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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第一部
9/209

2-4

 捕まえた男は目覚めるや否や、騒ぎ立て始めた。ガタガタと自分ごと椅子を揺らし、何事か声ならぬ声を叫ぶ。


 その騒ぎを聞きつけて、上の階からイフが降りてきた。


「何事ですか……」


 パンツを被らされ、椅子に縛り付けられている奇怪な男の様に、彼女は絶句した。それから、じっとりとした視線を俺に向ける。


「下野さんですか?」


「そうだ」


「何のつもりですか?」


 彼女は事情を知らない。俺は酒場でわざと注目を浴びるように仕向け、彼をここまで尾行させたのだが、彼女から見ればただ男を拉致したようにしか見えないだろう。


 さすがに説明責任があるかと思い、彼女に話すことにした。


「奴は三等地のバーにいた男だ。俺を尾行して、ここまで来た」


 理解の早い彼女はすぐに推論を立てる。


「だから目的を聞き出そうってことですか?」


「いや、わざとついて来させたんだ。ダグール一味の居場所を吐かせるためにな」


「関係者の方ですか?」


「どうかな。俺はダグール一味の名前を出して、居場所捜している素振りを見せただけだ。考えられる可能性は二つ。あんたの言うようにダグール一味のものか、或いはダグール一味に取り入ろうと画策しているものか、だ」


「なるほど。ダグール一味に情報を売るために、下野さんのことを探るだろうってことですか。しかし、随分と危険な賭けじゃないですか?」


「尾行するくらいだから、そこまで暴力的ではないだろう。道中で直接俺を襲うことだってできたはずだ」


「それですよ。もし、襲われていたらどうするつもりだったんですか」


「俺一人くらいなら、何とでもなる」


「……あまりそういう危険なことはしないでください」


 どこまでも俺のことを心配してくる彼女に、どう言ったらいいのかわからず答えあぐねていると、ネモ店長が珍しく申し訳なさそうに近寄ってきた。


「あれ、どうするつもりだ」


 彼が「あれ」と言って指差したのは、未だに騒ぎ続けているパンツ男だ。


「大分迷惑なんだが」


「騒ぎ疲れるまで待とうと思っている」


「さっき迷惑はかけないと言ったよな?」


「……そうだったな」


 とりあえず、彼が何に怯えているのかわからなかったため、少しでも不安を和らげるために目隠しを取ることにした。そもそもは少しでも精神的優位に立つためにしかつけていなかったため、あろうがなかろうがあまり関係はない。


 俺の顔はそもそも割れているし、ネモ店長の顔も、彼の店で飲み潰れたこともわかっているだろう。それだけ知られていれば、あまり視界を覆うことに意味はなかった。場所を移して話をするというのも考えたが、意識を失った人間を動かすことなど俺にはできない。ネモ店長の筋肉があれば可能だったかもしれないが、そこまで甘えるつもりはなかった。


 ともあれ、少しでも譲歩したため、男は落ち着きを取り戻し始めていた。暗闇から一気に明かりを取り込んだために目を細めている。


 徐々にはっきりとしてきているであろう視界で俺を認めると、彼は言った。


「お前、何のつもりだ」


「別に大したことじゃない。あんたの命だって保証する。ただ一つ、俺の質問に答えてくれればな」


「こんなことして、ただで済むと思うなよ」


「いったいどうなる」


「仲間たちが黙っちゃいない」


「仲間? 誰だ?」


「いや、ただ飲み仲間だけど」


「……そうか」


 どうやら先ほど挙げた可能性のうちの後者だったらしい。つまり、ダグール一味に取り入ろうとしている方の人間だ。


 一見、外れを引き当てたと思えるかもしれないが、実はそうでもない。実際にダグール一味の人間ならば、おそらくどんなに言ったところで素直に居場所を吐くとは思えない。最悪、実力行使をする必要があっただろう。だが、暴力は俺の趣味じゃない。


 その観点から言えば、義理もしがらみもない、ダグール一味とは無関係な人間の方が都合がよい。それに、俺の情報を売り込もうというくらいだから何かしらのホットラインもあるはずだ。


 まぁ、最終的にはどっち側の人間でもよかった。ダグール一味の居場所を知っているものならば、どんな手を使ってでも聞き出すつもりでいた。ただ一つ、予想外だった点は追跡してきたのが一人だったということだ。複数人来ていたのなら、一網打尽にし、その中で当たりを引けばいいだけのことだったからだ。


「まぁ、安心しろ。別にお前を取って食おうってわけじゃない。本当に聞きたいことがあるだけだ」


「なら、せめて紐を解け」


「それは交換条件だ。素直に情報を吐いたら解放する。もちろんそれだけじゃない。酔いも醒めてしまったことだろうし、これから飲み直すのなら、それくらいの金は出す」


「もうそんな気分じゃない」


「じゃあ、明日の酒代にしろ」


 しばらく逡巡していたが、それほど悪い条件でもないと思ったのだろう。何もダグール一味に情報を売り込むことまで禁止にはしていない。居場所を教えたうえで、ダグール一味に俺のことを垂れ込む。それが一番賢い選択肢だ。


 おそらく彼も同じ思考に至ったのだろう。やがて口を開いた。


「わかった」


 そして、ダグール一味のアジトを教えてくれた。


          *


 翌日。俺は居場所を突き止めたということで、王様に謁見を申し込んだ。あっさりと要望は通り、またもあの王の間にいる。


「なるほど」


 俺が昨日聞いたばかりの情報を告げると、王様は顎を撫でた。


「三等地の外れに地下へ続く階段ですか。それがダグール一味のアジトだと」


「ああ。そこまで隠し立てしてるわけでもないそうだ」


「そうなんですか?」


「元々は行き場のないゴロツキがたむろしてた場所らしいが、そこにダグール一味が乗り込んで占拠したらしい。あの辺りじゃ、語り草だそうだ」


「そうだったんですね」


「調べようと思ったら調べられたんじゃないか? 怠慢だな」


「これは弱りましたね。しかし、さすがは下野さんですね。昨日の今日で、既にアジトを見つけてしまうとは。見事な手腕です」


 やはり俺が何を言ったとしても飄々と言い返してくる。その態度が癪だ。


 ここに来て何となくではあるが、なぜ彼が俺にこだわっているのかがわかり始めていた。だが、まだ憶測の域を出ていないので確かなことは言えない。


「それで? 俺はどうすればいい?」


「どうすれば、とは?」


「居場所は突き止めたぞ? そのまま奪還するまで続行か?」


「できればそうしていただきたいですね」


「兵を派遣すれば、事は楽に済むんじゃないか?」


「そうしたいのは山々ですが、昨日もご説明した通り、隣国との関係があまりよろしくないので」


「少数でもまずいのか?」


「どうやらあまり気が進まないご様子ですね、下野さん」


 王様は笑みを絶やすことなく言った。


「気になっただけさ」


「もちろん、人員以外でしたら何でもご協力いたしますよ」


「いや、その言葉だけで充分さ」


「そうですか。それでは何卒よろしくお願いします」


 これ以上話しても無駄だろうと判断し、俺は王城を後にすることにした。


          *


 王様の考えはおそらくこうだ。


 俺をダグール一味のアジトに赴かせて、中でいざこざを起こさせる。そして、その間に兵を派遣して俺もろとも一網打尽にする。


そうすることで街の悪人共を一掃することが可能であり、姫が誘拐された事実を隠蔽したまま奪還することも可能になる。自分たちの落ち度を隠しただけでなく、王としての株も挙げることができる。まさに一石二鳥というわけだ。


 彼が語った理由の中で唯一本当だったのは、「ちょうどよかった」というその一点のみだろう。姫の攫われたタイミングで俺の存在を知ったから、これ幸いと利用した。別に俺でなくてもよかったのだろうが、代わりになるものを探すのもそれはそれで手間だろうし、何よりそれまでずっと姫を幽閉させておくことが心苦しかったのかもしれない。


 ともあれ、まんまと策略に乗せられている最中の俺だったが、狙いがわかったからには彼のシナリオ通りに動いてやるつもりはない。かといって、姫の救出そのものを投げ出すこともしない。


 ではどうするか。簡単だ。姫を無事に助け出してやるまでだ。


 俺は早速、ダグール一味のアジトへと向かった。三等地の外れの荒野、砂に埋もれるようにしてカモフラージュされている鉄板を開くと、地下へと続く階段が伸びている。そこへと足を踏み入れた。


 地下というだけあって、さすがに涼しかった。肌全体で冷気を感じ、等間隔に並ぶ松明で時折熱さを取り戻しながら階段を下った先には、鉄製の扉がある。その前に、二人の見張りが立っていた。一人が若く、もう一人は中年手前ほどの年齢に見える。


 近づいていくと、俺が声を掛けるよりも先に話し掛けられる。


「何だ、貴様は」


 中年手前の男が言った。


「別に怪しいもんじゃない。頭領のダグリは居るか?」


「何の用だ、いったい」


「聞いてないか? 昨日、酒場にダグール一味について尋ねた男が現れたらしい」


「その話は十分聞いた。今朝も何人か訪れたよ」


「俺をそこら辺の奴らと一緒にするな。俺は、確かな情報を掴んでいる」


「確かな情報とは?」


「直接、頭領に話すよ」


「ここで言えばいいだろ、ここで。できないのか?」


「安い挑発だな。まぁ、乗ってやるよ」


 俺はそこで、二人の見張りの男を見た。彼らは依然として訝し気な視線を送ってくるのみで、何も言いはしない。


 改めて口を開く。


「男は、王様に雇われて姫を救出に来たんだ。どこの国にも属さない。一介の泥棒だ」


 そう言うと、若い方の見張り番が「姫?」と首を傾げた。彼とは別の、中年手前の男が俺に詰め寄ってきた。


「どこで姫のことを聞いた」


「もしかして秘匿情報だったのか? 悪いな、口にしちまった」


 男は、今にも掴みかからんとする距離まで近づいてくる。相方に聞こえないようにか、心なし小声で言った。


「その男は今どこにいる」


 俺はその問いには答えずに、肩を竦めるだけに留める。


 その態度を見て、男は続けた。


「わからないのか?」


「これ以上は話さない。あんたにはな」


「何?」


「会わせてくれよ。頭領のダグリに」


 そう言うと、男は悔しそうに口を歪めた。しばらく睨み合い、やがて俺が口を割らないことを悟ると、一つ溜め息を吐いてから若い方の見張り番に言った。


「しばらく頼む」


「え? 行っちゃうんですか?」


「ああ」


 そんなやり取りをした後、男は扉を開いた。中に入るよう、俺を顎で促す。


「ご苦労さん」


 俺は、ここに残ることになった若い方の見張り番にそう声を掛けてから中へと入った。その後から男が続く。


「こっちだ」


 男は早速、俺を案内しようと先導を始める。中は、外よりも一層薄暗く、松明の灯りだけでは光量が足りていない。視界はあまり明瞭とは言えず、先を行く男は暗闇の中へと進んでいくようであった。


 地下のアジトはアリの巣のような作りになっているのだろう。時折、道が分かれ、その先には部屋のようなものがある。


 あまり人の気配はしなかった。皆、部屋で大人しくしているのか、それとも外回りでもしているのか。


 ともあれ、俺は頃合いを見計らって口を開いた。


「なぁ、ちょっといいか?」


「何だ?」


 先を行く男は、面倒くさそうに振り返った。


「トイレ行きたいんだ。どこにある?」


「今か?」


「今だ」


「我慢できないのか?」


「そんなこと言っていいのか? 漏らすぞ?」


「勝手にしろよ」


 男はそう言って再び歩き始めようとしたが、俺はさらに言った。


「勘違いするなよ。小さい方じゃなくて、大きい方だ。その辺にまき散らすことだってできるんだ」


 男はまたも振り返り、それから俺を睨みつけた。そして「わかったよ」と頭を掻き、引き返してきた。俺とすれ違う。どうやら道を戻るらしい。


 やがて連れられた場所は、狭い道をずっと行った先の木製のボロい扉の前だった。


「ここだ」


 短く男は言う。


 明らかに整備の行き届いていなさそうな場所だ。それに、こんな離れ小島のように配置してあるのだから、おそらく中は悲惨な状態だろう。


 だがそんなこと言っても仕方ない。入らないことには始まらないので、俺は「すまんね」と彼に告げてから扉を押し開けた。


 中は案の定、汚かった。扉を開けた際には散って行く無数の虫の影が見えたし、隅では競いあうように蜘蛛が巣を張り巡らしている。そして何より、異臭が凄い。


 この世界のトイレは未だに汲み取り式であるが、郊外の地下にわざわざ汲み取りに来るものがいるとは思えない。ただ掘られた穴に垂れ流すようにして溜まった排泄物は、そのまま放置され、混ざり合い、とんでもない匂いを発していた。それが、トイレがこんなに離れている理由だろう。


 それでも松明だけは律儀に灯されているのだけが救いだった。俺は壁に掛けられた松明を一つ取り、排泄物の溜まった穴に突っ込み火をもみ消した。次に、この前俺を付けてきた男を縛ったロープを取り出す。それまで火のついていた棒に巻きつけていく。


 そのように細工を施していると、扉の音から声が聞こえる。


「おい、まだか」


 急かしてくる彼に、俺は言った。


「こいつはひどいな、どうなってるんだ?」


「トイレなんてそんなもんだろ。いいから早く済ませろ」


「そうじゃない。こいつを見てくれよ」


 今度は、返答までに少し間があった。


「何でだ?」


 めんどくさそうな顔を浮かべているのが目に浮かぶ。


 俺は扉を開け、顔だけを出す。


「いいから中に入って見てくれ。こいつはひどい」


 男もいい加減俺の面倒くささに慣れてきたのだろう。何も言わずに中へと入ってくる。


「何があったんだ?」


 問いかけてくる彼に、俺は穴を指差した。


「あそこだ。ひでぇ有様だぞ」


 男は顔を顰めた。


「本当か?」


「本当さ」


 男は渋々、穴へと向かっていった。


 俺はそんな彼を尻目にトイレを出る。すかさず扉を閉めて、先ほどロープを巻き付けておいた棒をドアノブへと括りつけた。しっかりと固定し、動かないことを確認する。


 間もなくして、扉が叩かれる。


「おい! 何してんだ!」


 男が中から叫んでいる。何とか出ようとドアノブを回すも棒が壁に引っかかり、内開きの扉は開いていかない。


「出せ! ここから出せよ!」


「悪いな。しばらくじっとしててくれ」


 あんなひどい場所に閉じ込めておくのは気が引けたが、もうやってしまったのだから仕方がない。侵入した時点で後にも引けない状況になっているので、ここは彼に我慢してもらうことにした。


「安心しろ。いつかはトイレを使う奴が現れる。それまでの辛抱だ」


 そう言い残して、俺は駆け出した。


 後ろからは、「頼む! 出してくれ!」と懇願する声が聞こえてくる。


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