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13.堕ちる、絶望

短いですがご査収ください



※思ったように描写ができなかったので後から一部文章を修正する可能性があります

 砂上 雪平が大規模な交通事故に巻き込まれたらしい。そんな噂が学校内に流れ始めたのはクライマー大量発生の翌日だった。

 なによりもその信憑性を高めたのが、空いた雪平の席であり、教師からの、彼は非常に危険な状態であるという言葉だ。


 これは、あくまで不幸の元に起きた事故である、と生徒たちは認識した。


 それでも真実を知らない人間がいない訳じゃない。


(――僕のせいだ)


 何度目になるかわからない自戒の言葉。冬稀はただあの場で庇われるだけだった自分を呪った。第三者から見れば、たった一人で殆どのクライマーを浄化させただけでも十分すぎる働きだ。それでも、冬稀は自分を認めない。


 あれは、あくまで自分の弱さ故に起きた悲劇である、と冬稀は認識した。


 授業中、ふとした拍子に見てしまう彼の席は、今は誰もいない。その空席を見るたびに、今も病院で眠っているであろう彼の姿が思い浮かんだ。もしかすると死んでしまうかもしれない。それは、目の前で見ていた冬稀だからこそ考えうる可能性だった。


(……僕のせいだ)


 彼の中からあふれ出る血も、徐々に弱くなっていく鼓動も、不規則な呼吸も、何もかもを見ていた。見ていることしかできなかった。

 どうして、あそこで動くことができなかったのか、どうしてあそこで反撃できなかったのか、どうして、どうして――。そんな後悔ばかりが募っていく。


 そして、自責の念と、後悔、自戒を繰り返して、気が付けば放課後になっていた。


(僕のせいだ)


 冬稀は、ゆっくりと立ち上がる。

 家に帰るためではない。

 いつもの場所に向かうためだ。


(僕の、せいだ)


 ふらり、と体を揺らしながら歩く。既に脚の感触は無いに等しく、歩くという意思だけで歩いている状態だ。今すぐに気を失ってもおかしくない程に冬稀の体調は悪い。いや、気を失うだけではなく、下手をすれば死んでしまう可能性もあった。


 それでもこうして学校に来たのはたった一つの目的のためだ。


(ぼくのせいだ)


 壊れた機械のように頭で声が響く。その奥底に刺さって消えない言葉だけが、今の彼の原動力となっていた。


 ――後悔して、絶望して、悔やんで悔やんで悔やんで、そうしてボロボロになったら、その時は私が殺してあげるわ


 以前、千秋院が、冬稀に対して放った言葉だ。

 この言葉をまるで導のように、もつれる脚で冬稀は向かう。目指す先は三階の端、空き教室だ。



 こうしてたどり着いた先、空き教室の扉を開けた向こうに千秋院 千晶はいた。


「来たのね」

「……」


 事実確認として千晶が呟く。冬稀の返事を待つつもりがない彼女は、冬稀が言葉を発さない事にも特段思うところはなかったようで、冬稀の姿を見て笑った。


「いい顔になったじゃない。その様子だと、立ってるのもつらいでしょ? 無様ね」

「……」

「砂上雪平のことは残念だったわね。アンタと関わったからかしら? 随分と可愛そうな結末」


 冬稀の中に残った精神をゆっくりとそぎ落とす言葉。それは、意識して放たれたものなのだろう。言葉を一つ発するたびに、千晶の顔が満たされるように歪んでいく。


(ぼくのせいだ)


 だから、罰を受けなければならない。


「ころし、てください」


 引き攣り、しわがれた声で呟く。

 今にも風に流され溶けてしまいそうなその呟きは、それでも確かに千晶の耳に届いた。


「ふふっ、そう……そうなの! ああ、やっとこうして殺せるのね!」


 歓喜の声が上がる。待ち望んだプレゼントを貰った子供のように無邪気なそれは、間違いようが無く、冬稀の死を望んでいる声だ。燃えるような蒼い眼を爛々と輝かせ、千晶が笑う。


「これで、やっとアンタに借りを返せるわ!」


(はやく、ころして)


 目の前で千晶が言った言葉に、疑問を持つこともなくただ冬稀は死を待つ。これ以上何かをするのは限界だった。


「じゃ、早速始めましょうか」


 興奮を抑えきれない様子で千晶が言う。

 そして、ゆっくりと手を伸ばして――


「やめるっす!」


 突然の声に、その手を止めた。


「……は?」


 声のした方を、千晶がゆっくりと見る。食事を邪魔された肉食獣のような目が乱入者を睨む。その先にいたのは冬稀もよく知る人物だった。


「どうしてアンタがここにいるのよ――拓」

「止めにきたっす」


 面倒くさそうにため息をつきながら問い掛ける千晶に、飯尾 拓はただ簡潔に答えた。教室へと入り、冬稀と千晶の間に割って入るように立つ。


「どうして、アンタがこんなことしてんすか」

「ソイツ、私が殺さなきゃいけないのよ」

「……は?」


 予想外の答えに拓が止まる。それを見た千晶が続けて口を開いた。


「ソイツを殺すのが私の使命なのよ。こんな奴が生きているなんて私は絶対に許せない」

「どうして、そんなこと言うんすか!」

「どうして? ……ふざけないでよ、()()()()()()()()も私が引き受けてやってるんでしょうが!」


 笑顔から一変、悲壮の面持ちで千晶が叫んだ。隠されることもない怒りが、場の空気を支配する。殺気すら感じるこの空間の中で、ただ一人冬稀だけが呆然と、ただ納得していた。


(ああ、この人も同じなのか)


 何が、かはわからない。そこまで頭を働かせる程の力すら、今の冬稀には残っていなかった。それでも今の彼女になら殺されても構わない、とすら思ってしまう程に千晶に対して妙な親近感を抱いているのは確かだ。


(はやく、ころしてくれないかな)


 冬稀は既に、壊れてしまっていた。


「っ……そんなの、冬稀を殺していい理由にはならないっす!」

「なら本人に聞きなさい。コイツは自分から望んできたのよ」

「何をふざけたことを」


 拓が、振り返り冬稀を見る。


「冬稀、戻りましょう。こんなことしても、雪平は喜ばないっす」

「……ゆきひら」

「そうっす。アイツが帰ってくるのを、二人で待つっすよ!」

「――どうして?」

「え?」


 冬稀にはわからない。


「どうして僕が待つの?」


 雪平を待つ理由が理解できない。


「……なに言ってるんすか。冗談きついっすよ」

「僕は、ここで死ななくちゃいけないんだよ。だから、ごめんね」


 一歩前に進む。そして、最後には拓の横をすり抜け千晶の前に立った。千晶の顔が嬉しそうに歪む。


「どう、して……。なんでそんな事言うんすか!」

「アンタには一生分からないわよ。ほら、さっさと消えなさい」

「なんで、冬稀!」

「うるさいよ……僕は、死にたいんだ」


 明らかな拒否。これ以上、踏み込むことは許さないと、冬稀の言葉がそう伝えていた。


「……ッ」

「分かったらここからいなくなりなさい。そういうの得意だったでしょう?」


 見下すように、千晶が言った。


「……っ、くそ」


 悪態を付き、拓は一度冬稀を見て、そして最後に千晶を睨んだ。


「……僕は、諦めないっすよ」


 一言、そう呟いて教室から出ていく彼を、冬稀はただ見つめ、千晶は笑った。


「ハハハ、大方教師でも呼んでくるつもりなのね。そんなの、想定済みだってのに、ねぇ」


 顔を撫で、千晶がそういった。冬稀は何も返事をしない。それでも、千晶は嬉しそうに笑う。


「アンタを救える人間なんているわけないのに」


 撫でつけるその手は、やがて廊下の向こうから聞こえてきた姦しい声をきっかけに止まった。


「おーす、待った?」

「いいえ。丁度良かったわ。ほら、入って入って」


 ひょっこりと顔をのぞかせた木原を千晶は笑顔で迎え入れる。


「お、そっか。良かった、宮上がトイレ行ってて遅れてさ」

「ちょっとぉ言わなくていいから」


 少女たちが楽しげに笑う。これから、一人の命を奪おうというのに、その顔には悲しみはおろか、恐怖すら見えない。

 そんな彼女たちを見て、千晶は口を開いた。


「始めましょうか」

 

これで本当にシリアスパート終わりです!

後にこれを中和できるほどの砂糖をぶち込む予定なので安心してください!



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