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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第三部
49/209

8-5

 ともあれ、俺は多くの仲間を引き連れ、無事に牢屋を出ることが叶った。狭い通路の中では経験や技などは無用の長物だ。例えどんなに統率の取れた兵士たちがいたとしても関係ない。物量で押し通すことができる。


 こうして囚人どもを城外へと解放することに成功すると、後は彼らの思い思いにさせることにした。中には鬱憤が溜まっているものもいるはずで、そのものが騒ぎを起こしてくれれば、それに乗じて逃げやすくなる。


 俺は離れにある小さな小屋へと飛び乗る。そこで今から起こりくるであろうパニックに対して、高みの見物と決め込むことにした。


 目論見通り、混乱は徐々に大きくなっていった。兵士の多くは囚人たちの手に掛かり、中には使用人にまで手を出すものもいる。決して眺めのいいものではなかったが、そんなことは関係ない。俺は俺の目的を果たすまでだ。


 と、その時だった。俺の側に近づく影があった。そいつは瞳に熾烈な炎を宿しているが、努めて冷静な態度を保っている。


「随分とお早い登場だな。王様」


「やってくれましたね、下野さん」


「お褒めに預かり光栄だな」


 パウロは実につまらなさそうに、「ここは王様らしく、褒めて遣わす、とでも言うべきでしょうか」と言った。


 あまり同じジョークを引っ張り続けるのはナンセンスだが、ここはあえて言っておく。


「勿体なきお言葉」


「いったい、何をしようと言うのですか?」


「そう怖い顔するなよ。知らない仲じゃないんだろ?」


「いいえ、知りません。今のあなたのことは」


 俺は「そうかい」と言い返して、小屋の上から飛び降りた。必然的に、パウロの目の前に降り立つことになる。


「イフを送り込んできたの、あんただろ」


 そう問いかけると、彼はあっさりと頷いた。


「ええ。今のあなたは何をしでかすかわからなかったのでね。早めに記憶を取り戻しといたほうがいいと思ったんです。そのためにはイフさんが一番適任です」


「でも、手遅れだったな」


「そうですね。こうなるんでしたら、立場や外聞は度外視するべきでした」


「難儀なものだな。王様というのは」


「全くですよ。決してお勧めできない職業です」


「でも、存外あんたは気に入ってるんじゃないのか?」


「どうして、そう思うんです?」


 俺は一旦辺りを見渡して、それからこう告げる。


「この国の規模に対して、囚人の数が多すぎるんじゃないか?」


「それは、中には他国のものもいますからね。例え異国のものでも、この国で罪を犯せば等しく捕まえます」


「やはり前者だな」


「何の話ですか?」


「いや、こっちの話だ」


 もう十分なくらい騒ぎは起こっている。これ以上の無駄話を重ねる必要はないと判断し、俺は彼から一歩一歩と距離をとり始めた。


「あんたの言葉をそのまま返すよ。いったい、何をしようと言うんだ?」


 そう告げると、パウロの顔色が明らかに変わった。それは今までの彼のイメージを損ねかねない表情だ。どんな時にも傍らには宿していた冷静さは鳴りを潜め、人間の本来の剥き出しの感情がそこにはあった。


「あなたのことは見逃してあげようかと思いましたが、気が変わりました」


 そう言って、構えをとり始める。


「へぇ、暴力に訴えようってか」


「私もあなたも、減らず口が過ぎるのでね。この方が手っ取り早いでしょう」


「言い得て妙だな。だが、王様ってのは常に守られているものなんじゃないのか?」


「ご心配には及びません。王として、最低限自分の身を守るくらいの術は身に着けていますよ」


「それはそれは。図星をつかれた今、まさに使いどころってわけだ」


 それ以上、言葉は重ねられなかった。彼は真っすぐと走り出し、拳を振るって来る。いきなりのことで些か不意を衝かれたが、それでも何とか体を逸らして避けた。


 しかし、彼の猛攻はそれだけには留まらず、拳を振るう勢いをそのまま利用し、体を半回転させる。と同時に、足払いを仕掛けてきた。


 何とかその動作を読み切り、バク転で躱す。体を仰け反らすようにしたのが幸いした。それからバックステップで後退し、彼との間合いを開ける。


「やるね」


 そう声を掛けるも、パウロからの返答はなかった。隙を見せれば今すぐにでも飛び掛かってきそうな気配がある。


 おそらくこのままでは、逃げ切ることは困難だろう。ならばここはいっそのこと、こちらから彼に打って出ることを視野に入れなくてはならない。暴力はあまり趣味ではないが、それも時と場合によるだろう。


 今度は俺から駆け出し、一気に間合いを詰める。スライディングの要領で姿勢を低くし、彼の懐まで飛び込むと、胸の辺りをめがけて蹴り上げた。しかしそれは、交差した両腕であえなく防がれる。


 だが俺は、体を反転させて続けざまに蹴りを放った。同じ所へ攻撃を加える。手ごたえはあまり感じられない。元より、俺はそこまで力に長けた攻撃ができないが、それを幾度と繰り返せばどうだろうか。


 身軽さには自信があるため、俺は何度も姿勢を変えて蹴りを放った。同じところに何度も叩きこむとやがてそのガードが解かれ、俺はそのがら空きとなった胸に一発見舞った。


 しかし、それは見込み違いだった。彼は、俺の攻撃によりガードを砕かれたのではなく、自ら解いたのだ。そして、俺の振るった足をその両手でつかむと、そのまま飛び上がり下半身で足全体を拘束し始める。しかもそこに回転を加えて、俺を体ごと半回転させるという離れ業まで見せた。


「もしこのまま牢屋に戻るというのなら、健常な体を保証しましょう」


 パウロは俺の上を座り、完全に片足を拘束した状態でそう言った。徐々に捻りを咥えられていっている俺の足の骨からは悲鳴が上がり、このままでは折れてしまうことは必定だった。


「何が最低限自分の身を守るくらいの術だよ」


 そうぼやいてみるも返答はない。このまま降参するのも癪なので、俺はあくまでも抗うことにした。体を逸らし、その両腕を目いっぱい伸ばして、彼の首を掴んだ。そのまま力を抜いていくと、首が絞まっていくという寸法だ。


 死に物狂いの策だったが功を奏したようで、パウロは足の拘束を解き、そのままつられるようにして倒れ込んできた。一度、彼と頭がぶつかりあい、勢いを殺すことなく俺を飛び越えて目の前に倒れる。俺たちは、お互いに向き合いようにしてうつ伏せになる形となった。


 俺たちは急いで体勢を立て直し、相手よりも先に掴みかかろうとした。しかし、タイミングがぴったりとあい、必然的に組み合うこととなる。


 完全に力が拮抗した最中で、彼は言ってきた。


「あなたはいったい何者なんですか」


「だから忘れてると言っているだろ」


「違います。今のあなたのことじゃない。記憶を失う前の、下野物好のことです」


「そんなこと、俺が知るか」


 何故どいつもこいつも過去の俺に拘る。聞くところによれば下着泥棒だったというじゃないか。なんだってそんな男を特別視する。


 初めこそ俺も記憶を取り戻そうとしたが、今となってはどうでもいい。女ものの下着にうつつを抜かしていた男の記憶など、こっちから願い下げだ。


 俺は両腕を振りあげ、組んでいた手を解いた。続いて大きく足を振り回し、そのまま宙返りで大きく距離をとる。相手が再び構えをとる隙を与えず、彼に向かって走り出した。


 飛び上がり、頭上から攻める。すると予想通り彼は、下方からの蹴りを放ってくる。俺は両足を揃えて、その足へと向かって蹴りを見舞う。より正確に言うのなら、着地すると言った方が正しい。


 足に着地した俺は、そのまま屈伸運動でさらに跳躍する。反動を利用して、さらに高く跳びあがることに成功した。宙を舞い、やがて俺は敷地を囲む城壁へと落ち着く。


 眼下には睨むように見据えてくるパウロの姿がある。背にある月が大きく俺の影を伸ばし、彼の足元まで届いていた。


「あんたこそ、わかるんじゃないか?」


 そう声を掛けると、彼は答えた。


「何の話ですか」


「さっきの質問だ。おそらく俺のことを、昔の俺のことを一番理解していたのはあんただ。あんたの娘でもなく、もちろんイフでもない」


「なぜ、そう感じるのです?」


「根拠はない。だけどあの奇妙なお茶会の時、あんたはまるで動揺していなかった。まるで俺のことなどお見通しとでも言うかのようにな。しかし、俺が立て続けに起こした騒動に焦りを募らせた。違うか?」


「下野さん、今あなたは結構気持ち悪いこと言っていますよ。ご自覚はありますか?」


「そんなあんたにこの言葉を贈ろう。この世の現存する人間は往々にして気持ちが悪いもの、だってな」


「婉曲な言い回しをしようとして結局諦めていますね。誰か偉人の言葉ですか?」


「いや、俺の一節だ」


「へぇ、下野さんが本を出版されているとは存じませんでした。今度、読ませていただいてもいいですか?」


「生憎だが俺の人生の一節なんだ。門外不出のな」


 そう言い残して、俺は飛び降りる。城内とは裏腹に、静まり返った道を俺はひた走った。


 道すがら、門外不出とは秘蔵することなどの他に、門からでは決して外に出ようとしない泥棒のことも指すんじゃないかと考えた。


もちろん、つまらない冗談だ。


          *


 私たちが駆けつけてきた頃には、既に下野さんが起こした騒動は収束を見せていました。パウロ様が先導し、囚人たちを確保。瞬く間に、元の牢屋へと連れて行っている様子です。


 指示を飛ばしていたパウロ様が、私たちの存在に気が付くと、その役目を他の方に託してからこちらに向かってきました。普段の何事にも動じないような態度とは打って変わり、額に汗を流しながら立ち働く彼の姿は新鮮です。


「イフさん、ナラベルさん。お越しいただきありがとうございます。実は、その、下野さんがですね」


 と、実に言いづらそうにしていたので、その言葉を遮って私は、「おおよそのことは聞いています」と言いました。すると、彼は顔をやや悲しそうに歪めて、「そうですか」と答えます。


「ここでは何ですから、場所を移しましょうか」


 その言葉と共に歩き出したパウロ様の後をついて行きました。


 連れられてきたのは、いつしか記憶をなくした下野さんのためにお茶会を開いた部屋です。そこには既に、あの日と同じ場所に座るアウロラ様とリリシアさんの姿がありました。しかし、その時とは違う、重苦しい雰囲気が部屋には充満しています。


 私たちが席に着き、パウロ様も席に着きましたが、誰からも切り出すことはなく、しばらく沈黙が流れます。やがて、アウロラ様が一言、呟きました。


「嘘、ですよね」


 それは私も同じ気持ちでした。こんな趣味の悪い冗談を言うような人ではありませんが、もしかしたら否定してくれるかもと言う思いで、パウロ様に視線を向けます。彼は、さも残念そうに首を振るだけでした。


「下野さんって、そういう方ではなかったですよね」


 アウロラ様がなおもそう続けます。対して、リリシアさんがこう続けました。


「あいつは、元からこんな奴でしたよ。どこまでも最低な奴です。期待した私たちが悪いんです。期待した私たちが」


 それきり、彼女の言葉は続きませんでした。顔こそ俯かせて表情は窺えないものの、声は震えているのがわかります。


 その雰囲気を切り替えるかのように、パウロ様は一つ手を叩きました。「起こってしまったことは仕方ありません」と切り出します。


「それよりも今は、今後どうするかの方が先決です」


「どうなさるおつもりなんですか?」


 私が尋ねると、彼はこう答えます。


「そうですね。ここまで大きな問題を起こされると、さすがにお咎めなしというわけにはいきません」


「そう、ですよね」


 わかりきっていたことではありますが、こうも真っ直ぐ告げられるとさすがに心にくるものがあります。


 続きの言葉を待ちます。


「このままでは、国に仇成すものとして指名手配をすることになるでしょう。しばらくは国を挙げて、探すこととなります」


「捕まればどうなりますか?」


「より厳重な牢獄へと収監することになります。あるいは」


「あるいは?」


「処刑、ということもあり得るでしょう」


 処刑。誰もが息を呑み、その言葉の重みを噛み締めました。


「どうしても、駄目なんですか?」


 ナラベルさんが、懇願するかのようにそう尋ねます。言葉が足りないと思ったのでしょう、さらに続けました。


「だから、その、彼が処刑されないで済む方法はないんですか?」


「彼自身が反省し、更生の道を歩むと確約してくれるなら、その限りではありません」


「それを、今の彼にということですか?」


 彼の言いたいことはわかります。今の下野さんは、下野さんであって下野さんではありません。言うなれば彼は、下野さんの体を借りた別の人格。外面こそ似ていますが中身は全くの別人です。そんな彼に対して説得し、それを聞き入れてもらえるだけのことができるなどとはとても思えませんでした。


「さすがにこればかりは。私の一存でどうこうできる範疇を超えています」


 実に申し訳なさそうに眉を下げるパウロ様の表情が、より一層私たちを苦しめます。ですがおそらく、彼自身の方が苦しいのでしょう。下野さんに冷酷な判断を下す立場におり、それを私たちに告げなくてはいけない。そんな役目を一手に担っているからです。


「あの」


 私は、そんな中おずおずと手を挙げました。一気に注目を浴び、知った仲でありながらもこの状況下では緊張が走ります。しかし、臆さずに私は告げなければなりません。


「その、もしも下野さんに罪を償うように説得できたらどうなるでしょうか」


「つまり、彼が素直に言うことを聞いてくれるようになれば、ってことですよね。それならば私としても国のものを説得できるだけの材料を作れます。しかし、どうやって?」


「記憶を取り戻させます」


「海賊の方々に協力するのですか?」


「いえ、先日、下野さんの記憶が戻りかけた瞬間があるんです」


「そう、何ですか?」


「はい。なので、もしかしたら可能性はあるかもしれません」


 そう言い切ると、パウロ様はしばし黙考します。それから顔を上げるとこう言いました。


「わかりました。幾日かの猶予を与えます。しかし、そう長くはありません。せいぜい三日くらいだと考えてください」


「ということは」


「認めます。下野さんを、何とか更生させられるよう説得してみてください」


 私は強く頷き返します。例えこれがどんなに無謀なことだったとしても、下野さんを助ける方法はもはやこれしか残されておりません。


「お任せください。元より、私はそのためにこの世界に来たのですから」


このエピソードは、もう一話続きます。

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