12-4
「なるほど。概ね事情はわかりました」
パウロは顎に手を当てつつ、そう告げる。何かを思案している様子で、彼が次に何を言い出すつもりかを妙な緊張感を胸にしつつ待った。間もなくして彼はこう言う。
「では、こちらの方で保護しましょう」
「保護?」
と聞き返していると、隣に並んでいたナラベルが「それはいいですね」と言い出す。当人である俺を差し置いて、「この城の中なら、警備も手厚いですしきっと安全ですね」と話を進めだした。
そんな彼を遮って、俺は言う。
「待ってくれ。パウロ、あんたいったい何を言ってるかわかっているのか?」
そう尋ねると、彼はきょとんとした顔つきでこう答えた。
「わかっていますよ。国民の安全を守っているんです」
「こんな時に建前はよせ。俺が言いたいのはな」
と俺が言葉を言い終える前に、パウロはやはり「わかっていますよ」と言ってきた。さらに続ける。
「勝彦さんが乗り込んでくるかも。そう言いたいんですよね」
「……ああ」
その通りだった。おそらく勝彦は並大抵のことでは撒くことはできない。何の前触れもなく俺やムールの居場所を特定できたのも、きっと彼の待つ「何事にも負けない」という曖昧でハチャメチャな力のおかげだ。すぐにというわけにはいかずとも、俺の居場所に辿り着くのは時間の問題だろう。
「しかし、妙ですね」
と、パウロは言う。
「てっきり下野さんも、同じ目的でここに来たのかと思ったのですが」
「ほざけ。誰があんたなんかに守ってもらうもんか」
パウロは「すっかり嫌われたもんですね」と肩を竦める。
「これまでの行いのつけだ」
「参りましたね。して、下野さんの用件とは?」
「ダグリを探してほしい。この国に来ているらしいからな」
「なるほど。構いませんよ。それならばパトロールという名目で兵を動かせます」
「頼む」
「それで、その間下野さんはどうされるおつもりで?」
「命が狙われている以上は大っぴらには動けない。身を隠そうと思っている」
そう告げると、彼は淡く微笑んだ。
「結局、保護されるのと同じじゃないですか」
「いや、生憎そこまで世話になるつもりは」
と途中まで言いかけて、今度はナラベルの方が口を挟んできた。
「そうだよ。ついでだしここは保護してもらうのもいいんじゃない?」
「さっきから保護保護と言うが、俺は絶滅危惧種でもなければなんでもない。自分の身は自分で守る」
「とか言ってるけど、まだ当てはないんじゃない?」
「……」
「ほらね」
ナラベルはお見通しとばかりにウインクを飛ばしてくる。何か言い返せないかと考えている間に、パウロがこう言ってきた。
「決まりですね。下野さんを保護しましょう」
「決まってない」
という俺の反論を意に介さず、彼は早速「場所はやはり城の頂上とかがいいですかね」と言い出す。せめてもの抵抗として、俺はこう返した。
「牢屋にしてくれ」
「え? 牢屋ですか?」
「そうだ。この城で一番警備が厳重なのは、むしろそこだろ」
そう言い切ると、パウロも納得したように顎を撫でる。「え、でも、さすがにそれはぁ」と告げるナラベルを、「これ以上はない」と一蹴しておいた。
そんなやり取りで俺の意思は固いと見たのか、パウロはやがて「わかりました」と了承の意を見せる。
かくして、俺は再び牢屋へと入れられることとなった。思い返せば、俺はこの異世界に来てからというもの牢屋に入ってばかりだ。これも泥棒として宿命か。
やはり彼の言う通りなのだろう。この世は皮肉に充ちている。
*
「飯だ」
特にやることもないので横たわっていると、不意にそんな声が聞こえた。目を向けてみれば、リリシアが立っている。彼女はトレーを持っており、その上に乗っている料理からはつい今しがたできたばかりであることを示す湯気が立っていた。
彼女は一旦そのトレーを置き、懐から鍵を取り出して錠を開けた。この錠は本来ならば囚人を出られないために掛けるものだが、現在は外からの侵入を防ぐために役立っている。
だが、元から囚人に配給するようの隙間が床付近にあり、わざわざ開ける必要などなかった。
「そこからでいいだろ」
そう指摘するも、彼女は扉を開けてズカズカは行って来る。それから俺の目の前でトレーを差し出した。
「スープにした。だから滑らせると零れる」
確かに彼女の言う通り、トマトスープのような赤い汁物が湯気を立てていた。他にはパンに付け合わせのサラダ。そして随分と厚みのある肉。一緒に持ってこられたカトラリーにナイフがあったので、これらをパンでサンドして食べることもできるようだった。
「なぜわざわざ」
「偶々だ。今日のメニューがそうだった。それだけのことだ」
「そうかい」
「さっさと食え。冷める」
「そりゃどうも」
俺はトレーを受け取り、それを脇に置いた。それからしばらく彼女が出て行くのを待ったが、一向にそんな気配を見せない。まるで監視をしているかのようで、つまるところ今すぐ食べろということらしい。
「さっさとしろ。片づけられないだろ」
「慌ただしいな」
仕方がなく口をつけ始める。まずはスープを飲み、パンにかかった。彼女の思惑通り、パンを切り開きサラダと肉をサンドする。こうすると机のない独房では食べやすく、また肩の怪我をさほど気にしないで済んだ。そんな俺の抱える事情を加味しての料理だったのかもしれない。
リリシアは俺が黙々と食べる様子を、腕を組み仁王立ちで眺めてくる。正直落ち着かなくて、味がよくわからない。
だというのにも拘わらず、彼女はこう言ってくる。
「何か言ったらどうだ」
「恩に着る」
とりあえず配膳してくれたことに対してのお礼を告げると、彼女はつまらなさそうに顔を背けた。
「誰が貴様なんかのために」
相変わらずの態度に俺は肩を竦める。それから尋ねた。
「こんなところまでやってきてよかったのか。おいそれと入っていい場所じゃないだろ」
「今は例外だ」
「パウロの命令か」
「その通りだ。でなきゃ、貴様みたいなクズにいちいち世話なんか焼かない」
「そうかい」
「いいか? 勘違いするなよ。私は貴様みたいな、後先も考えず、周りの迷惑も顧みない奴が一番嫌いなんだ」
「わかっているよ」
そんなこと改まって言うこともないだろうに。
そう思っていると、彼女は不意に「そういやお礼を聞いてないな」と言い出した。
「いや、さっき言っただろ」
「違う。それじゃない」
「じゃあどれだよ」
「忘れたのか? 恩知らずめ。貴様が記憶喪失になった時、私も手を貸したんだぞ」
「ああ、そうか」
そう言えばそうだったか。確かにあの後、ろくに彼女とは口を聞かなかったので言う機会がなかった。しかし、意外でもあった。いつもの彼女ならば「貴様みたいなクズに感謝される筋合いなどない。むしろ身の毛がよだつ」とまで言いそうである。どういうつもりだろうか。
そう思いつつも決して感謝していないわけではないので、口にしようとした刹那、リリシアはこう言い出した。
「さっさと食え」
「いや、わかっているが、その」
「わかっているならさっさと食え。私は暇じゃないんだ」
催促されたので、すっかり止まっていた手を再び動かし始める。その間に言おうとするものの、「食事中に喋るとは、マナーのなってない奴だな」と黙殺された。
どうしようもないので、言葉通りにさっさと食べ終わるも、完全に呑み込み終わるよりも早く彼女がひったくるようにしてトレーを奪い去り、出て行こうとする。それでも何とかその背中に告げようとしたその時に彼女は言った。
「今は聞きたくない」
「さっきからめちゃくちゃなこと言ってる自覚あるか?」
「誰だって囚人に感謝されたいとは思わんだろ」
「いや、そんなことはないだろ。それに今の俺は正確には囚人ではない」
「牢屋に入っている以上は同じだ」
「じゃあ、どうしたらいい」
「ほとぼりが冷めて、そこから出てきたら言いに来い」
そう言いおいて、彼女は足早に去って行った。
もしや、ナラベルに何か吹き込まれたのだろうか。
*
それから翌日、今度はイフが現れた。
「お変わりありませんか?」
「ああ、問題ない」
「何か不都合はありませんか?」
「特には」
「怪我の具合はいかがです?」
「大分、楽になったよ」
と、俺は肩を回して見せる。それを見届けてから彼女は言った。
「他に困ったこと何かありません?」
「他も何も、初めからない」
しつこいくらいに尋ねてきた彼女は、今度は「いろいろ持ってきたんです」と肩にかけていたバッグを床に降ろした。パンパンに膨らんでいるところを見るに、相当詰め込んできたらしい。
「まず着替えと、一応洗面道具も持ってきました。タオルも多めにありますので、お水かなんかを頂いてご自分で体を拭くくらいはできるんじゃないかなと。それから退屈しないように本をいくつかと、非常用の食料。それからそれから」
と、矢継ぎ早に言いつつバッグから次々ものを取り出していく彼女を、「もういいもういい」と静止する。
「大丈夫だって、ママ」
「誰がですか」
とはいうものの、今回ばかりは弁解の余地はないだろう。依然としてブツブツ言いながらも、持ってきた荷物を開封していく彼女の姿はもう母親以外の何者でもなかった。
そんな彼女に声を掛ける。
「その後、ダグリの居場所は見つかったか?」
そう尋ねると、イフは一瞬手を止めた。しかしすぐに、何事もなかったかのように手を動かし始める。まるで俺の質問など聞こえなかったかのようにこう言った。
「あ、そうです。包帯、変えましょうか」
彼女は、あらかじめ預かっていたのであろう牢屋の鍵を取り出して、中にまで入ってくる。俺を守る最後のセキュリティだというのに、どいつもこいつも気軽に開けすぎなような気がした。
ともあれ、俺のもとまで来たイフに「服を脱いでください」と言われて、その言葉に従う。彼女は固く結ばれた包帯の結び目を丁寧に解き、それから傷口に触れぬよう周りをガーゼで丁寧に拭っていった。
「とにかく、何か不便に感じることがあったら何でも言ってくださいね」
俺は先ほどの質問に答えてほしくて、「なぁ」と改めてその話題を持ち出そうとしたが、彼女はそんな俺の言葉など遮ってさらにこう告げる。
「少し染みるかもしれませんがじっとしててくださいね」
そして、傷口に薬を塗り込んでいった。言葉の通り、いやに染みたが何よりも彼女の手の冷たさの方が気になった。
ふと視線を向けてみると、彼女は傷口に視線を落としており一向に目線が合わなかった。薬を塗るのに集中しているふうを装っているが、その素振りはわざとらしかった。
「くれぐれも体にお気を付け下さいね」
何を言っても無駄だろうことを悟り、静かに彼女の言葉に耳を傾けることにする。
「痛み止めなんかも持ってきたので、もしまた痛みだすようでしたら飲んでください。それから一応ビタミン剤なんかも持ってきたんです。もしよければ」
「そんなもの、この世界にあったのか」
「いいえ。別の世界から持ってきちゃいました」
彼女は悪戯をした子供のような顔で唇に人差し指を当て、「内緒ですよ?」と言った。仕草こそ可愛いが、やっていることに関しては流石に度を越している。
しかし、俺はただ「ああ、そう」と曖昧に返事をするにとどめた。
しばらくして包帯を巻き終えた彼女は、「こんなもんですかね」と立ち上がる。それからも持ってきた荷物を甲斐甲斐しく開封していき、それだけに留まらず掃除にまで着手しだした。
とりあえず彼女の満足いくまで自由にさせていると、一段落したあたりでイフが意を決したように言ってきた。
「実はその、下野さんに面会です」
「何だって?」
さすがにその言葉には驚かされた。それは真っ先に言うべきことなのではないだろう。だというのにも拘らず彼女はここまで秘匿していた。何より驚かされたのは、彼女のそういった言動だ。らしくない。
その意味するところを薄々察しながらも、あくまでも怪訝な表情を浮かべるよう努め、「誰だ?」と尋ねてみる。
イフは逡巡した様子ながらこう言った。
「やっぱり、会いたいですか?」
「少なくとも相手はそう思ってるだろうな」
「下野さんは、どう思っていますか?」
「愚問だ」
そう即答すると、イフは「ですよねー」みたいな顔をした。
*
イフに連れられて、いつぞや記憶喪失の間に訪れた面会室へ行ってみると、簡素な机の真向かいには見覚えのある顔があった。しかし以前と比べて随分とやつれた様子で、着ているものも浮浪者かのようにボロい。
彼は俺を見ると、その無精髭を生やした顔に陰湿な笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、下野物好」
「ああ、あんたも――」
と、ここで俺はあえて言葉を区切って、彼の背格好を眺めた。それから続きを言う。
「元気そうで何よりだ」
その嫌味な態度が気に入らなかったのか、彼は「け」と一言吐き捨てて、それから続けた。
「命を狙われているってのに、相変わらずだな」
「そりゃどうも」
「つまらねぇ男だ。もっとするべき顔があるんじゃねぇのか?」
「これでも精一杯してるつもりだ」
「それで絶望の顔か?」
「まさか。喜びの顔だよ」
「……何だって?」
と頓狂な声で尋ねる彼に、俺はこう返した。
「何も会いたかったのはあんただけじゃないぜ、ダグリ」




