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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第四部
72/209

11-5

 取り次いでもらう方向で話は纏まったものの、すぐにというわけにはいかず日を改めることとなった。


 そのままお開きの流れとなる。ちょうどナラベルも妹を迎えに行かなくてはいけない時間らしく、酒場を出たその足でそのまま真っ直ぐと城のある方向へと歩き出す。


 マリーネも、何も告げずそのままどこかへと歩き去って行った。果たして、これからどうするつもりなのか。不機嫌全開の現在の彼女と関わり合う気にはとてもなれず、ついていくどころか、声を掛ける気にすらなれなかった。


 そんなわけで俺は手持ち無沙汰となったわけだが、既に日は傾き始めており、これから何かを始めるには些か遅い。今日のところは俺も帰ることにした。


 もう既に酔いつぶれて地面に寝っ転がっている酔漢たちを横目に、暮れ行く三等地を歩いていく。夜ともなればたちまち物騒になるこの町も、今の時間帯はさすがの悪漢どもも哀愁を感じるのか、辺りはもの静かだった。


 そんなふうに感じていたのだが、三等地から二等地へと差しかかるちょうど中間あたりで、如何にもな光景を目にしてしまった。


「いいじゃねぇかよ、姉ちゃん。俺たちと付き合ってくれよ」


「いや、その、困ります」


「そんなつれないこと言うなよ。悪いことは言わない。きっと楽しい楽しい思いできるぜぇ」


「でも、もう帰らないと」


「大丈夫だって。パパやママには俺たちがちゃーんと説明するからさ」


 二人の男が寄ってたかって、一人の女に詰めている。どこからどう見たって悪質なナンパだった。


 不用意に揉め事に首を突っ込むとさらなる揉め事に巻き込まれるというのを、俺はこれまでの経験で学んできた。今は勝彦のことでいっぱいいっぱいであるし、悪いが今回はどこかの正義漢にこの場を任せようと思っていた。


「あの、本当に困るんです」


 しかし、その女の声がどうにも聞き馴染みがあった。


 しばらく待ってみるも、俺の期待するような正義漢が現れる気配は一向にない。どうも道行く人は見てみぬふりをしているらしい。面倒事に関わりたくないというのは誰だって同じということだろう。


 仕方がないか。俺は一つ溜め息を吐き、問題の現場へと向かう。


「なら早速、説明してもらおうか」


 そう背後から声を掛けると、男たちは一斉に振り返った。「誰だ、てめぇ」と言ってくる。


「あんたら待望のパパとママだ」


 そう告げると男たちは「別にまっちゃいねぇが」と口にしながら、辺りをキョロキョロと見渡す。片割れが言った。


「ママはどこだ?」


「兼任してるんだ」


「あんた、随分と若そうだな。本当にパパか? 兄貴じゃなくて?」


「それも兼任してるんだ」


「どういう家庭だよ」


「複雑な事情があるんだよ。それとも何か? 残りの役をあんたらがやってくれるのか?」


「つまり、ママと兄貴をってか?」


「ふざけるな、誰がパパだ」


「え、いや、だって……」


「悪いが、彼女のパパだけはお断りだ。腹黒いし、ことごとく人のこと利用しようとするし、だいたい何考えてるかわかったもんじゃないだろ」


「やけに具体的だな」


「もういいから選べよ。パパとママ、どっちがいい?」


 それから二人は律儀にも相談を始め、各々が各々の役割を決める。それから「えと、それでどうすればいいんだ?」と尋ねてきた。


「それはあんたらが既に決めてるだろ」


「え、何だっけ」


「説明しろよ、お互いに」


「え? えぇ?」


「さっきそう言っていただろ」


「いや、そうだけどさ」


 と、お互いに困惑の表情を浮かべつつ顔を見合わせた。それから片方が、「あなたの娘さん……いや、俺の娘でもあるんだけどさ」と役に徹し始める。だけどやがて「ああ、もうわけわかんねぇ!」と頭を掻き毟った。


「複雑な事情があるんだよ」


 改めてそう言うと、彼らはもう疲れたのかどちらともなく「もう行こうぜ」と言い始め、肩を落としてとぼとぼと去った。どうも釈然としない様子で、二人はしきりに首を傾げながら歩いて行く。


 釈然としていないのは、彼女もまた同じだった。


「あの、助けて、くれたんですよね?」


 アウロラはもじもじと照れ臭そうにしてから、やがてこう口にする。


「えと、お、お兄ちゃん?」


「誰がお兄ちゃんだ」


「ご、ごめんなさい」


          *


 いつまでもこの辺りにいると、また同じような厄介事が起こるだろうから移動することにした。とりあえず安全と言えるところまで彼女に同行する。


「リリシアはどうした?」


 アウロラが城をお忍びで抜け出していることは度々あるが、その時には決まってリリシアがついている。いかんせん彼女は誘拐された過去もあるから、なおさら一人にしておくことはできないはずだ。初めからついて来ていないとは考えにくかった。


「その、はぐれてしまって」


 と、アウロラはどこか申し訳なそうに答える。概ね予想通りではあったが、反対にそんなこともあるのかという驚きもある。リリシアにしては珍しいミスのような気がしたからだ。


 彼女はさらに続ける。


「ひったくりと万引きとカツアゲが同時多発的に起こって、その騒動の中でつい」


「この国、治安悪すぎだよな。俺が言うのもなんだが」


 そう告げると、アウロラは「あ、あはは」と愛想笑いを零した。それから「あ、そう言えば」と話題を転じる。


「下野さん、最近はとても活躍しているようですね」


「活躍……活躍?」


「えっと、逃げた捕虜たちの確保に尽力されているとか」


「だが、元はと言えば俺が逃がした捕虜だ」


「それでも、よくやっていると」


「パウロがそう言っていたのか?」


「いえ、リリシアが」


「へぇ」


 何だって、彼女がそんなことを言うのかがわからない。確か俺のことを目の敵にしていたはずだが。


 そんな俺の気持ちを読み取ったのか、アウロラはこう言う。


「リリシアは、口ではああ言ってますが結構下野さんのこと気にかけていますよ」


 果たしてそれはどういう意味でだろうか。気にかけると一口に言っても、決していい意味とは限らないだろう。


 そこで一旦、会話は途切れた。しばらくの間、俺たちは黙々と歩いていたのだが、ふとアウロラは決心したように口を開く。


「あの、もしよければ寄り道に付き合って頂けませんか?」


「寄り道?」


「ええ。その、我が儘を言ってるのは承知していますが」


 と、実に申し訳なさそうに告げる。


 本来ならば、真っ直ぐ送り届けたいところだが、何も彼女だって意味もなくこの辺りをうろついていたわけだはないだろう。その目的を果たす前から帰ったのでは、危険を冒した意味がない。


「わかったよ」


 ここは折れることにした。


 すると彼女は「ありがとうございます」と丁寧に述べてから、路地裏の方へと歩き出す。夕暮れともなると、日の当たりにくいこの辺りはますます治安の悪い場所になるが、それでも彼女は慣れた調子で歩を進めた。


 間もなくすると路地裏さえも抜けて、だだっ広い丘が見えてくる。その丘を登ると、彼女は振り返った。


「見てください」


 そう促されて、俺も振り返る。


 そこには、朱色に染まる街並みがあった。この時間が一番、家が活気づく。仕事を終えた人々が帰宅し、家族の団欒が始まるのだろう。斜陽に照らされて影を長く伸ばした家々の窓が、ぽつぽつと明かりが灯し始めた。ゆっくりと、夜の始まりを告げる。


「この景色が好きなんです。一日が終わって、ようやく一息つくようなこの時間が」


「そうか」


 城からの眺めの方が壮観なのではないかと思われたが、そこから見たのではこの人々の生活を垣間見るような、地に足ついたような風景は拝めないのかもしれない。どの道、この場では野暮なことは言いっこなしだ。


 ふと隣を見ると、食い入るように景色を眺めるアウロラの横顔があった。


 今日の彼女は、いつものようなローブを羽織り、フードを目深に被ったような出で立ちではなく、いつか見せたような首元から下腹部に掛けて真っ直ぐ縦にフリルのついたブラウスに、淡い緑色のロングスカートといった服装だった。だからこそ、二等地と三等地の狭間で悪漢に絡まれたのだろう。


 そんな上品な服装には不釣り合いなほどの大きなキャスケットを目深に被っており、そこからはみ出た短めの黒髪が、風になびいている。その瞳は、まるで夢を見る少女のようだった。


 不意に、俺はこう言いたくなった。


「誕生日おめでとう」


「え?」


 驚いたようにこちらを見ると、それからふっと笑って「まだですよ」と告げる。


「そういうことは、当日に言ってください」


 と、続けてきた。


「いや、なんとなくな」


 そう返すと、今度は打って変わって悲しそうに眉を下げた。


「もしかして、当日は来られないのですか?」


 その瞳に見つめられるのが気まずく、俺は目を逸らしながら「いや」と言葉を濁す。なんと言ったものかと言葉を探していると、彼女はやがてこう言い出した。


「やっぱり下野さんは、あまり祝い事は好きじゃないですか?」


「なぜそう思う?」


「何となく、そんな感じします」


 まぁ、自覚はなくもない。だが祝い事が嫌いというのは正確ではなかった。


「生憎、賑やかしいのは苦手でね」


「そう、ですよね」


 アウロラは一層、悲しそうに眉を下げる。そのまま視線までも下げて、彼女の顔は夕暮れの闇に翳った。


「私も、正直苦手です」


「何となく、そんな感じするよ」


 これも嘘ではなかった。パウロの口ぶりからして誕生日パーティはさぞ豪勢なことだろう。見るからに引っ込み思案な彼女が、派手なパーティを好むとは思えない。


 パウロの趣味かと言われたら、彼がそんな派手好きにも思えない。ではなぜか。その答えは間もなくして彼女が口にした。


「パーティを豪勢に開くのは、その国がどれだけ豊かであるかというのを他国に見せつけて牽制するのと同時に、自国民に安心感を与えるためです」


 仮にも一国の王女だ。そんな彼女の誕生日が貧相だなんて知れてしまったら、世間体が悪すぎる。最悪、外交でも不利な材料になってしまうこともあるだろう。


 だがそのために、主役が好みもしない形で行われるのも何だかおかしな話だった。


「お互い、パウロにいいように利用されて大変だな」


 そう告げると彼女は首を振る。「私は、こういうことでしか父の役に立てないから」と言う。


「私なんて本当は……」


 さらにそう続けてきたが、途中で言葉が途切れてしまう。


「どうした?」


 尋ねると、アウロラは俺を見て誤魔化すように笑った。それから再び街の景色へと視線を向けて、努めて明るい声でこう話し出す。


「元々父に、王を継ぐ気はなかったという話は聞いてますか?」


「初耳だ」


「より正確に言うなら、王というよりかは父のお父様、つまり私の祖父に当たる方の跡目を継ぐ気がなかったみたいです」


「なんでまた」


 問いかけると、彼女は「うーん」と首を傾げた。


「詳しくは聞いてないんですが、何でも折り合いが悪かったらしいです」


「それで、親父の後を継ぐのは嫌だと」


「ええ」


「まるで反抗期だな」


 そう言うと、彼女は「確かにそうですね」と微かに笑う。それから続けた。


「でも、王族に生まれた以上は継がなくてはいけないというのが少なくとも当時の世相らしく、反抗する父は世継ぎを残すために無理矢理結婚させられたんです。これも所謂、政略結婚という奴なんですかね?」


「どうだろうな」


「ともあれ、それで父は祖父の継承者としてではなく、生まれた世継ぎとの父親として王を継ぐことに余儀なくされました」


「それって、つまり」


「はい。本当は単なる中継ぎだったんです」


「とてもそんなふうには見えないが」


「そうなんですよね。才覚があったらしく、今では良き王として慕われています。この尽力ぶりは妻、つまり私の母に当たる人物が殺されているから、という話もありますが」


「殺されているのか」


「ええ。婦女暴行の末に殺されたらしいんですよね」


「らしい?」


 そう尋ねると彼女は、またもや笑って見せる。


「私、生まれてからすぐに乳母のもとに預けられて育てられたので、両親にはろくに会わなかったんです。お互いに若くして、しかも不同意の上で結婚させられたからでしょうか。全然、会ってはくれませんでした」


「そう、だったのか」


「そんな暗い顔しないでくださいよ。もう過去のことですよ」


 アウロラは明るい声でそう告げる。まるで何でもないとでも言わんばかりだ。だけど言葉とは裏腹に、彼女の中ではまだ過去のことになっていないのは明らかだった。


 辺りは刻一刻と暗くなっていく。風も吹いてきて、アウロラが「寒くなってきましたね」と言い始めた。


「もう戻りましょうか」


 そう言って歩き始めたその背中に、咄嗟に俺は「さっきさ」と声を掛けた。「え?」と振り返ってくる。


「さっき、なんて言おうとしたんだ?」


 彼女は一旦目を見開き、それから笑顔でこう言った。


「もう、忘れてしまいました」


 街が灯す逆光の中で浮かべられたその笑顔に、孤独の影が垣間見える。


 おそらく彼女はこう言いたかったのだろう。


 私なんて本当は生まれてこない方がよかったんだ、と。

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