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第31話 公爵令嬢エリザベート・ビルフォードの秘密







 一日の授業が終わり、エリザベートは鞄を開けて教科書を仕舞っていた。

 分厚い教科書を仕舞おうとしたところで、鞄の中に見覚えのない紙片が入っていることに気づいた。

 何気なくそれを摘み上げ、エリザベートは硬直した。

 紙片には黒字で


「お前の秘密を知っている」


と書かれていたのだ。

 その文字の下に、小さな字で「川に来い」と書かれている。

 あまりにも怪しい指示に、エリザベートは眉をひそめた。誰の仕業か知らないが、行くわけがない。そう思った。が、紙片の下に隠れていた物を見て、エリザベートはそれを入れたのが誰か悟ったのだった。



 学園の裏庭はずっと奥へ行くと森に繋がっている。森の東側には川が流れており、夏になると生徒達が涼みに行く人気の場所だ。

 だが、まだ初夏には少し早い今の時期にはほとんど人影はない。

 エリザベートは一人草を踏みしめ、森の中を川の流れる方へ歩いていった。

 さらさらと、清流の音が耳に届き、かすかに香ばしい匂いが漂い始めた。


「お呼び立てして申し訳ありません。ビルフォード様」


 そこに不敵な笑みを浮かべて立っていたのは、エリザベートの予想通り、ミリア・バークス男爵令嬢だった。


 彼女の後ろで、ぱちぱちと火が爆ぜている。


「こんなところでお一人で焚き火は危ないですわよ」


 エリザベートは動揺を見せないように冷たい声を出した。


「ふふふ……ビルフォード様、私の前では強がらなくて結構ですわ。貴女の真実に、私、気づいてしまいましたの」


 ミリアの言葉に、エリザベートはきゅっと唇を噛んだ。

 どうしてバレてしまったのか。あの時か。いや、あの時のミリアは既にエリザベートに対して疑いを抱いていて、確認に来ただけだったのだろう。

 鞄の中に紙片と共に入れられていたのは、あの苦い茶葉だ。


「わたくしを、脅すつもり……?」

「そんな、まさか。私はビルフォード様に幸せになってもらいたいだけですわ」


 ミリアはそう言うと、少し下がって背後の焚き火をエリザベートに示した。

 エリザベートは、ミリアがこれからしようとしていることを悟って身を震わせた。




 エリオットが帰宅しようと門に向かって歩いていると、きょろきょろと辺りを見回すスカーレットの姿が見えた。


「スカーレット」

「あ、エリオット様」

「何をしているんだ?」


 尋ねると、スカーレットは少し困ったように眉を下げた。


「ミリアを見かけませんでしたか?あの子、どこに行ったのかわからなくて」

「いや、見ていないが……」


 エリオットは校舎を振り向いた。生徒会の仕事をしていたエリオットが帰るところなのだから、もうほとんど生徒は残っていないだろう。

 そう思っていると、校舎の方からアレンがやってきて、エリオット達に気づくと小走りに駆け寄ってきた。


「お前達、エリザベートを見なかったか?まだ出てこないと馬車の御者が案じているが、校舎の中にもいないようでな」

「エリザベート嬢が?」


 エリザベートが使用人に何も言わずに勝手な行動をとるなど考えられない。


「じゃあ、俺も一緒にもう一度探しに……」

「お待ちください」


 アレンと共に校舎へ向かおうとしたエリオットを、スカーレットが呼び止めた。


「スカーレット、君も来て一緒にミリア嬢を探し……」

「ミリアだけじゃなく、ビルフォード様もいないのですね……?」


 スカーレットは沈痛な表情を浮かべて額を押さえていた。

 そして、「あの子は何を……」と呟いた。

 それを聞いてエリオットもハッと気づいた。

 姿が見えないのはエリザベートとミリアだ。繰り返す、ミリアだ。


「ミリア嬢!エリザベートに何するつもりだ!エリザベート!どこだ!」


 同じことに思い当たったらしいアレンが叫びながら駆け出していった。


「私達も探しましょう!」

「ああ!」


 ミリアの目的はわからないが、エリザベートがまた修道院に行くと言い出さないように何かやらかす前に見つけなくては。

 すっかりミリアが何かやらかすと決めつけているエリオットは、エリザベートの無事を祈りながらアレンを追いかけた。







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