番外編2-1
下野さんの中学生時代の話になります。
吉野勝彦は入学早々に勇名を馳せた男だ。
俺の通っていた中学には指定のスクールバッグがあり、当然彼の親や彼自身ですらそれを認識しているのにも拘わらず、彼は依然としてランドセルの登校してきていた。
始めは間違えてしまったのかと思っていた教師陣も、注意を一度、二度と続け、それでも尚一向にランドセルの登校を続ける彼に対して、ついにわざとであると結論付けた。それから一週間ほど、教師陣は全力を挙げて、彼のランドセルでの登校を阻止しようとしたという。
ある時は「中学生にもなってランドセルはおかしいでしょ?」と説いてみたり、ある時には「もう中学生なんだからその自覚をもって」とかいった説得をしたりした。もちろん彼の親にも伝えているのだが、果たして親子の間でどのような話し合いがもたれているのか、その甲斐なく彼は頑なにランドセルでの登校を続けていた。
やがて教師陣は、強硬手段に打って出てランドセルを取り上げようとさえしたが、それに対して彼は「ランドセルは決して安いものではない。それを取り上げるからには、それに見合う保証が必要だ」と主張した。
そのおよそ中学生らしからぬ物言いに戸惑っている教師陣に畳みかけるように、彼はさらに続ける。
「また、ランドセルは耐久性を重視して作られており、長く使用されることを前提としている。壊れてしまったのならばいざ知らず、まだ使えるのにも拘わらず使用するなというのなら、あなたたち大人が常に言っている“ものを大事に”という主張を取り下げてもらおう」
それから数日の職員会議をへて、彼にのみ特例でランドセルでの登校を許されることとなった。しかし、その翌日から彼は、まるでそんな教師陣の努力を嘲笑うかの如く、指定のスクールバッグでの登校に切り替えた。
吉野勝彦とは、そういう男だった。
*
そんな彼との出会いはひょんなことからだった。
放課後。部活動に所属していなかった俺は、家に帰りたくなくて、かと言って一緒に寄り道をしてくれる相手もいなかったので、校内をブラブラとしていた。思春期真っただ中だったからか、なんだか周囲の喧噪に耐えがたいものがあり、なるべく一人静かに過ごせるスポットを探し続けていた。
今はもうあまり使われていない旧校舎を歩いていたそんな時、ふと目の前に何かが落ちているのが目に入った。ずっと置かれているものにしては埃が積もっておらず、かと言って新品のものとも思えなかったので、誰かの落とし物かと思い拾い上げてみる。するとそれは紫のレースがあしらわれた、女性ものの下着だった。
確かに俺の学校には水泳部がある。プールはこの旧校舎とは隣接しており、およそ二階の位置に女子更衣室があったため窓から着替えが覗けるとか覗けないとかそういった噂を耳にしたことがある。
当然、そのことは女子や学校側も把握しており、厚いカーテンが敷かれているのだが、それはともかくとして、校舎から更衣室までは距離があるため、よほどの強風が吹かない限り、こっちまで飛んで来ることは少ない。加えてここは一階の廊下だ。偶然とは考えにくかった。
もちろん、更衣室からプールまでは繋がっているので、水泳部がここを訪れることも考えにくい。しかも、下着を落とすということは水着のまま、更衣室においておけばいい鞄を持ってここまでやって来るということだ。どう考えたとしても不自然だ。
では、この下着は果たして誰のものか。そのデザインは大人っぽく、およそ中学生が身に着けているとは思えない。ならば、教師の誰かのものだろうか。
そこでふと思い浮かんだのは、先日、ゴミ捨て場においてあった漫画だった。放課後、誰もいない校舎で男女が性交に及ぶ。それは教師同士か、あるいは生徒と教師の禁断の関係か。そのどちらにしても刺激の強いことには変わりはなく、そんな状況がここに再現されているのはないかという考えが、興味本位と欲望とを伴いつつ、頭から離れなかった。
次に浮かび上がってきたのは、興奮と不安とが入り混じった、奇妙な緊張感だった。上がる心拍数。何気なく見えていた廊下は瞬く間に、廊下のシミや壁の汚れでさえもはっきりと色が濃く見え、その踏み行ってはいけない場所に迷い込んでしまったことにより、軽い眩暈を覚える。
思わず唾を飲みこみ、突如として長く見えだした廊下を慎重に歩んでいった。その足は震えている。一歩一歩、教室に近づいていく度に耳をすませ、何か物音が聞こえやしないかと集中した。
風の音、木の揺れる音。校庭の方から聞こえてくる運動部の掛け声。そして、吹奏楽部の調子はずれの演奏。そういった日常的な音の数々が遠くに聞こえて、今自分のいる場所が日常の延長線上にあることを自覚する。
同時に、不思議な感覚だった。自分で立っていることすら覚束ないのにも拘わらず、今いるこの場所は決して非日常などではない。じわじわと廊下を進んでいくのも、まるで自分の意思ではないかのように感じられた。夢の中にいるかのように錯覚され、ふわふわと地に足のつかない感覚が長く続いた。
間もなくして一つ目の教室を通り抜けようとしたその時、がらりと扉が開き、男が出てきた。登場すらも唐突だったその男は、真っ直ぐ俺の目の前にまで来ると、こう言った。
「拾ってくれてありがとう。それは俺のなんだ」
突如として緊張感を破られた動揺から何も言えなかった。間もなくして冷静を取り戻しても、そもそも言っている意味がわからず、やはり何も言えなかった。
しばらく無言で口をパクパクさせていると、彼は俺の手から下着をするりと抜き取り、さらに続けた。
「俺が手に入れたものなんだよ、これ」
そう言いつつ下着をヒラヒラさせるも、やはり意味は曖昧模糊として要領を得ない。ようやく口を聞けるようになった俺は、こう尋ねた。
「いつも、そういうのを履いているのか?」
「どういう意味だ?」
「いや、最近はそういう人もいると聞くから。つまりその、中身と外見の性が一致しないという人が」
「なるほどね。世間の動向に感心を持つのはいいことだな。だが生憎、俺は正真正銘の男だよ」
「じゃあ、どういうことなんだ?」
「いや、文字通り手に入れたんだよ。つまり、盗んだんだ」
さらりと彼は言うものの、それは衝撃的な一言だった。小学校高学年に上がるくらいから、少し進んだやつが万引きをしただのなんだのといった噂くらいは耳にしたことはある。あるがしかし、それは対岸の火事で、まるで自分とは縁も所縁もない事柄なのだと心のどこかでは感じていた。
だが今現実として、盗みを働いたと堂々豪語するやつが目の前にいる。語感的に、盗みは万引きよりも強いもののように感じられ、しかもそれが下着ときたので生々しさは一層色濃く感じられた。眩暈の度合いがさらに深まる。これで知っている顔でなかったら、きっと一目散に逃げだしていただろう。
「自己紹介がまだだったな。俺は吉野勝彦だ」
「知っているよ」
「そうなのか」
「ああ。有名だからな」
彼はまるで自覚がないようで、「そうなのか」と繰り返した。確かに少し話してみてわかったが、彼には近寄り難い雰囲気がある。誰も彼の周りには、彼自身が有名人であることを教えてくれる人などいないのだろう。
「あんたは?」
そう尋ねられて、「下野物好」とだけ返した。彼は「いい名前だな」とお世辞程度に言ってから、「ところで、だ」と続ける。
「こいつを拾って、どう思った?」
「どう、とは?」
「何も感じなかったのか?」
そう問い返されて、俺は考えた。当然、先に述べたようなことを感じていたのだが、それを言語化するには当時の俺はまだ言葉を知らず、かといって適当な言葉で言い逃れるには当時の俺はまだ幼過ぎた。
「何だか、不思議な感じがしたよ。宙に浮くような、そんな感じだ」
結局、彼の質問に答える時には拙い言葉で伝えるしかなかった。しかし、その言葉で満足したのか、彼はにやりと笑って見せる。
「わかるぜ」
そう短く告げた。
その瞬間、何だか心の中にすっと風が通り抜けるような感覚がした。内心が見透かされたかのようで、それでいて全く不快ではない。心から通じ合える人と、ようやく巡り合えたかのような感じした。
しかし、今になってわかることだが、それは錯覚に過ぎない。中学生と言えば思春期の代名詞で、疚しいことや後ろめたいこと、ましてやなまめかしいことに関してなどには目がないのは当然の理だった。つまりこれは、お互いに通じ合って然るべきことなのだ。
しかしこれが、謀られた出会いかというとそんなことはない。おそらくだが、彼には自覚はなかった。話し方こそ大人びているものの、中身はまだ子供。そういったことにも興味津々だろうし、また、それを共有できるような仲間だって欲しいはずだ。
何はともあれ、その時の俺たちはまるで生涯を誓い合う友に巡り合えた気がした。いわゆる、親友という奴だ。
これが吉野勝彦との出会いだった。
*
彼との付き合いが始まって数日。俺はどうやってあの下着を盗み出したのか、またそれは誰の下着なのかをついぞ尋ねたが、いつもはぐらかされた。
「いいか。この世は皮肉に満ち溢れている。この意味がわかるな?」
帰り道、いつもの如く尋ねてみるも、やはり全く関係のない話を始めようとする。俺は首を振り否定の意を示すと、彼は決まって得意げに話し出した。
「あれを見ろ」
と彼は犬の散歩している小太りのおばさんを指差した。
「何々の犬といえば、まるで下僕かのような印象を受けるが、その実、犬の世話に手を焼かされるもんだ。あれなんて最たるものだな。犬の散歩なぞ、まるでどちらが下僕かわかったもんじゃない」
「共存関係というのもあるだろう」
「ならば、おばさんの方はどうだ? 彼女はきっと自堕落な生活を送っているがゆえに、あんな体形になってしまっているんだ。その根底はおそらく“楽がしたい”と思っているに違いない。だが現実はどうだ。犬を散歩させるために、わざわざ外に駆り出されているじゃないか」
「それは皮肉なのか」
「犬さえ飼わなければ、ああはならなかったということだ」
「極論だろ。それに、犬を飼うことによる恩恵だってあるはずだ」
「物事というのは常に二極化される。犬とくれば猫とくるようにな」
「そんなことない。物事はもっと複雑だ」
「その通りだ。だけど、どこかの誰かが物事を二極化させたがる。そうデザインして、物事を単純にしようとしているんだ」
「何のために」
「人々の思考を単純化させるためだ。二極論を多く明示しておけば、やがてそれが根付き、自然とその思考が身についてしまう。右に行けと命じたとして、応じた奴は右に行くだろうな。そして拒否した奴はどこに行くと思う?」
「左か?」
「その通りだ。例えそこが開けた道だとしても、そうなるだろうな。前に行こうする奴も、後ろに行こうなどと言う奴も出て来ない」
「考えすぎだろ」
「そう思うか?」
そう言って彼は見つめてきた。俺は答える代わりに肩を竦める。
このように俺と彼とは不思議とに気が合った。お互いに孤独で、鬱屈としている。この世には支配するものと支配されるものとがいて、支配階級のものは常に暗躍していると信じてやまなかった。
そしてさらに、俺たちは怒っていた。親や、教師たちや、あるいは会ったこともない支配階級のものたちなどにだ。誰もが無理解で、理不尽だと決めつけていて、無差別ない怒りを胸に抱き続けていた。
四方八方に張り巡らされた怒りの矛先は、却ってその行き場を失い、俺たちをさらに憂鬱にさせた。そんな中での彼とのまるで殴り合うかのような会話は、鬱憤を晴らすのにちょうどよく、それでまた決して関係がぎくしゃくしなかったので居心地がよかった。
「ところで話は変わるが」
そう切り出すと、彼は「なんだ?」と尋ねてきた。
「最近、どんな本が面白かった?」
「ジョージ・オーウェルの1984年」
「通りでな」




