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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第五部【繊維遺産(オーパンツ)編1】
91/209

14-1

 僕たちは、村で夜を明かしてから遺跡へと向かうことにした。


 鬱蒼した森の中を進んでしばらく、開けた場所に出たかと思うとそこにあった。しかし、雑草は背高く繁茂しており、長年誰も出入りしていないことが窺える。掻き分けつつ進んでいくも、足跡らしい足跡は一つも見当たらない。


 それは遺跡の方も同じだった。僕よりも大きな石をいくつも積み重ねられて作られたその遺跡には、土や埃やらが分厚く積もっている。軽く触れただけでも掌が、たちまち土塗れになった。


 内部に行くまでにはまず、一段一段が僕の肩くらいまである階段を上って行かなくてはならない。その先にある入口があるからだ。


 そのためには飛びつくようにして次の段に両手をつき、体全体を引き上げて、昇って行かなくてはならなかった。手はもちろんのこと、服さえも真っ黒に汚れてしまう。


 無論、そんなことで弱音を吐いているようでは先には進めない。そんなことは百も承知なため、汗を滴らせながらも一生懸命に上った。


 そうしていった先にある扉には大量の蔦が絡まっており、とてもではないが開けられそうもない。リリシア姉ちゃんの持ってきていたナイフを使い、手分けして切り離していく。その作業に、大分時間を取られた。


 終わる頃には僕らの体力はかなり消耗しており、肩で息をしている状態だった。


「入るまでで、結構ハードだな」


 リリシア姉ちゃんが言う。


「一旦、休憩する?」


 そう尋ねると、両手に膝につくようにしていた彼女は、いきなりすっくと背筋を伸ばし鼻を鳴らした。


「もうへばったのか?」


 そんな彼女に、僕は高笑いをもってして返礼した。さらにこう告げる。


「僕は平気だよ。なにせ僕は下にぃの一番弟子。このくらいへっちゃらさ」


 さ、行こうか、と付け加え、勇んで歩を進めようとしたところで、背中からリリシア姉ちゃんがこう尋ねてきた。


「前々から聞きたかったが、それ誰の真似なんだ?」


「え? 下にぃだよ」


「奴はそんな感じじゃないだろ」


「こんな感じだよ」


「いや、断じて違う」


「そうかなぁ?」


 一度、彼女の中に下にぃのイメージについて話し合う必要があるかもしれない。しかし今優先すべきなのは遺跡の攻略の方なので一旦保留だ。


 僕らは中へと入って行った。


          *


 中はひんやりとしていて、外のじりじりとした熱さとは大違いだった。かいた汗がみるみる引いていくので比較的快適に感じられる。


 だけれど外の光が届くのもせいぜい数メートルくらいで、明かりを灯したとしても奥までは見通せない。その奥に何が待ち構えているのかと、不安に駆られた。


 しかし、リリシア姉ちゃんは平気なのか先へと進んでいく。加えて実に平然とした声で、話を振ってきた。


「奴の弟子と言ったが、どのくらい続けてるんだ」


「あ、いや、正確にはまだで、そのうちというか、なんというか」


「それは知ってる。だけど、名乗ってる以上は何かしらやってるんだろ」


「な、何かしらって?」


「……下着泥棒だよ」


 何を当たり前のことを、とでも言わんばかりにそう言う。僕は答えに窮しかけたが、正直に答えることにした。


「まだ、一度も」


「はぁ?」


 彼女は立ち止まり振り返る。さらにこう言った。


「じゃあ、何の根拠があって今回名乗りを上げたんだよ」


「でもでも! イメージトレーニングは何度も重ねたんだ。だから、きっとうまく行く」


「いや、そうじゃなくて技術的な方面だよ」


「それもイメトレで」


「学べないだろ、実地じゃないと」


 ……やっぱりそうなのだろうか。でもいざやろうとすると、つい臆してしまう。動機が早くなって、たちまち周りの視線が怖くなる。そんなことじゃダメなのもわかっているけれど、中々決心がつかなかった。


 だけど、遺跡から盗むのならばまだ平気かもしれないと思えた。何より、世界平和のためという大義名分があるのがいい。自分を納得させやすい。


「まぁ、いいか」


 リリシア姉ちゃんは溜め息を吐きつつ言う。さらに続けた。


「どの道、民家から盗むのと遺跡から盗むのとでは勝手が違うだろ」


「そうなの?」


「知らん。憶測だ」


 そう吐き捨ててリリシア姉ちゃんは再び歩き出す。僕はその後を追った。


 行く先は一本道で、しばらくすると階段に突き当たる。何だか誘導されているかのようだが、他に当てもないのでその階段を下りて行った。外にあったのとは違い、段差の大きくなかったので普通に降りていける。


 その階段は長いこと続いた。あるいは暗闇のせいで余計にそう感じられたのかもしれないが、それでもやはり長かっただろう。それから、ようやく降り切った先には広い空間があった。


「部屋か?」


 リリシア姉ちゃんが周囲を照らし出しながら言う。確かに壁のようなものが見受けられる。加えて窪みがいくつか設けられており、その全てに大きな石像が収められていた。人型をした、岩石の巨人のような像だ。


 長方形の部屋だったようで、歩を進めて行くと壁に突き当たる。次の部屋へと続く扉があるのだけど、どんなに開けようと思ってもびくともしなかった。


「どうなってるんだ?」


 息を切らしたリリシア姉ちゃんが、手を止めてそう言う。


「他にも扉があるのかも」


 そう告げてみると、「かもな」と答えてくれた。それから僕たちは、バラバラになって部屋の中を探索する。


 一周したもののまるで手掛かり一つ見つけられなかった僕だが、リリシア姉ちゃんは見つけたのか「こっちだ」という声が広いこの部屋に反響する。


 声のする方へ向かってみると、リリシア姉ちゃんは一つの石像の前に立っていた。


「どうしたの?」


 そう尋ねると彼女は、その像の裏側へと回る。その後を追うと扉があった。


「さっきのはダミーだったみたいだな」


「手が込んでるんだね」


「よほど侵入されたくないんだろ」


 僕らはその奥へと進んでいった。


 それからまたもや長い廊下が続いていたが、間もなくして辺りの雰囲気が一変した。相変わらず廊下が続いているが、そのサイドの壁にはまるで人の顔のような意匠が彫られている。


 目、鼻、口とあり、それらは不規則に積まれたように並んでいる。口にあたる部分がどれも空洞に見えた。


「不気味だな」


 そう告げる彼女をさておき、僕は進んでいく。すると足が何かを踏み込むように沈んだ。その刹那、リリシア姉ちゃんの「危ない!」という声と共に頭上を何かが掠める。


 肩を竦めつつ、そろりと顔を向けてみると掠めて行った先の壁に矢が突き刺さっていた。そのままリリシア姉ちゃんを振り返る。


「とりあえず、戻って来い」


 手招きされ、僕はじりじりと後退した。


「何あれ!」


 少し離れたところでようやく口が利けるようになった僕は、すぐさまそう叫んだ。そんな僕とは裏腹に、彼女は冷静にこう答える。


「さぁな」


「どこから飛んできたの!」


 そう問いかけると、リリシア姉ちゃんは壁にある顔の一つを指差した。


「原理は知らんが、あの口からだ」


 見れば、その顔は僕の背丈よりも高い位置にあったために掠めるにとどめたようだ。もし仮に行ったのがリリシア姉ちゃんだったならば、その横顔に刺さっていたことだろう。


 かといって僕ならばこの道を通り抜けられると言うこともなくて、不規則に並んでいる顔の中には僕の足元辺りを狙っているものもあった。


「どうしよう……」


 匍匐前進で行くわけにもいかない。いっそのこと頭上ならばと天井を見上げたが、とても綱が渡せそうにもなかった。向こう側に結び付ける術も思いつかない。


 解決策に窮していると、リリシア姉ちゃんは何を思ったのか四つん這いになって通路へと近づく。僕がさっき足で踏み込んだ床に手を置いて、力を込めた。矢が飛び出る。


「何してるの?」


 問いかけている間にも彼女は何度も床を押しており、その度に矢が放たれる。穿たれた側の壁には、突き刺さった矢が密集していた。


 しかし、それもやがて途切れる。いくら押せども矢が出なくなったのだ。


「思った通りだな」


「どうして?」


「矢のストックには限りがあるはずだと思ったんだ」


「つまり、もう撃ち切ったことだね!」


 そう結論を出し、僕は駆け出す。相変わらず四つん這いのままの彼女の脇をすり抜けて行こうとすると、「待った」と襟首を掴まれて引き止められた。その直後、僕の眼前を矢が通過する。


「あくまでも一個の射出装置に対してだ。他のものも処理していかないと」


 僕はただひたすら頷くことしかできなかった。


          *


 だけれど、そこを通過するには途方もない時間が掛かった。一個一個、矢の消費を行ってきたのだから当然だ。僕らは協力して床をひたすら押していったけど、その量は莫大で、おかげで終わる頃には腕はパンパンだった。


 どのくらいの時間が経っているのだろう。既に陽が落ちているのだろうか。遺跡の中にいると時間の感覚がなくなっていく。単に空が拝めないからだけではなさそうだ。見るものすべてに歴史を感じさせるのが起因かもしれない。


 僕らは一度小休憩を挟み、リリシア姉ちゃんが持ってきた非常食をもそもそ食べた。乾燥させたパンのようなもので、たちまち喉が渇く。ついつい持ってきていた水筒をがぶ飲みしたくなるが、リリシア姉ちゃんに止められた。


「一気に飲むな」


「どうして?」


「この先、飲みたくなった時に困るだろ。ちょっとずつ飲んでいくんだ」


「でもぉ」


「そんな情けない声を出すな。我慢しろ、我慢」


 そう言われ、僕はぐっと堪えることにする。何とか欲求を振り払って、水筒を鞄へと仕舞った。


「よく頑張った」


 すると、リリシア姉ちゃんはそう褒めてくれた。初めてみる笑顔も浮かべており、思わず見惚れてしまう。


「あまり休んでいると、また飲みたくなるな。もう行こう」


 続いて彼女はそう言い、立ち上がった。慌てて僕も後を追う。


 道中、あまり会話はなかった。もう体力も底をつきかけていたからかもしれない。着実に限界に近づいていく中、僕らは未だにゴールすら見えていなかった。


 一度、引き返すことも考えなくなかったが、例の村はあれほど駄目だと言われていた遺跡の侵入をした手前、もう僕らを歓迎してはくれないだろう。他に行く当てもない。今の僕たちにはもう、そういう選択肢はないのだろうと思われた。


 やがて通路は途切れる。かといって先がないわけではない。


 僕らの目の前に突如として大穴が現れ、その先にまた道が続いているのだ。要するに、ここを飛び越さなくてはいけないということだ。


「行けるかなぁ?」


 僕は向こう岸までの距離を目測してみる。数十メートルもありそうだ。リリシア姉ちゃんがこう答える。


「いや、どう考えても無理だろ」


「リリシア姉ちゃんでも無理?」


「当然だ。私を何だと思ってる」


 考えられ得る手は大きな板で簡易的な橋を渡すか、今度こそ綱を使って縋りつくようにして渡るかのどちらかだろう。


 リリシア姉ちゃんにそう提案してみると、彼女は綱を取り出してくれた。その先にはかぎ爪のようなものが付いており、どこかにひっかけられるようになっている。


「やれるか?」


 そう問われ、僕は強く頷いた。これまでずっとリリシア姉ちゃんに付き従うようにしてしかいない。彼女がここまで道を切り開いてくれた。今度は、僕が活躍する番だった。


 リリシア姉ちゃんが距離を取ってくれたのを確認して、僕は綱を両手で握り、その先端を振り回す。十分に遠心力のついたのを見計らって、綱を放った。みるみると飛距離を伸ばし向こう岸まで到達する。


 綱を引いてみる。最初はするすると引っ張れたが、途中で引っかかりを覚えた。どうやらうまく爪がかかったらしい。


 僕は念のためもう一度綱を引き、外れることがないのを確認すると、こちら側にある縄を手頃なでっぱりに結び付けた。こちらも引っ張り、外れないことを確認する。


 僕たちはお互いの目でそれを確認し合うと、頷き合った。それからリリシア姉ちゃんが言う。


「先に行くか?」


「うん。まずは僕から」


 そう言って、穴の際へと立つ。穴の中は深く暗闇に沈んでおり、ここに落ちたら二度と這い上がれなさそうに感じられた。思わず生唾を呑むも、その恐怖を振り払う。


「よし」


 そう小さく意気込み、綱を掴んだ。まず両手を綱に沿って伸ばし、握り込む。それから体を折るようにして、両足を引き寄せる。それからまた両手を伸ばして握った。それを交互に繰り返して、進んでいく。


 しばらくは順調に進んだように思われたが、半ばほどまでいった辺りで急に綱がぐらつき出す。単にたわんでいるだけではなさそうだ。徐々に高度が下がっていっているように感じる。


「止まるな! 行け!」


 リリシア姉ちゃんがそう声を掛けてくる。確かに原因がどうであれ、今はそれしか解決策はない。辿り着くまで持ってくれることを祈りながら、僕はなるべく急いで進んでいった。


 だけど、綱の高度は本格的に下がってきた。おそらく向こう岸にかかっていた爪が外れてしまったのだろう。滑るようにして綱が落ちてくる。


 絶望的だった。もう綱は足場としての役目を果たしておらず、進むことはおろか戻ることさえできない。それでも何とか振り落とされまいと手だけは離さなかった。間もなくして僕は、綱だけを頼りに宙ぶらりんの格好となる。


「踏ん張れ!」


 見上げるとリリシア姉ちゃんが引っ張り上げようとしてくれていた。だけれど、力が足りないのか一向に上がる気配は見せない。


 こうなれば僕の方から昇るしかない。気力を振り絞り、片手を離す。壁に足をつき、そこを足がかりに昇っていった。


 体が震えているのがわかる。吐く息でさえも震えていて、繰り出す手は時折綱を掴めず宙を切った。それでも何とか自らを奮い立たせて、昇る。


 そんな調子でしばらくは順調と言えたが、不意に足が滑った。手は汗に塗れ、ずるずると綱を下っていく。そのまま落下するのかと思ったが、何とかすんでのところで持ちこたえた。僕共々、リリシア姉ちゃんは安堵の息を吐くのが聞こえる。


「大丈夫だ。落ち着いて来い」


 彼女はそう声を掛けてくれるが、内心では焦りが募っていた。せっかく順調に進んでいたのに、今やほぼ初めの地点に戻されている。


 苦労が水泡に帰して心が折れかけているのに加えて、先ほどの滑落のショックは大きかった。その心臓は恐怖の味をしっかりと覚え、早鐘を討つ。手汗は止めどなく溢れた。


 それでも何とか自らを決起させながら登っていくも、先ほどよりペースは落ちた。そこに拍車をかけるように若干であるが綱ががくんと落ちてくる感触が加わる。何事かと見上げれば、綱が穴の際、一番テンションのかかる辺りで千切れようとしていた。


 リリシア姉ちゃんもそれに気づいたようで、慌てた様子で身を乗り出すように綱を掴む。せめて支えようとするもその甲斐なく、徐々に彼女も滑り落ちようとしていた。


 それでも目が合うと、汗を滴らせながら彼女は努めて笑ってこう言う。


「大丈夫だから、ゆっくり来い」


 駄目だ。このままでは二人揃って落ちてしまう。それだけは何とか避けなければいけない。いっそのこと、彼女の方から僕を諦めてくれた方が楽だ。だけど、そんな選択をさせる方が残酷だろう。


 僕は足手まとい。結局、子供で大人の庇護を受けていないと生きていけない。だと言いうのにも拘わらず我が儘でここまで来てしまったのだから、これは自業自得の結果だ。


 だから僕はそっと手を離すことにした。リリシア姉ちゃんの顔が徐々に驚き、そして唖然とした表情に変わっていくのが見える。せめて僕は「ありがとう」と伝えようとするも、声が出なかった。


 ごめんね。それさえも心の中で呟くだけだった。


 せめて目を瞑り穏やかに最期を迎えようとしたその時だった。落下していくと思われたその体は、不思議なことに途中で止まった。誰かが僕の腕を取り、引き止めたのだ


 あるいはリリシア姉ちゃんだろうか。だけど、彼女にそこまでのことができるとは思えない。そっと目を開けてみると、そこには求めてやまない人物の顔があった。


「待たせたな、少年」


 彼がそう告げる。僕はその名を呼んだ。


「下にぃ!」


 僕のお師匠さんが来てくれた!

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