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11.慟哭する、絶望

予想以上に話が長くなったので、分割します! なのであと少し暗い話が続きます!

 

 夜の街を駆ける。

 屋根と屋根とを跳んで移動し、目的地に出来るだけ直線的なルートで向かう。そうやって急ぎ向かった先に、それはいた。


「……あれか」


 電信柱の上に立ち、見下ろす先にいるのは一体のクライマーだ。すでに吸収の過程を終えたのか、黒色の体の一部は変化を始めているように見える。


『下級だけど、油断は禁物ラピ。あれは既に第二段階に入ろうとしているラピ』


 冬稀の目を通して確認したラピルが忠告する。


「分かってる。じゃ、いこっか」


 軽く返事をしてから、冬稀は、電信柱から跳び降りた。とん、という軽い音ともに、クライマーの前に降り立つ。

 その姿は、いつもの彼のものではない。ふわりと舞う銀色の髪に、愁いを帯びた紅い瞳。そして、表情を隠すように顔の下部を覆う紅いマフラーと最小限のフリルがあしらわれた黒い衣装。

 彼は今、魔法少女ラピッドハートとしての姿に変わっていた。


(人は……いない)


 辺りに襲われた人がいないかを確認し、ラピッドハートは安堵する。そして、すぐに思考を切り換え、目の前の怪物に集中した。


「まだ粘体なら、いつもみたいに出来るかな?」

『おそらくは、魔力を込めただけで消滅するラピ。ただ、あの手だけには気をつけるラピ』


 そう言われて見れば、確かに粘体の一部が人の手のように形作られ、虚空を掴もうと開閉を繰り返している。アレがこれ以上の変化を見せる前に早急に浄化を始めなければならない。

 ラピッドハートは、一切の迷いなく真正面から踏み込んだ。


「――」


 強化された脚力が、クライマーとの距離を一瞬で縮め、肉薄する。その勢いのままに、ラピッドハートは黒い体へと躊躇なく拳を振るった。ぐちり、と肉と水の中間のような触感が、拳の先から伝わっていく。拳が、ある程度奥まで進んだのを確認したラピッドハートは拳の先へと魔力をため、一気に放出した。


「っ」


 クライマーが、粘体の体を震わせ抵抗するがラピッドハートは構わず浄化を続ける。やがて、体が蒸発を始めたときだった、


『危ないラピ!』


 ラピルの声で上方を見ればそこには今まさに振り下ろされんとされた拳があった。このクライマーの体の中で唯一警戒すべきとされた腕である。


(回避、いやそれはダメ――なら)


 自身へと迫る拳。それを見て、ラピッドハートはさらに魔力の放出を強めた。クライマーの体が、より激しく揺れ大量の蒸気を上げる。


「……」


 そして、拳が眼前に迫ったところで、ついにクライマーは息絶えた。力を失った拳は少し右へとずれ、ラピッドハートの髪を撫でるだけに終わる。


 終わってみれば数秒程度の呆気ない戦闘だった。


 ラピッドハートは、辺りを見渡して満足げに頷く。そして跳び上がろうとして、


『なぁに、仕事した感出してるラピか!』


 体内から聞こえてくる声に、体を硬直させる。


「今日も、上手くできた、と思うんだ、けど」

『上手く? 捨て身の覚悟で戦うことの何処が上手いラピか! もしもあそこでクライマーが浄化しきれなかったら間違いなくあの拳をまともに食らっていたラピ!』

「そ、その……避けきれるか、不安だったから、一か八かに」

『違うラピ』

「えっ」

『避けようと思えば避けれたラピ。あれだけのスピードなら()()()()()()()()()でも回避出来るラピ。それでもしなかったのは、それを選んだからラピ』


 捨て身の一撃。あくまで相手を殺すことを最優先にした攻撃は、やはりラピルにとっては看過できるものではなかったらしい。


『お願いだから、もっと自分を大事にしてほしいラピ。こんなこと続けてたら、いつか死んじゃうラピ』


 縋りつくような声でラピルが言う。けれど、ラピルの言葉が彼女に届くことは無い。


「でも、これくらいでしか僕は役に立てないからさ。ちょっとの無理は大目に見て、ほしいな」

『また、そんな事を……!』


 それは、冬稀がラピッドハートとして活動を始めてから嫌になるほど吐き出された言葉だった。力を持ってしまったことによる責任感、そして根底から歪んだ自己肯定感が、こうして間違った自己犠牲を生み出してしまっている。

 それは昨日の妹との一件から、さらに悪化していた。

 ラピルはそれに気が付いている。しかし、今の自分にはそれをどうにかする力がない事も同時に気が付いていた。


「体も、今は調子がいいし」


 そう言って気丈に笑ってみせるラピッドハート。いや、実際には笑えていない。彼女が笑っていると思っているその顔は、いつも変わらず無表情だ。既に、表面を取り繕うことも出来ない程に精神が摩耗している。


『……少しは休んでもいいラピ』


 クライマーを浄化するという本懐よりも、彼女自身の回復に努めるべきだと考えての事だった。しかし、ラピッドハートはそれをどう曲解したのか、不安そうにするばかりだ。


「え……僕、うまくやれてなかったかな?」

『違うラピ。冬稀は新人なのに働きすぎラピ。他の魔法少女もいるんだから、たまには他に任せ――』

「それはダメっ」

『……どうして』

「な、何も出来ない僕から、無理まで奪ったら、本当に生きてる意味が無いよ。そしたら」


 ――もう生きていく自信がない。


『っ……! 違う、そんなことはないラピ! だって、冬稀はこんなにたくさん戦って、守って、色んな人を救って、それなのに意味ないなんて、そんなことないラピ!』

「やっぱり優しいね。ありがとう、ラピル」


 必死に紡いだ言葉も、擦り切れた心には響くことはない。何もすることができずに、ただ目の前で弱っていく様を見せつけられて、ラピルの中でひたすらに焦燥感が募っていく。

 それでも、気休め程度でも心を安らげようとしたその時だった。


「――ラピッドハートさん! また会えましたねェ!」


 威勢のいい声が聞こえた。


『砂上 雪平……』


 冬稀の中にいるラピルは当然その名前を知っていた。ラピッドハートに愛の告白をした人間なのだから、そう簡単に忘れられるわけがない。そして同時に、冬稀を救いうる可能性がある男としても認識していた。

 雪平と話している冬稀の精神は非常に安定する。それは冬稀にある理由から融合しているラピルだからこそ知りえる事実だ。たとえ本人に自覚がなくても、雪平は間違いなく心の支えであった。


『魔法少女は愛嬌ラピ。邪険に扱うのは許さないラピよ』


 ラピルはあくまで仕事として、無理矢理雪平との接触を促す。ラピッドハートは、少しの逡巡の後、口を開いた。


「……お疲れ様、私はこれで」

『っ!? ちょっと待つラピ。そんな短――』


 ラピルの言葉も、雪平の返事もまたずに、ラピッドハートは跳躍した。そして、屋根を移動して距離をとっていく。


『止まるラピ! 話を、話を聞くラピ!』

「っ」


 ラピルの声で、ようやく足を止めた。既に、雪平がいた場所からは大きく離れており、気が付けば見知らぬビルの上にいた。

 ラピッドハート自身も意識していなかったのか、見知らぬ場所に辺りを少し見渡している。


『どうして、逃げたラピか』


 ラピルは、あくまで優しく問い掛けた。変に気負わないようにと、気遣って。


『一般人と話すことは、魔法少女を認知してもらうために大事な事ラピ。それが冬稀の力にもなることだから。だから、悪いとか、そういう事は抜きにしてもあそこは話して良かったんラピよ』


 ラピルは知っている。冬稀が千秋院という少女に何を言われたのかを。だが、それはあくまで冬稀の姿での話であって、ラピッドハートとして話す分には問題はないと分かっていた。

 だからこそ、それは悪いことではなく、雪平もひどい目に合う心配はないと語り掛けるように言う。


『大丈夫ラピ。誰も、彼を傷つけないラピ』

「大丈夫じゃ、ないよ……!」

『――え』

「大丈夫じゃない!」


 夜の空に叫び声が吸い込まれて消える。しばしの静寂の後、冬稀は再び口を開いた。


「……もしもあそこで話したら、僕はきっと我慢ができなくなる」


 肩を震わせ、叫ぶ。


「きっと助けてほしいって思っちゃう、からぁ……だ、から、あぁ……」


 精神の揺らぎにより、危ういバランスのもとに保っていた転身が解かれ、冬稀はその場に倒れ伏した。彼の首に巻かれていたマフラーの一端が、風に溶けて消えていく。屋上の床は、風にさらされ冷たい。それでも冬稀はその場に蹲り、嗚咽を漏らす。


『……ッ』


 もはや掛ける言葉は見つからない。この慟哭は、嘆きは、冬稀の奥底で汚泥のように溜まっていた感情そのものだ。それを取り除いてやれるほどの力は、ラピルにはない。


(どうして、この子だけが、ひどい目に遭うラピ。どうして、こんなに)


 ラピルには、状況を打破することは出来ない。


(誰でもいい、、この子を……)


 クライマーを浄化できるだけの自分が、今はちっぽけな存在に思えた。





 それ以降、冬稀はぱたりと表情を顔に出すことを止めた。あの一件から既に一週間が経過しており、変化としてなによりも顕著だったのが雪平への態度だ。


「よお。おはよう冬稀」

「……」


 雪平が声を掛けても、何も返さずただ迷惑だと言わんばかりに席を立つだけだ。それは表面だけなく、彼の精神。心にまで影響を及ぼしていた。

 例え雪平に声を掛けられようが、ラピッドハートへの愛の言葉が耳に入ろうが、冬稀の心は一片たりとも揺さぶられることは無い。波紋の一つもたたない水面。既に感情の機能が麻痺を始めていた。


「最近、アイツとは話していないわね」

「……はい」

「ふん、ならいいわ」


 一通り、冬稀を眺めてから、最後に目を覗き込む。最近は、いつも決まってその動作を行って、最後には愉快そうに笑うのだ。

 冬稀は、そんな千秋院からの言葉を恐怖も悲しみもなく受け流す。直接的な暴力を振るってくる木原たちと違って、千秋院はそれだけで満足した。体に新しい傷が増えないのだけが、不幸中の幸いだ。

 何の感情も示さなくなった事により、千秋院は放課後比較的早めに冬稀を解放することが増えた。


 今日もそれは例外ではなく、冬稀は何も言わずに教室を出る。

 そして、廊下の途中で足を止めた。


『ラピル』


 胸の中で問い掛ける。それから、少し間をおいて、ラピルが返事をした。


『……どうしたラピか』

『クライマー、いるよね』

『……いや、いないラピ』

『ラピル、僕はもうわかるんだよ。僕でもわかるなら、君に感知できないわけないよね』


 淡々と、情報を羅列していくように冬稀が語り掛ける。冬稀はこの一週間で魔法少女としての実力を伸ばし、クライマーの出現を感知できるまでに成長していた。身をなげうつように戦い続けた日々が、過剰な戦闘経験を彼にもたらしたのだ。

 故に、その体はボロボロであり、魔力でなんとか命を繋いでいる状態だった。そんな状態の冬稀を戦いに出すことは出来ないと、ラピルは諭すように語る。


『もう一週間連続で戦いっぱなしラピ。この出現頻度は異常ラピ。すぐに他の魔法少女に連絡をして救援を――』

『大丈夫』

『大丈夫だから……僕からこれ以上生きる意味を奪わないで』

『……わかったラピ』


 最後には、いつもこうしてラピルが折れていた。そうしないと本当に生きる意味を失って、今すぐにでも死んでしまいそうな気がしたからだ。

 だから、こうして目の前で消えそうな命をどうにか繋げる事しかラピルには出来ない。


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