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21.月夜、二人微睡む

 雪平がそれを見て、最初に思い浮かんだのは、捨てられた子猫だった。

 ベッドの上にちょこんと座り、あくまでも邪魔にならないようにと小柄な体躯を更に縮めようとしている姿は一周回って可愛らしさすらある。


「邪魔だったら言ってね……?」


 そんなことを冬稀が見上げる形でつぶやく。もはや雪平の心には謎の罪悪感が生まれていた。


「だ、大丈夫だから! そんなに遠慮するな。お前が遠慮すると、何か俺が悪いことをしている気分になる」

「ご、ごめん」

「謝るのも止めろォ! いいか、もうここで寝るのは決定事項なんだ。それに俺は文句なんてないし、勿論邪魔だとも思っていない」


 事実、冬稀がベッドに居るわけだが、それでも充分に雪平の寝るスペースはある。


「そっか、優しいね」


 小さく口角を上げ、冬稀が笑った。微笑とも呼べるその笑顔は、服装も相まって世間を知らない小さなお嬢様のようにも見える。

 そんな彼女の笑顔に一瞬見惚れた雪平だったが、次の瞬間には腹部から響く鈍痛により正気を取り戻した。


「っ……そろそろ、寝るか」


 部屋の明かりを消し、ベッドへと腰を下ろす。

 また少し、腹部が痛んだ気がした。

 ベッドの近くにあるテーブルには、コップ一杯分の水と、錠剤タイプの鎮痛剤が一錠だけ置いてある。


(朝までこれで耐えられるか……?)


 組織により支給されたそれは、市販の鎮痛剤の何倍もの効果があるが、服用する回数には十分に注意しなければいけない代物だ。雪平は、一度これを帰宅後に飲んでいる。今日、飲むとしても後一錠が限度だろう。

 それを抜きにしても既にこの手の薬のストックは切れていた。


(寝ればこっちのもんだ。それまでの繋ぎになればそれでいい)


 錠剤を口に含み、水で一気に流し込む。


「……うへぇ」


 喉奥から鼻にかけて抜ける独特の匂いと舌の奥に付いた苦みに思わず顔を顰める雪平。何度も飲み、慣れてはいるのだがそれでもこの匂いと味は得意にはなれそうにない。


「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。一応ってことで医者から貰った薬だからな」


 あくまでその効果を伝えることは無く、気丈に振る舞い笑う。痛み止めであれば、きっと冬稀は心配するだろうとの雪平なりの考えがあってのことだ。


「ま、飲まなくてもこんなに元気なんだけど」


 次第に腹部の痛みが引いてきた雪平は、少しオーバーな動きで体の無事をアピールした。それが功を奏したのか、冬稀は困ったように笑うだけで薬に言及はしない。


「確かに、三階から飛べるならそうかも」

「そして冬稀をお姫様抱っこも出来るしな」

「……っ、それは、忘れてよ!」

「は? 俺たちの友情の一ページを忘れるわけねえだろ。高解像度で脳に保存しておくわ」

「変なことに脳を使わないでよ……」

「変な事ってなんだ。俺にとっては大事だぞ。例えば、恥ずかしがってる冬稀の顔とか、こっそり服を掴んでた手とか、ちょっと潤んでた目と――」

「それは友情と関係ないと思うんだけどっ」

「そうか?」

「そうだよっ」


 顔を真っ赤にして冬稀が反論する。肩で息をしながら、今まさに目に涙を溜めての反論は、やはりと言うべきか少女にしか見えない。

 そんな彼の姿を見ているうちに、雪平の体をゆっくりと倦怠感が包み始めた。


「……ふわぁあ」


 思わずあくびを一つ。

 冬稀を助けるためにと張っていた緊張の糸がここにきて切れた。元々、弾丸による強制的な自己修復と、自己修復分のリソースを肉体強化に使った分の疲労が溜まっていた雪平の体は、その眠気に抗う事も難しい。

 痛みもない今なら寝ることができる、と雪平は躊躇なくベッドに横になった。


「冬稀、お前も寝たらどうだ。ほら、一緒に寝よう」

「あっ」


 冬稀へと手を伸ばし、肩を抱いて強制的に横にする。ベッドが小さく揺れた。


「よし」

(何が!?)


 よくわからないままに雪平の近くに寝かされた冬稀は、未だに混乱している。が、当の本人は満足そうに頷いて二人にきちんと掛かるようにタオルケットを被せた。


「久々に、誰かと寝るなァ……」


 冬稀に話しかけたというよりは、独白に近い言葉。それは、どこか嬉しそうであり、昔を懐かしむような声色だ。


「なァ」

「……なに?」

「もう、大丈夫だからな」


 半覚醒状態での、言葉は何の飾り気もない雪平の本心だった。ただ冬稀を思って出た言葉は、冬稀の心の奥底に小さな音を立てて落ちる。


「――うん」


 小さく返事をする。

 そして、


「おやすみ、雪平」

「ああ、おやすみ冬稀」


 微睡む意識に身を任せ、どちらともなく瞼を閉じた。

 やがて聞こえてくる二人分の寝息。

 静かな夜の帳が二人をそっと包み込んでいた。

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