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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第三部
51/209

9-1

「本当にご迷惑をお掛けしました」


 イフが平身低頭、謝罪する。対するパウロは「いえいえ」と返した。


「何とか記憶が取り戻せたようで何よりです。後はこちらの方で何とかしてみます」


「くれぐれもよろしくお願いします」


 とさらに付け加えたイフは、横に並んでいる俺に、「ほら、下野さんも頭を下げてください」と言ってきた。


「全て、下野さんのためなんですからね」


 それはわかっている。別に頼んでいないだとか、記憶をなくしていた時のことだから関係ないだとか、そういったことは言うつもりはない。パウロに頭を下げるのは癪で仕方がないが、今回ばかりは借りができた。致し方ないだろう。


「悪かった。迷惑をかける」


 しかし、そう口で告げるだけがせいぜいだった。我ながらこういう時に素直になれないのは情けない。


 だがパウロは特に気にしたそぶりは見せず、いつもの飄々とした態度で、「かしこまりました」と言った。


「とりあえず、評議に関してはなるべく善処してみます。確約まではできませんが、そこまで悪い扱いにはならないでしょう。その後の処遇は追ってお伝えします」


「よろしくお願いします」


 イフはまたもや頭を下げた。そして、「ほら、下野さんも」とさらに促してくるので、会釈程度に頭を下げる。パウロが何やら満足げに頷くのが、気に障った。


 その一連のやり取りの後、パウロは空気を変えるかのように「さて」と切り出してきた。


「実はもう一件、お二人にはお話があります。と、言うのも」


 とそこまで言い出したところで、唐突に謁見の間の扉が開いた。待ちきれないとでも言わんばかりの様子の、二人組の海賊が姿を現す。


 パウロが、「ああ。今まさにお二人の件を」と言い出したところで、真っ直ぐとこちらに向かってきたマリーネが、近づいてくるなり胸倉を掴んできた。


「下野物好。記憶が戻ったんだな?」


「おかげさまでな」


「恩義を感じるならば、さっさとマルメの居場所を答えろ」


「イフからだいたいの話を聞いてる。だが前にも言った通りだが、マルメとははぐれて居場所はわからない。俺が知りたいくらいなんだ」


 マリーネは、「話が違うだろ」と胸倉を掴む手をさらに強めた。イフが慌てて仲裁に入ろうとするのが見えたので、それを視線だけで制す。


「だが見当はつく。もしかしたら、程度だが」


「もしもの時の集合場所ってことか?」


「まぁ、そうだな。そう思ってもらって構わない」


 それを聞いて満足したのか、彼女は俺を解放する。


「なら、話は決まったな。さっさと案内しろ」


「わかった。しかし、条件がある」


 そう言った時、マリーネの「はぁ?」という声は室内に大きく響いた。半ば怒りを表した様子で、こう言う。


「あたしらはもう既に願いを叶えてやった。それも二つもだ。それに加えてさらに要求するのか!」


「勘違いするな。これはお願いではない。取引だ」


「なんだと?」


「マルメの居場所は教える。代わりに、俺に少し時間をくれ」


「そんなことが通ると思っているのか?」


「ならば俺も協力しない。それまでだ」


 悔しそうに歯噛みしたマリーネの傍らを通り抜けて、カインが前に出てくる。


「ちなみに、何をするつもりか教えてもらってもいいかな」


「マルメに会いに行く」


「会ってどうするつもり?」


「あんたの言っていたことの真相を確かめに行く」


 と、ここでマリーネが、「なら、なおさら許可できないな」と割って入ってきた。「あんたらを二人にして、どこへも逃げない保証がどこにある?」と付け加える。


「何度でも言おう。信用できないなら、俺はあんたらに何も教えない。俺は俺で好きにさせてもらう。以上だ」


 いよいよ実力に打って出そうなマリーネを抑えつつ、カインはこう言う。


「聞きに行っても無駄だと思うけどね」


「なぜ、そう思う?」


「言わなかったけ? 彼は自分で自分自身の記憶を捏造したんだよ。答えるも何も、そもそも覚えてないんだよ」


「だが俺は記憶を取り戻した」


「そこだ。どうして君は記憶を取り戻せたか。それがわからない」


「記憶喪失は竜の秘宝が原因ではなかった。そういうことだろ」


 そう言うと、彼は曖昧に頷いた。


「そうだね。でも記憶の捏造は、竜の秘宝がないとできない」


「竜の秘宝があれば、マルメの真意がわかる。そういうことか?」


「その通りだ。でも、肝心のそれも彼が持っている」


「なるほど」


 今後の方針を何となく頭の中で練っていると、カインは「なら、こうしようか」と言い出した。


「竜の秘宝を盗って来てよ。それが条件だ」


「条件?」


「そう、君がマルメと二人で会うことを許可する条件だ」


 後ろでマリーネが、「そんな勝手に!」と叫び出す。そんな彼女に対してカインはこう言う。


「どの道、既に結構な時間を待ちに費やしてるんだ。今更、それが増えたところで何も変わらない」


 すると、マリーネは渋々といった調子で怒りを静めた。そのタイミングを見計らって、俺は尋ねる。


「あんたらに何のメリットがある」


「君が逃げ出さないという保証になる。それに、竜の秘宝を使うには呪文が必要だ。君にそれがわかるの?」


「……わかった。それでいこう」


 そう告げると、彼は「よし。交渉成立だ」と締めくくる。それからもう用はないとばかりに、マリーネに辞去を促した。彼女は別れのあいさつの代わりに、「これ以上はないからな」と言い残していく。


 二人が去った後は、まるで嵐の過ぎ去ったかのように部屋は静まり返っていた。パウロが仕切り直すように肩を竦める。


「参りましたね。私の出る幕もありませんでした」


「あんたが、あの二人を呼んだのか」


「ええ。イフさんからどういうやり取りがあったのかは聞いておりました。万が一、話がこじれてしまった時を考えて、私が立会人になろうとここにお呼びしたのですが……どうやら出過ぎた真似だったようですね」


「気遣いには感謝するよ」


「それはどうも。それはそうと、あまり感心しませんね」


「何の話だ?」


 と、ここで横合いから「僕も同感だな」と割って入る声があった。振り返ってみれば、そこにはナラベルがいる。


「ナラベルさん。いつからここに?」


 イフが尋ねると、ナラベルの代わりにパウロが答えた。


「いえ、実はずっといました。お二人が来る前から」


 俺たちは声を合わせて、「え?」と発した。ナラベルが、さらに付け加える。


「早くついてしまってね。待たせてもらっていたんだけど、君たちが着くなり早々本題に入るから、会話に加わる隙がなかったんだよ。だから、部屋の隅でじっと体育座りしていたってわけさ」


「いや、わけさってあんた」


 至って爽やかに答えているものの、やっていること自体は根暗のそれに近い。しかし、彼自身特段気にした様子もなかったので、これ以上触れないことにした。


「それで? 何が感心しないんだ?」


 本題に戻すと早速、ナラベルがこう言った。


「彼、嘘をついているよ」


「カインのことか?」


「そう。あのマリーネという女海賊に嘘はないけどね」


「根拠はあるのか?」


「ない。強いて言うなら、僕が元詐欺師だから、じゃ駄目かな?」


「なるほど」


「悪いことは言わない。さっきの取引からは手を引いた方がいいよ。素直にマルメの居場所を教えて、もうこの件には一切かかわらない方がいい」


「断る」


「もう既に君は、十分すぎるくらいに危うい立場にいるんだよ。それはわかってるの?」


「そのつもりだ」


「なら、これ以上自分を危険に晒す真似は止した方がいいね。これは忠告だ」


「そりゃどうも。だが生憎、何を言われようと俺はマルメに会いに行く」


 そこまで言うと、ナラベルは眉を顰めて「君は相変わらず頑固だな」と呟いた。それから一つ溜め息を吐き、こう言った。


「君を御しきれないのは今に始まったことじゃないか。ならこうしよう、僕も行く」


「なぜそうなる」


 ナラベルは、「いいじゃないか。一度はコンビを組んだ仲だろ?」とウインクする。


「気持ち悪い奴だ」


「まぁ、そう言わないで」


「もう好きにしろ。ただし、マルメと会う時は二人にさせてもらう。いいな?」


「いやに拘るね。その心は?」


「過去の俺への、せめてもの手向けだ」


 そう告げると、彼は「了解」と短く答えた。するとここで、「あの、私もついて行っていいですか?」とイフが続いてくる。


「何なんだ、どいつもこいつも」


「今度、下野さんを送りだしたら、次はどんな形で戻ってくるかわかりませんから」


「……わかったよ」


「ありがとうございます」


 イフがお礼を告げる傍ら、ナラベルがこう言った。


「僕の時とは、随分と対応が違うんだね?」


           *


 かくして俺たちは馬車に乗り込み、数時間にも及ぶ旅程を進んでいった。朝早く出たのにも拘らず、目的の町に着くには夕方に差しかかる手前くらいの時間になっていた。


 海賊の連中が追跡してきていることは容易に予想されるため、街について早々、俺たちは二手に分かれた。本命が俺だとしても、決してイフたちを無視はできないはずだ。問題は、どちらがついて来ているか。それに尽きる。


 追跡対策で十分に迂遠して歩き、頃合いを見計らって目的地へと向かう。そこは木造建築の、古ぼけた家というよりかは、小屋と呼ぶ方が適切な場所だ。建付けが悪いのを無理矢理直した結果、却って開きがよ過ぎになったドアを開くと、案の定彼はいた。


「下野くん……」


 驚いたように目を見開いた彼は、まず初めに「無事だったんだね」と喜んだ。そして次に、「心配していたんだから」と泣き出しそうになり、「無事だったなら早く連絡してよ!」と怒り出す。目まぐるしいほどの感情の変わりようだ。


 しかし、最終的には落ち着いた様子で「おかえり」とだけ言ってきた。


「ただいま」


「でも、僕がここにいるってよくわかったね?」


「それを期待して、ここで待っていたんじゃないのか?」


 そう指摘すると、彼は「それはそうなんだけどさ」と照れ臭そうに笑った。


「それに、約束していたからな」


「約束?」


「ああ。もし記憶が戻ったとしてもそのままどこにもいかないで、一度帰って来て欲しい。そう言ってきたのはあんただろ?」


「それじゃあ、記憶が戻ったんだ」


「ああ、その通りだ」


「……そっか」


 マルメは悲しそうに眉を下げる。


「マルメ、聞きたいことがある」


 そう言うと、彼は「うん。わかってる」と言った。それから懐から巾着袋を取り出す。紐を解き、取り出された中身は俺も見覚えのあるものだった。


 丸い球体で、青い微弱な光が微かに明滅している。色こそ違えど、それは確かに竜の秘宝だった。


「じゃあ、やっぱりそうなんだな」


 認めたくはないが、彼がこうして察したように取り出して見せるということは、カインの言っていたことは事実なのだろう。ただ唯一、彼の言っていたことが間違っていたとなれば、それはマルメが自身の記憶を改竄していないことだ。


 マルメは小さく頷く。


「すっかりと騙された。大した役者だよ、全く」


「ごめん……。でも、聞いて欲しいんだ」


 と、その時、外から足音が聞こえてきた。真っ直ぐとこちらに向かって来るような足取りだ。


 俺はマルメの持つ竜の秘宝をひったくり、「身を隠せ」と告げる。


「え、そんな急に。いったいどこへ?」


「取り急ぎ、そのベッドの下にでも隠れてろ」


 彼はその言葉に素直に従ってくれた。間もなくして足音は止む。ちょうど扉の前だ。俺は息を呑んで、身構えた。


 ドアが開かれるとその奥にいたのは、果たしてカインだった。真っ暗な室内、外の光を背負って現れた彼は、貼り付けたような不気味な笑顔を浮かべている。


「ここだったのか」


 何とかしてまいたつもりだったが、まき切れていなかったらしい。


「話が違うようだが?」


「何、そろそろ話が終わった頃合いかと思ってね」


「出迎えご苦労。だが生憎、マルメは留守だ」


 そう言うと、彼は「へぇ」と言って俺越しに部屋の中を見渡した。一瞬、ベッドに目を止めてそこを凝視していたようだったが、特に言及する様子もなく、「どうやらそのようだね」と言う。それから俺の手にある竜の秘宝に目を止めると、「そちらこそ、ご苦労さん」と手を差し出してきた。渡せということらしい。


 しかし、俺がいつまでも渡さないままでいると、彼は「どうしたの?」と問いかけてくる。


「渡す約束だったよね?」


「先に反故にした来たのはそっちだろ」


「勘違いしないでよ。別に条件の中に、後をつけないというのはなかったはずだよ」


「なら、こうしよう。こいつを受け取ったら、そのままここから立ち去れ」


「どうしてかな?」


「俺とマルメを二人きりにする。そういう話だろ。俺はまだ彼と話せていない」


 そこまで言うと、彼は数度頷き、「確かにね」と言った。


「いいよ、それで」


 承諾を得た俺は、玉を投げ寄こした。彼は難なくキャッチする。それから流れるような動作で懐からピストルを取り出した。フリントロックピストルと呼ばれる、単発式の銃だ。その銃口を俺へと向けて、不敵に笑う。


「何の真似だ?」


「この玉さえあれば、そんな取引なんて無意味だってことに気づいてる?」


「だろうな」


 その通りだった。いくら条件を付け加えたとしても、玉の力によって忘れてしまったら、いくらでも反故にされる。そもそもこちらは、反故にされたことにすら気づかない。つまり、竜の秘宝を彼に渡した時点で、全ての取引は無効になったも同然と言うことだ。


 俺たちはしばらく、ピストルを間に睨み合った。いつ銃火が閃いてもおかしくはない状況の中で、俺はただ彼の真意を探る。


 ほどなくして彼は、「なんてね」と言って銃口を持ち上げた。「ちょっとした冗談だよ。そんなに怖い顔しないでよ」と続ける。言葉こそ軽々しく発してはいるものの、雰囲気からは緊張感が拭いきれていなかった。


「それじゃあね」


 と、一言いい残してカインはその場を去った。俺は彼の背中が見えなくなるまで見送り、それから家の中へと戻る。ちょうどベッドの下から、不安そうな顔をしたマルメが這い出して来るところだった。


 彼は言う。


「何がどうなってるの?」


「詳しくは後で話す。とりあえず今は身を隠した方がいい」


 そう言うと、本気か冗談か、彼は「またベッドの下?」と言ってきた。


 俺はこう返した。


「いいや、もっと遠くがいい。遠くで、できれば安全な場所だ」


全開から間が開いてしまいすいません。次回もおそらく遅くなります。

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