18.休息、共に過ごすは
雪平たちが家に着くころには、既に辺りは真っ暗になっていた。
「ただいま」
「お、おじゃまします……」
家の奥へ聞こえるようにと言う雪平。その後ろを縮こまる様にして冬稀が付いていく。
(大きい家だ……)
何か家以外の施設と併合しているのではないかと思ってしまう程に、雪平の家は一回り大きい。今風の家と呼べる外観は保っているものの、周りの住宅と比べるとやはり存在感が違った。
「……どうした?」
「う、ううん。大きい家だなって」
冬稀の家も、一般的な家屋比べれば大きい。しかし、それ以上のサイズだ。
「ああ、事務所かねてるしな」
「事務所?」
「……アッ」
さらりとそう言った雪平だったが、失言をしたかのようにサッと顔が青ざめる。そして、冬稀のほうへと振り返り肩をがっしりと掴んで言った。
「事務所って言ってもな! アレだよ、変なのじゃなくて。その……何でも屋的な?」
「そ、そっか」
「おうそうだ……ふぅ」
危機を乗り切った、とでもいった風に雪平が息を吐きだす。
何を必死になっているのか最初はわからない冬稀だったが、その様子と口ぶりから理解した。
(ああ、そう言えば一応は隠してるんだっけ)
魔法少女のサポートをする組織の人間としての正体を隠していることを思い出す。正体を隠す事にどんな意味があるのかは冬稀にはわからないが、隠そうとしている事実だけは理解した。それならこれ以上の詮索は止めようと、冬稀は話題を切り換える。
「そう言えば、怪我は大丈夫だったの?」
「ああ、怪我か。あれなら治った」
「えっ治った? 嘘でしょ、あんなにお腹に……」
「お腹?」
「え?……アッ」
「学校には複雑骨折って説明したって聞いたんだが」
おかしいと、首を捻る雪平。
冬稀は慌てて弁解する
「あぁ、ええっと、クラスの噂話を聞いてそう思ったんだ! あの……複雑骨折で折れたあばらがお腹から突き出たって」
「嘘だろ俺そんな状態だと思われてるの!?」
「う、うん」
「そうか……」
沈む声色は、落ち込んでいるというよりも、学校に行った際にクラスメイトにどう説明しようか悩んでいるように見えた。
「まあ、なるようになるか」
悩んだのは一瞬だったようで、次の瞬間には何事もなく廊下の奥へと進んでいく。そんな彼の後ろを、冬稀はそっと付いていった。
「ここが、リビング。というか事務所の……部屋?」
そんなふわふわの紹介と共に、雪平は一つの部屋を紹介する。そして、扉を開けた。
「ここで待っててくれ。奥のソファに座っていいから」
部屋の奥のソファを指さす雪平。その先には大人数で座れる大きめのソファがある。
「うん、わかった」
置いてあるファンシーな色のクッションと、モダンな色遣いのソファ本体とのギャップが激しいそれに、少し遠慮しながら腰を下ろす冬稀。それを見届けてから、雪平は廊下の奥へと消えていった。
「……」
冬稀はぼうっと、天井を眺める。
最初はどこか緊張していたが、ソファの心地の良い柔らかさが、ゆっくりと彼を解きほぐしていく。
(不思議な気持ちだ……)
ここ最近の冬稀を取り巻く環境は、目まぐるしく変わっていた。最後には死を迎える事すら望んだ筈が、まさか友人宅のソファでこうやってリラックスしているとは。冬稀は、未だに半分夢のような感覚だった。
やることもない冬稀は、ふと傍にあったクッションへと目をつけた。灰色で、他の物とは違って浮ついていない。それは、雪平が普段使っている枕代わりの物だ。
(これ、きっと雪平のだよね)
ソファは大きく、雪平でも十分に横になれるサイズである。事実、クライマーの浄化後などは、このソファでそのまま眠ってしまうこともあった。
そんな彼のクッションへと、冬稀はそっと手を伸ばす。
(べ、別に何も深い意味はない、から……!)
一体何の言い訳をしているのか、冬稀は内心で必死に言い訳を死ながら手を伸ばし、
「初めましてー」
「ひゃぁっ!?」
突如、聞こえた横からの間延びした声。
思わず跳び上がった冬稀は、そのままソファにこてんと横になった。
「あれ? そんな驚かせるつもりはなかったんだけどなー」
そんなことを言いながら、女性が微笑む。赤茶色の髪を無造作に纏めあげたその女性は、妙に包容力のある笑顔で冬稀を見ている。
「あ、あのっ」
「まあまあ、そんなに慌てないで。私は鹿島って言うの、どうぞよろしくー」
「あっ、雪平の言ってた鹿島さん……!」
「そんな驚いた顔されるなんて、ユキくんはどんな紹介をしたのかなー?」
妙に驚いた顔の冬稀を見て、鹿島が首を傾げる。今の彼女は全身ジャージの緩い人間の雰囲気を醸し出していた。彼女にとって、冬稀の反応は予想外だったのか首を捻りながら口を開く。
「君、名前はー?」
「えっと、日下部 冬稀です」
「あぁ、君が例の……」
「……例の?」
「うん、友達が出来たーって、ユキくんが喜んでてさ。すごく楽しそうに話してたから気になってたんだよー」
「そ、そうなんですか」
そう言われると気恥ずかしいが、それでも嬉しさのほうが勝る。自分が、雪平の中にちゃんと存在していると分かったことが、冬稀にとってはなによりも嬉しかった。
「うーん、これは中々」
そう言いながら冬稀の顔をまじまじと観察する鹿島。彼女は、品定めをするような目で見た後、満足したのか深く頷く。
「冬稀君だっけ?」
「はい」
「じゃあ、フユちゃんだー」
「……え?」
「フユちゃん」
「あの、僕男……」
控えめにそう主張するが、鹿島は気にした様子はない。
「フユちゃん」
「は、はい!」
「あの子と仲良くしてあげてね」
そう言って笑う彼女への答えなど、一つしかなかった。
雪平がリビングに戻った時には、そこに冬稀の姿はなかった。
「あれ?」
辺りを見渡すが、何処にもいない。トイレにでも行ったのかと、考えながら暫く待っていると、やがて鹿島が部屋に入ってきた。
「ああ、鹿島さん。冬稀……見なかったか? 小さめの、可愛い奴」
「ああ、それならお風呂だよー」
「えっ、風呂?」
「そうそう。何か、髪濡れてたしー。君の上着脱いだら服ボロボロなんだもん。とりあえず、お風呂でゆっくり―」
そう言う鹿島を見て、雪平は失敗したと落ち込んだ様子を見せた。
「完全に失念してたわ。そうだ、先に風呂に入れるべきだったな。悪い、配慮が足りなかった」
頭を下げる雪平に、鹿島はひらひらと手を振りながら答える。
「別にいいよー。君に女性の扱い方なんて期待していないしー」
「いやアイツ男だぞ」
「知ってるよー。でも、フユちゃんだしー」
「理由になってねえな」
「それに……今の君すっごい辛そうだしねー」
鹿島の笑っていたはずの目が開かれ、ただ一点を見つめている。その先にあるのは、雪平の腹部。クライマーに貫かれた場所だ。
「わかるか?」
「私にはわかる。何年一緒にいると思ってるのー?」
「……すまん」
制服から着替えた雪平は現在、眠っていた際に着ていた患者服のような物を着用している。その服の中、腹部に巻かれた包帯にうっすらと血が滲んでいるのを、雪平自身気が付いていた。
「いいよー。そんな状態でよくもまあフユちゃんを助け出したね。いや、助けたからこんな状態になったのかなー?」
「オイ、先に言っとくけど、アイツは悪くねえからな」
「わかってるよー。フユちゃんから一応お話は聞いたし。これは君が無茶したんだから、君の責任だよねー。自業自得」
鹿島はそう言いながら、雪平をソファへと誘導する。そして、優しく座らせた。
「痛みは―?」
「少し。でも、さっき鎮痛剤飲んできた」
「んー、そっか。まあ、明日になればまた撃ってあげるからそれまでお薬で我慢だねー」
手で銃の形を作りながら鹿島が言った。
「あの、ご飯とかは……?」
「スープだけだよー」
「こんなにお腹空いてるのに!?」
「その状態で空腹なのが異常だよー。まあ、痛いってことは魔力が切れたってことだから。その分のエネルギーを体が求めてるのかなー?」
つまるところ、今の雪平の体には既に弾丸は存在しておらず、治りかけで中途半端な身体になってしまっていた。普通に過ごすには辛過ぎるが、薬を飲めばなんとか平常を保っていられる絶妙な状態である。
「そうか。まあ、スープだけでも腹に入れられるだけマシか」
「そうそう」
ソファに並ぶように鹿島が座る。
「……ユキくん」
「なんだ?」
「あの子、守ってあげてね」
「当然だ」
「言い切るねー」
「もう悲しい顔は見たくねえからな」
脳裏に焼き付いて離れないあの瞬間の絶望した顔。思い返すだけで胸が張り裂けそうになる悲痛な面持ちを二度と繰り返してはいけないと、雪平はとっくの昔に決意していた。
「……成長したね、ユキくん」
「そうか? まあ、褒められて悪い気はしねえな」
「式には呼んでね」
「なんの!?」
「個人的にはフユちゃんは洋風が映えると思う」
「えっ、理解していないのに勝手に話を進めないでほしいんだけど!?」
雪平の言葉も届くことなく、鹿島は一人でニコニコと満足げだ。
もしかして、何か大変な思い違いをしているのではないか。そう思い至った雪平は、鹿島を問い詰めようとし――
「あ、あの」
「ん?」
扉の隙間から顔を覗かせる冬稀を見つけた。
「どうした、冬稀」
「その、僕さっきお風呂入ってて」
どこか恥ずかし気に言う冬稀の顔はほんのりと上気し、いつもよりずっと明るく見える。
「ああ。鹿島さんから聞いたぜ」
「言ったよー」
「うぅ……」
「どうした? 入ってきていいぞ?」
そう言っても、冬稀は何かを躊躇って部屋に入ってくることは無い。その様子を見てだんだん不安になってきた雪平が立ちあがろうとした瞬間、隣にいた鹿島が意気揚々と扉へ向かっていった。
「そんな遠慮しないでー」
「あっ、ちょっと待っ――」
扉が開けられた先に、一人の少女がいた。
否、正しくは男なのだが雪平がそう勘違いしてしまうのも仕方がないだろう。
「……鹿島さん」
「何ー?」
「これ、自前?」
何故なら、今冬稀が身に着けている物は女性ものの部屋着だったからだ。
「貰ったんだけどー、サイズが合わないから困ってたんだー」
「そっか。いや、そっかじゃねえわ……」
今の冬稀が身に着けているのは所謂ワンピースの形に近いルームウェアだ。白を基調とし、一部に黒で刺繍が小さくなされたそれは冬稀本来の雰囲気も合わさって落ち着いた印象に纏まっている。
ハッキリとした物言いをするならば、かなり似合っていた。
「普通に、俺の服貸せよ」
「サイズ、合わないし。そっちのほうが危険だよ」
「何が危険なんだよ……」
「それに、ほらこんなに可愛い。むふー、いいね。後で写真とってもいいかなー?」
「えぇっ、そ、それは流石に」
「やめてやれ、困ってるだろ」
「困った顔……成程」
「変な理解をするな怖い。……ごめんな、冬稀」
一人騒ぐ鹿島を宥めながら雪平もまたゆっくりと立ち上がり冬稀へと近づく。そうして見下ろせば、確かに鹿島の言う通り可愛いことがわかった。
服を小さく握りながら、ほんのりと頬を染め見上げてくる様はもはや少女のそれだ。
(これは、鹿島さんをやっぱり誉めるべきなのか……?)
そんな事をすれば更に調子に乗りかねないと、雪平は首を振る。
「あ、あの雪平」
やがて、冬稀のほうから声が掛かった。
「どうした?」
「これ、変じゃないかな……?」
不安そうな表情に上目遣いを乗せて冬稀が問い掛ける。
「え? ああ、似合ってるぞ。可愛い……で合ってるのか知らないが。おかしくはない」
雪平なりに言葉を選び言う。すると、冬稀はパッと表情を変えて笑った。
「そっか……! なら、いいんだ。ありがとう」
(いいのか……? えっ、本当にそれでお前はいいのか……?)
そんな雪平の心の声には気が付くはずもなく、冬稀は嬉しそうにするばかりだ。
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