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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
第三部
41/209

7-2

 アウロラとリリシアから別れた後も、俺たちは街中をブラついた。すると間もなく、ナラベルとばったり会う。


 如何にも買い物中といった風情の彼は、二人肩を並べて歩く俺たちを見つけるや否や、「デート中?」とぬけぬけ尋ねてくる。


「そう見えるか?」


「どう見ても」


 イフがここで、「違いますよ」と至って気安く否定した。ナラベルはその言葉を信じたのかわからないが、肩を竦めてこれ以上この話を広げることを止めた。


 代わりにこう告げる。


「そうだ。もしよければ、うちに寄って行かないかい。リリーが下野くんに会いたがってるんだ」


「何でだ」


「お礼を言いたいんだと」


「もう十分聞いたよ、あんたから」


「直接言いたいみたいだから」


 だからお願い、と言外にそう伝えてくる。本来ならば俺はお礼をされる側であるはずなのに、逆に気を遣う立場となっているというのは本末転倒な気もした。


 しかし、気乗りしない俺とは裏腹に、イフは乗り気だった。


「いいですね! リリーさんともちゃんとお話ししてみたかったですし!」


 ね、行きましょう、とこちらも言外にお願いしてくる。なぜどいつもこいつも自分の願いをきちんと口にしないのだろうか。そんなことでは肝心なところで願い損ねるというものだ。そのようなことを言うと、イフが尋ねてきた。


「肝心な時って、例えば何ですか?」


 そんなことを聞かれても困るが、自分で言った手前答えるべきだろうと思いつくままに口にした。


「突然の流れ星とか」


 すると、イフはふっと笑う。


「下野さんも、案外可愛いこと言うんですね」


          *


 ナラベルは妹のリリーが目覚めた後も、このアルジオン国に留まり続けている。その主な要因は、リリーはまだ体は満足に動かすことができず、リハビリを必要としていたからだ。


 そんな状態では、どこか別の国に行くこともままならなかったし、加えてリハビリに関してはパウロが全面的に援助することも申し出てくれたことも大きい。どうして彼がそこまでしてくれるかはわからないが、ナラベルとしては願ってもない申し出だっただろうから甘んじることを選択した。


 こうしてナラベルは、リリーの世話に専念する傍らで、時たまパウロから仰せつかる用事をこなしている。それはただ援助だけを受け続けることに引け目を感じる兄弟に対しての配慮だと言われているが、俺としてはナラベルを懐柔して利用しようとしているんじゃないかと邪推したい。


 ともあれ、ナラベルの家を訪ねることとなった俺たちは、数か月ぶりに、イフにとってはほぼ初めての対面を果たした。彼女はベッドに座ったままの姿勢で俺たちを出迎えてくれる。


「イフさんですね、初めまして。申し訳ありません、このような恰好で」


「気にしないでください。こちらこそ初めまして、リリーさん」


 それからイフは「その」と言い淀む。「大変なご苦労をされたこととは思いますが」と口にする。言いづらい話題に触れているというよりかは、リリー気持ちになって言葉を詰まらせているといった印象だった。


 そうした彼女の心を察したのだろう。リリーは努めて明るく、「大丈夫ですよ」と返した。「全て、終わったことですから」と続ける。


 イフも釣られるかのようにして穏やかな微笑み、こう言った。


「お元気そうで何よりです」


「はい。それもこれも」


 とここで視線を俺へと向けて、「下野さんのおかげです」と言った。それから居住まいを正して、俺へと向き、頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


「聞いてないのか? もののついでだ」


 そう答えると、彼女はクスクスと笑い出す。「何がおかしい」と問うと、彼女は「気を悪くされたのならごめんなさい」と前置きをする。


「兄の言う通りだったからつい」


「ナラベルが何と?」


「どうせお礼を言っても素直に受け取ってはくれない人だ、って」


 俺は思わず、傍らに控えていたナラベルへと目を向ける。彼は妙なニヤつき顔を浮かべてこちらを見ていた。イフもそこに加担し、「言い得て妙ですね」と言って来る。


「ほっとけ」


 随分と仲のいいご様子で。


          *


 それから俺とナラベルは一旦、外に出た。彼の家の扉を間に挟み、壁に寄り掛かってみると、家の中からはイフとリリーの話し声が聞こえてくる。何やら盛り上がっているようだ。


 彼女たちの様子にご満悦なのか、ナラベルは微笑む。壁に背を預けながらに立つ彼の姿と言うだけで十分に絵になるのにも拘らず、さらに様になる。そんな彼は言った。


「安心した」


「何がだ」


「リリーが楽しそうで何よりだ」


「イフなら問題ないだろう。彼女は誰とでもそれなりに仲良くなれる。ましてや女同士だ」


「なるほど。君が言うと説得力が違うね」


 俺はつい、昔馴染みだからイフのことについて一家言あるのだと勘違いされたと思い、「別に付き合いが長いわけではないが」と補足した。しかし、ナラベルは「違うよ、そう言う意味じゃない」と口にした。


「君以上に付き合いにくい相手はそういないだろうからね」


「余計なお世話だ」


 ナラベルは笑う。その様子さえ絵になるのだから癪に障る。


 彼は徐々にその笑い声を静めていくと、やがてこう言った。


「今でも、迷ってるんだ」


「何をだ」


「妹を助けて本当によかったのかって」


「何を今更」


「もちろん、助けてもらったことは感謝しているよ。でも、あの年でもろくに世間のことも知らない。きっとこれからも一人で生きていくのは困難だろう。僕はそんなこと全然気にしないけど、リリーからしたらもしかしたら気に病むかもしれない。そんなことをずっと考えてる」


「そんなこと、あんたが気にすることじゃないだろ」


「そうなのかもね。でも助け出したのは僕のエゴだから、その責任は取らなくちゃならないって思ってる」


「難儀なもんだな」


「下野くんには及ばないけどね」


 俺は彼の言葉には返答はせず、肩を竦めるにとどめた。


「ねぇ、僕にもしものことがあったらさ、妹のことをお願いしたい」


「俺じゃなくてイフに頼んだ方がいいんじゃないか? 面倒見いいぞ」


「それもそうだね。でも、下野くんにもお願いしたい」


「あんたはそれでいいのか?」


「うん。僕は散々、人のことを傷つけたからね。今更報われようとは思わない」


「そうか」


 それ以上、俺は何も言えなかった。彼のその気持ちを否定することは容易いことだろう。人を慰める言葉など、この世には五万と存在している。しかし、とてもそれらを口にする気にはなれなかった。何より、俺自身がその気持ちを理解できたからだ。


 どこか重たい沈黙が俺たちの間に立ち込めるも、開かれた扉から現れたイフの存在により払拭される。彼女は開口一番、「忘れてました」と言った。


「私そう言えば、下野さんを監視しているんでした」


 そう言えばそうだった。俺でさえも忘れていた。


 イフはそれから、俺へと目を凝らしこう言う。


「偽物じゃないですよね?」


「俺が今までそんなトリックを使ったことあったか?」


 本当に、俺のことをどう思っているのやら。


 一方で、俺は心の片隅では反省もしていた。彼女が目を離した隙に逃げ出すべきだったのに、何を悠長に話していたのだろうか。失念していたことが悔やまれる。


 そんな俺の後悔を他所に、ナラベルは言う。


「監視って、下野くん今度は何をやらかしたの?」


 彼は続けて、「下着泥棒?」と言うが、即座に「いつものことか」と言い切った。


 イフが答える。


「プライバシー保護の観点から詳しくは言えませんが、下野さんは人一人の人生を大きく変えてしまったんです」


 すると、ナラベルはこう返した。


「それも、いつものことじゃないか」


          *


 その晩、いつも特に用事がなければどこかへ帰ってしまうイフは、ネモ店長の宿に泊まった。しかもあろうことか、俺と同じ部屋で、隣にベッドを並べて眠ろうとする始末。まさかこんなところまで着いて回ろうとしてくる彼女の姿を見て、鬱陶しさを通り越して呆れた。


 すっかりとベッドに潜りこんだ俺たちは、カーテン越しの月明りに照らされる部屋の中で、黙々と天井を見上げていた。いつもこの時間にイフを目撃することは少なく、加えてそれが彼女の寝姿となるのだから不思議な感覚だった。


 中々寝付けずに何度か寝返りを打つと、彼女も同じだったのか、問いかけてきた。


「眠れないんですか? それとも、眠ろうとしてないんですか?」


「その両方だ」


「駄目ですからね。私が眠った隙にどこかへ行ってしまうのは」


「それはあんた次第だな」


 そう言うとイフは黙った。その沈黙は夜の闇に相応しく、もしかしたらもう眠ってしまったのかと思われてその時に、彼女は口を開いた。


「私、安心しました」


「何の話だ」


「アルク君の話です。てっきり下野さんなら、本当に弟子に取ってしまうんじゃないかと、そう思ってました」


 彼女はそこで一旦言葉を区切り、返事を待つ。だが俺が特に返答しないでいると、そのまま続けた。


「さすがの下野さんでも、子供は巻き込めませんか?」


「そんなんじゃないさ。俺の言ったことは本当だ。彼には才能はない」


「下着泥棒の才能ですか?」


「そうだ」


「ろくでもない才能ですね」


 ばっさりと切り捨てる彼女に返す言葉を探していると、彼女はおもむろに尋ねてきた。


「前々から思っていたのですが」


 その口調に予感めいたものが働き、先んじて「一応言っておくが、俺は過去を振り返らない主義なんだ。前にも言ったかもしれんが」と告げておく。彼女は、俺のその言葉をあっさりと否定した。


「わかってます。だからこれから聞くのは現在進行形の話です」


 一拍の間を置き、彼女は口にする。


「下野さんは、下着泥棒を止めようと思ったことはないんですか?」


 俺は即答した。


「ないな」


「一度も?」


「もちろんだ」


「どうしてですか?」


「さてね。才能があったからじゃないか?」


 そう言うと、イフは「またそうやってはぐらかす」とむくれたような声を出す。俺はそんな彼女の気持ちをさらに逸らすため、こう切り出した。


「マズローの欲求五段階説って知ってるか?」


「ええ、確か人間の欲求を五段階に分けて、それをピラミッド状で表したものですよね。下の階層の欲求から満たそうとするんでしたか」


「まぁ、概ねはそうだ。その内訳はわかるか?」


「はい。一段階目が生理的欲求ですよね? 食欲や睡眠欲などの生きていくうえで必要不可欠な欲求、でしたよね」


「その通りだ。じゃあその次は?」


「安全の欲求ですかね。健康で安全な暮らしを求める、でしたっけ。……あの、これ何の話なんですか?」


 その問いかけを無視して、俺は「そしてその上に社会的欲求や承認欲求と続く」と言った。ただでさえ取り残されているであろう彼女をさらに取り残して、強引に話を進める。


「その辺りになるともう醜いものだ。承認欲求になると上には上がいて、埋めようにも埋めきらない。一生、三段階と四段階の周辺で、もがき苦しむことになる」


 さすがのイフも心当たりがあるのか、「なるほど」と頷いた。


「それで、結局何が言いたいんでしょうか?」


「要するにだ。人間、二段階目の安全の欲求で満たされていればそれでいい、ということだ。そこで終わりにしておけば幸せなんだ」


 未だに話しが見えてこないのであろう彼女は、「はぁ」と曖昧な相槌を打った。


「だが、安全の欲求なんてのは普通に暮らしていれば大概充たされてしまう。紛争地帯とかではない限りはな」


「そうですね」


「そこで俺たち泥棒の出番だ。人々の生活を脅かし、安全を阻害する。そうすることで誰もが安全の欲求を第一に求め、それが充たされた瞬間に幸せになる。つまり俺は、人々の幸福に貢献しているってわけだ」


 そう締め括ると、イフは呆れともつかない声で、「それ本気で言ってます?」と尋ねてきた。わざとらしくため息を吐く。


「長々と講釈を垂れて何を言うのかと思ったら」


「何事かと思ったか?」


「いえ、寝言かと思いました。真剣に耳を傾けた私が馬鹿でした」


 そう吐き捨ててもぞもぞと背を向けた彼女は、間もなくして寝息を立て始めた。


          *


 翌朝。目が覚めてみますと、隣のベッドはもぬけの殻となっていました。元通りにしようとしたものの、僅かに乱れたままのベッドには、昨夜までそこに眠っていたことを物語っています。


 元より、予感はありました。彼がいつまでも監視のある生活に耐えられるような性格ではないことは火を見るよりも明らかですし、こうなることも時間の問題だったでしょう。


 しかし、私はこう言わずにはいられませんでした。


「本当に、しょうがない人」


 この時の私は、下野さんがあんな形で帰ってくることになるなんて想像もしてなかったのです。


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