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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第五部【繊維遺産(オーパンツ)編1】
92/209

14-2

「おい、新入り。客だ」


 今日も今日とて現場で扱き使い倒されて、ようやく一息ついた言ったところで親方にそう声を掛けられた。


「また女だぜ」


 彼はどこか侮蔑的な声音でそう言う。


 つい先日、イフが俺のもとを訪ねてからというもの、元々さほどよろしくない俺の立場が、増々悪くなった。というのも、安宿にて彼女との一幕を同僚の誰かに見られていたようで、女泣かせの最低な男として名を馳せつつあったからだ。


 ここには集まっている中には悪漢だっているだろうから、正義感を振り翳しているというわけではないだろう。その心はひとえに嫉妬だ。取るに足らないような男が、あんな美人と何かしら関係がある。それが彼らを噴気へと駆り立てたのだ。


 当然、またもやイフだろうかと思いつつ呼び出し主へと向かう道中にも、俺は数々の視線に晒された。それらは妬みを多分に含んだ怒気で、目さえ合えばいつでも喧嘩を吹っかけられかねない雰囲気だ。


 そのため、なるべく俺は誰とも視線を合わせぬよう下を向き、やり過ごす。その調子で現場の外まで出ると、待っていたのは意外な人物だった。


「マリーネか」


 名前を呼び掛けられた彼女は、つまらなそうに鼻を鳴らす。ブロンドの髪に、白いシャツに赤黒いコルセット。真っ赤なロングスカートに、今や真っ赤なフロックコートまで着ている彼女は、「この世でたった一人レギレス海賊団」を自称する、女海賊だ。


 区画用の柵にもたれるようにして腕を組んでいたマリーネは、俺の顔を見るや「面を貸せ」と一言だけ告げて歩き出した。その背中に声を掛ける。


「悪いが仕事中だ」


「大丈夫だ。許可は取った」


 これには恐れ入った。彼女に交渉などという繊細なことが勤まるとは思えなかったからだ。


「休憩の許可か?」


 そう尋ねると彼女はこう言った。


「退職の許可だ」


 何勝手なことしてくれてんだよ。そう思うも、あまり怒る気にはなれなかった。先述の通り、あの場所での俺の立場相当悪いものとなっていたので、近々止める予定でいたからだ。


 それに、マリーネはマリーネで顔は良い。ここに来るまでに同僚に恨みがましい視線を送られたのも、この短いスパンで二人もの美人の女が俺を尋ねてきたことに由来していることはすぐに察せられた。俺の評判は地の底に落ちたも同然で、もはやあの場所に未練はない。


 とはいうものの、他人に好き勝手されるのは堪らない。こう言い返す。


「何の所以があってそんなことするんだ」


「言われたんだよ。連れて来いって」


「……パウロか」


「よくわかったな」


「そんなこと頼むのは彼以外にいない」


「あのイフとかいう女は?」


「……彼女はそんなことしない」


「だが尋ねてきただろ」


 そう告げつつ、マリーネは振り返る。何かを探るかのように視線を合わせてきた。それが何となく気に入らず、俺は無表情のままこう尋ねる。


「用件があるならさっさと言えよ」


 すると、彼女は僅かに視線を逸らした。その視線の先は追わずともわかる。巷で噂の例の巨大な塔だ。曰く、人類に業を煮やした神が一度世界をリセットするために造り上げたもの、だとか。


 間もなくして視線を俺へと戻したマリーネはこう言った。


「あれ、どう思う?」


「俺の知ったことではない」


「世界が終わりだとしても?」


「仮にそうだとして、何ができる」


「できることがあるとしたら、どうする?」


「……」


 それから彼女は説明した。巨大な塔の正体。それを止めるために繊維遺産というのを六つ集めなくてはならない、ということ。そしてそのために今、イフやパウロが動き出しているということ。


「あんたも参加してるのか」


 そう尋ねると彼女は答えた。


「まさか。つるむのは御免だ」


「ならば、なぜここに来た。パウロの差し金じゃないのか?」


「建前上はな。だが、あたしはあたしの意思で動く」


「一人で世界を救うと?」


「笑わせんな。あたしは海賊。世界がどうなろうと知ったことじゃない。滅ぶなら滅ぶで、それでいい。その日まで面白おかしく生きてやるだけさ」


「なら尚更なぜここにきたんだ」


「欲しいからさ。その繊維遺産も、あの天空破壊槌も。海賊なら当然だろ?」


「答えになってない」


「なってるさ。あんたも、あいつらに協力しろ。そして繊維遺産を集めるんだ」


「あんたのためにか」


「ご名答」


「断る、と言ったらどうする」


「貸しを返せ、と言う」


「貸し?」


「忘れたとは言わせねぇぞ。ムールとかいう女を逃がす時、協力してやっただろ」


「ああ」


 そう言えばそんなこともあったか。今の今まで完全に忘れていた。


 しかし、だ。


「そんな五年前の借りを未だに覚えていたとはね。相変わらずみみっちい奴だ」


 そう言うと、彼女は怒気の孕んだ低い声でこう言った。


「てめぇ、レギレス海賊団を侮辱するのか?」


「誰もそこまで言ってないだろ」


 ともあれ、パウロの口車にまんまと乗せられているのは明らかだった。それでいて、自分の意思だと信じ込まされているのだから質が悪い。


 だが、別に彼女のことはどうでもいい。それこそ、どうなろうと知ったことではない。それよりも気になるのは、なぜパウロがこんなにも俺に拘るのかということだ。


 おそらく、先日イフが俺を訪ねてきたのも同じ用件だろう。彼女が失敗したから次の差し金を用意した。そこで白羽の矢が立ったのが、マリーネということだろう。


 筋道は見えたが、それでも彼の目的がわからないままだった。


「そこで、なぜ俺なんだ」


「あんたなら集められるからだ」


「その根拠はなんだ」


「あたしの推理さ」


 つまりあてずっぽうということだ。


「話にならんな。第一、俺はそんなだいそれたことできる男じゃない。どいつもこいつも過大評価し過ぎだ」


「所詮、下着泥棒だからか?」


「……まぁ、それもある」


「ほぅ?」


 続きを話してみろ、と言わんばかりの顔だが、俺はそれを読み取ったうえであえて無視し、こう言った。


「とにかく、俺には役不足だ。帰ってくれ」


 そう言い残して背を向ける。さっさとこの場を離れようと歩き出したが、後ろから尚も彼女は言った。


「アルクとかいう少年も参加しているらしいぞ。誰だか知らんが」


「なっ!」


 俺は思わず振り返りかけるのを、すんでのところで抑えた。おそらくパウロのことだ。俺を率いれようとする策を存分に施したはずだろう。その手札を全て切られる前に、何とかこの場を辞さなくてはならなかった。


 しかし、それにしてもいくら何でも少年を巻き込むのはやり過ぎな気がする。


 後ろ髪惹かれる思いで、何とか歩き出すも諦めの悪い彼女はさらに続けた。


「それでいいのか、あんたは。これからどうするつもりなのかは知らないが、何を成そうにももう世界は終わる。その時になってあんたは後悔しないのか?」


「安い挑発だな」


「ああ。安いあんたにはちょうどいい」


 俺は思わず足を止める。その理由が自分でもわからず、しばらく自らの足を見下ろして答えを探していたがやがてこう告げた。


「……違いないな」


          *


 下にぃは天井に生えていた蔦の一つを、綱替わりにしてぶら下がっていた。そして、今や僕の腕を取っている。


「でも、どうしてここに?」


 思わずそう尋ねると、彼は言った。


「まぁ、つけが回って来たってところだ」


 相変わらずはぐらかすかのような物言いだ。しかし今は、むしろそれが懐かしく感じられた。


「おかえり」


「ああ」


 そう言った刹那だ。僕たちの高度がガクンと下がる。見上げれば、蔦が千切れかけていた。


 それを見上げならが、下にぃはこう言った。


「あー、続きは後にしとこうか」


「うん。そうだね」


          *


 元いた位置に戻った矢先に、僕はリリシア姉ちゃんに頬を張られた。それから抱きしめられる。


「もう、あんなことしちゃ駄目だからな」


 いつもよりもワントーン低い声でそう言った。僕は、「ごめんなさい」と返す。


「もうしない。そう誓え」


「うん。誓います」


 すると、彼女は「よし」と小さく告げて立ち上がった。それから、今度は下にぃと対峙する。


 半ばひりついた雰囲気に、もしかしたら口論でも始まるんじゃないかと思われたがリリシア姉ちゃんは頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとう」


 そんな彼女の様子を見て、下にぃは照れているのか、あるいは困っているのか。頬を掻きながらこう言った。


「偶々だ」


「何だっていい。本当に助かった」


 見れば、リリシア姉ちゃんは拳を握り込んでいた。今すぐにでも下にぃに飛び掛かりたい衝動を抑えている、というわけではないだろう。まるで自信を叱責するように強く握られている印象だった。


「まぁ、そう気に病むな」


 そう告げて話を切り上げた下にぃは、「それよりも、だ」と依然として僕らの前に立ちはだかっている大穴へと目を向けた。


「今は、とりあえず先に進もう」


          *


 しかし結局、いい策は思いつかなかった。天井の蔦を使い、振り子の要領で向こう岸に渡るというのも考えられなくもなかったが、先ほど僕ら二人を支えた強度を見て心許なくなった。


 仕方がないので別のルートを探すことにして歩き始めた僕たちだが、しばらくは何事もなく進んだ。人間、いつまでも気を張り詰め続けることはできない。順調ならば尚更で、そんな気の緩みからか会話が生まれた。


 リリシア姉ちゃんがこう尋ねる。


「だいたいお前、どうやってここまできた」


 対する下にぃはこう答える。


「マリーネが船で送ってくれた」


「あの女海賊がか? なぜ彼女が」


「パウロの差し金、だとよ」


 そう告げる彼に対して、リリシア姉ちゃんは「何だって、パウロ様は次々と犯罪者を……」と呟いていた。


 そんな彼女の独り言を敏感に聞き取ったのだろう下にぃはこう言った。


「俺もその意見には概ね同意だな。是非、今度進言してくれ」


「お前もその一人だぞ」


「わかってる。だから言ってるんだ」


 そうこうしていると、間もなくして次なる試練が立ちはだかった。


 僕らと扉との間には、何やら僕と同じくらいの背丈の石柱があり、覗き込んでみるといくつものパネルが並んでいた。それは三×三の全九マスで、パネルの一つひとつには何やら絵柄なのか、それとも文字なのか。幾何学模様の何かが描かれている。


 どうやら、これを正しい位置に並び変えなければならなさそうだった。


「なんだろうね」


 僕が疑問に持ったのは、そのパネルの上に書かれたヒントのような何かだ。そこにはこう書かれている。


『鍵を使え』


 リリシア姉ちゃんは肩を竦める。


「これだけじゃ何ともな」


「だよね」


 とりあえず適当に動かしてみるも、当然反応はない。次にリリシア姉ちゃんに交代してみるも、やはりまぐれ当たりなどあり得なかった。


「他にヒントでもあるのかな」


「かもな」


 そう言って僕たち二人は辺りを見渡し始めたけれど、下にぃだけは先へと続く扉に向かっていた。何やらコツコツとノックし、探っている様子だ。


「何かわかったの?」


 そう尋ねつつ近づいてみると、「いや」と言いつつ懐から拳銃を取り出したのだった。


「え?」


 僕がそんな頓狂な声をあげているうちに、彼は片足だけを扉に掛けて、それから拳銃の銃口を扉にピッタリとくっつけた。


「危ないから下がっていろ」


 そう言うや否や、下にぃは引き金を引く。反動で彼の腕が高く振り上げられる。扉には僅かに穴が穿たれていたが、それ以外に変化はない。


 僕らのやっていることに気づいたのだろう――この騒ぎだから誰だって気づくだろうけど――リリシア姉ちゃんが駆け寄ってくる。


「お、おい。何やってる」


「何って決まってるだろ」


 火薬を詰め終えた下にぃはもう一度同じところに同じ距離で発砲した。今度は穴の周囲に、僅かにであるがひびが入る。


「鍵を使ってるんだ」


 それから彼は、リリシア姉ちゃんの静止の声も厭わず、何度も何度も繰り返し撃ち続けた。そうして、何度目かの発砲でその扉は完全に崩れ去る。


「もっとも、マスターキーだがな」


 まるでやり切ったかのように告げる下にぃに、僕らは絶句した。間もなくして、口を聞けるようになったリリシア姉ちゃんがこう言う。


「本当にこんなことして大丈夫なんだろうな」


「大丈夫だろ。どうせ誰が管理してるわけでもなし」


「いや、だがしかしだなぁ」


 と渋るようにするリリシア姉ちゃんを他所に、今度は僕が問いかけた。


「下にぃ、そんなのいつから持ってたの?」


「ついさっきからだ」


「さっきって……いったいどこから持ってきたのさ?」


「マリーネから借りたんだ」


 リリシア姉ちゃんが尋ねる。


「そこまで協力的だったのか」


 すると、下にぃはこう答えた。


「いや、許可はこれから取るつもりなんだ」


「それって、つまり」


 僕は言う。


「無断で持ち出したってこと?」

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