20.恋路、今は誤魔化し
「今日は、ユキくんの部屋で寝てもらうからー」
夕食の後、ソファに座っていた冬稀に鹿島が言った。
「……ぇ」
「そうか。なら俺はここで寝るわ。冬稀、遠慮せず使ってくれ」
雪平は何の抵抗も無く自分のベッドを使うようにと促す。が、そう言われて素直に甘える冬稀ではない。
「だ、だめだよ。雪平の部屋なんだから雪平が使ってよ。僕のほうこそ、ソファでいいから。ほら、こんなにフカフカで、僕の使っている布団よりもよく眠れそう!」
精一杯のフォローと遠慮の言葉。しかし、その中の一つが鹿島と雪平の琴線に触れた。
「……お前、普段どんな布団で寝てんだ?」
そう問いかけてくる雪平に、冬稀が一番近いものを例としてあげる。
「……体操マット?」
「は? 体操マットってあの、前転とかするやつか?」
「う、うんそうだけど」
「な……」
絶句である。雪平の想像を超えた環境に、もう冬稀を自室で寝かせる意外の選択肢は彼にはなかった。
「鹿島さん、やっぱり冬稀は俺の部屋だ」
「当然だよー」
「ええ、いやだから僕はここでも充分に寝られるんだって。枕代わりのクッションもあるし」
「わかった……わかったからこれ以上そんな悲しいこと言うな」
「悲しまれてる!?」
冬稀からすればごく普通の事であったのだが、その一言一言が雪平の心に丁寧に刺さっていく。
「安心しろ。枕もあるし、ベッドも結構いいやつだから! 大人三人寝ても大丈夫な馬鹿デカいサイズだから!」
サムズアップをしながら雪平が言った。
「でも、雪平もちゃんとした場所で寝なきゃ駄目だよ」
「俺は、ここで寝ることもあるから慣れてる」
「複雑骨折の人間をソファで寝せるとか、それもおかしいと思うんだけど!?」
「うっ……そうか、俺は複雑骨折か」
ここにきて、鹿島の嘘が仇になった。いかに、今の彼がピンピンしているからと言っても、世間の認識としては昨日まで骨が見るも無残な姿になっていた言わば重篤患者である。そんな人間を、ソファで寝かせるなどといった行為は、冬稀が許すわけもなかった。
「だから、雪平が使って?」
「いや、それはできない……うーん、どうしよう」
お互いに一切譲るつもりはない。互いの頭に浮かぶのは妥協案ではなく、いかにして相手を説得するかである。
と、そこに唯一の中立な立場の人間から声が掛かった。
「二人で、寝ればいいんじゃないかなー?」
「「え?」」
予期せぬ答えに、声が重なる。その反応がお気に召したのか、鹿島はより一層笑う。
「どっちもベッドで寝てほしいなら、それが一番じゃない? お互いの意見を通せる最もスマートな方法かとー」
どうしてそうなるのか、と冬稀は頭をかかえた。しかし、隣にいる男は違ったようだ。
「……鹿島さんは、やっぱりスゲエや」
「えっ、雪平?」
「それなら互いの意見を尊重できる。冬稀を寝かせようとするあまり、視野が狭くなってたみたいだぜ」
「まだ狭いままだよ……?」
「大丈夫だ。ベッド広いし!」
大人三人でも余裕があると言っていたベッドだ。女子と比べても身長がやや低い冬稀なら、当然余裕で入るだろう。
「でもいいの?」
「別に構わないけど」
「い、一緒に寝るんだよ!?」
「お、おう。どうした? そんなに声を荒げて」
意識しているのが、自分だけだとわかり更に顔を真っ赤に染める冬稀。服の裾を軽く握っている姿はもはや恋する乙女のそれである。まあ、隣の男はそれにまったく気が付かないのだが。
「じゃあ、決まりでいいかなー?」
「おう! 冬稀も、それでいいか?」
「……もう、それでいいです」
ここで断る術など、冬稀は持ち合わせていない。
「よし、じゃあ俺ちょっとベッド整えてくるわ」
「……ぁ」
そう言って雪平が立ちあがる。その背に、声をかけようかかけまいか悩んでいる間に、雪平は部屋を出ていった。
「むふー、いいね。私好みの展開だよー」
「うぅ……もしかして遊んでいるんですか?」
「いやいや、ちょっとお手伝いをねー?」
そう言って茶目っ気たっぷりに笑って見せる鹿島。彼女と接したのは今日が初めてだが、それでもこの鹿島という人物の性格の大体は掴めていた。
(人の恋路が大好物なタイプだこの人……)
と、そこまで考えて自分の思考に気が付いた。
(こ、恋路って何!? べつに、雪平の事はそんな風には、思ってないよ! ……たぶん)
勘違いされることの無い様にと、冬稀は言う。
「そ、そんな関係じゃないですからっ」
「……え、そんな関係って何? ねえ、何ー?」
「あっ、違うんです、あの、その、うぅ……」
「お手本のような慌て方で見てて楽しいよー」
冬稀の推測通り、鹿島という人間は人の色恋沙汰が大好きな性格である。
しかも、その全てがあくまで善意の上に成り立っているのだから余計にたちが悪い。悪意にはなれているが、善意に対してはめっぽう弱い冬稀にとってはもはや天敵に近い人物だ。
「ねえねえ、ユキくんの事どう思う?」
「す、ストレートですね」
「だって知りたいからね、むふー」
わくわくと表情から期待が漏れ出す鹿島。そんな彼女に呆気なく負けた冬稀は、小さな声ではあるが、語り始める。
冬稀が恥ずかしがりながら印象を口にし、鹿島がそれを興味深そうに聞く。そんな疑似的な恋バナ染みた何かは、雪平が戻ってくるまで続くのだった。
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