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神と仏と、廃墟の裸婦像

作者: 藤夏燦

 ここには神がいないのか、と俺は思った。目の前の裸婦像に下世話な落書きがされているからだ。俺は芸術には詳しくないが、これがいけないことくらいは分かる。

 足元には缶コーヒーが置かれ、灰皿として使われていた。この裸婦像は平和の像とかナントカで、山奥の交通量が多いバイパスのドライブイン跡地に場違いな感じで立っている。もちろんドライブインはもう何年も前に潰れたので、彼女を清掃する人間もいない。首元から乳房のあたりまでが白いペンキで汚れてしまって、なんともかわいそうだ。

 俺はなんとかして裸婦像に手を伸ばし、その豊満な身体の汚れを落としてやりたくなった。このまま放置されれば、きっと目も当てられない姿になるだろう。ただでさえ目の前のバイパスは交通量が多く、排気ガスが充満している。そこに悪ガキどもの落書きまで加わった。場所が場所だったならば、この裸婦像も大切にされて街のシンボルにでもなっただろうに……。

 俺はいつの間にか、自分の姿をこの裸婦像に重ねていた。

「こいつも俺と同じで、誰からも忘れられたんだなァ」

 そんなことを考えていると急に悲しくなってきた。こうなってしまってから俺は神様に何度も願ったが、その願いが叶ったことは一度としてない。

 確かに俺はやんちゃだったし、暴走族の総長だった。警察にパクられたことだってある。だけど神様、この仕打ちはあんまりだ。俺はこの境遇に嘆きつつも、目の前の裸婦像のことを思った。ただの銅像のくせに何だか愛着が湧いてきた。そりゃいつも一緒にいるようなもんだから、愛着も湧くんだろうが。

「あァ、どうか神様。俺のことはいいから、こいつの身体だけでも綺麗にしてくんねェかな。頼むよ、お願いだァ」

 あれだけ自分のことしか考えていなかったのに、こんな裸婦像なんかのことを考えるようになるなんて、俺は自分でも驚いた。

 しかし神が俺の願いを聞くことは決してなく、裸婦像はその夜、地元の悪ガキどもにハンマーでバラバラに破壊されてしまった。

「なんてこったァ。しかもあいつらって、俺の後輩たちじゃねェか。てか、お前らァ。まだこの峠で走ってやがったのかッ」

 俺はまさかの事態に頭を抱えた。

だが悪ガキどもは裸婦像をぶっ壊したあと、俺に近づいてきて、花と「セッタ」(※セブンスターの略・煙草の銘柄)を手向けた。ガキの一人が「セッタ」を吸いながら、俺の話をする。

「お前らァ……。俺のこと、覚えてくれてたんだなッ」

 あれからどれだけ夜を重ねたか分からねえが、この時はじめて、俺のことを思ってくれる人たちに出会った。

「うまく、笑えてるかなァ。俺、顔半分なくなッちまったんだけどさ」

 後輩たちが去ったあと、朝日が昇った。しかしいつもと違い以上に明るく、優しく心地いい。

「やっとお迎えがきたみてェだなァ」

 俺は嬉しくなって神様に感謝した。神様なんて信じていなかったが、今回の件でいるんじゃねえかって思えた。向こうはどんな感じなんだろう。俺にはわからない。

「神様、もう一つお願いだァ。向こうに行ったらまたあの銅像に会わせてくれないかァ。俺の手で掃除してあげてェんだ。どうやらあの銅像は、俺のためにおっ母ァたちが立ててくれたもんだってこと、やっと思い出したからよォ」

 その後どうなったかを俺は知らない。巷では神も仏もいないと言うらしいが、俺はどっちもいると思う。神様に関しては今回の件でそれがよくわかった。

 仏に関してはまァ、俺自体が証人だ。


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