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泥棒は異世界でも盗む。下着を  作者: 吉永 久
番外編:下着強盗団/地獄の分け前
35/209

番外編1-1

下野さんが異世界転生する前の話です。

 氏曰く、三人寄れば文殊の知恵。


 彼曰く、


「二人組の強盗はあまり好ましくない。二人いれば、意見が分かれた時に喧嘩になる。


 ならば一人ではどうだろうか。確かに一人ならやることなすこと思うがままだ。しかし、孤独はやがて人を哲学者へと変える。それじゃあ強盗としてはあんまりだ。


 三人なら意見が割れた時には多数決で決められる。だがいざ決を採る際、残った一人への重圧が凄まじい。それでは四人ならばどうだろうか。確かに多数決で決まらないこともあるが、それだけ人がいれば話し合いで解決もできるだろう。


 それに四人ならば助け合うことも可能だ。例えば雪山で遭難した時、ボロ小屋を見つけ、そこで一晩を明かさなくちゃならなくなった。しかし眠ってしまったが最後、そのまま目覚めることは叶わない。


 そこで妙案を思いつく。四隅に一人ずつ配置し、そのうちの一人が壁を伝い、眠っている誰か一人の肩を叩く。叩かれたものは目を覚まして、同じよう壁を伝ってまた別の一人の肩を叩きに行く。それを繰り返すことで一晩を過ごす。四人ならば、それが可能だ。


 というわけで強盗は四人いる」


 とのことだ。


 それが彼なりの、俺に対しての誘い文句であるらしいことに気づくのに、数秒の時間を要した。


          *


 彼との出会いは偶然だった。その日俺は、常の如く下着泥棒を働こうと思い、ターゲットの家へと忍び込んだ。


 選んだ場所は偶々だった。昼間、街をブラついていたら、前を歩く女がタバコのポイ捨てをしていたので、何となくそれ以来追いかけていたら、家を突き止めてしまったに過ぎない。しばらくすると仕事に向かうような出で立ちで出てきたので、おそらく夜の仕事をしているものと思われた。


 盗みに入るのならば、その家が無人である方がやりやすい。その日の仕事は、彼女の家で行うことを決めたのだった。


 いざ仕事をしてみると確かにやりやすい。家の中はお世辞にも整頓されているとは言い難く、例え下着の一つや二つなくなっていたとしても、盗まれたとは夢にも思わないだろう。なんなら盗まれたことにすら気づかない可能性だってあった。


 だがその窃盗はリスクがあるにはあるものの、家主がいる中で行うよりかは安全で、スリルや興奮といったものはさほど感じられない。有り体に言えばその時の俺は、今の自分のやっていることに物足りなさを抱えていたのだろう。


 何気なく俺は、その家の冷蔵庫を勝手に漁り、飲み物を拝借することにした。中にはビールとつまみだらけで、それ以外にはろくなものが入っていない。かろうじて牛乳だけがあったので手にしてみたが、賞味期限が切れていたので元に戻しておいた。


 そんな時だった。後ろから唐突に声を掛けられた。一瞬、家主が気づかぬうちに帰って来たのかと思われたが、よくよく聞いてみればその声は男のものだ。彼女が連れ込んでいた男だろうか。


 恐る恐る振り返ってみれば、その男は妙な恰好をしていた。全身黒づくめに、黒いニット帽。まるで闇夜に紛れるためかのような服装をしている。家で寛いでいる、というよりかは俺の同業者かあるいはそれに類するものだろうと思われた。


「いい度胸だな」


 男は言った。


「何の話だ」


「人の家に勝手に上がり込んでおいて、冷蔵庫を漁るとは。中々見上げた根性じゃないか」


「あんたの家ではないだろ」


 そう言うと、彼は僅かに顔を綻ばせた。


「気づいていたか」


「誰でもわかる」


「だが俺は、人の家で、と言ったんだ。俺の家だなんて一言も言っていない」


「確かにそうだな」


 そこで俺は一旦、冷蔵庫の前から離れ、キッチンを出た。入れ替わるように男が冷蔵庫を漁るのを尻目に、俺はダイニングテーブルへと着く。


「それで?」


 問いかけると、彼は逆に聞き返してきた。


「それで、とは?」


「それで、俺をいったいどうするつもりなんだ? 警察にでも通報するか?」


「まさか。そんなことしたら、俺まで捕まっちまう」


「共倒れになってでも悪人を捕まえる。見上げた正義感だな」


「止せ。俺にそんな言葉は不似合いだ」


「そうかい」


「そうだ。それに、そいつはきっと正義感とは言わないな。ただの偽善者だ」


「かもな。ついでに言わせてもらうなら、すぐに偽善者だという罵る奴も、きっと偽善者だ」


「違いないね」


 男はそう言って冷蔵庫を閉めると、両手いっぱいの缶ビールを抱えてこちらに向かってきた。俺の正面へと座り、ビールを飲み始める。


「まぁ、一杯やれよ」


 彼は飲みながら、俺の方にも缶ビール一本を差し出してくる。俺は首を振った。男は気を悪く素振りすら見せず、缶ビールを引っ込める。


「あんたは何をしていたんだ」


 俺が問いかけると、彼は不敵な笑みを浮かべ始める。その瞬間、この質問を投げかけたのはまずかったと思った。そもそも、なぜ俺は他人の家で見知らぬ男と顔を突き合わせているのかもわからなかった。


 帰るべきか。そう思ったが時既に遅し。彼は冒頭なような長いセリフを吐いた。


 続けて彼はこう言う。


「俺は、間崎。進藤 間崎だ。あんたの名は?」


「下野 物好。ただの泥棒だ。下着専門のな」


「奇遇だな。俺もだよ」


 これが間崎との出会いだった。


          *


 彼は俺の他に、既に二人の仲間を見つけていたようだ。彼らの名前は、公太と康夫。苗字は等しく、安土。どうやら双子であるらしい。


「初めて見た時、驚いたね。泥棒なんざ一人でやると思い込んでいたからな。二人で協力してやっている姿を見て衝撃を受けた」


 そして、兄弟揃って下着泥棒でもあるらしかった。


「だから俺は思った。これが三人、いや四人いたらどうなるか。コソ泥みたいにこそこそせずとも、正面切って堂々と盗み出せる。これは革新的じゃねぇか」


 間崎は訥々と語る。


 彼の言う通りだった。下着泥棒の仕事と言えば、ターゲットを見つけ、忍び込み、盗み出す。言ってしまえばそんなことの繰り返しだ。続けていれば慣れも出て、やがて飽きもくる。


 間崎の語るビジョンは、ある意味では斬新だった。労力に対しての見返りは、金銭としてではなく気持ちの面が大きい。元より、金より心を選んだのが下着泥棒という生き物だ。強盗することにより得るスリルや興奮は、ちまちまやっている泥棒とは比にならないだろう。


 俺は無意識的に、彼に賛同するようになっていた。傍から見れば荒唐無稽な話だが、実際に泥棒に従事しているものにとっては、決して不可能は話ではないし、またやる価値もあるように思える。


 そうして俺は、残る二人の仲間と引き合わせられることとなった。


 彼らとの初対面は、閉店したはいいもののそのまま捨て置かれて長い年月が経ち、世間の時流からはすっかり取り残されたかのようなスーパーマーケットの廃墟だった。不良たちのたまり場にもなっているのだろう。中は荒れ放題で、所々壁が壊され、その破片が床に散らばっている。


 既に到着していた例の双子は、俺の登場を今や遅しと待ちかねていたようで、顔を見るや否や矢継ぎ早に自己紹介してきた。


「初めまして俺は公太」


「俺は康夫」


 それから彼らは、二人して見つめ合うようにしたかと思うと、ぐるぐると回りだす。初めはなんとか目で終える速さだったが、次第にそれが出来なくなった辺りで二人は動きを止め、再度こちらを向いてこう言ってきた。


「そして、こうすると見分けがつかなくなる」


 確かに彼らの言う通り、二人の顔は瓜二つと言ってもいいほど似ており、よほど慣れ親しんだ人でも見分けることは容易ではない。きっと、二人を完璧に見分けることができるのは、彼ら自身にしかできないことなのだと思われた。


「ちなみに俺が公太だ」


 と片方が言う。しかし、すぐさま隣の片割れが告げた。


「いや、公太は俺だろ」


「お前は康夫だろ」


「違う、康夫はお前だ!」


 どうやら彼ら自身でも見分けることができないようだ。


 二人の第一印象は泥棒と言うよりかは、漫才コンビに近かった。


「ま、こんな感じの奴らだ」


 そう言って、後ろに控えていた間崎が肩を叩いてくる。


 正直、不安だった。


          *


 かくして強盗団を結成した俺たちは、栄えある最初の仕事の段取りにとりかかった。これまで俺は、特にターゲットらしいターゲットを決めて仕事に取り組んだことはなかったので、手始めにどこに忍び込むか。それを話すのは新鮮だった。


 俺以外の三人は、それぞれ行きたい場所を決めていたようだが、例の双子は狙う場所が民家だ。せっかく強盗団を結成したのにそんなちんけなところを狙っては勿体ないという間崎の発言から、彼の意見が押し切られる形となった。


 ターゲットは街でも一番の豪邸に住む美人三姉妹。俺としては下着に貴賤はないつもりだが、どうせならば綺麗な女のものの方がモチベーションは上がる。公太も康夫も、俄然やる気が湧いている様子だった。


 家の場所を調べ、簡単な間取り図を手に入れる。そこまでの侵入経路と、逃走するための経路をそれぞれ算出し、足のつかない移動手段の入手方法を話し合った。


 計画、とわざわざ呼べるほど綿密なものではない。一応、それなりの作戦は立てているものの、実際に入ってみるまでは分からないことの方が多い。しかし、どんなに突き詰めたとしても不測の事態とは起こり得るもので、所詮は出たとこ勝負となる。後は、各々のポテンシャルに任されていた。


 ならば、初めは簡単なところからはじめて、複数人で行う感覚を掴むという方法もあっただろう。だがその時の俺たちは正直、初めての試みに浮足立っているところがあった。目的のために過程があるのではなく、過程そのものが目的にすり替わっていたのだ。


 しかし、そんな俺たちに気づきの時間を与えられることはなく、準備の期間は過ぎ、決行の日はやってきてしまった。


          *


 俺は康夫と組み、玄関から入る役目となった。ターゲットの家から少し離れたところで車から降りた俺たちは、覆面を被り、目的地へと向かう。


 静かな夜だった。並び立つ街灯に時折照らし出される以外には、遠くに見える家屋の窓から洩れる灯りくらいしか俺たちを照らすものはなかった。まだ眠るには早い時間であり、その日は些か冷える夜で、外出するよりも家の中で暖を取る方が賢明な選択だった。


 間もなくして目的の家へと辿り着く、門の上を飛び越えると、敷地内を歩いて行った。おそらく監視カメラで補足されているかもしれないが、どの道強盗なのだから見つかったところでどうということはない。


 こそこそする心配がないからか、行動を共にしていた康夫がこう切り出した。


「いやぁ、わくわくするなぁ」


 彼の気持ちは痛いほどわかった。だが、その落ち着きのなさは遠足を前にした小学生に匹敵するように思われたため、同意するのは躊躇われた。とりあえず俺は、「ああ」と曖昧に相槌を打つ。


「直接ターゲットの顔を拝んでその目の前で盗み出すんだ。これまでの下着泥棒人生で、これほど興奮することがあったか? いや、ない」


 その自己完結的な話しぶりに俺が口を挟む余地などなく、これも聞き流すことにした。間もなくして、ふと思い至ったので尋ねておくことにした。


「そう言えば、きちんと決めてなかったが分け前はどうするんだろうか」


「ん? そんなの各々が好みのを取ればいい」


「公太とはずっとそうしてきたのか?」


「公太は俺だ」


「いや、あんたは康夫だと聞いているが」


「え、そうなのか? 俺は康夫だったのか?」


「知らん」


「じゃあ今まで公太と思い込んで生きてきた人生はなんだったんだ?」


「俺に聞くな。どっちでもいい」


「よくない。大事なことだろ」


「そう思うなら、自分で把握してろよ」


 そんなやり取りをしているうちに玄関まで着いた。俺たちはインターホンを鳴らし、家主が現れるのを待つ。やがて、この屋敷の夫人らしき人が、不用心にもいきなり顔を出してきた。


 夫人は俺たちの覆面姿にぎょっとし、しばらく硬直しているようだった。彼女が言葉を告げない隙に、俺たちは畳みかける。


「悪いな、中に入れてくれ」


「あの、あなたたちはいったい」


 やっとの思いでそう言ったのであろう夫人に対して、康夫は言った。


「あんたに用はないんだ、ばあさん。俺たちはあんたの娘に用がある」


「あなたたちは、娘のなんですか?」


「何に見える?」


 彼女は「えと」と言いながら、戸惑いがちに俺たち二人の顔を交互に見る。並ぶ覆面顔に対して、不安が隠しきれない様子だった。


 と、その時、家の奥の方から窓の割れる音がする。どうやら計画通り、残る他の二人がそれぞれ、別のところからの侵入を果たしたようだ。


 もちろんこれは動揺を誘う意味もあり、夫人は新たな異常に忙しなく目を彷徨わせた。彼女が後ろを向いた隙に、俺たちは懐に隠し持っていた拳銃を取り出す。


「傷つけるつもりはない。目的を果たしたらすぐに消える」


 俺は、彼女の背中に銃口を押し付けながらそう言った。もちろんこの言葉に嘘はなかった。なぜなら俺たちが今手にしている拳銃は、モデルガンに過ぎないからだ。


 しかし、すっかり冷静さを失った彼女にそんなことは見抜けない。康夫が瞬く間に夫人を縛りあげると、彼女はすっかり脅えた調子でこう言った。


「お願い。今は主人もいないし、私の裁量で出せるお金は少ないの。お願いだから今日のところは帰って」


 康夫が「おいおい」と答える。


「ばあさん、もうボケちまったのか。言っただろ、俺たちが用があるのはあんたの娘だって」


「お願い! 娘には手を出さないでお願い!」


「わかっている」


 懇願するかのように縋りつく彼女に、俺は目線の高さを合わせて言った。


「繰り返しになるが、傷つけるつもりはない。もちろん、娘たちもだ。目的を果たしたらすぐに帰る」


「なら私が払うは。いくら?」


「生憎、俺たちの目的は金じゃないんだ」


「じゃあ、何?」


「下着だ」


 夫人は一瞬、何を言われたのかわからないとでも言わんばかりに唖然とした表情を浮かべた。しかし、すぐに合点が言ったようで、「なら」と口を開きかけたその時に、康夫が割り込む。


「おいおい、冗談は止してくれ。ばあさんの下着にどんな価値がある?」


 夫人の言葉は行き場をなくしたようで、口はぱくぱくとしばらく開閉を繰り返していたが、間もなくして諦めるように項垂れた。


「好きにして」


 そう告げる彼女に、俺はあくまでも冷酷に尋ねた。


「部屋の場所は?」


「二階よ。三部屋向かい合っているから、すぐわかるはず」


 俺たちは頷き合い、二階を目指すことにした。


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