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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第一部
7/209

2-2

 いきなり男たちに囲まれた俺は、あれよあれよという間に連れられて、気づけば厳かな部屋にいた。


 だだっ広い部屋の端には等間隔に明かりが置かれており、天井からは見事な大きさのシャンデリアが下がっている。入口から最奥に掛けては赤い絨毯がまっすぐと敷かれており、その絨毯を辿った先には数段の階段があった。そして、その階段を上り切った先には玉座らしきものが控えている。


 間もなくして横合いから尊大そうなマントを羽織った男が出てきた。正面の偉そうな椅子に座る。


 そうしてから彼は、満を持したように口を開いた。


「このような強引な形で連れてきてしまい申し訳ありません」


 男は、本当に申し訳なさそうに眉根を下げる。


「あんたは誰だ」


 問いかけると、彼の傍らに控えていた男が「何だその態度は!」と声を上げた。その男を手だけで遮って、彼は続ける。


「申し遅れました。私の名はパウロ。この国、アルジオンの六代目の王です」


「ほう? あんたが国王か。そんな人が俺にいったい何の用だ?」


 そう言うと、またも傍らに控えていた男が言い出した。


「いい加減にしろ、貴様! 王の御前だぞ。言葉を慎め!」


「止せ」


 と、すぐさま王様が言う。


「私は彼と話がしたいんだ。君は控えていてくれ」


「しかし……」


「もういい。君は席を外してくれ」


 その言葉に心底傷ついたようで、男はしゅんと肩を落とした。渋々といった調子で部屋を退出しようとし、そのために俺とすれ違った際、なかなかに鋭い眼光を飛ばしてくる。


 後ろで扉の閉まる音がすると、部屋には俺と王様の二人だけが残された。


「よかったのか?」


「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。彼は優秀なんですが、どうも頭の固いところがありましてね。こういったことはしょっちゅうなんです。だから気にしないでください」


「そうではなくて、どこぞの馬の骨とも知れない奴と二人っきりで大丈夫なのかと聞いているんだ。仮にも国王なんだろ? あんた」


「その点に関してもご安心を。あなたの調べはついています」


「そうなのか」


「名前は下野 物好。どうしてもそれ以外の経歴はわかりませんでしたが、とにかく泥棒であることだけは確認できました。それも少し特殊なね」


「別に変っているつもりはないがな」


「あなたはそうなのかもしれませんが、周りはそうは思っていませんよ」


 随分と持って回った言い回しをする男だ。どこか腹の底が読みにくくもある。


「俺のことはどうやって調べた?」


「とある少年があなたのことを触れ込んでいまして、聞いてみたところあっさりと教えてくれました」


「なるほど。少年を張り込んで、俺と接触する機会を窺っていたか」


「その通りです。察しがよくて助かります」


「そりゃ買い被りだ。現に俺は、どうしてここに連れて来られたのかもわからない」


「それは今からご説明いたします。ご心配なく」


 そう言うと彼は、人好きのしそうな笑みを浮かべた。


「立ち話も何でしょう。お座りになりますか?」


「いや、結構」


「お飲み物でも用意させますか?」


「そんなに長く居座るつもりはない」


「そうですか。失礼いたしました。では早速本題に入りましょう」


「手短にな」


「畏まりました。実は下野さん、折り入ってあなたに頼み事があるのです」


「頼み事? 俺にか」


「ええ。あまり口外してほしくはないのですが、私の娘が攫われましてね。彼女を救出してほしいのです」


「待て。正気か? 俺は泥棒だぞ?」


「ええ、至って正気ですよ」


「疑うべきはあんたの神経か?」


「戸惑うのも無理はありません。これは前例のないことですからね」


「なぜ俺に頼む?」


「一つずつご説明いたしましょう。まず、なぜ人に頼むか。それは、誘拐の目的がわからないからです」


「わからない?」


「はい。誘拐されてから既に三日ほど経っていますが、犯行グループからは未だに何の音沙汰もありません」


「身代金が目的じゃない、ってことか」


「その通りです。他に考え得る可能性としましては、戦争の火付け役に利用するということです。もし仮に、私共が娘を救出するために軍隊を動かしたとします。その行動が隣国に知れれば侵略行為、或いは挑発行為と取られるかもしれません」


「それが国直属のものを使えない理由か。そんなにお隣さんとは仲が良くないのか?」


「極めて良好です……と言いたいところですが、生憎私の力及ばずでしてね」


 なるほど。隣国との関係がまだ不安定なため、あまり大事にできないというわけか。


 姫が既に殺されている可能性もあるだろう。しかしそれは、子を思う親の手前、言うに言い出せない。どの道、現時点では不明な点が多く、死んでいると仮定して何もしないよりかは、生きていると仮定して動いた方がいいだろう。


「それで? 俺を使う理由は何だ?」


「そちらの理由は単純です。あなたがいい人そうだからです」


 思わず目を瞬かせてしまう。何と言えばいいのやら。逡巡していると彼は続けた。


「先ほどの話に出た少年から窺いました。何でも、形見のペンダントを取り返したのだとか」


「たまたまだ」


「それに貴族に絡まれている町民の方を助けた、との報告も入っております」


「そっちの方は勘違いだよ」


「何にせよ、こうして話している限り、あなたはそれほど悪い人間ではないように思われます」


「いいのかよ、そんな適当で。一国の主なんだから、もっと人を疑うべきではないか?」


 そう言うと、彼は少し身を乗り出してこう言い返した。


「逆ですよ。一国の主だからこそ、人を信じなくては」


 その気取ったような彼の態度が癪だったため、目を逸らして首を傾げ、わざとわかりないふりをする。


 そうすると、彼はさらに言った。


「ご納得いただけないのでしたら、もう一つ理由を付け加えましょうか。ちょうどよかったからです」


「ちょうどよかった?」


「ええ。娘を攫われたという矢先にあなたの噂を聞きつけましたので、これ幸いと思いあなたを探したんです」


「失敗したらどうするんだ? 俺は責任取れんぞ」


「その時はその時です。別の手を考えます」


 と、彼はなんてことないふうに言ってのける。


 胡散臭いことこの上ない話だ。自分の娘の一大事だというのに、腕前もわからない一介の下着泥棒に頼むわけがない。絶対に何か裏があるはずだ。


 しかし、これ以上追及したところでおそらく彼は尻尾を出さないだろう。せめて彼の思惑通りにさせないために、断る方向に話を持っていくことにする。


「なるほど、とりあえず理解はしたよ。だがそれだけでは引き受ける理由にはならんな」


「ご尤もです。もちろんこちらも無償で引き受けてくれとは言いません。娘を救出した暁には、あなたのこれまでの罪を免除しましょう」


「なるほど、その交換条件を出すために俺を不当に逮捕したというわけか」


「いえ、窃盗犯として正当に逮捕したつもりだったんですが」


「……そうか」


「ええ」


「悪いが、それでも引き受ける気にはなれん。理由は二つある。一つは、俺が脱獄したとしても全く同じ効用があるからだ」


「ですが、この国には二度と近づけませんよ」


「生憎、この国に未練はない」


「そうですか。私もまだまだですね」


「第二に、もし仮にこれまでの罪が免除されたとしても俺はまた下着を盗むだろう。止めるつもりは毛ほどもない」


「そこまで堂々と宣言しますか」


「それが俺だ」


「自己紹介どうも。ですがそうなりますと、こちらが提示できるものとあればもう金銭などになってしまいます」


「いらん」


「ですよね、そんな感じがしました。となりますと……そうですね。逆に下野さんの方からは何かありませんか?」


「俺から?」


「ええ。私の方でご用意できるものなら、何でも用意しますよ。もちろんモラルに反しない限りで、ですが」


 そんな質問が来るとは思わなかったので、どうしたらいいものか迷ってしまう。しばらくの思案の後、こう答えた。


「いや、ないな」


「……全くですか?」


「全く」


「大量の下着、というのはどうでしょう。お好きですよね?」


「ふざけるな。誰かから施される下着ほど、つまらないものはない」


「困りましたね、これは。……そうだ! こういうのはどうでしょう」


「何だ?」


「下野さんは一つ弱みを握れます。過去にこの国は犯罪者に頼った、という弱みをです」


「見くびるな。俺がそんなものになびくと思うか?」


「ほら、やっぱりいい人だ」


「そんなことが言いたかったのか?」


 彼は肩を竦める。


「参りましたね。どうしても引き受けてくれませんか?」


「断る」


「そう仰らずに」


 しつこく頼んでくる彼に敵わず、俺は閉口した。そもそもなぜ、俺にこだわるのだろうか。誰でもいいのなら一度断られた段階で別の奴を探せばいい。俺ならいざ知らず、他の人間なら先ほど提示した中の条件の一つで了承が得られるはずだ。


 きっぱりと断るため、俺はこう返した。


「そう言えば俺も自己紹介をし忘れていたな。俺は下野 物好。泥棒だ」


 急に何を言い出すのかと思ったようで、彼は一瞬目を見開いたが、すぐに「ご存知ですよ」と答える。


「いいや、まだ肝心なことを教えていない。俺の専門は下着なんだ」


 そう言うと、彼は残念そうに目を伏せた。


「……どうやら意志は固いようですね」


          *


 下野さんが捕まった。その話を聞きつけたのは、おそらく彼が投獄されてからすぐのことでしょう。


 急いで王城へと赴くと、看守さんは以下の通りに注意事項を述べてくれました。


「監房には近づかないでください。そして、囚人からは何を言われても返事をしてはいけません。進んで一番奥が目的地です。右側に沿って歩いてください。椅子を用意してあります」


 そう言って閉められた鉄格子の先で、彼は笑みを浮かべました。


 私の顔はおそらく不安の色を示していたことでしょう。その不安を読み取った看守さんは、さらに続けました。


「何かあったら叫んでください。すぐに駆け付けますから」


「ありがとうございます」


 いったいこの先に何が待っているのか。思わず生唾を呑み込んでしまいます。


 歩を進めて一つ目の監房に差しかかった時、鉄格子に寄り掛かるようにしていた男性が「こんちは」と挨拶してきました。挨拶しそうになるのをぐっと堪えて、先へと進みます。


 二つ目の監房では椅子に座り、項垂れている男性がいました。白髪だらけで、頭皮が真っ白でした。


 三つ目の監房では、私が歩くのに合わせて野生動物のように動き回る男性がいました。そして、鼻を忙しなく鳴らしています。通り過ぎる間際、彼はこう言いました。


「メスだ。久しぶりのメスの匂いだ」


 その言葉に一瞬足を止めそうになりましたが何とか堪え、私は下野さんの独房の前までやってきます。椅子に座ると、早速彼に声を掛けました。


「また会いましたね、下野さん」


 彼は、私を見上げて答えてくれます。


「一日に二度会うのは初めてだな」


「そうですね。ところで、何で簀巻きにされているんですか?」


「知るか」


「脱獄されるのを警戒しているんでしょうか?」


「もっと頑丈なセキュリティにするべきだよな」


「その結果が簀巻きなんじゃないですか?」


「せめて人権を剥奪しないレベルにしろよ」


 捕まったと聞いたから、多少は落ち込んでいるのかと思いましたが、相変わらずの不遜な態度なので、安心したような、呆れてしまったような気になります。


「体調はいかがですか?」


「特に問題ない」


「ご飯はちゃんと食べてますか?」


「そんなに長いこと拘留されてないんだが」


「そうですか。それはよかったです」


「心配かけてすまんね、母さん」


「誰がですか」


 いつものように軽口も叩いてくるので、いよいよもって大丈夫でしょう。もっとも、下野さんに限ってはあまり動揺している姿は目に浮かびませんが。


「そう言えば、お話伺いました。引き受けないんですか?」


「姫の救出の件か? 引き受けるわけないだろ」


「どうしてですか? まさか刑期を全うしようだなんて殊勝なこと考えてませんよね?」


「俺を何だと思ってる」


「何でも、王様を前に大見えを切ったのだとか。『俺は下着専門の泥棒だ』でしたっけ?」


「どこまで聞いたんだよ」


「ある程度は」


「あんたも王様の回しものか?」


「そんな言い方は止してください。パウロ様はいいお人なんですよ? 傾きかけていたこの国を一代で立て直したんですから」


「あいつ、絶対裏があるぞ」


「もう、またそんなこと言って」


「とにかく、あいつの言いなりになる気はない」


「言いなりって……あ! じゃあこういうのはどうでしょう」


「何だ?」


「下野さん、まだ職も決まっていませんし、住居がありませんよね? 宿泊期間、延長いたしますよ」


「なぜ、どいつもこいつも婉曲な言い方ばかりするんだ」


「それ、下野さんが言えたことではないですよね」


 そう言うと、下野さんは黙してしまいました。何も言い返してこないということは、普通の人ならへそを曲げてしまったと思われるかもしれませんが、下野さんに限ってはよい兆候と言えるでしょう。後もう一押し、といったところでしょうか。


「この国のお姫様は大層可愛い方だそうです。国民の方からも人気がありますよ」


「……」


「それに、この独房にずっと住んでいるなんて苦痛ですよ。食事もお風呂も満足にできません」


「……」


「私も待ってます」


「……」


「それに、宿に返ればネモ店長もいますよ」


「あ、それはいいや」


「下野さぁん!」


 私が堪らず鉄格子にしがみつくと、下野さんは動かないなりに体を起こして正座する形を取りました。しばらくは俯き、何事か考えている様子でありましたが、何が彼の気持ちを動かしたのでしょう。やがてこう言いました。


「……わかったよ。やる」



「で、やる気になったと」


 イフと別れた俺は、早速王様に謁見を申し込み、決意表明をした。しかし、断ってからあまり時間は経っていない。舌の根も乾かぬうちに告げられた宣誓は、さすがに彼を戸惑わせた。


「悪いか?」


「まぁ何にせよ、やる気になってくれたのはありがたいことです」


 その態度から察するに、どうやらイフは彼の差し金ではないようだ。彼女は彼女の意思で俺を説得しに来た、ということらしい。


「それで? 俺はどうすればいい? どこに姫はいる?」


「実は、誘拐犯の居場所はわからないんですよ」


「手掛かりはゼロか?」


「いえ、そうでもないです。娘が誘拐される際、一緒にいた使用人がいるんです。その方が犯人の一人の顔を見ていました」


「誰だったんだ?」


「頬に三日月型の傷があったそうです。その特徴から察するに、ダグール一味のものと思われます。頬の傷は、頭領のダグリのそれと一致します」


「有名な奴なのか?」


「ご存じありませんか?」


「全く」


「そうですか。下野さんならもしかしたら、と思ったのですが残念です」


「悪いね」


 犯罪者は皆どこかで繋がりがあるとでも思ったのだろう。だが生憎俺は、はぐれものだ。


「ダグール一味は国を転々とし、ある程度住むと国を出て行くものたちです」


「あまり悪い奴には聞こえないが?」


「彼らはとにかく人々を堕落させることに長けています。少しでも鬱憤のあるものや退屈を感じている人を見かけると、甘言を掛けて誘い込み、自分たちの利益へと変えます」


「麻薬か」


「それも一つです。他にも数多くの品を売り付けたり、裏稼業を代行したりします。一人の人間を完全に欲望の虜にし、それから別の人間へと手を出します。そして、ある程度の人間が堕落すると彼らは国を出て行きます。そんな彼らを、寄生虫と揶揄する人もいます」


「なるほどね。とにかく居座られると厄介だということはわかった」


「こちらとしてもあまり関わりたくはない存在です。ともあれ、彼らのアジトを探すところから始めてはいただけないでしょうか? 使用人に誘拐現場までは案内させます」


「ああ。是非頼むよ」


「畏まりました。彼らのアジトがわかりましたら、一度ご報告お願いします」


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