13-2
天界へと戻りますと、私が聞くよりも先に神様はこう言いました。
「そろそろ来る頃だろうと思いましたよ、イフ」
ということは、今異世界で起こっていることを把握しているということに他なりません。そして、それがあまりよくないことであることも。
「教えてください。あれは何ですか」
単刀直入にそう尋ねると、神様は一拍ほどの間を開けてこう切り出しました。
「イフには依然、私たち六人の神々の他に、追放されたもう一人の神がいることをお伝えしましたね」
「はい」
「そして、その元神とも呼べるものが、我々に復讐を果たそうとしたことも」
「存じ上げています」
ですが追放された以上は天界へ接触はできません。そこで考えたのは、逆に自分を追放した神々を地上に引きずり出そうと世界を征服しようとしたのです。
神様は続けます。
「天空破壊槌。それが今異世界に聳え立つ遺物の名前です。復讐のために造られた道具にして、我々に対しての最終兵器でした」
「最終兵器?」
「はい。あれを使って異世界を壊す、というのが当初の触れ込みでした」
追放された元神は、世界征服の際に多くのものを作ったそうです。いわゆる人知を超えたものを数多く生み出して、武力失くして権力を手に入れていき、勢力を拡大していきました。マリーネさんの持つ空飛ぶ船も、その時に生み出されたものの一つです。
その他にもまだ多くの遺物が異世界には眠っているらしいのですが、その一つが今再び目を覚ましたということなのでしょう。
「当初の触れ込み? それはどういう……?」
「初めから私たち神々を狙ったものだったんです。まんまと策略に嵌り、天空破壊槌の力を抑え込もうと地上に降りた私たちは一網打尽にされました。しかし我が身と引き換えに遺物の力を封印したのです。その結果、幸い死ぬまでには至りませんでしたが力の多くを失いました」
「……じゃあ今の神様はいったい?」
「今の私は、他の神々の力でギリギリ意識を保てているに過ぎません。遺物を封印し続ける傍らでは、私一人を維持するのが精一杯だったんです。ですが、今はその力さえも弱まっているのがわかります」
「封印が解けかけているということですか?」
「その通りです。このままいけば再び天空破壊槌は起動し、世界を滅ぼし始めるでしょう」
「そんな……。それじゃあいったいどうすればいいんですか?」
そう尋ねると、神様は逡巡するような間を置きました。ですがやがて、「迷っている時ではないですね」と決断するようなことを言います。さらに続けました。
「イフには、今の私の姿を見せたことがなかったですね」
「え、えぇ」
唐突にそんなことを言い出すので思わず戸惑ってしまいました。なぜ今そんなことを言い出したのかもわからないですし、そもそも神様には実体はないものだとばかり思っていたのもあります。
とりあえず話の続きに耳を傾けていると、神様はこう言い出しました。
「両手を広げてください」
そう言われて、私は言われるがまま両手を広げます。手の平を上にそのまま両手をくっつけて、ちょうどお椀の形になるようにしました。すると、そのちょっと上辺りの空間に突如として光が出現したかと思うと、そこから何やら布がヒラヒラと舞い降りてきたのです。
それは白く、フロント可愛らしいリボンのついた女性ものの下着でした。
「これが今の私の姿です」
「……え?」
「驚くのも無理はありません。ですが事実です。力を失った私たち神々は、その隙を付け込まれてこのような姿に変えられてしまったのです」
「いや、あの」
「辛い日々でした。履き潰され、たまに外の景色が拝めたと思えば洗濯の時間です。時には頑固な汚れが付いており、ごしごしと強く洗われたかと思うと、次の瞬間には明るい陽の下に吊るされ、晒されるのです。その姿をこの世で最も惨めだったと言えるでしょう」
「それは同情しますが、そうではなくてですね」
「仲間たちは、今も尚その羞恥に晒されていることでしょう。そう思うだけで、涙が……」
「あの、あの!」
「はい。何でしょうか?」
「どうして! 下着なんですか!」
「さぁ? 趣味じゃないでしょうか」
「……あの、またからかってます?」
「とんでもない! 断じて言いますが、これは全て事実です」
「本当ですか?」
「信じられないのも無理はありません。しかし、このまま遺物を放置してしまえば異世界は崩壊してしまいます。いくらあなたが衰退を厭わないシビアな性格でも、異世界の崩壊までは看過しませんよね?」
「それは、まぁ」
「なら、後生ですから私の話を信じてください」
「いや、そこまで下手に出られなくてもいいですけど」
よほどなりふり構っていられないのでしょう。その必死さから事態の緊急性が窺えます。やはり、神様の話は事実なのかもしれません。
もう少しだけ話を聞くことにしました。
「それで、私は何をしたら」
「下着に変えられた神々を探してください。私たちを下着に変えた元神はもうこの世にはいません。六人が再び集まれば、力を取り戻すことができます」
「ですが、下着を探すなんてそんな……」
「大丈夫です。異世界では我々のことを繊維遺産と呼ばれ、敬われているらしいです。今は誰かが履いて回っているということはないはずです」
「はぁ」
聞けば聞くほど変な話で、私は未だに半信半疑でいました。「そうなんですか」と答えるのは精一杯です。
しかし、そんな私を好意的に受け止めてくれたのか神様は、嬉々とした声でこう言ってきました。
「必ず手掛かりはありますからだからくれぐれもよろしくお願いしますね、イフ」
*
果たして神様から聞いた話をどう受け止めるべきか。言動からして事実なのでしょうが、後半の話からいまいち事の重大性が感じられなくなりました。本当に、異世界が滅ぶというのでしょうか。
私一人では判断に困る為、誰かに相談する必要があるでしょう。こういう時、頼りになるのはパウロ様です。
私は天界を後にしたその足で、アルジオン城へと向かいました。そしてすっかり慣れた手続きを踏んで謁見を申し込みますと、すぐさま受諾され通されました。
謁見の間にて待つこと数分。パウロ様が現れました。
「お久しぶりですね、イフさん。お変わりなく」
「ええ、ご無沙汰しておりました。パウロ様事お元気そうで何よりです」
「おかげさまで。して、ご用件とは何ですか? まさか時候の挨拶をしに来たわけではないでしょう?」
「仰る通りです。ですが、何と申し上げたらいいものか……」
私は口籠りました。相談するということは事情を詳らかにするということで、それはつまりあのヘンテコなことまで話さなければならないということにもなります。ここまで来ておいて何ですが、今更信じていただけるかどうかが不安になってきました。
すると、パウロ様は何かを察したのか窓の外へと目を向けて、こう言います。
「もしかして、“あれ”のことですか」
その視線の先には、天空破壊槌の姿があります。天を突くほど高いそれはどこにいても拝むことができ、不意に窓へと向ければ意図せずに視界に入るほどの存在感を放っていました。
上に向かうにつれて雲を周囲に纏うようになり、まるで蜃気楼のように霞んでいます。さながら遥か遠くの世界から侵略者に覗きこまれているかのような、そんな居心地の悪さを感じさせました。
「ええ。その通りです」
私が答えると、パウロ様は「大丈夫ですよ」と安心させるかのように笑顔を見せてくれました。さらに言います。
「つい昨日、調査隊を送りました。結果次第ですが、もしあれが我々に害を及ぼすと言うなら総力を挙げて破壊します。ですから不安になさらずに」
果たして破壊できるのでしょうか。神様が束になって封印するのがやっとだった代物です。そう易々とは壊せそうにはなさそうです。
「……やっぱり迷っている場合ではないですね」
「何の話ですか?」
「あの、パウロ様」
「はい、何でしょうか?」
「今から話すことを、できるだけ真面目に聞いていただけますか?」
そう告げると、パウロ様は不思議そうな顔を浮かべながらも「はい」と返事をしてくれました。半ば不意打ちように掠め取った言質ですが、それでも私が話す決意をするには十分です。
それから私は一つ深呼吸をし、神様から聞いた話を語りました。例の遺物の正体、そして今この世界に起ころうとしていること。それを食い止めるためにはどうすればいいのかを。
馬鹿げた話だったかもしれませんが、パウロ様は終始真面目に聞いてくださいました。話が終わると、「なるほど」と顎を撫でて思案し始めます。
「どう、でしょうか?」
果たして自分でも何を聞いているのかわかりませんが、控えめに尋ねてみました。すると、彼はこう答えます。
「奇天烈な話ですね」
「……ですよね。我ながらどうかと思うくらいですから尚更」
「では、イフさんは信じてないと?」
「いえ。ただどう受け止めたらよいものやら」
「確かにその真偽のほどはまだ計りかねますね。して、イフさんはどこでそのような話を聞いたんです?」
当然、そう来るだろうと思いました。ここで再び嘘を吐くことは簡単ですが、それだとあまり信憑性に欠けることになるでしょう。私個人もまだ信じかねている部分はありますが、世界が崩壊の危機ときてますので、さすがに適当なことを言うのは憚られます。
無論、神様や私の存在に関しても荒唐無稽と思う人もいるでしょうが、勝彦さんとの一件で何かを察しているらしいパウロ様ならば、あるいは信じてもらえるかもしれません。言ってみる価値はあるように思われました。
「……パウロ様は、神様の存在を信じますか?」
そう尋ねると、彼は怪訝な顔を浮かべました。無理もないでしょう、いきなり神様などと言い出すのですから。
しばらくは私を探るように見ていたパウロ様ですが、やがて冗談ではないように感じてくれたのでしょう。僅かに表情を綻ばせて、こう続けます。
「信じておりますよ」
「なら、私がその神様の使いだと言ったら、信じますか?」
再び探るような間がありました。少し手順を飛ばし過ぎたかもしれないと不安になり始めた辺りで、パウロ様は安心させるような笑顔を浮かべてこう言います。
「信じましょう」
「本当ですか?」
「ええ。嘘をついているようには見えませんので」
自然と安堵の息が洩れます。思い返せば、身近な人の中で私のことを嘘偽りなくいられるのは下野さんくらいで、彼のいない今となってはその相手は一人もいませんでした。その枷がようやく外れたような気がします。
そんな私の気持ちを他所に、パウロ様は考え深く言いだします。
「つまり、先ほどのイフさんの話は神から直接窺った、ということですか。となると俄然信憑性は増しますね」
「ええ。実は、その神様の姿もつい先ほど拝見しました」
「つまり、下着の姿になった神様を?」
「はい」
そう答えると、パウロ様は「なるほど」と再び顎に手をやります。やがてこう言いました。
「わかりました。こちらでも調べてみることにします」
「お願いします」
と、私がお辞儀を仕掛けたその時でした。外が騒然とし出します。
中途半端に体を折り曲げた姿勢のままパウロ様と目が合います。それから急いでベランダまで出てみると、国の方々が一様に空を見上げるようにしているのが見受けられました。その原因は考えるまでもありません。
天空破壊対が異様な光を放っていたのです。空間を切り取るかのように真っ黒だったそのボディに、今は蛍光色のような赤い光が走っていました。下から上にかけて、まるで何かを送るかのように何度も流れていきます。
やがてその速度が増してきたかと思うと、ついに天を向いた遺物の先端から一条の光が放たれました。分厚い雲を裂き、高々と放たれたかと思うと、それはやがて分裂して地上へ向けて振ってきたのです。
大変なことになると、誰もが本能でそう思ったのでしょう。国の皆さんが逃げまどい出し、たちまち阿鼻叫喚の渦へと呑み込まれました。
世界の崩壊がもう始まってしまったのでしょうか。まるで成す術もなく訪れた終焉に、暗澹たる気持ちが芽生え始めたその時、神様の声が聞こえました。
「イフ……イフ……」
初めはいつもの癖で天を仰ぎ見ましたが、よくよく聞いてみればその声は下の方から聞こえてきます。見れば、私の懐から光が零れるようにして出ていました。恐る恐る探ってみると、下着の姿に変えられた神様が出てきたのです。
「どうして、ここに?」
「心配でついてきたのです。やはりもう始まってしまいましたか」
「やはりって……。私、いったいどうすれば……」
「仲間を探してください」
「今からじゃ無理ですよ」
「私が時間を稼ぎます」
「え?」
私が頓狂な声をあげると、下着は不意に浮かび上がります。そうして一際激しい光りを放ったかと思うと、その奥からは美しい女性の姿が顕現しました。白い衣をまとい、新緑を思わせる緑色の髪をなびかせています。
「神様、なんですか?」
そう問いかけると、彼女は振り返って微笑みました。
「イフ。あなたに出会ってからの日々、とても楽しかったです。あなたは思い込みが激しく、突っ走るところがありますが、その分だけ純真で一緒にいるこっちまで心が洗われるようでしたよ」
「何を、言ってるんですか」
胸に過ぎる予感を払拭したいがためにそう言ったものの、むしろ逆効果だったような気がします。神様は静かに「しばしのお別れです」と告げました。
二の句が継げないでいる間に、神様はパウロ様を一瞥してお辞儀をします。
「イフをお願いします」
さすがのパウロ様もあまりの出来事に、「え、ええ」と答えるのが精一杯だったようです。しかし、その答えで満足したのでしょう。神様は一目散に飛び上がっていきました。
まるで光の矢のように天へ駆けあがるその姿を、私たちのみならず、国民の誰もが見上げていました。そして、地上に降り注がんとする光球と衝突する直前で、神様は両手を挙げて立ち向かいます。
空に大きな膜が張られました。隕石のように降り注ぐ光球はその膜に次々とぶつかると、四散していきます。しかし、その度に膜の方にもダメージがあるのか、目を突き刺すような光を放ちました。
その光は遥か彼方の空にも雷鳴のように見え隠れしており、おそらくこの異世界全体にバリアのようなものを張ったのだと悟りました。
どのくらいその攻防は続いたでしょう。間もなくして光球の雨が止もうかとしたその時に、張っていた膜は破られてしまいました。神様の悲鳴が聞こえます。
そして、同時に最後の一つであろう光球が神様の横をすり抜けて私たちの方へと落ちてきたのです。どうする間もなく死を覚悟したその瞬間、神様が私たちの目の前に立ち、その身で光球を受け止めました。
「神様!」
身をじりじりと焼かれながらも、神様は笑みを浮かべてこちらを向きます。その笑顔は痛々しく、無理をしているのは一目瞭然でした。
「イフ。世界を、くれぐれもよろしくお願いします」
私が何かを言うよりも早く、神様は光球を押し返すようにし、そのまま天空破壊槌のもとまで飛んで行ってしまいました。彼方に聳えて立つ遺物の先端辺りで、小さな爆発のようなものが窺えましたが、それだけです。
果たしてどうなったかはわかりません。わかるのは、今はもう天空破壊槌は不気味な光を放っておらず再び沈黙しているということだけでした。
この一連の出来事に対して、ただ茫然と成り行きを見守ることしたできなかった私たちが、再び口を聞けるようになったのはしばらく経ってからです。
パウロ様が、厳かにこう言いました。
「彼を、呼びつける必要がありそうですね」
私たちの胸の中に去来したその影はおそらく同一人物でしょう。どんな絶望的な状況でも決して諦めず、打開するどころか逆転までしてしまう彼。
下野さん、あなたの力が必要です。




