表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第四部
75/209

12-3

 それは一瞬のことだった。


 勝彦が動き出そうとしたその刹那、マリーネが待っていましたとばかりに前に躍り出る。何をするのかと思いきや、懐から淡い青い光を放つ玉を取り出した。


「これでもくらいやがれ!」


 その輝きが徐々に増していく。やがて目も開けられないほどの光を放ったかと思うと、間もなくしてそれは解消される。そっと目を開けてみると、うずくまる勝彦の姿があった。


 マリーネは、ふんと得意げに鼻を鳴らす。


「どうだ、参ったか」


 どうやら彼女は竜の秘宝の力を行使したらしい。だが、果たして勝彦に通じるのかどうか。「何をした」と尋ねると、彼女はこう答えた。


「決まってるだろ、記憶を消した」


「何のだ」


 殺しの術を消したところで意味はないと思われるが。そう考えていると、マリーネが答える。


「依頼内容だ」


「なるほど」


 確かにそれならば勝彦を無力化できる。今の彼は生きる殺人人形と称するのが適しているくらい、自分に意思がなく、ただ与えられた命令に従ってのみ動いている。その命令そのものをなくしてしまえば、彼は動けなくなるというわけだ。


「それは盲点だった」


 素直に感嘆を示すと、彼女は「頭の出来が違う」とでも言わんばかりにトントンとこめかみを叩く。それからさらに言った。


「伊達にレギレス海賊団の名は背負っちゃいねぇ」


 ともあれ、これで一件落着か。そう思ったのも束の間、勝彦はのっそりと立ち上がり始めた。その瞳には依然として殺意を宿しており、俺はもちろんことマリーネもたじろいだ。「な、なんで」と呟くのが聞こえる。


 だが、そんなことばかり言ってられない。理由はどうあれ未だに彼が依頼内容を覚えているというのならば、一瞬が命取りだ。勝彦が動き出す前に、俺はムールの方へと駆け出す。


 俺たちが彼女に到達したのは、ほぼ同時だった。振り下ろされゆくナイフの切っ先を、俺は割って入って肩で受け止める。肩口に焼けるような痛みが走った。辺りは一気に騒然とし始めるが、その悲鳴の数々がどこか遠くのもののように聞こえる。


 それでも何とか歯を食いしばりながら腕を掴みにかかろうとするも、その前に引き抜かれた。そして、もう一度振り下ろされる。俺に向かって。


 それはおかしなことだった。彼のセオリーでいうのなら依頼された対象の他にナイフを向けるのは、殺意を向けてきた相手にのみだ。しかし今俺は決して殺意など向けておらず、ただ彼を止めようとしたに過ぎない。


 だというのにも拘らず振り下ろされようとするちょうどその時、掛け声とともに走り込んできたマリーネが、俺たちの間を割るように舶刀で切り上げた。勝彦はすぐさまそれに反応し、腕を引っ込め、そのまま跳躍して距離を取る。


 彼が着地するよりも早く、マリーネは指笛を鳴らす。するとたちまち天井が崩落した。濛々と立ち込める土煙の中、見えたのは船の錨だ。それがつまりどういうことかというのを認識するよりも早く、マリーネが「来い!」と俺の腕を引いてくる。


 彼女にされるがままに、俺はその錨の片側にまで飛び乗った。マリーネも同じように掴まり、もう片側にはムールを抱えたナラベルが飛び乗る。それを見届けたマリーネが、再び指笛を鳴らす。錨が巻き上げられ始め、徐々に持ち上がっていく。


 俺たちを乗せた錨は依然として立ち込める土煙を突き抜けて、地上へと上がる。しばらくは煙の尾を引いたまま上昇を続けていたが、しばらくするとその尾は途切れて、地上はみるみる遠くなっていった。


 眼下には、地下から這い出しては慌てふためき、逃げまどう会員の女たちの姿が見える。隣から、ムールの嘆くような声が聞こえた。次に、マリーネが「何だって効かなかったんだ」と呟くのが聞こえる。それが、勝彦に竜の秘宝の効果がなかったことに対して言ってるのだろうことは容易に予想がついた。


 おそらく勝彦に竜の秘宝の効力がなかったのも、例の転生特典というのが関係しているように思われる。彼が望んだのは、“何事”にも負けない力だ。それは決して物理的なことだけでなく事象的なことも含まれている、ということなのだろう。


 ともあれ一旦はこれで勝彦を振り切れたかと思われたその時だった。ナラベルが、「ねぇ、あれ」と地上の方を指差す。彼の指先に従い視線を降ろしてみると、依然として蜘蛛の子を散らすかのような騒ぎの地上では、その波に抗うかのように勝彦が立ち竦んでいる。じっと俺たちの方を見上げていた。


 そして何をするかと思えば、次の瞬間には走り出し、近くにあった一番背の高い建物の壁を駆け上がり始めた。やがてその壁が途切れると、跳躍する。弾丸のような速さで飛んで来た。


 見上げてみれば、おそらくマリーネがもしもの時のために待機させていたのだろう、空飛ぶ船が中空に鎮座している。錨はじりじりと上がってきているものの、はっきりと近づいているという感覚はなく、その速度に焦れた。


「もっと早く引き上げられないのか!」


 堪らずムールがそう叫ぶも、マリーネは「これが限界だ!」と叫び返した。それから続いて彼女は、懐から拳銃を取り出す。


「この化け物め!」


 そう言って発砲した。


 さすがの勝彦も空中ではろくな身動きも取れないのだろう。放たれた弾も彼も真正面から向かい合う形となっていたのだが、まさに直撃するすんでのところでナイフで弾かれた。


 しかし衝撃までは殺しきれずまんまとその身に受けた彼は、跳躍の勢いをすっかりと失い自由落下へと移り始める。抗う術もなく落ちるがままの勝彦だったが、一向に視線を逸らすことなくこちらを見続けた。


 俺たちも俺たちで、今にでも彼が物理法則を無視して方向転換し、向かって来るのではないかと思いが払拭できないでいた。やがて彼との距離は開いていき、米粒くらいの大きさになった後でも、まだ安心できずに身を強張らせ続ける。


 そんな俺たちがようやく一息付けたのは、錨が完全に巻き取られ、船に乗り込むことができ、それから無事に出航したその後だった。


 マリーネは「とりあえず応急処置できるものを持ってくる」と言いおいて、船内へと消えて行く。そこでようやく俺は怪我をしていたのを思い出し、今更ながらその痛みに顔を顰めた。全く気にも留めなかったその傷口はぱっくりと開かれたままで、そこからとめどなく血が溢れている。今や袖が真っ赤に染まるだけに留まらず、手さえも血みどろだった。


 とりあえずもう片方の手で、遅ればせながらの止血の真似事をすると、視界が膝を抱えて震えるムールの姿を捉えた。その彼女を励ますように、ナラベルが背中をさすっている。しかし、一向に効果はない様子だった。


「終わりだ……私たちは終わりなんだ……」


 うわ言のようにそう繰り返される。


「私たち?」


 特に深く考えずにオウム返しをする。それがどういう意味なのかと考えあぐねていると、彼女は詰め寄るようにしてこう言った。


「私とあんただよ、下野物好」


 その切迫した口調にたじろいだものの、なんとか言い返す。


「なんで、俺が」


「まだわからないか。ダグリは復讐をしているんだよ。真っ先に裏切った私やそれに追随するように離れた仲間。そしてその元凶となったあんたに、だ」


 しばらくの間があって、俺は「なら」と口を開いた。しかし、それから先は続かなかった。確かにそれならば先ほど勝彦が俺に殺意を向けた理由の説明がつく。だけどそれ以前にも一回、ディートルドフ国の郊外で、しかも対面で会っている。その時に狙われなかったのはおかしな話だった。


 そんな疑問が顔に浮かんでいたのか、ムールは答えた。


「ダグリはあんたを一番憎んでいる。だからあんたを殺すとしたら、まずはその絶望した顔を拝んでからだ。あいつはそういう男なんだよ」


「だが、それなら順序が逆だ。俺はまだ彼に会っていない」


「だけどそれも時間の問題だ。ダグリはもうこの国に来ている。殺し屋があんたを狙い始めたのがその証拠だ」


 唐突に、肩の傷がうずき出した気がした。傷口に何かあったのかと思い試しに手を離してみると、傷がうずき出したのではなく、自分の手が震えているのに気づいた。


 血にまみれたその掌をしばらく見つめてから、今度はムールの後ろに控えていたナラベルへと目を向ける。すると彼は器用にも、悲しそうな感情と驚きの感情とのを半々に浮かべていた。


 眉は下がり、口は何かを言いたげに開閉を繰り返している。しかし、何も発されることはなく、やがて諦めたように口を閉じた。俺はもう一度だけ掌に視線を落とし、それから目の前の彼女へと向き直る。


「もしかしてあんたがこの国に戻ってきたのは、ダグリに会うためか」


「ああ」


「会って、説得でもするつもりか?」


「駄目で元々。何もしないで怯え続けるよりかは、遥かにマシだ」


「なら今すぐ逃げろ」


 そう告げると彼女は、自身の耳を疑わしいとでも言わんばかりに瞬きを繰り返した。堪らず「何だって?」と聞き返してくる。


「ダグリがこの国にいる以上は、俺に集中するはずだ。その間に、できるだけ遠くへ逃げるんだ」


「だけど、そうしたらあんたは」


「大丈夫だ。元はと言えば俺の蒔いた種だ。自分で何とかする」


 そこまで言い切ると、ムールは動揺したように目を彷徨わせる。「だが、しかし」と煮え切らない様子の彼女を見かねて、俺はこう宣言した。


「案ずるな。策はある」


          *


 それから間もなく、マリーネが持ってきた包帯で応急処置を施して、俺たちは船を降りた。


「よかったのかい?」


 去り行くマリーネの船を見送りながら、ナラベルが言う。


「これが今出せる最適解だ」


 マリーネはここで完全に手を引くことを決めた。彼女の目的であったダグール一味の財宝はもうないみたいだし、それに俺に作っていた借りもさきほど勝彦から命からがら助け出したことで完全に返しきったから、とのことだった。


 異論はなかった。この件は本来、彼女には全く関係のないものだったし、何よりパウロの当てにしてであろう人智を超えた力の数々も、勝彦にはまるで効果がない。彼女を引き止める理由は一つもなかった。


 その代わりと言っては何だが、ついでにムールをできる限り遠くへ送り届けて欲しいと頼んだ。マリーネは「貸しだな」と一言告げて、承諾してくれた。


 ムールは、旅のお供としてナラベルにもついて来てほしそうだったが、彼はそもそも妹のことがあるから長く国を開けていられない。結果として俺たちは、男女二人ずつできっぱり別れることとなった。


 さて、そんな俺たちがこんな時に頼りにできる相手はただ一つだ。彼を訪ねるのはどうしても癪で仕方がないが、今は緊急事態なので仕方があるまい。俺たちは、パウロの城に向かって歩き出した。


 道中、ナラベルが「肩を貸そうか?」と申し出た。しかし俺が怪我しているのは肩で歩くのに支障はない。それを丁重に断り、歩を進めて行く。


 それからさらに彼は言った。


「本当に、これでよかったの?」


「どの道、今のダグリに説得は無駄だろ」


「そうじゃなくてさ」


「マリーネか? それこそもう成す術はないだろ」


「そうでもなくて」


「じゃあ何だよ」


「あんな大口叩いてよかったのかってこと」


「ハッタリだと思ったのか?」


 第一、ムールにハッタリをかます必要もない。そう思いつつ口にすると、ナラベルは「そうは思わないけどさ」と肩を竦めた。


「やっぱり、君に何を言っても無駄だね」


「何の話だ」


「かつての話だよ」


「よくわからんな」


「嘘だね」


「俺の嘘は見抜けないんじゃなかったのか?」


 確か以前、パウロ同様俺の嘘は見抜けないと言っていた。そんなことを思い出しながら尋ねると、彼はこう答えた。


「それが、かつての話だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ