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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第五部【繊維遺産(オーパンツ)編1】
89/209

13-4

 数日後。再度パウロ様に召集をかけられ、向かった時には既に皆さんお集まりでした。


 いつしか下野さんが記憶喪失の時に使った長方形の部屋に、あの時と同じような席の配置をしています。当然、下野さんを除いて、ですが。


 まず上座にパウロ様。その左手側にナラベルさんが着席しています。


「いつ戻られたんですか?」


 確か彼が帰ってくる日はまだ当分先だったような気がするような、と思いつつ問いかけると、彼はいつもの爽やかな笑みを浮かべてこう答えてくれました。


「事が事だからね、早めに戻って来たんだよ」


「そうだったんですか」


「彼は、今回の件において有益な情報を手に入れてくれました」


 そう言ったのはパウロ様でした。まるで彼の功績を称えるかのようでして、対するナラベルさんは「偶々ですよ」となんてことないふうに応じます。


 私は早速、席につきながら向かいに座るお二人に目を向けました。私から向かって左斜め、つまりパウロ様から見て右手側にはリリシアさんが座っています。彼女も今回の天空破壊槌攻略に関わってくれるのでしょう。


 なぜ彼女が、というのはおそらく愚問でして、その原因はリリシアさんの隣に座る人物にあると見えます。彼女の隣、つまり私の真向かいにはアウロラ様が座っておりました。彼女がこの件に関わっているからには、リリシアさんも黙っていられないということなのでしょう。


 アウロラ様には不安そうな様子はまるでなく、落ち着いた態度で座っておりました。彼女はこの五年、一番の大躍進をしたと言えるでしょう。五年前の誕生日を皮切りに、正式に公務に関わることを決めた彼女は、まずは秘書職を数年努めました。


 秘書職と言っても当時はまだ右も左もわからない彼女です。ほとんど鞄持ちみたいな立ち位置で、間近で仕事を覚えて行くというのが主な目的でした。その他にも彼女は合間に経済や政治など様々なことを勉強し、徐々に自力をつけていったのです。


 そんな努力の甲斐があってでしょう、彼女が外交官の一人として任命されたのは昨年。以前は随分と内気な性格をしておられましたが、いまではすっかり堂々とした出で立ちが似合っており、とても頼もしくあります。


「さて、皆さん揃いましたので始めましょうか」


 パウロ様がそう仕切り、話は始めようとしますが、早速ナラベルさんの手が上がります。間もなく彼は言いました。


「下野くんは、参加しないんですか?」


 問われたパウロ様は、一度私に目配せをしてからこう言います。


「なぜ彼が出てくるんです?」


「いえ、当然いるものとばかり思っていたので」


「ですが彼は行方不明ですよ」


「……実はもう見つけられてるんでしょう?」


 そう問われたパウロ様は、「まさか」と肩を竦めました。


「そうですか」


 ナラベルさんは口でこそそう言いましたが、あまり信じていなさそうでした。しかし、それ以上何かを言い出すことはなく、話は本題へと入っていきます。


「皆さんにも既にお伝えしましたが、例の遺物……天空破壊槌ですか。あれを止めるためには神々の力のこもった下着を集める必要があるみたいです」


 つきましては、と言いかけたところで、すかさずリリシアさんが発言します。


「それは、本当の話なんですか? 未だに信じられないといいますか……」


「気持ちはわかります。私も話だけを聞いた時は同じでした。ですが、この目で見たので間違いありません。確実に存在します」


「そうですか……」


 さすがのリリシアさんも、パウロ様にこうも強く断言されると弱いのでしょう。依然として俄かに疑るような気配を醸しつつも、引き下がりました。


 パウロ様は続けます。


「名前は確か、繊維遺産でしたね。それについての情報はナラベルさんから」


 そう促されて、ナラベルさんは引き継ぎます。


「はい。その名前は僕が各地を巡っている間に一度、耳にしたことがあります」


 そうして話してくれたのは、とある村に行った時のことです。そこでは繊維遺産をまるで神からの贈り物――当たらずとも遠からずと言ったところでしょう――として扱っているご様子でして、近くの遺跡に収められているとのことでした。


 何年も経っているはずなのにまるで綻び一つ見せず、その清潔さを保っている。そんな様子から奉られるようになったという経緯があるそうです。それを持ち出せば祟りに会うという曰く付きで。


「その遺跡はどこにあるんですか?」


 アウロラ様が尋ねると、ナラベルさんは答えます。


「その村の近くです。だからこそ、代々語り継がれているんでしょう」


「本当に、祟られるんでしょうか」


 今度は私が尋ねると、彼はこう答えました。


「村の人は強く信じているみたいだったけど、眉唾ものだよね。この手の話には尾ひれがつきがちだし、盗られないために脚色されることもあるから」


 その言葉の後に、「どの道」とパウロ様が続きます。


「祟られようが何だろうが、手に入れることには変わりありません。考えても仕方がないでしょう」


 そう言い切られてしまうと、返す言葉もありません。「そうですよね」と言うのが精一杯でした。


「では、その村の人と交渉して手に入れる、ということになりますかね」


 アウロラ様がそう方針を打ち立てるも、ナラベルさんはすぐさま否定します。


「いえ。何も村の人が管理しているものではないでしょうし、仮にそうだとしても交渉次第で渡してくれるというのも考えにくいです」


「じゃあ、どうすれば?」


「まぁ、盗み出すしかないでしょうね」


 控えめにそう告げるナラベルさんに対して、アウロラ様は何も言わずただ物思いに沈むように顔を伏せました。何となく、お二人の頭の中に過ぎったであろう人物が想像できます。そんな二人を見て、リリシアさんはつまらなそうに鼻を鳴らしました。


 しばしの沈黙が降り、停滞しかけた話し合いをパウロ様がまたも仕切り直します。


「とりあえず、今まで誰もその遺跡に手を出していないということは、もうしばらく持つでしょう。結論を出すのは後回しにしまして、ナラベルさんもう一つをお願いします」


「もう一つ?」


 私が問いかけると、ナラベルさんはこう言いました。


「こっちは、確証はないけど今回の話を聞いてもしかしたらと思ったんだ」


 そう前置きして彼は話し出しました。


 要約しますと、彼はとある裏オークションの情報を手に入れたそうです。そこは一大市場でして、世界のありとあらゆるものがオークションにかけられているとのことでした。


 過去、そこに何度か下着が売りに出されたことがあるとのことでした。多くの参加者はその価値がよくわからなかったらしく、数名の人だけで競り合って高額な値段がついたそうです。


 ただ下着を買うにしてはもちろん、どこかの有名人、例えば王族の姫様が履いたという付加価値が付いていたとしても高すぎたとのことでした。


 そんな話がまことしやかに囁かれているらしいです。


「また出品されるという確証は?」


 リリシアさんがすかさず尋ねると、ナラベルさんはこう答えました。


「ない。だけど、次回のオークションでまた来るんじゃないかって噂があるんだ」


 その答えにリリシアさんは怪訝な表情を浮かべたものの、それ以上には何も言いませんでした。


 ここでやはりパウロ様が後を引き取ります。


「まぁ、駄目で元々です。とにかく確認して見ないことにはどうにもなりません」


「確認って、どうするんです?」


 私が尋ねると、パウロ様はこう言いました。


「実際にそのオークションに参加するんです。で、もし本当にあるのならば、その場で買い付ける。これしかありません」


「参加して大丈夫なんでしょうか?」


「問題はないでしょう。売り手が違法者なら、買い手も違法者です。いちいち身元や金の出どころなどの確認までしてたらキリがありません」


「確かにそれはそうですが……」


 依然として不安な気持ちのままでいますと、ナラベルさんは「僕は賛成だな」と言い出しました。さらに続けます。


「あっちが売るって言ってるなら、買って手に入れるのが一番いいよ。法的な力を行使して乗り込んだら僕らの身元がバレる可能性が高いしね」


「でも高額なんですよね? そんなお金とても」


「問題ありません。それくらいならばこちらで工面しましょう」


 パウロ様がすかさずそう言いました。さらに安心させるかのように笑みを浮かべて、こう言いました。


「安心してください。ナラベルさんに行ってもらうことにしますから」


 そう言われて、私は視線をパウロ様からナラベルさんへと移します。彼は余裕そうな笑みを浮かべておりました。


「お一人で、ですか?」


「まぁね。でも心配ご無用。元々、そっち側の人間なんだから」


「それは、そうなんでしょうけど」


「それに買い付けにいくぶんには、案外平和なもんだよ。こっちは客だからね。万が一揉め事が起きても主催者側の方で処理してくれるよ」


 彼はそう続けるも、私は何とも言えませんでした。


 確かにナラベルさんは以前、詐欺師として裏市場に頻繁に出入りしていたらしいのですが、かといってそれが保証になるとは思えませんでした。もちろん何も知らない素人が踏み入れるよりかは断然マシなのでしょうが、決して危険がないとも言い切れないでしょう。


「あの、ならば」


 と、ここでアウロラ様が手を挙げました。皆さんの注目が集まるなら、彼女はこう言います。


「私もついて行っていいでしょうか? もし王家のお金を使うというのなら、誰か権限のある人がいた方がいいと思うんです」


「危険ですよ!」


 すぐさまそう言いだすリリシアさんの傍ら、パウロ様はそっとナラベルさんと視線を交わし、それからこう言います。


「いいでしょう」


「本当ですか、お父様」


「ああ。行っておいで」


「いいんですか!」


 リリシアさんは納得いかないみたいで食い下がりました。


「そんな友達とピクニックに行くみたいに送り出すもんじゃないですよ!」


 パウロ様が言い返します。


「ですがアウロラの言うことも一理あります。全てをナラベルさんに任せるよりかはいいでしょう」


「でも、危険が伴います」


「どの道、これから彼女が進む道には危険が伴います。早いか遅いかだけの違いならば、早い方が断然いい」


「それはそうかもしれませんが、いきなりそんなところじゃなくても……」


 さらに彼女は「本当にいいんですか」と振り返りました。対するアウロラ様は、一つ強く頷きこう言います。


「私はこれからのために、多くのことを知らなきゃいけないから」


 しばらく見つめ合っていたお二人ですが、アウロラ様の瞳の中に決意の色を見たのでしょう。リリシアさんは気まずそうに顔を俯かせたかと思うと、今度は勢いよく顔を上げてこう宣言しました。


「なら、私も行きます!」


「却下です」


 ですが、すかさずパウロ様がそう言います。


「なぜです!」


「ねぇ、リリシア。一旦落ち着こ、ね?」


 そう宥めるアウロラ様の声を無視して、リリシアさんは抗議を続けました。


「アウロラ様いるところ、私ありです。万が一、アウロラ様に何かあった時は私が全身全霊を掛けて……」


「リリシア」


 パウロ様が名前を呼ぶと、リリシアさんはさらに続けたそうに口を中途半端に開けていましたが、気圧されたのか閉口しました。確かに音量こそ平常だったものの、その声は凛としており聞いたものの居住まいを正させるような気迫がありました。


 一瞬にして静寂に包まれた室内で、パウロ様はそっと口を開きます。


「あなたがアウロラを思ってくれる気持ちは嬉しいですが、その思いが強すぎるのが玉に瑕です。アウロラの身に何かあれば、きっと冷静さを欠くでしょう。そうでなくとも、あなたのその用心深さは却って目立つ結果になってしまいます」


 リリシアさんがぐぅの音もでないようでした。助けを求めるようにアウロラ様に視線を向けるも、「私なら大丈夫だから。ね?」という言葉に完全に意気消沈します。それっきり言葉を発することはなくなり、しばらくそっとしておいた方がいいように思われました。


 そんな彼女の気持ちを慮ってか、パウロ様はこう言いました。


「まぁ、目立つのはよくありませんが、二人だけというのもいざという時には心許ないでしょう。もしよければ、イフさんにも行ってもらってもいいでしょうか?」


「え? 私ですか」


「よければ、ですけど」


「ええ、それは構いませんが……」


 と、そっとリリシアさんへと視線を向けてみます。もしかしたら恨みがましそうに見ているかもと思いましたが、そんなことはなく相変わらず俯いていて、未だ立ち直れない様子でした。


 何だかそれはそれで、本当にいいのだろうかと思わなくもありませんが、せっかくのお誘いです。下野さんの分まで頑張ると誓った手前、何でもいいからお役に立ちたいという思いが十二分にありました。


「では、喜んで」


 そう返答すると、パウロ様は珍しく実に嬉しそう目を細めてこう言います。


「決まりですね」


 彼のそんな感情を如実に表した顔を見るのは初めてで、却って違和感を覚えました。その正体を探っていると、不意にこんな声が飛び込んできます。


「話は聞かせてもらった!」


 勢いよく扉が開いたかと思うと、その奥には見覚えのある影がいました。堂々とした出で立ちで歩んでくる彼は、驚きに言葉を失った私たちに不敵な笑みを向けてこう言います。


「遺跡の方は僕に任せてもらおうか!」


 黒い短髪に、純真さを感じさせる大きな黒い瞳。背こそ伸びたものの、面影がはっきりと残っております。


 私は辛うじて、彼の名前だけを呼ぶことができました。


「もしかして、アルク君ですか?」

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