12.救われぬ、喪失
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その日クライマーが出現したのは、街中だった。今までは、夜道や、公園など人の少ない場所でゆっくりと力を蓄える個体であったのだが、今回は違った。
街中に、突如として湧き上がる黒い粘体。
人々がパニックに陥るまでそう時間は掛からなかった。
悲鳴や怒号が上がる中、冬稀はラピッドハートとしてその場に降り立つ。
(これは……)
ラピッドハートの目には予想外の光景が広がっていた。魔法少女の姿を目にしてようやく落ち着きを取り戻しつつある群衆。交差点の端でひしゃげて火を上げる車、そしてなによりも、数えきれないほどのクライマーがそこにいた。
『なんて、数』
ラピルでさえも予想しえなかった事態だった。
本来、クライマーというものは闇に紛れて力を蓄えるものだ。白昼堂々の行動は、天敵である魔法少女に見つかる可能性が高い。故に、生存するための戦略として影で生きることを選んだのだ。
ならば、これはどういうことか。
答えは一つだ。
奴らは、個としての生存ではなく、種としての存続を選択した。
『そんなこと……』
あり得ないと、ラピルは内心で歯噛みする。高度な知能を持ち始めるのは人型になってからだ。にも関わらずにこうして知性体として選択ができるとは。
『冬稀、逃げるラピ』
今までのような優し気な声色ではない。あくまで命令するようにラピルが告げた。
「……どうして」
『こいつらは本来は群れるような個体じゃないラピ。それなのにこうして一つの場所に大量に集まるとなると、間違いなくそれを操る上位の個体が存在するラピ』
これだけの個体を操り指揮する個体が存在する。ラピルはそう結論付けた。
上位個体は、新人の魔法少女の手に負えるものではない。それが例え、一週間の戦いの末に経験を積み、稀代の才能を持った魔法少女でもだ。ここは一度、救援を呼びに行かなければならない。
冬稀の体調を気遣ってのことではなく、クライマーを浄化する為のもっとも有効な手段としてラピルはそう提案する。
「そう……」
しかし、冬稀は一歩前に踏み出した。
『冬稀!』
返事はない。しかし、それが答えだった。
強く踏み込み、目の前で蠢くクライマーを叩き潰す。魔力を込められた一撃は、クライマーにただの一つの抵抗も許すことは無く浄化する。
「――次」
蒸発する骸には目もくれず、次のターゲットを見やる。そして、飛び込み勢いのままに蹴撃を食らわせた。熟れたトマトが潰れるような感触と共に、クライマーが数体纏めて吹き飛ぶ。
『……すごい』
ラピルが呆然と呟く。ラピッドハートの戦う姿を見て、ラピルは自分の認識の甘さを知った。
ラピルの力によって転身した魔法少女に与えられる力の一つに、速さが存在する。他の魔法少女と比べても群を抜いた速度での攻撃と移動が可能なその力は本来、一撃離脱の戦法を取るためのものだ。
安全に、確実に浄化するための力。
仮に、それを全て攻撃へと転用したら。
仮に、自身を顧みずに攻撃をするとしたら。
それは、たった一人でクライマーの群と渡り合えるほどの力を持った魔法少女が誕生することになる。
「これなら、殺せる」
冬稀の捻じ曲がった自己犠牲と、ラピルのもたらす速度が今この瞬間に、妙な嚙み合い方をした。冬稀の魔法少女としての実力は、既にラピルの想定を遥かに凌ぐものとなっていたのだ。
「意外と、被害は少ないかも」
一体、また一体と流れるように浄化されていくクライマーを尻目に、ラピッドハートは逃げ遅れた人がいないかを確認する余裕さえ生れていた。紅い眼が、街を見つめる。その何処にも逃げ遅れた人も手遅れとなり死んだ人間もいない。
大量発生したクライマーを前に、民間人の被害をゼロに抑えたのだ。
「よかった」
しかし、それは同時に自分以外の誰かが動いていることを意味していた。ラピッドハートが到着したころには既にあちこちで火の手が上がり、人がまだ少なからずいたのだ。にも関わらず、クライマーに誰一人として襲われることがなかったのは、クライマーを倒しうる存在が居たからに他ならない。
ラピッドハートは、一度高く跳躍をした。ビルの壁に張り付いたクライマーを片手間に浄化させ、下を見下ろす。
そして、探すまでなく彼を見つけた。
(――雪平くん)
自分が戦っていた場所から丁度影になっている部分。交差点の端で、雪平が一人戦っているのが見えた。
考える間もなく、体が動く。
「行かなきゃ」
たん、と空気を蹴り一直線に彼のもとへ向かう。雪平へと襲い掛からんとしているクライマー目掛けて足を振り下ろし、近くに居たクライマーも纏めて殴りとばした。
「――ありがとうございまァす! 助けてもらえるなんて感激で泣きそうだァ」
傷だらけの顔で、雪平は笑った。
ラピッドハートは雪平を観察する。ボロボロの制服に、飾り気のない警棒の様なものは根元が歪に曲がっている。
それは、彼が魔法少女の到着まで戦っていた事を示していた。
(僕が、到着するのが遅かったから)
ラピッドハートはそれを自分の不手際と認識した。今までの無理がたたり、頭が回っていないというのもあったのだろう。そもそも、なぜ彼がこんな街中にいるのかすら疑問に思わなかった。
「……ごめん」
「えっ?」
これ以上、彼を戦わせるわけにはいかないと、ラピッドハートは再びクライマーへ向け跳ぶ。
「あ、ちょっとラピッドハートさ――」
何かを言おうとしていた雪平を無視して、数えられる程度になったクライマーの浄化を再開した。殴る、蹴る、そして跳ぶ。ただそれだけをこなせばよい。
そうして殴っていた矢先、クライマーの前に降り立った瞬間だった。
「……っ」
突然、体が重くなり意識が混濁し始めるのを感じた。体の限界が、近いのだ。
『冬稀、一度止まるラピ! 魔力を一度に使いすぎラピ! このままじゃ体が……!』
「う、るさい」
飛びかけた意識を、無理矢理覚醒させクライマーへ拳を振るう。拳の上で蒸発する肉片を振り払い、別のクライマーへ向けて駆ける。
『駄目ラピ! 本当に取り返しが付かなくなるラピ!』
「……っ、うるさい」
街灯を飲み込もうとしているクライマーを蹴撃で浄化する。
『死んだらおしまいラピ! ボクは死んでほしくないんだラピ!』
「うるさいって」
車の上を這いずりまわっていたクライマーを、掴み直接魔力を流し込み爆発させる。その余波で辺りのクライマー数体が纏めて浄化される。
轟音のあとに、辺りを砂塵が舞う。
『お願いだから、無理をしないでほしいラピ』
「……だからっ」
縋るように、今にも泣きそうに話しかけてくるラピルに思わず声を荒げる。既に意識は明滅を繰り返していた。
『もう休むラピ!』
「だからうるさいって――」
叫ぼうとした、その時。
「あぶねェッ!」
聞き覚えのある声が、耳に響いた。振り返れば、そこには自分に飛び掛からんとするクライマーの姿。
対するラピッドハートも拳を固め、すぐさま放てるように準備を完了する。
(反撃、をっ)
が、放つよりも先に体が限界を迎えた。
がくん、と視界が下がり体が重力に引かれて地面に向かう。
「っ」
とっさに魔力を、脚部に込める。その結果、かろうじて膝をつくだけに終わったが、それでもその体勢からの反撃は不可能だった。
(あ――)
変わらず、その眼だけはクライマーを捉えていた。目の前の光景がスローモーションのように流れる。
(僕はここで、死ぬのか)
飛び込んできたそれは、やがて先端を槍のように変え、串刺しにしようとして――
「……がっ、あァ」
割って入った雪平の腹部を貫いた。
腹部を貫通して飛び散った血しぶきが、ラピッドハートの顔を赤く染める。
「あ……アァ、ァァアァおらァ!」
雪平は一度苦しそうに呻く。が、それを誤魔化すように叫びながら、クライマーを引き抜くと、持っていた警棒を振るった。鈍い音と共にクライマーが転がりそして、間もなく蒸発を始める。
「……ぁ」
震える体を無理矢理動かして、ラピッドハートは立ち上がる。
そして、自分の方へと倒れ込んで来た雪平を抱き留めた。
「うっ、どうでし、た? 俺も、中々やるもん、でしょう?」
そう呟く彼の言葉に力はない。それでも、なんとか一人で立とうとしているのか、足を動かしている。
この期に及んで、この男はラピッドハートに迷惑を掛けまいとしていた。
「あ、っ……ぁ」
「そんな顔、しないでくだ、さいよ。俺は笑って、ほしいんですか、ら」
これ以上、話してほしくなかった。しかし、それを伝えようにもラピッドハートの口は上手く回らない。
そんな彼女の頭に、雪平はそっと手を置いた。
「だい、丈夫。お、れは、頑丈で、すから」
ラピッドハートを落ち着けようと、気丈に笑ってみせる雪平。
「ぼ、ぼくは……ぁ」
「へぇ、ラピッドハートって、ほんと、は僕って一人称なん、すね」
どうでもいいはずの会話を、雪平は続ける。
「……あ、そうだ」
そして、何かを思い出したかのように制服のポケットへと手を入れ、ある物を取り出した。
「は、い。これ」
「……これって」
震える手に握られたそれは、雪の結晶の形をしたキーホルダー。夕日を受けて煌めくそれを、雪平はラピッドハートの手の中に入れた。
「すこし、形、へ、んですけど、うけとってくれません?」
彼の言葉に、反射的にキーホルダを握りこむ。
それを見た雪平は嬉しそうに微笑んだ。
「ハハ……うれしい、な。ほんとはラッピングと、か――」
がくん、と雪平の頭が下がる。
だらんと垂れ下がった手は、既に彼に意識がない事を示していた。
「雪平……くん?」
返事はない。
「あ、ぁ……」
喉奥から嗚咽が漏れる。
「い、いや……だ」
抱きかかえる雪平の体から、血が流れ出ていく。
「ぼ、くは」
――何をしたかったんだろう。
問い掛けるも、答えらしいものはもう見つからない。
がらんどうの頭には、遠くに聞こえるサイレンの音が不思議とよく響いた。
今回で冬稀のシリアスは殆どやりつくしました! たぶん
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