7-5
「作戦はこうだ」
下野くんは告げた。
「まず屋敷に侵入。それから二手に分かれる。金目のものを見つけた方が、その部屋で騒ぎを起こす。おそらく屋敷の中は騒然となり、警備のものはその部屋へと向かうだろう。そこで残されたもう一人が、警備のものについて行き場所を突き止める。騒ぎに便乗して、金目のものを掠めとる。何か質問は?」
僕は挙手をして尋ねる。
「騒ぎを起こした方はどうすればいいの?」
「十分に事を大きくなったことがわかれば、後は逃げればいい。とにかく逃げろ」
「多分、その部屋には警備が残されるんじゃないかな。どうやって盗み出すの?」
「そんなのはいくらでもどうとなる。気が張り詰めている状態なんだ。小さな物音でも確認に動くだろうし、最悪、さらに騒ぎを起こせばパニックにしやすい」
「えっと、例えば?」
「小火でも起こせ」
「なるほど」
「他には?」
そう尋ねられて、僕は満を持して問いかけた。
「まずどうやって侵入すればいいの?」
すると下野くんは、やや自信がなさそうにこう返してくる。
「それは……まぁ、どうとでもなるだろ」
「そんなにうまくいくかなぁ」
*
かくして、決行の日は訪れた。
まず俺たちは、遠目から今回潜入を行う屋敷の外観を窺った。その屋敷の主は、この街でも悪名高い貴族の家で、市民から巻き上げるようにして私腹を肥やしているらしい。そんな業突く張りな性格を体現するかのように、豪奢な屋敷だった。
まず、鉄製の柵がぐるりと敷地を囲っている。しかし、完全に閉じられているということはなく、隙間から見える庭はよく整備されており、まるで道行く人に見せびらかせているかのようだ。
警備兵は全くと言っていいほど見えない。単純に庭の穏やかな景観を損ねかねないからだろうか。だからといってまるで無警戒ということはなく、屋敷のあちこちに隙間が見える。そこからおそらく外の様子を窺っているのだろう。
肝心の建物の方は三階建ての西洋屋敷で、白を基調とした色合いがうららかな午後を想像させる。これが昼間ならば、太陽の照り返しを受け、さぞ周囲が明るく見えることだろう。
「様子はどう?」
マルメが心配そうに尋ねてくる。
「外に警備はいない」
「そんなことあるの?」
「おそらく屋敷の中から見ているんだろうな。つまり、何かあった時はその対処に僅かなラグができるということだ」
「えと、つまり?」
「一気に行けば、侵入はできる」
「でも、その後が大変なんじゃない?」
その通りだった。例えどこから屋敷に入り込んだとしても、入ったその先で多くの警備兵が肩を並べて待ち構えていることだろう。
「やっぱりやめておいた方がいいんじゃあ……」
臆病風に吹かれたマルメが、そう言ってきた。しかし、俺の意思は固い。
「いや、決行だ。隙はある」
「どうしてそう断言できるの?」
「傲慢な奴ほど、隙を見せやすいというのが世の常だからだ」
わかったのかわからなかったのか、どっちともつかないような表情を浮かべたマルメに、「行くぞ」と声を掛けて、先へと進む。「あ、待ってよ」という声と共に追いかけてきた。
「ねぇ、結局どうするの? 作戦に変更はある?」
「ない」
「でも、屋敷の中で捕まっちゃうかもよ」
「案ずるな」
「でもさぁ……」
いつまでも弱腰のマルメにしびれを切らし、俺は足を止めて振り返った。彼の目をまっすぐ見つめて、こう言う。
「俺の記憶を取り戻す手伝いをしてくれるんじゃなかったのか?」
「確かにそうは言ったけど、これはちょっと違うんじゃない?」
「わからないじゃないか。俺はこうして日夜、盗みを働いていたのかもしれない」
とここで彼は、「うーん、それは確かにそんな気もするけどさぁ」と呟く。「でも」とさらに付け加えた。
「やっぱり僕には無理だよ」
「なぜ、そう思う」
「なぜって、そんなの明白だよ。僕は何をやってもダメな奴なんだ。だから、きっと向いてない」
「向いてる向いてないの問題じゃないだろ」
「じゃあ、どんな問題なの?」
「やりたいかどうかだ」
「いや、僕はあまり犯罪に手を染めたいとは思わないけど……」
「だが、俺の記憶を取り戻す手伝いはしたいんだろ?」
「う、うん」
「なら、意見は一致した」
そう締め括ると、終わりとばかりに俺は歩みを再開させる。マルメが「ちょ、ちょっと待ってって」と、必死に追いかけてくる気配があった。
「つまり下野くんはさ、盗みを働きたいんだよね。なら、何もここまで危険なことをしなくてもいいんじゃない? 万引きとかさ、その程度でもいいんじゃないの?」
「あんたは勘違いしているな。それも根本的に、だ」
「え、そうなの? 万引きと、窃盗じゃ結構違うもの?」
「違う。言っただろ、根本的にって」
「えと、つまり?」
「俺も記憶を取り戻したいんだ」
*
柵をよじ登り、屋敷内に侵入する。マルメは不慣れなためか手こずり、大分時間を要した。
半ば落ちるようにした着地したマルメは、起き上がりながら体に着いた砂を払うと、「み、見つかってないかな」と言った。
「見つかっているだろうな。元より、柵をよじ登った段階で見られているはずだ」
そのためにあんな隙間だらけの柵を選んでいるはずだ。見つからない方がおかしい。
「え、まずいよ。逃げようよ」
「無論そのつもりだが、まだだ」
そう告げると、マルメが「どうしてだよぉ」と情けない声を出す。必死に俺の腕を引こうとするが、びくともしないので傍から見れば縋りついているように見えただろう。
「あ、そうだ。今からでも遅くないよ。謝ろう」
「何をだ?」
「忍び込んだことをだよ。ちょっとした出来心だったんだって言えば、きっと許してくれるって」
「そんな寛大な相手だったら、初めから狙わない」
「えと、どういう意味?」
彼がそう言い終わるか終わらないかの内に、彼の腕を引きしゃがみ込む。「どうしたの?」と聞いてくるのを、静かにするよう窘めて、草むらに身を潜めながら耳を潜ませた。
控えめにであるが、足音が聞こえて来る。相手側からしても、既に警戒態勢に入っていることを侵入者に悟られたくはないのだろう。不意をついて、捕まえるつもりだろうか。
俺たちはそのまま身を低くして移動を開始した。敷地の外周に配置されている草むらに、沿うようにして歩く。とりあえず、警備兵から距離を置かなくてはならない。
密やかな鬼ごっこを続けること数分。俺たちは屋敷のちょうど真裏のところに来て、そこで止まった。息を潜め、周囲の気配を窺う。
当初、俺たちが出現した場所から忽然といなくなっていることを知ったであろう警備兵たちも、依然として騒ぎ立てるような真似はせず、無音で俺たちを探している。纏まった足音が聞こえなくなったので、おそらく散らばっているのだろう。
それにしても全く姿を見せないで居続けるのは見事だった。よく訓練している証だ。
息を殺しながら好機を待ち続けていると、マルメが「もしかしてだけどさ」と小声で切り出した。
「警戒が解けるまで待ち続けるつもり?」
「それも手かもな」
勘弁してよぉ、と半ば悲鳴に近いような声を聞き流しながら、俺は徐々に近づいてくる足音に神経を集中させた。
二人分の足音だ。一定で進む足取りでないことから、真っ直ぐ向かってはおらず、辺りを見回しながら歩いているのがわかる。それ以外には、足音は聞こえてこない。好機だと思われた。
俺は目の前の草むらを揺らした。マルメが声をあげそうになるのを、すかさず口を押えて止める。どうやら音に気づいた兵士たちが、こちらに向かう気配があった。
距離、僅か数メートル。3、2、1。
ここで俺は、手近にあった石を拾い、別の場所の草むらへと投げ込んだ。兵士たちの気は、そちらへと逸れる。よそ見をしている警備兵のうちの一人に向かって、俺は掴みかかった。声をあげる間も与えず、草むらの中へと引き込む。
草むらへと引き倒した兵士の兜を取り、口の中に女性ものの下着を詰め込む。それを吐き出せないよう顔に下着を被せて、再び兜を被せた。
「おい、いったいどうしたんだ」
残るもう一人の兵士が、忽然といなくなった相方へと呼びかける。俺は両腕を後ろ手に縛り上げた兵士を引き起こし、彼の影に隠れるようにして、もう一人の兵士へと近づいていった。
「どこに行っていたんだよ」
警備兵がうなりを上げ始める前に、俺がアフレコをする。
「悪いな。少し転んだ」
「ったく、気を付けるよ? ところで、声どうしたんだ?」
「変か?」
「ああ。普段、もっと甲高い声で話すじゃないか」
そうなのか。
「それに、しきりに首も振っている」
「いや、転んだ拍子に兜が喉に食い込んでね。それでちょっと痛めたんだ。首を振っているのは、位置の調整だ」
「手を使えよ」
「もっともだな。だが、今両腕が使えないんだ」
「どうしてだ?」
「どうしてだと思う?」
ああん? と、どこか面倒くさそうな声を出した兵士は、徐々にこちらに近づいてきている。これ以上近づかれると、さすがに唸り声が聞こえるだろうと思ったところで、俺は盾のようにしていた兵士を突き飛ばし、もう一人の警備兵に受け止めさせる。
そのまま俺も駆け出し、二人にめがけてタックルをする。自然と、二人分の重量に下敷きにされた兵士は身動きが取れなくなった。
「お前! もしかして侵入者か!」
「ご名答。だが、気づくのが遅かったな」
そして俺は、その兵士のことも、相方の彼と同じ処置を施した。それから足も縛り、完全に身動きの取れないようにする。
「お見事」
事の成り行きを草むらで見守っていたマルメが、出てきた。俺たちは協力して、二人の兵士から鎧を奪い、パンツ一丁で下着を被っている彼らを草むらの中へと放り込んだ。
これにて、屋敷への侵入が可能となった。
*
僕は今、窮地に立たされていた。
屋敷に忍び込んだ僕は、入り込んで早々、「作戦通りに」と一言だけ告げた下野くんに置き去りにされた。何もそんな唐突に投げ出さなくてもいいじゃないかと気持ちもないではなかったが、それならば作戦の立案段階で異議を申し立てるべきで、いまさら言うのは筋違いだと思い、素直に従うことにした。
しかし、いざ金目のものを探そうにも手掛かりはない。仕方なく屋敷内をふらふらと歩いているうちに、どこかに向かいつつある兵士に捕まり、そのまま集会の場所まで連れられてしまった。
そこでは隊長と思しき人が、声を張り上げて激励というか半ば罵声に近いことを言っており、それに呼応するかのように兵士たちは雄叫びを上げる。僕とはまるで住む世界の違う人々の集会だった。
何とかやり過ごそうと思い、身を縮こまらせて沈黙を貫いていると、却ってそれが目立ったようで隊長と思しき人に声を掛けられた。
「おい! 何をしている! やる気を出さんか、やる気を!」
「は、はい。いえ、あの、やる気は、あるつもりです」
「あるつもりじゃない! やるんだ!」
そう言うと、周りの兵士たちが一斉に雄叫びを上げた。地獄のような光景だった。
「やる気があるなら態度で示せ!」
「頑張ります」
「もっと声を出せ!」
「が、頑張ります!」
「違う! 腹からだ!」
「頑張ります!」
もうやめて欲しい。こんなことは羞恥プレイに近く、とてもではないが耐えられない。早く解放してほしい。
「ったく、ぶったるんどる! お前、名前は!」
「え、な、名前ですか」
「そうだ! あるだろ、親からもらった大事な名前が!」
「あ、えっと、その……」
どうしたものかと迷った。ここで本名を名乗っては、きっとそんな奴はいないとなり、たちまち侵入者であることが露見してしまうだろう。しかし、沈黙を貫くにはさすがに注目が集まり過ぎている。
一番いいのは偽名を言うことなのだろうが、それも今この状況でいいのが思い浮かばない。結局、どっちつかずでもにょもにょとしていると、隊長さんはしびれを切らしたのか、「もういい」と言ってきた。
初めは時間の無駄だと思ってくれたのかと思ったが、どうやら違うようで彼はこう言う。
「兜を脱げ」
「え?」
「聞こえなかったか? 兜を脱ぐんだ」
「ど、どうしてですか?」
「俺が気合をいれてやる」
いったい何をされるというのだろう。それにここで素顔を晒すわけにもいかない。何とかしてこの窮地を脱しなくては思われたその時、突如として現れた新たな兵士がこう告げた。
「侵入者発見! ただちに急行せよ!」
男たちは一斉に沸き立ち、我先にと駆け出した。僕は押され、突き飛ばされ、もみくちゃにされ、気づけば床に引き倒されて足場として踏まれていった。そのまま耐えていると数秒間のうちに集会所はすっからかんで、僕だけが取り残されることとなった。
何にせよ、窮地は乗り切れたみたいだ。僕は一息つく。おそらく下野くんのおかげだろう。作戦通りに事が運び、今は逃げている最中なのかもしれない。
と、その時だった。「おい、何をしている」と声を掛けられる。見上げれば、鎧に身を包んだ男が僕を見下ろしている。勢いに追いついていけなかったことを怒られると思い、僕は慌てた。何かを言おうとして、結局しどろもどろな言葉しか出ない僕に、彼は言う。
「立て」
「はい!」
「お前のやるべきことは?」
「はい! 屋敷の警備です!」
「いい返事だな。だが、いったいいつからこの屋敷に就職していたんだ?」
「え?」
その言葉の真意を探り、僕は惑った。もしかして、変装して忍び込んでいることがバレてしまっているのだろうか。でも、いったいいつから。記憶を思い起こすと、思い至る節はなさそうでありながらも、もしかするとという疑念が晴れなかった。
「いや、その、何というかこれは……」
もういっそのこと謝ろうと思いかけたその時、目の前の彼は「あんたのやるべきことは、俺の見つけた部屋を探し出すことだ」と言った。
「え?」
顔を見上げると、彼は兜を脱ぐ。そこには見慣れた顔があった。
「下野くん!」
「もっとも、その必要はなくなったがな」
「でも、どうしてここに?」
「さっき急を知らせに来た兵士がいただろ。あれが俺だ」
「なるほど。でもそれじゃあ、目当ての部屋は?」
「見つけた。兵士たちが向かったところとは、真逆のところだ」
「誘導したんだね。さすがは下野くん」
「ああ、作戦通りだ」
彼があまりにも堂々と告げるので、僕は一瞬納得しかけたが、すんでのところで思い直した。
「そ、そうだったっけ?」
何はともあれ、僕たちは目的を果たしたのだった。
*
それからも僕たちの快進撃は止まらなかった。
二人で数々の屋敷から金品を盗み出し、盗品は多くは困窮している市民などに分配する。いわゆる義賊として、名を轟かせていった。
活動の拠点を一つに絞ると、捕まる可能性が高くなるという下野くんの提案から、僕たちは国を転々とすることにした。元より、僕は既にあの国に未練はなかったし、下野くんに至ってはあの国で生まれ育った保証はない。ならば、場所を移していった方が断然、記憶を取り戻しやすくなる。いいことづくめだ。
「乾杯!」
その国での仕事をあらかた終えた後、僕たちは居酒屋でグラスをぶつけ合った。そこは活気に溢れた飲み屋で、綺麗なお姉さんたちが給仕をしている、ちょっと大きめのお店だった。
以前の僕だったらこんなところに行くことはなかっただろう。とてもじゃないがそんな気分は持ち合わせてなかったし、何よりお金もなかった。
生活が一変した。今まであのボロ小屋に引き籠って、日々神経をすり減らすだけの毎日とは打って変わって、今はあくどい貴族なんかを出し抜き、市民の多くから愛されている。それに密かに抱いていて、内気な心から決行できないままだった旅も、いつのまにやらしていることになっていた。
「不思議な感覚だよ」
そう呟くと、下野くんが尋ねてきた。
「何がだ?」
「ちょっと前まで何にもできないと思っていた僕が、今では義賊の仲間入り。こんなことになるなんて思いもよらなかったよ」
「そうか? 俺は初めからこうなる予感しかしていなかった」
「え? どうして?」
「勘だな。気分はどうだ?」
「最高」
「ならば飲め。祝え。それが過去の俺たちへの手向けだ」
そうして僕たちはもう一度グラスをぶつけ合った。お互いに口をつけ、一口に飲み干す。
「そう言えばさ、次はどこの国に向かうか決めたの?」
「ああ、噂によるとアルジオンという国が大分腐敗した国家らしい」
「聞いたことあるよ。でも十年くらい前に王が変わっていい方向に向かっているとか?」
「それでもまだまだ蔓延っていると聞く。なら、俺たちの出番だ。そうだろ?」
「うん、そうだね!」
今にして思えば、この時の僕たちは本来の目的を忘れていたとも言える。下野くんの記憶は二の次で、義賊として活動にばかり邁進していた。それは多分、盗むのが楽しいとか、誰もが僕らを知っていることが気持ちいいとか、そう言ったことよりも、何より二人で何かを成したということが楽しかったからだと思う。
「これからもよろしくね、下野くん」
「何だよ、改まって」
照れくさそうに笑う彼に、さらに言おうとした矢先、下野くんが椅子ごとひっくり返った。
「大丈夫?」
すぐさま駆け寄ってみると、彼の目はどこか焦点が合っていない。呂律の回らない口調で、彼はこういった。
「なんれか、世界が回って、見える」
「もしかして、下野くんってお酒飲めないの?」
「……どうやらそのようだ」




