8-3
下野さんはそれから、混乱している隙に兵士の方々に連れて行かれました。抵抗することなく連行されていく彼に思わず声を掛けてしまいましたが、聞こえなかったのかそれとも意図的にか、反応を示すことはありませんでした。
それ以来、彼とは接触が持てなくなりました。脱獄を図ったことがきっかけとなり、通常の収容所とはまた違う、あまり立ち入りの許可されない独房へと投獄されることとなってしまったからです。
ある意味では、下野さんの言う通りです。彼と会話することはままならず、私は結局、自分が何を言いたかったのかわからないままとなってしまいました。
「申し訳ありません」
数日後、改めてパウロ様にお会いした私は、会って早々に謝罪されました。恐れ多い気持ちになった私は、慌てて否定します。
「いえ、決してパウロ様のせいでは」
「そんなことありません。私の至らぬせいです。こうなることも予想できたはずなのですが」
「そう言うことでしたら、安易に今の下野さんを信じた私のせいでもあります」
パウロ様は、返答の代わりに悲しそうに眉を下げるだけでした。
「今の下野さんと面会はできませんか?」
そう問いかけると、彼は「そうですね」と答えました。
「あまり気軽にあってほしくはありませんね。そのために厳重な収容所があるので」
「そうですよね……」
「ですが、よっぽどの理由があれば許可できます」
「よっぽどの理由ですか」
そんなことを言われてもすぐには思いつきません。
と、その時です。外が騒然としだしました。私たちは一旦、視線を交わし合い、何事かと思って窓へと駆け寄ります。
城の外からだと街の様子がよく窺え、町民の方々の姿もしっかりと見えました。その誰も彼もが皆、一点へと視線を向けているのがわかります。その正体は、私たちにもすぐにわかりました。
中空に浮かぶ大きな船。髑髏のマークの幌をはためかせており、海賊船であることを大いに主張しております。
その船が徐々に降下して、錨まで降ろします。人々が不安そうな表情を浮かべて、一連の様子を眺めていました。
パウロ様の方へと目を向けてみれば、珍しく険しい顔つきをしています。視線に気づいたが彼が、こう言いました。
「次から次へとやっかいなことが起こりますね」
言い方こそ軽いものでありましたが、表情には僅かばかりの硬さ残っています。かくいう私も、これから起こらんとすることを想像すると、不安になるばかりです。
*
空飛ぶ船の話は聞いたことがあります。それはまだ私が神の使いとして勤める前のお話です。
大昔、七人の神様がおり、各々が各々の世界を創造・管理をしておりました。しかしある時、既に造られた世界を管理していくだけの仕事に飽きた神様は、七つの世界を一つにまとめて、交代で管理をしていくことをしたのです。
こうして七つの世界を統合していったのですが、そのうちの一人の神様の作った世界の種族が、他の神様の作りだした世界の種族とまぐわい、繁殖しだしたのです。それを侵略行為とみなした残る六人の神様は、責任をとらせる形で、その種族を生み出した神様の追放を決定したのです。
だけれど追放される側からしてみれば、いくら自分が生み出したとはいえその後は干渉せずに自由に繁栄させていたので、あくまでも責任はないと主張しました。確かに生みの親としては無責任ですが、自由意思の尊重という観点からみればその主張は正しかったと言えます。
ですがその意見もあっさり棄却され、ついにその神様は追放されることとなりました。そうして神様の座を奪われ、下界へと追い落とされた元神様は、怒りを燃やし、復讐することを誓ったのです。
神の座は既に剥奪されておりましたので、他の神様へと接触はできません。ですので、追放された先の世界を征服し、神様をおびき出すことにしたのです。その大戦はひどく長く続いたのですが、それはともあれその渦中に作られたのが、あの空飛ぶ船です。
空飛ぶ船を作るよりも、飛空艇とかもっと実直なものを生み出した方がいいとも思われますが、これはひとえに人智を超えた力を見せつけることが目的だったそうです。そうして物理法則を無視したかのようなものを生み出せば、人を武力なくして効率よく屈服させられると考えた、と伝えられております。
それ以外にも、数々の遺物を生み出したそうで、この世界にはそういったものが多く眠っているらしいです。
しかし因縁とでも言いましょうか。元々、復讐の一環として造られた船が、海賊船へと改造され、再び悪事へと利用されるとは。造られた船もさぞ浮かばれないことでしょう。宙には浮いていますが。
……なんちゃって。
*
海賊船の上陸から数時間も経たないうちに、パウロ様も元に一報が届きます。折り目正しく現れた兵士の方が、こう告げてきます。
「お伝えします。レギレス海賊団と名乗る一味が、面会を求めています」
パウロ様は一旦、こちらへと視線を向けてきます。その目は、「レギレス海賊団という名前に聞き覚えは?」と如実に尋ねておりました。私は首を振り、知らない旨を示しました。
「用件は?」
パウロ様が、伝令に来た兵士の方へと向き直り、そう尋ねます。問われた彼は、はきはきとした口調で答えました。
「はっ! 何でも、マルメという男の仲間がここに囚われている情報を聞き、尋ねてきたそうです」
マルメ。その名前には聞き覚えがあります。下野さんが記憶喪失になって早々、お世話になった方だそうで、現在は行方不明となっているとのことでした。
「わかりました。お通ししてください」
パウロ様がそう返答します。兵士の方が思わず、「よいのですか」と言いました。その気持ちは私も同じです。
私たちの心配とは裏腹に、パウロ様は事もなげにこう答えました。
「構いません。ここで追い返したしても国に留まるかもしれませんから、むしろ会ってどんな人物か見極めておく方がいいでしょう」
その理由に納得した兵士の方は、「すぐさま」と返事をして、去って行きました。再び二人っきりになったところで、パウロ様はこう告げてきます。
「もしよければイフさんもご一緒しますか?」
「え、いいのですか?」
「構いません。気になるでしょう、他でもない下野さんのことですから」
「えと、それは……」
答えに窮していると、彼は笑みを浮かべてこう言います。
「悪いようにはしません」
「いえ、私のことは気にしなくてもいいのですが」
「わかっています。下野さんの話です」
*
間もなくして謁見の間へと通されたのは、二人組の男女でした。海賊装束に身を包んだ彼らは、それぞれマリーネとカインと名乗り、慇懃ながらも自己紹介します。私たちも、それに倣い自己紹介をしました。
早速、本題へと移ります。
「して、本日はどういったご用件で?」
マリーネと名乗った女性の方が率先して話します。
「聞いてないかい? あたしたちの用件」
「もちろん、聞き及んでいます。しかし勘違いなどのないよう、改めて詳細を聞いておきたいのです」
パウロ様のその態度にむしろ好感を持ったご様子の二人は、一度頷き合うと、こう話し出しました。
「あたしたちはマルメという男を追っていて、これまでにも二度見つけたんだが、どちらの機会にも逃げられてしまった。その時に一緒にいた男の行方を追ってここまで来たんだ」
「その男性の方の名前はご存知ですか?」
「知らないな。興味もない」
「なるほど。それでどうしてここまで訪ねて来られたのでしょう。私たちに何ができますか?」
「男の所在について聞き込みを続けたら、ここに辿り着いた。何でも、既に捕まっているらしいな」
そう言って彼女は懐から紙を一枚取り出しました。私はそれを受け取りに行き、パウロ様のもとまで持っていきます。開いてみますと、そこには確かに下野さんの顔が描かれておりました。
「見覚えはあるか?」
しばらく似顔絵を眺め続けていた私たち二人をどう思ったのか、彼女はさらに「もしかしたらあんたじゃわからないかもしれないから、担当の奴に聞いてくれ。そういうのいるだろ?」と付け加えました。
パウロ様が答えます。
「いえ、それには及びません。存じ上げている方です」
「なら話が早いな。そいつをこちらに渡してほしい」
「渡すのですか」
「ああ、その通りだ」
「どうして、と聞いてもいいですか?」
マリーネさんは、少し眉をしかめて睨むようにしました。やがてこう言います。
「マルメの居場所を聞き出す。どんな手を使ってでもな」
「わからない、という可能性はありませんか?」
「どういう意味だ?」
「つまり、お互いに居場所がわからない。はぐれてしまっている状態、という可能性です」
パウロ様のその言葉を、彼女は鼻で一笑に付します。
「迷子ってことか。まぁ、そういうこともあるかもな。だったらその時は、囮にしておびき出すまでだ」
「聞くところによると随分とあなたたちを出し抜いているようですが、それでまんまとおびき出される方なのですか? マルメという方は」
マリーネさんは、明らかに不機嫌そうな顔を浮かべました。何やら言い返そうというそぶりを見せましたが、その前にカインと名乗った方が止めに入り、彼が後を引き受けます。
「確かに、結果がどうなるかまではわからないね。だが使い道がないわけでもないし、どの道俺たちに他の術はないから、素直に引き渡してくれないかな」
「いくら罪人とはいえ、海賊に引き渡すのは少々躊躇われますね」
「なんでかな。君には関係のないことだろうに」
「そんなこともありませんよ。罪人の受け渡しとなると、裏になんらかの取引があったと邪推する人がいます。それがましてや海賊相手となると、私の立場上かなり危うい行為ですね」
「公的な手続きがあるなら応じる用意はあるけど?」
「申し訳ありませんが、私どもの国では罪人を受け渡しは国同士の交渉でのみとなっているんです。もし可能なら、ご自分の国に掛け合ってみてはいかがでしょうか」
すると、カインさんは如何にも悔しそうに歯噛みしました。おそらく国との繋がりが絶たれているものと思われます。往々にして、海賊はそういった方ばかりです。
二人はしばらく相談を交わすことにしたそうで、小声で何やら言い合っています。マリーネさんからは「もうくだくだしいやり取りはいいだろ」だとか「いっそのこと急襲して」などといった物騒な言葉が聞こえてきます。
対するカインさんは、あくまでも交渉を続ける旨を示し、武力に訴えるつもりはなさそうでした。間もなくすると意見が纏まった、という半ば諫める形で結論を出したカインさんが、代表してその意思を告げます。
「罪人に面会を希望する。それならできるかな?」
「なるほど、それならば。と言いたいところですが、ちょうど先日問題を起こしましてね。そう簡単には会えないところにいるんです」
「どうしても会えない?」
「よっぽどの理由があれば別ですが」
「よっぽどの理由」
カインさんはそうオウム返しをし、それから考え込むように顎に手を添えました。そんな彼に変わるようにして、マリーネさんがこう切り出します。
「マルメはこれから罪も犯すだろう。あたしたちがそれを未然に防ぐ。そのための面会だ」
「海賊の、あなたたちがですか?」
さすがのパウロ様も困惑の色を浮かべる中、カインさんがこう答えます。
「君はやたら海賊であることを気にするけど、俺らはまだ、この国に来てから何もしていないじゃないか。海賊であるという証拠がどこにあるのかな?」
「え、ご自分たちで名乗られたじゃないですか」
思わず、私が口を挟んでしまいました。すると、彼はこう答えます。
「単なる自称だよ」
「そ、そこまで言いますか」
果たして海賊としてのプライドとか、そういったものはないのでしょうか。
「マルメという方は、いくら犯罪者といっても泥棒ですよね? 確かに看過できないことではありますが、そこまで大事にするようなことでもないように思います。どうしてそこまで執着するんですか?」
私と交代するようにしてパウロ様が問いかけました。するとマリーネさんがたちまち、険しい顔つきを浮かべます。
「あいつが泥棒? ある意味ではそうかもな。そうだ、あいつは奪ったんだ。あたしたちの全部を」
「全部を? それはどういう意味で?」
さらに続けようとしたマリーネさんを、カインさんが制します。あまりしゃべり過ぎないようにということでしょう。しかし、そんな彼の抵抗も虚しく、マリーネさんは話し出しました。
「あいつは、マルメはレギレス海賊団の仲間を皆殺しにしたんだ。あたしたち二人を除いてな」
その言葉が重く響きました。彼女たちの震える声、握られた拳、そして脳裏に焼き付いた光景を見つめる瞳。その全てが、深い憎しみを強く訴えかけてきます。
ですが、パウロ様は努めて冷静にこう言いました。
「つまりあなた方は、彼に復讐をしようとしてるんですか?」
マリーネさんは、「そうだ」と即答します。その横で、カインさんが「言ってしまった」と言わんばかりに手をこめかみに添える仕草をしました。
パウロ様が、その隙を逃さず切り出します。
「それでは先ほどの、犯罪を未然に防ぐという言葉と矛盾するような気がしますが」
しかし、マリーネさんは何一つ臆することなくこう告げました。
「矛盾するもんか。結果的に、未然に防げる。それでいいじゃないか」
「それは表面的に、という話でしょう。一方で、私からしてみればあなたたちの復讐の片棒を担がされることになってしまいます」
「なら、聞かなかったことにすればいいだろ」
何という方々でしょう。厚顔無恥とでも言いましょうか。それともなりふり構わず、とでも言いましょうか。本当に、自分の都合のいいように物事を進めようとしてきます。
カインさんが勢いづいたのか、それとも押し切ってしまおうと考えたのか、立て続けにこう言います。
「海賊とは名ばかりで、俺らはフリーの治安部隊。それならどうかな?」
「どうだ、と言われましてもね」
「別に俺らが海賊であるという物証まであるわけじゃない。違うかな?」
「では、例の空飛ぶ船は?」
「別にどんな船に乗っていたっていいじゃないか。何か問題があるかな?」
「国民の不安を煽ってしまいますね。あとは日当たりが悪くなる、とかですか」
「わかった。それならすぐにどかすよ」
「それにその服装は?」
「これは単なる私服だよ。それこそ、どんな服着てたって構わないはずじゃないか」
「……ご尤も」
それからパウロ様は私を一瞥し、一つ溜め息を吐いてこう言いました。
「まぁ、仕方ありません。それで手を打ちましょうか」




