15-1
「あたしを呼び出すとは言い度胸だな」
マリーネさんは謁見の前にやって来るなり、開口一番そう言った。
「お待ちしておりました」
「一国の主が、いったい何の用だ」
「急にお呼び立てして申し訳ありません。調子の方は如何ですか?」
「くどい挨拶はいい。さっさと本題に入れ」
そう言われ、やれやれといった調子で肩を竦める。それから本題に入った。
「ではお言葉に甘えまして。実はマリーネさんにお願いしたいことがあるんです」
「あたしに?」
「ええ。というのも他ではありません。下野さんを連れてきてほしいんです」
そう告げられた彼女は数度の瞬きの後、こう言う。
「何であたしが」
「下野さんの周りの人は、どうも彼の肩を持ちがちです。ですがその点、あなたなら最悪強引にでも連れて来ることも可能かと」
「そんなことを聞いてるんじゃない。なぜ、あたしがあんたの頼みを聞かなきゃならない?」
「世界が今、大変なことになっているのはご存知ですか?」
「先日の光球騒ぎのことか?」
「はい。それを放った例の遺物。あれは世界を滅ぼすほどの強大な力を持った代物なんです」
「聞いたことないな」
「無理もありません。何でも、四百年も前に封印されたっきりだそうですから」
「あんたは何でそんなこと知ってる?」
「確かな情報筋から得た情報です」
「そんな言葉であたしが納得するとでも?」
「困りましたね。こちらとしても明かせないことはあるんですよ」
「それが人にものを頼む態度か?」
「国王として、どうしようもないことなんです。こればっかりはご理解していただくしか」
すると、マリーネさんは鼻で笑い飛ばす。
「話にならんな」
そう言って去りかける彼女を、引き止めるようにこう告げた。
「マリーネさんは、繊維遺産というのをご存知ですか?」
「繊維遺産?」
「聞いたことくらいないですか?」
「なくはない。だが、噂がでたらめ過ぎて信じたことないな」
「存在を、ですか?」
「実物があるのは知ってる。だけど、神の贈り物だからなんだって話だ」
「それが全部で六つあることも?」
「コレクションアイテムなのか?」
「まさにそうです。我々は今、これを全て集めようとしているのです」
「何でだ」
「六つ集めると例のあの塔、天空破壊槌というのですが、あれを再封印できるそうです」
「それも確かな情報筋からか?」
「ええ」
マリーネさんはまるで言葉の真意を探るかのように、眉根を寄せてじっと見つめた。やがてこう言う。
「それを全て信じろってのが無理な話だな」
「まぁ、信じていただかなくて結構です。あなたに頼みたいのは、あくまでも下野さんの連行なので」
「どうして奴なんだ」
「彼ほどの適任者はいないからです」
「随分と買ってるんだな、たかが下着泥棒を」
「またまた。あなただって本気でそんなこと思ってるわけじゃないでしょう?」
マリーネさんはただ鼻を鳴らすのみで、何も言わない。
「まぁいいです。それで彼に関してですが、おそらく普通に説得しても梃子でも動かないでしょう」
「だろうな」
「そこで、いくつか説得材料を用意しました」
「何?」
「まずイフさん」
「あの金髪の女か」
「はい。彼女が繊維遺産を集める作戦に参加します」
「それで奴は動くのか? 何でまた」
「ただならぬ関係らしいですから」
「何だよ、そりゃ」
「本人たちがそう仰っていたそうですよ」
マリーネさんは「なんかいやらしいな」と呟く。正確に言うならば、そう言ってたのはイフさんだけだけど。
「二つ目です。アルク君もまた、参加します」
「誰だ?」
「彼が目を掛けている子供です」
「ガキが参加するのか? 仮にも世界の命運がかかっているんだろ?」
「信じてくれる気になりましたか?」
「むしろ信憑性が薄くなったな」
「それは残念です」
さも残念じゃなさそうにそう言ってから、さらに続ける。
「さて、以上が説得材料です。後は如何様にしていただいても構いません」
「人ばかりだな」
「生憎、彼を他に動かすものが思い浮かばなくて」
「下着は?」
「ご存じないですか? 彼はあくまでも自分で手に入れる主義らしいですよ」
「あっそ」
吐き捨てるようにそう言ってから、彼女はさらに言った。
「で? あたしがそれを引き受けて何の得があるっていうんだ」
「世界が守れます」
「興味ないな」
「いいんですか? 最悪、死ぬかもしれないんですよ?」
「別にいいさ。あたし一人がそうなるわけじゃないんだろ?」
「……なるほど。では反対に、生き残る可能性もあります」
「それが何だ? 今更、孤独を感じるとでも?」
「……参りましたね。マリーネさんならば、てっきり協力してくれるものとばかり思っていたんですがね」
「あたしのことを何だと思ってるんだ」
「ですがいいんですか? 繊維遺産を他のものたちが先に集めてしまったら、あなたの海賊活動もやりにくくなってしまうかもしれませんよ?」
「なぜそうなる」
「だって天空破壊槌を操れるんですよ? それって世界を掌握したも同然です」
「それを他でもないあんたが集めている。さすがは国王だ。政治がうまい」
「悪用されないために、ですよ」
「他国にか」
「あなたみたいな悪党に、です」
マリーネさんはしばらくの沈黙の後、ぼそりと「その手があったか」と呟いた。しかしそれは呟きというには些か大きい。
やがて彼女は言う。
「わかった。引き受けてやろう」
「本当ですか、助かります。しかし、どういう風の吹き回しですか?」
「あーまた気が変わりそうだー」
「わかりました。何も聞きません」
その後、二人は取り決めを交わす。話がまとまると、マリーネさんはそのまま謁見の間を去って行った。
たった一人残された”お父様”が、やがてこう呟く。
「そう易々と逃がすわけないだろ。下野物好」
私はそもそもの用事も忘れ、そっと部屋の前を立ち去った。
*
「……様 アウロラ様!」
「……え?」
ようやく私の名前が呼ばれたことに気づくと、イフさんが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ」
私たちは今、繊維遺産が売り出されるという噂のあるオークションが開催される裏市場にやってきていた。私にイフさんに、そしてナラベルさん。もちろん、皆さん変装している。
私はかつてお忍びで街に降りる時に使っていたローブに羽織っているものの、フードを被るのは逆効果だろうということでやめた。
代わりに大きな丸眼鏡をかけ、なるべく少年っぽい恰好をして女らしさを消している。まさか童顔と揶揄され続けた顔がこんな形で役に立つとは思わなかった。
しかし、イフさんに関してはどうあがいても女性っぽさが残ったので却って派手な恰好をしてみることにした。黒を基調としたシックなドレスだが、胸元が大きく開いてる。髪もアップに纏めて、どこからどう見ても一財を築いた女傑という風情に身を包む。
傍らに佇むナラベルさんにはその召使という役割だった。城にある在庫を一つ貰い、アルジオン国のものであることを示す記章などを消すようにして改造を施している。
全体としてはどこにでもある普通の執事服と変わらない感じとなっているので、途中の洋服屋で調達してきてもよかったもしれないと後になって気づいた。
こうしてコンセプトがあると私の存在は却って浮くような気がしたが、誰も私に注目する人はいなかった。すれ違う人は誰もがイフさんを見るばかりで、後ろをちまちまとついて歩くだけの私には目もくれない。
無論、初めからそういうつもりでいたから目論見通りではあるのだけど、同時に申し訳なくもあった。彼女を囮にしているみたい、というより事実囮にしているからだ。
「あの、もし体調がすぐれないようでしたら」
と、言いかけるイフさんに慌てて手を振る。
「大丈夫です。全然平気ですから」
なるべく元気に振舞ってみると、それでようやく安心したのかイフさんは顔を綻ばせた。そしてこう言う。
「ご無理はなさらないでくださいね」
「ありがとうございます」
彼女がここまで神経質になっている理由もわからなくはない。ここは裏社会の者が集まる場所だ。そんなところに私のような一国の王女がいるとなれば、どんな犯罪に巻き込まれるか気が気じゃないだろう。
だからこそなるべく、二人の足を引っ張らないようにしなくてはならない。
裏市場の中を進んでいくこと数分。行き交う人々は誰も彼も、ガラが悪そうだった。スキンヘッドにした頭に入れ墨を施している人や、髪をモヒカンにまとめあげて全体的にトゲトゲとした服を着た人。挙句の果てに、そういう果物みたいに全身棘だらけの鎧に身を包んでいる人は、もはやガラが悪いのかなんなのかわからなかった。
ともかくこれだけは言える。我が国とは比べ物にならないだろうということ。きっとここにいる人たちと比べたら、うちの国の三等地にいる人たちはちょっと粋がっているだけの一般人に見える。
弱気な心が芽生えかけるのを、必死に振り払って先へと進む。間もなくすると、前を歩くナラベルさんからこう告げられた。
「もうすぐ着くよ」
私たちの目的地としていたオークション会場のことだ。果たしてどんなところなのかと心していると彼が不意に足を止めて尋ねてきた。
「言っておきますけど、覚悟しておいてくださいね」
「え?」
その意味がわからず聞き返す。すると、ナラベルさんは弱弱しい笑顔をして振り返ってきた。
「別に脅すつもりじゃあないんですけど、もう引き返せないですから」
「覚悟の上です」
そう返すと、イフさんも「私も」と続く。しかし彼はその言葉では納得いかなかったらしい。こう言ってきた。
「本当なら二人とも外で待っていたらって言ってあげたいんですけど、そういうわけにもいかないですから」
彼もまた心配なのだろうと思った。確かにこんなところで女性二人――私は男装しているものの――だけにしておくのは忍びないだろう。ましてや、今この場に精通しているのはナラベルさんのみ。私たち二人だけではいざという時に、どうしようもできない。
すっかり二の句が継げなくなっていると、イフさんがこう言う。
「大丈夫です。アウロラ様は私がお守りしますから」
そう意気込みを語っていた。対する彼は「そっか」と返事をするのみ。
私って守られてばかりだな、とそんなことを思い自己嫌悪に陥っていた。ナラベルさんの言葉の、本当の意味も分からずに。
*
オークション会場は全体的に暗かった。目が慣れればようやく誰かがいるのがわかるくらいで、顔の判別などできない。服装だけで何とか二人にはついて行けているものの、少しでも気を緩めればたちまち迷子になってしまいそうだ。
如何にも悪そうな人たちが、お行儀よく列を作っているのは面白かった。私たちもその列に加わり、傍からだと私たちも同じように見えているのだろうかとそんなことを思いながら順番を待つ。
やがて会場の入り口付近にまで来ると、イフさんが仮面をかぶった女性から二つのものを手渡されていた。それからはスムーズに席まで移動できる。
「あの、記帳とかしなくてよかったんですかね?」
ナラベルさんにこっそり尋ねると、彼は「ああ」と言って顔を綻ばせた。
「どうせ偽名を書かれるでしょうからね。端から取ってないんでしょう」
「なるほど」
でもそれだと、何かあった時に対処しづらいのではと思う。お父様も「いちいち身元は探らない」というようなことを言っていたが、さすがに記録すらないのは考えづらい。
私が知らないだけでそんなものなのだろうかと思っていると、そんな疑問に答えるかのようにナラベルさんは続けた。
「何かあれば、その場で対処するだけですから」
「その場で?」
彼はただ困ったように笑うだけだった。しばらくその意味を考えて、思い至るとぞっとする。つまり、殺すのだ。
自分が危険なところに足を踏み入れてしまったのだという実感が湧いてきた。本当に今更ながらだが。
そんな自らの気を紛らわすように、イフさんに話を振る。
「先ほどは何を渡されたんですか?」
「番号札と、それからオペラグラスですね」
その二つを見せてくれる。番号札には「1017」と書かれており、オペラグラスは黒と金を基調とした長い持ち手のついてるタイプだ。
「これでよく現物を見てから、買ってくれということなんでしょうね」
番号からわかる通り会場は広い。これでも私たちは若番らしく、後ろからはまだ多くの人が続々と会場に詰め掛けている。
それから何分くらい経っただろう。無事に全員会場入りを果たしたのかオークションが始まる。
それまでざわざわとしていた会場内だが、誰からともなく一瞬にして静まり返った。そうして目の前にあるステージが煌々と照らされたかと思うと、赤い幕が開かれ始める。
その奥に立っていた司会と思われる男が大きな声を張り上げた。
「会場にお集まりの皆さん! 今宵ここには、誰もが求めてやまない逸品。曰く付きの代物。マニアなら誰もが欲しがるだろう激レアアイテム。多くのものが集まっています! 皆さんはただ欲望を解放し、貪欲になって手に入れればいい! ここでは誰も咎めません! 金さえ払えばね」
闇オークションの開催です! その言葉の後に、会場は一斉に沸き立った。
それが果たして裏オークションとしての正しい姿なのか、それともこの場が異質なだけなのか。ともあれ、ついに始まった。




