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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第五部【繊維遺産(オーパンツ)編1】
86/209

13-1

 閉じたばかりのファイルを書棚に納めます。それから一息つきました。


「こんなところでしょうか」


 二歩ほど後ろに下がり、自身の仕事ぶりを観察します。ここのところ毎日コツコツと勧めてきた書類整理の作業ですが、それもいよいよ折り返し地点と言ったところでしょうか。


 ……そう、まだ折り返し地点なんです。


 振り返ってみればまだまだたくさんの書類が散乱し、山となっております。以前はこれがもっとひどい状態で放置されていました。さすがにこのままではまずいと整理に乗り出したのが数か月前。


 書類を振り分け、束ねて穴をあけ、ファイルに閉じる。そんな日々の繰り返しです。その数や膨大で、これまでの面会者リストだけでも『№126』もの数字になりました。これでまだ半分なのですから、よほど長いことを手つかずで放置されてきたのが窺われます。


 時には辟易しそうになるのをぐっと堪え、涙さえも堪えて作業に従事しました。おそらくここまで放置されてきたということは、この書庫を使うのものが誰もいないということの証左になりません。


 そんな誰も褒めてはくれないようなことを毎日続けることは、とても強い精神力を必要としました。ですがそんな艱難辛苦を乗り越えて、ついに折り返し地点にまで到達したのです。これは流石に自分をほめてあげようと思いました。


 偉いですよ、私!


 そんな私の功績を祝して、今日の作業はここまでとします。後はもうのんびりと過ごしましょう。


 そう思い書庫を後にした矢先です。不意に神様の声が聞こえてきました。


「お疲れ様です、イフ」


「あー……お疲れ様です」


 何だか嫌な予感がします。


「あの、何か用ですか? 私今仕事を終えたばかりで」


 どうせ逃げられないので先手を打とうとしたのですが、神様は「それはちょうどよかったです」と言い出しました。墓穴を掘ってしまったような気がしてなりません。


「実は、これから面会をして欲しいのです」


「……またですか?」


 もう今月に入ってから四回目です。これまでが年に一回、多くて二階程度だったので、かなりのハイペースで転生者を受け入れていることになります。


「あの、さすがに多すぎなんじゃないでしょうか」


「そんなことありません。今の異世界には必要な措置です」


「いえ、そうではなくて毎回私が面会していますよね。他の方には頼めないんですか?」


「そうしたいのは山々なんですが、皆さん予定があるみたいで」


 予定って……。遊びに誘ってるんじゃあないんですから。


「あの、前々から聞きたかったのですが」


「何でしょう」


「本当は私に同僚なんかいないんですよね?」


 しばしの間があります。神様は常に声だけの存在で、返答がないとその気があるのかないのかまるでわからなくなります。つまるところ、都合が悪ければ無言のまま逃げることもできるのです。というか、既に何回かされました。


 ですが、今回に限っては返答があります。


「ええ、まぁ。そうですね」


「どうしてそのような嘘を?」


「イフが……」


「私が?」


「イフが、寂しがると思って」


「あの、仰ってることの意味がちょっと」


「いえ、さすがに職場で同僚がいないとなると寂しいかなと思いまして」


「でもそれって、私が実際に会って話さなければ何の意味もなさないですよね? 結局一人っきりじゃないですか」


「正確には私もいますが」


「いや、それはそう何ですけどね?」


 まぁでも、考えてみれば神様も気を遣ってくれたということでしょう。その実際の効能はともあれ、気持ちには感謝です。


 それに神様がそう考えるということは、ご自身でも同じ思いをされたということに他なりません。おそらく、私が来るまではずっと一人でいたのでしょう。


「……わかりました」


「わかって頂けて何よりです。今後は無用な嘘は控えるようにしますね」


「いえ、それもありますがそれだけではなくて」


「じゃあ、何です?」


「引き受けます。この後の面会」


「本当ですか! 助かります!」


 神様は実に嬉しそうな声でそう言いました。余程困っていたのでしょう。時にはご自身でやられてもいいのでは、と思わなくもないのですがまぁそれはそれです。


「あの、ですがやはりわかりません」


「何がです?」


「どうしてそんなに転生者を受けいれているのでしょう」


「イフも、薄々感づいているでしょう。異世界は次第に衰退していっているのが」


「では、移住者代わりに転生者を受け入れているということですか?」


「そうなりますね」


「でも、この頻度は流石に無茶があるのでは……」


 そう問いかけると、神様は一拍ほど間を開けてこう言います。


「ですが現状、他に打開策はありませんから」


「そもそも、どうしてそこまで異世界を維持することに拘るのです? もちろん、異世界で生きる人たちの生活もありますが、かといって衰退するのが自然な流れなのならば、それに抗うのはいくら神様でもやり過ぎなのでは?」


「つまり、なるようになれということですか」


「え、そこまで身も蓋もない言い方しなくても」


 そこまで言うと、神様は先ほどまでの緩い雰囲気と打って変わって厳格な声色で「イフ」と呼びかけてきました。思わず佇まいを正してしまいます。


「何でしょうか」


「いつの間にかシビアな考え方をするようになったのですね。ああ、嘆かわしい。悪い男の影響でしょうか?」


 何を言うのかと思って身構えてしまった自分が馬鹿みたいです。


「下野さんは関係ありません」


 すると、神様はすかさずこう言いました。


「誰も彼のこととは言ってませんが?」


 思わず声ならぬ声をあげてしまいました。確かに悪い男としか言っておらず完全に私の早とちりでしたがそれにしても、です。


「紛らわしい言い方しないでください!」


「え? そんなに?」


「もういいです!」


 もうこれ以上からかわれ続けるのも嫌ですので、早く面会に向かうことにしました。神様の声は依然として追いかけてきますが、無視をして歩き続けます。


 しかし、何度も名前を呼びかけて来るのでこれを最後にと足を止めました。


「何ですか」


 尋ねると、神様は諭すような声音でこう言ってきます。


「確かにイフの言う通り、それが自然の流れなら逆らわない方がいいのかもしれません。ですが、かつて多くの人が異世界を守ろうとしてきたんです。そのことも覚えていておいてください」


 ……神様は本当、時々神様らしいことを言います。


          *


「もしかしてお疲れですか? イフさん」


 リリーさんが尋ねてきます。


 新しい転生者の面会を終えて異世界に来られたのは夕方になってからです。急いで待ち合わせのカフェに向かうと、約束の時間を僅かに過ぎていたのにも拘わらずリリーさんは優しく迎えてくれました。お優しい方です。


「……わかります?」


「はい。何となくですが」


「やっぱりですか」


 思わずため息が零れてしまいます。飲みかけの紅茶の水面に自身の顔を移してみるも、やはりというべきか、その顔色はよくわかりませんでした。


「何かあったんですか?」


 リリーさんが覗き込むようにしてさらに尋ねてきます。茶色がかった髪はくせ毛らしく緩いウェーブが掛かっており、それが顔の傾きと共に横に流れていきました。目は小動物のようにくりくりと大きく、見つめられると思わずこちらがたじろいでしまうほどです。


「いえ、このところちょっと仕事が立て込んでいて」


「なるほど、忙しい時期なんですね。あれ? そう言えばイフさんって何の仕事されてるんでしたっけ?」


 そう問われて、私は思わず「あー、えー」と口籠ってしまいます。彼女に嘘を吐くのは心苦しいですが、かと言って本当のことを言うわけにはいきません。私は「事務職なんですが」と曖昧に濁しました。


 リリーさんは「なるほど」と疑う素振りすら見せません。そんな彼女に心の中でこっそり謝罪します。


「リリーさんこそ、どうですか? お仕事の方、順調でしょうか?」


 気を取り直して尋ね返すと、彼女は躊躇うことなく頷きます。さらに言いました。


「皆さん優しくしてくれるで、大変助かっています」


 リリーさんは現在、長いリハビリ生活を終えて、パウロ様のお城に使用人を勤めています。受けた恩を一生かけて返すつもりだそうで、そんな彼女の姿にこちらも身の引き締まる思いです。


 そして彼女のお兄さんもまた、今やアルジオン城の正式な勤め人となっております。


「最近、ナラベルさんとは連絡取られていますか?」


「はい。先日も手紙が届きまして、今度こちらに帰ってくるそうです」


 リリーさんはとても嬉しそうにそう語ります。お二人だけの家族ですから、お互いを強く思い合っているのは当然と言えるでしょう。


 ナラベルさんは現在、アルジオン国が近く他国との外交に力を入れるのに先駆けて、世界を巡り、比較的友好的な国を視察に行っているそうです。ただ密命とのことで、大きな声で国から派遣されたことを言えない立場だそうで。


 肩書は隠密特派員。有り体に言えばスパイです。とは言うものの、その言葉の強さと裏腹に実際にはその国の人々と交流するのが主な仕事でして、人と親しくするのが上手なナラベルさんにぴったりな仕事と言えます。


「その際は私も是非挨拶したいですね」


 かくいう私も、最後にナラベルさんに会ったのは何か月前でしょうか。思い起こしていると、リリーさんは「それで、その」と申し訳なさそうに口を開きます。


「何でしょう?」


「下野さんとは、まだ?」


 何と答えたらいいものやら。私は「あぁ」と曖昧に答えます。


 リリーさんは以前下野さんに助け出された経緯がありますので、とても恩義を感じていらっしゃいます。まだ十分にその恩に報いていないというのが彼女の心残りだそうでして、度々こうして尋ねてくるのです。


 恩義を感じているのは、彼女だけに留まらずナラベルさんも同じです。ですので、世界各地を巡る傍ら下野さんを探しているとのこと。ですが、それでも一向に見つかる気配がないそうです。


 さすがは泥棒と言うべきでしょうか。身を隠す術を実によく心得ています。ですが何も私たちからも隠れなくてよさそうなものです。そうでなくとも、一報くらい入れてくれても罰は当たらないはずです。


 あれから五年。果たしてどこで何をしていることやら。


「まぁきっと下野さんのことですから、そのうちひょっこり帰ってきますよ」


 そういつもの如く話を締めくくるも、いつもとは違う言葉が続いてきました。


「奇遇ですね、こんなところで」


 声のある方へ振り向いてみれば、リリシアさんの姿がありました。今日も今日とて赤い髪をポニーテールにまとめ上げ、正装であるメイド服を着こんでいます。代々、召使の家系としてアルジオン城に勤める彼女は、幼いころから教え込まれてきたのでしょう。一分の隙も窺えません。


 彼女は今その腕に買い物袋を抱え込んでおりました。


「買い物帰りですか?」


「ええ。偶々、そこを通りかかりまして」


「私たちを見かけたから、ですか?」


 リリーさんがそう尋ねると、リリシアさんは首を振ります。その動きに合わせて、髪の左右に揺れました。


「懐かしい名前が聞こえたのでつい」


「そうでしたか」


「奴は、まだ見つかっていないんですか?」


 何気なくというふうに尋ねてきます。口では下野さんに対して散々なことを言っていたような記憶がありますが、やはり気になるのでしょう。私が「残念ですが」と口にすると、彼女は「呆れた奴ですね」とため息を吐きました。


「まぁ心配せずとも、そのうちひょっこりと帰ってきますよ」


 そう言うと、彼女はこう言いました。


「誰が心配なんてしてるもんですか」


「違うんですか?」


「違いますよ。奴には、礼をしてもらわなくちゃならないんです」


「お礼? そんな約束してたんですか?」


「誰があんな奴と約束なんぞするもんですか。ただの取り決めです」


「なるほど」


 どうやら相変わらずみたいですね。


 それからリリーさんが、「荷物持ちますよ」と立ち上がります。対するリリシアさんは、「いいですよ。あなた今日非番でしょう」と冷静に返しました。


「構いませんよ。いつもお世話になっていますから」


「私は構います。しっかりと休むのも仕事の内ですよ」


「さすがリリシアさん。メイドの鏡ですね!」


「……馬鹿にしてます?」


「滅相もない!」


 そんなやり取りの最中です。辺りが騒然としだし、何事かと視線を向けました。


 何やら周囲の人々はどこか一点を見上げているようで、私たちも釣られてその視線を追っていきます。


 そこにあったのは天高く聳え立つ一本の塔です。その高さたるや規格外で、先ほどまではなかったものでした。そんなものが前々からあればとうに気が付いているどころか、観光名所となっていてもおかしくありません。


「なんですか、あれ」


 リリシアさんが狼狽えたような声を出します。思わず抱えている買い物袋を取り落としそうになり、澄んでのところで留まりました。


 しかし彼女の声には、誰も答えられませんでした。


 と、ここで近くにいたカップルの声が聞こえてきます。


「ねぇ、あれ急に出てこなかった?」


「ああ。生えてきた感じだった」


 生えてきた? いきなり?


 一直線に伸びるそれは、先端が鋭角になっています。さながらそれは天を突く槍のような形で、そのどこか攻撃的な姿に誰もが不安を抱きました。


 果たしてあれはいったい何でしょうか。

さすがに紛らわしいのでリリーの名前を変える予定です。ですがもう少し考えたいので、しばらくそのままにしておきます。

ご迷惑かけますが、よろしくお願いします。


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