分への気遣いだったのだろうと簡単に予想できた。


(僕に、できることは)


 後悔が一瞬頭をよぎる。が、次の瞬間には、そんな事は放りだした。目の前で苦しむ雪平を助けたいという一心で頭を回す。


(薬……は一錠だけだった。今ならわかる、アレは鎮痛剤の様なものだ)


 傷を治すような代物ではなく、あくまでその場しのぎの物である事も看破する。薬を使って一朝一夕で治せるような傷ではなかった。しかし、現に彼は冬稀を助けるほどに回復をしている。ならば当然、何かからくりがある筈だ。


(あの回復速度はきっと普通の医術じゃない)


 家に帰って来るのも思えば謎であった。あれだけの怪我を負った翌日に自室にいるなんて不自然である。

 医術に頼らず、怪我を確かに治す方法。一つ、冬稀には思い当たる節があった。


(……魔法少女の治癒能力の再現)


 ここにきて、冬稀の答えが奇跡的に合致する。

 魔法少女の異常性を自覚していない為に、力の再現の難易度に気が付かない事。そして、組織の内情を把握していないために、魔法少女の能力の再現がようやく実用可能段階まできたという事実を知らない事。この二つが上手くかみ合った瞬間だった。

 冬稀からすれば、それぐらいの事はやってもおかしくはない組織という認識でしかなかった。それは常に前線で戦う雪平の姿を見ていたからこその発想だろう。

 組織への曖昧な認識が、雪平という無茶の塊により補強され『魔法少女の再現程度ならとっくの昔に出来ていてもおかしくはない』という認識が出来上がっていた。


(もしもそうなら、僕にも出来ることはある)


 心の中に意識を集中させ、冬稀が呼び掛ける。


『ラピル、今返事できる?』


 呼び掛けに、やがて声が返ってきた。 


『――大丈夫ラピ。久しぶりに調子がいいから、お話できるラピ!』


 久しぶりに聞くその飛び跳ねるような声に、冬稀はほんの少し頬を緩めるがすぐに真面目な表情に戻る。


『僕の、友達を助けたいんだ』


 だから手伝ってほしい、と冬稀は心で呟く。


『お安い御用ラピ。魔法少女の本懐は人助け。断る理由がないラピね』

『ありがとう』

『当然の事ラピ。それに、冬稀の友達なんて言われたら助ける以外ないラピよ』


 自分で言った言葉に、今更に冬稀が顔を少し赤く染める。そして、それを誤魔化すかのように話を続けた。


『雪平の怪我を治したいんだけど、僕はどうすればいい』


 今ままで基本的に一人で戦ってきた冬稀は、何かを治すという事をしないでいた。あくまで浄化――何かを消したり、壊したりすることだけを意識していたのだ。


『本当なら、傷を治す力を持っている魔法少女が好ましいラピ』

『そんなの僕は持っていないよ?』


 冬稀の言葉を予想していたのか、ラピルは意気揚々と語り始めた。


『僕をそんじょそこらのマスコットと一緒にしないでほしいラピ。僕の加速の力は万能ラピ』

『加速……』


 冬稀が何度も戦いの中で恩恵を受けた力だ。ある程度の無茶なら通せる力は、今まさに万能の名にふさわしいだろう。

 しかし、それがどう治癒につながるのかは冬稀にはわからなかった。


『傷を治すことは出来ないけど、その手伝いなら出来るラピ』

『……そっか、自然治癒を加速させるってことか』

『そう! 雪平の自然治癒能力を加速させ、急速に怪我を治す。これが、僕たちにできる治し方ラピ』


 自信満々にそう語るラピルをよそに冬稀は雪平の顔をもう一度見る。今もなお、苦しそうに歪める顔は、つい目を背けてしまいそうになる程だ。


「……今、助けるから」

『ラピッドハートにならずに加速の能力を使うなら、少し練習がいるラピ。僕が教えるからその通りに――』

『必要ない』

『え?』


 驚き止まるラピル。しかし、対照的に冬稀は止まることは無く口を開いた。


「……転身」


 その言葉を呟くとともに、ゆっくりと姿が変わっていく。

 月光に照らされて輝く銀の髪。闇の中でもハッキリと見える赤い眼。そして、真っ赤なマフラー。

 ラピッドハートの姿がそこにはあった。


『正体隠しているんじゃないラピか!?』

『そんなの、今は気にしてられないよ』


 自分の大切な人を救うためならば、そう言い聞かせて冬稀はゆっくりと手を伸ばす。


『この姿なら、すぐに使えるでしょ?』

『いや、まあ、そうラピ』

『一刻も早く助けたいんだ』


 より少女のものとなった白くて細い指が、雪平の頬を撫でる。


「もう、大丈夫だから」


 雪平へとラピッドハートはさらに近づく。そして、ゆっくりと雪平の前に寝そべった。そのまま、苦しそうにしているその顔を胸に抱くようにしてゆっくりと体を密着させる。


「……大丈夫」


 言い聞かせるようにして、加速の力を使った。抱いた頭部から始まり、控えめに絡ませた足を通して、一つの輪と為し自分を加速器に見立てて雪平の自然治癒を早め始める。


『これで、大丈夫かな』

『一番手っ取り早い方法ラピね。いや、まあうん……、冬稀がそれでいいならいいラピ』

『え?』

『いや、その、相手に魔力の流し込むのって……いや、何でもないラピ。頑張って維持するラピ』

『わ、わかった』


 何か口ごもっていた気がしたが、今は胸の中の雪平へと集中する。

 数分後、次第に呻き声は小さくなり、息も整い始めた。


「よかった……」


 頭を優しく撫でながら、ラピッドハートは安堵の声を上げる。

 と、その時だった。


「……らぴっどはー、とさん?」

「っ!?」


 体が飛び跳ねそうになるのを我慢しながら、ゆっくりと下を見る。が、頭部が見えるだけで、その表情は窺うことは出来ない。


「ハハ、ひさし、ぶりだァ……」


 呆けた声は、どこか力が入っていない。


(良かった……寝ぼけている)


 それならば、とラピッドハートは口を開く。


「……そうだよ。君を助けに来たんだ」

「はは、うれしいっす」


 微睡む声で雪平が答える。夢を見ているとでも勘違いしている声は、普段の彼からは想像もできないものだ。


「頑張ったね、もう大丈夫だから」


 頭を撫でる。髪を優しく梳きながら語り掛ける。


「安心して、眠って」

「なん、か、もったいないっすね……」


 声が、次第に力を失い途切れ途切れになっていく。


「おやすみ……ありがとう」

「こ、ちらこ――」


 雪平の声が途切れる。代わりに、小さな寝息が聞こえ始めた。


「……」


 最後に、少しだけ力を込めて気遣いながら雪平の頭を抱き寄せる。早く治るようにと、思いを込めて。


「おやすみ」


 もう一度、呟く。

 やがて、ラピッドハートの意識もまた深い闇へと落ちていった。


※後でラピルさんが変身解除してくれました



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